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転生王子は錬金術師となり興国する  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:転生王子は戦争する
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第八話:転生王子は未来を示す

 城の地下に用意された地下トンネルへと繋がる扉がゆっくりと開く。

 ヒバナが帰ってきた。

 予定よりも帰還が早く、傷一つない。作戦はうまくいったのだろう。

 だが、表情が固く、ひどく汗が吹き出て、息を乱していた。

 ヒバナの超人的な体力を考えると異常事態だ。

 おそらく、精神的な負荷でこうなっている。


「お疲れ様、よくやってくれた」


 ヒバナにタオルと飲み物を渡す。

 レモネードもどき。

 レモンが手に入らなかったのでそれっぽい、すっぱいだけの野草の汁とメロンの絞り汁を混ぜて水で薄めたもの。

 ヒバナは備え付けの椅子に座って、ゆっくりと飲む。


「ありがとう……これ、美味しいわね」

「そうか、ならまた作ろう」


 甘酸っぱいレモネードを呑んだことで、少しは落ち着いてきたようだ。


「悪かったな、辛い仕事を任せて」

「それが私の仕事だもの。誰よりヒーロの側にいる私がやるべき任務だったわ……でも、怖くなったの。ねえ、この戦争、勝って、なにか意味があるのかしら」


 ヒバナが弱々しい様子で問いかけてくる。


「どういう意味だ?」

「……畑を潰して、家を焼いて、水を汚して、何もかもなくして、それで勝っても。戦いのあとにあるのは目の前にあるのは焼け野原と死体の山だけよ」


 ヒバナの言葉は正しい。

 俺たちは、敵に利用されないよう、自らの手で全てを壊してきた。

 せっかく開拓した畑は種まきすらせず、収穫前のものも無理やり全部刈り取った。


 敵に使われないよう家に火を付けてまわった。

 そして、とうとう水まで汚した。

 これで勝ったとしても、この国は何もないところから始めないといけない。


「そのことは説明しただろう。まず、勝たなければ終わりだ。勝たないと全てを失う。俺たちは溺れているようなものだ。今はどんな手を使っても、岸にたどり着かないといけない」

「ええ、理解しているわ……それでも、そういうことを考えてしまうの。もう、この国にはなんの希望も残っていないんじゃないかしら?」


 声が冷たく乾いていた。

 適当な言い訳で、ヒバナの心を癒すことはできないだろう。

 仕方ない。俺の考えを告げるとしようか。

 本当はもっと、後に話すつもりだったことがある。


「本当を言うと、先のことも考えてあるんだ。でも、みんなには目の前のことに集中してほしくて、アガタ兄さんとタクム兄さんにしか言ってなかったことがある……ヒバナには話しておこうか……この国の未来を。俺の部屋に来てくれ」


 ヒバナの手を引く。

 手まで冷たくなっていた。

 この手を温めることができるのは、希望だけだろう。


 ◇


 俺の部屋の書棚から資料の束を取り出す。

 そのうち一枚を広げる。


「これは、カルタロッサ王国の俯瞰図かしら? でも、私の知っているカルタロッサ王国とは全然違う」

「だろうな、これはカルタロッサ王国の再開発計画、つまり、未来のカルタロッサ王国の姿だ」

「再開発計画? 聞いたことがないわ」


 そうか、そういう概念をヒバナは知らないのか。


「いいか、理想の街を作るとき、実は今あるものに手を加えるより、真っ平らなところから作るほうがずっと早い」


 既存の建物や、道、畑、いろいろなものが最適解の邪魔をする。

 民たちに、街づくりの邪魔だから家を壊せとはさすがに言えない。戦争であればそうしなければ死ぬと言えるのだが、街づくりのためにそうしろとは言えない。

 そういうものと折り合いをつけるのはひどく苦労するし、その苦労をしたところでどうしても計画は歪み、最高のものは作れない。


「カルタロッサ王国は一度まっさらになる。だからこそもっと素晴らしい国にできるんだ。ゼロになるってのは、マイナスじゃない。プラスなんだ」


 一から、全部を作り出すことができるようになる。それは大きな前進だ。

 今までは思い思いの場所に立てられた粗末な家と無秩序に広げた畑を、計画的に配置し直し、しかも以前より優れたものに作り変える。

 そうすることでずっと住みやすくなるし、作業効率もあがる。

 同時にこれから人口が増えることも考慮した設計にするのだ。

 それに合わせてインフラを張り巡らせる。上下水道を揃え、畑には水路を設置するのだ。


 それだけじゃない、風車も作る。

 麦を本格的に食べていくなら、製粉のために風車は必要だ……そして、いつかは風車を使った発電を行う。

 カルタロッサ王国は風が強く風車が設置できるのだが、今までは風車に適した土地がなかった。


 しかし、今回駄目にした土地にならそれができる。

 水が汚れ、土地が死んでも風車を建てるのであれば問題なく使える。

 そして、畑は別の区域に作り直す。

 今回汚した地下水脈は、もう少し上のほうで枝分かれしている。毒で汚した支流から下は元に戻るまでに時間はかかるが、別の支流に連なっている土地は問題ない。

 そこから下に居住区と畑を用意してみせる。


「水道? 風車? 知らない言葉がいっぱい書かれているわね」

「どれもみんな生活を豊かにするためのものだ」

「でも、時間がかかるわね。それまで……もしかして、そのことも見越して城で暮らせるようにしたの。城だけで、みんなの食事を賄えるように」

「それもある。戦いが終わっても、しばらくは城の地下農園を使う予定だ。そして、カルタロッサ王国が生まれ変わったら、そこで今まで以上に豊かな生活を送る。普通なら何年もかかる計画だが、サーヤたちドワーフの力を借りれば、そう長くはかからない」


 戦争が終われば、ドワーフたちの力を借りる約束はすでにかわしてあるのだ。

 おそらく、三ヶ月もあればこの図面通りになる。そう、どの街よりも住みやすい場所へと生まれ変わるのだ。


「俺は次の王と宣言したとき、民たちに救国ではなく、よりよい明日を目指す興国をすると約束した。その言葉を違えるつもりはない」


 そう、それは俺の信念だ。

 まずは勝つ、ために最善を尽くす。そこは一切曲げない。

 だけど、その後の状況を活かすことは考えてある。


「新しい、カルタロッサ王国はとても綺麗で素敵な場所になるのね」

「ああ、そうなると約束する」


 普通の街というのは、生き物のようにどんどん、目先のことを考えて広がっていく。だから、無秩序かつ機能性が悪くなるのだ。

 しかし、新たなカルタロッサ王国は違う。

 この時代には珍しい、デザイナーズタウン。すべてが計算づく。

 かつて日本でも、京都や東京がそうだった。

 一度、焼け野原になってしまい、だからこそより強く、美しく生まれ変われた。カルタロッサ王国もそうして見せる。

 もし、この戦争がなければそんな真似は絶対にできなかった。

 ゼロになったことをむしろプラスにとらえていた。


「だいぶ、気持ちが楽になったわ……それとわがままだけど、畑に使わなくとも、汚してしまった水と土地を元に戻してほしいの」

「そのつもりだ。時間はかかる。だけど、絶対になんとかする」


 根性論じゃない。

 その策は考えている。毒を中和する薬を流し続けるのだ。長くても一年以内に元へと戻るだろう。


「良かった。本当に良かったわ」

「だが、忘れるなよ。これは全部戦いに勝ったあとの話だ。負ければ、そんな未来ごとすべてを失う」

「ええ、だからこそがんばらないと。それと、そろそろ約束を果たしてもらえないかしら?」


 約束、そうか、たしかに約束した。

 俺はほほ笑んで、ヒバナを抱きしめる。

 彼女は出発する前、作戦が成功すれば抱きしめてくれとおねだりしてきた。


「ふしぎね、ヒーロに抱きしめられると、怖いのとか、不安なのとか、苦しいのが消えていくわ。ここはとても安心する」

「そうか」

「もうしばらく、こうしてくれないかしら?」

「ああ、気が済むまで」


 俺にできるのはこれぐらいだ。

 ヒバナがそれで楽になるなら、朝までだって付き合おう。


 ◇


 翌日、こちらの予想通り敵は堀を埋め始めた。

 地味で時間がかかるが確実だと判断したのだろう。


『あんなものを一晩で作るとはな』


 昨日のうちに木材と手持ちの装備や資材を組み合わせて器用にスコップを作っている。

 俺たちはひたすら弓を射るが、効果が薄い。

 理由は簡単で、敵はスコップで堀を埋めるものと分厚い木盾で守るものとに別れているからだ。

 その盾が厄介だ。ろくに動かず守りに徹すると割り切ってその重い盾を仕上げてきてある。クロスボウの矢では射抜けない。


 敵は他にもいろいろとやっている。

 縄ハシゴを作り、穴の底にいる友軍を救おうとしたり、杭を城壁や堀に打ち込もうとしたり。

 ただ、そちらはうまくいっていない。

 十五メートルもの高さから落ちて、五体満足のものはおらず、縄ハシゴを自力で登れるものは少ないため、誰かが下に降りて、抱えて登ってこないといけない。

 そして、それはこちらにとってはいい的だ。

 味方を救おうと奈落に降りていく兵たちを射るのは気がひけるがこれは戦争であり、容赦はできない。

 杭のほうは、打ち込むどころか傷をつけることすらできていない。


「あの、本当にバリスタを人に向かって使っていいんですか? 弾、もったいなくないですが」

「ああ、だが間隔はゆっくり目にして、その分精度を上げてくれ」

「じゃあ、撃っちゃいますよ!」


 バリスタが飛来する。クロスボウの矢を防げる分厚い盾も、バリスタの前では紙細工に等しい、盾ごと兵士を貫いた。あまりの威力に原型が残っていない、かなりショッキングな光景。

 それを見た敵軍が動揺する。あんな無残な姿になりたくない。誰もがそう思っているのだろう。


 本来、バリスタというのは個人相手に使うものではない。

 あまりにもコストパフォーマンスが悪すぎるからだ。

 だが、あえてこうしたのは脅しだ。


 敵軍は矢を防げるとわかり、一心不乱に穴を埋めることができていた。迷いがないというのはパフォーマンスを上げる。

 その状態を続けさせるわけにはいかない。

 だからこそ、バリスタを使ってでもけっして自分たちは安全ではない、いつ死ぬかわからない状況で作業をしていると思わせる。

 死の恐怖は心を削り、疲れを何倍にも膨らませるのだ。


『……とはいえ、予想よりもやる』


 さすがに百戦錬磨の軍だ。次々とこちらの手に対策を打ってきている。

 穴が埋まっていくペースが速い。

 そして、やつらは仲間の死体すら使っていた。

 埋めるポイントをしぼり、そこへ死体を積み重ねて、その上に土をかぶせることで、効率をあげた。

 今は木製のスコップで効率が悪くてもこのペース。いずれは本国から金属製のスコップが届けば一気にペースがあがってしまう。


『毒を使うと決断をしてよかった』


 もし、あれを使っていなければジリ貧になっていただろう。

 そしてだ、昼を過ぎたころ、毒の効果が現れ始めた。

 目に見えて敵の動きが鈍くなり、しんどそうな振る舞いが多くなる。


 極度の緊張の中、重労働だ。

 水分を多く取らねばならない。そして、毒水をがぶ飲みすれば症状はすぐにではじめる。


『ここが地獄の入り口だ』


 明日には動きは極端に鈍り、明後日にはほとんどの敵兵は動けなくなる。

 その状態になれば、守りは薄くなる。奇襲をかけてみるのもいい。火矢で敵の倉庫を狙う。


 今までは俺たちが耐える番だったが、ここからは立場が逆になるのだ。

 いつまで持つか、ここから見させてもらおう。

 そして、戦局が優勢になれば、いよいよアガタ兄さんの用意が仕上げをしてくれる。周辺各国がハイエナのようにグリニッジ王国に群がる。

 ようやくゴールが見えてきたのだ。

 だが、焦るな。一歩足を踏み外せば終わりなのは今も変わっていないのだから。


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