第五話:転生王子は追い込まれる
きっちり二ヶ月後、グリニッジ王国軍は戻ってきた。
前回の二倍以上の軍勢でだ。
その二ヶ月の間に、グリニッジ王国軍はぼこぼこにした街道をしっかりと補修してしまうどころか道を整備してしまった。
おかげで今まで以上に馬車での輸送がしっかりと行われるようになっている。
しかも、今回は徹底的にゲリラ戦法を警戒していて守りが硬い。
むろん、ゲリラ戦がまったく通用しなかったわけじゃない。
「あいつら、すげえな。仲間が悲鳴を上げても顔色変えずに、能面みたいな顔して歩き続けるんだ」
二度目のゲリラ戦から帰ってきたタクム兄さんが愚痴をこぼす。
「それが一番、効率的ではあるんだが。よくやるな」
一度目でグリニッジ王国軍を徹底的に苦しめたゲリラ戦への対策、それは一切深追いしないことだった。
こちらの基本戦法は矢で奇襲をしてすぐに離脱すること。
そして、追ってきた敵を用意していた罠に嵌めて、さらに被害を増やし、同時に進軍速度を落とすというものだった。
しかし、二回目の遠征においてグリニッジ王国軍はこちらがいくら矢を撃っても追いかけてこない。
列の外側に盾兵と弓兵を並べて守りと反撃を行うが、森の中には入ってこないのだ。
だから、大きな被害は与えられないし、進軍速度を遅くすることもできない。
向こうは、ゲリラ戦法を取っているタクム兄さんたちを倒すことは不可能だと諦めて、初めからいかに被害を少なくして山を抜けるかしか考えていない。
「街道の破壊工作もできなかったんだろう?」
「すまんな。入念に見張りを立てられていて手が出せねえ。ありゃ、リスクを負わなきゃ無理だな」
敵の補給を難しくするための街道破壊。
一度、こちらがその手を使っていることもあり、街道に一定間隔で見張りと関所を設けて、補給路の守りを固めている。
とはいえ、タクム兄さんの強さなら、奇襲じゃなく、真正面から挑んでも、破壊できる公算は大きい。
しかし、タクム兄さんが負傷するリスクがある。
タクム兄さんは現時点で、絶対に失ってはいけない。最強の騎士というカードが一枚あるだけで何もかもが違う。
そして、今回は戦う人間だけじゃなく補給路を守る人間が用意されているということは、そいつらに壊した端から復旧されてしまうだろう。
タクム兄さんにリスクを負わせてまで、街道破壊を強行する必要はない。
「でも、悪いことじゃないと僕は思うよ。補給路を守る。そのために人員を割かせただけでも、僕たちの勝ちだ」
「俺もそう思う。なにせ、人を使えば使うほど金がかかる。……さすがにこの規模だ。五千の兵に千の輸送兵。グリニッジ王国でも痛いだろう」
「そのあたりは調べてみたよ。前回の戦いでも、けっこう年金問題とか出ている上に、今回の出兵。いろんな国に金を借りているみたいだよ。そう遠くないうちに干上がって戦えなくなる」
兵士・騎士というのは金食い虫だ。
育てるのに金と時間がかかり、使い捨てにできず、治療費は国の負担だし、死んでしまえば遺族年金を払わないといけない。それらが財政に大きくのしかかる。
それに加えて、今回の五千もの兵を使った遠征、補給部隊だけで千人は使っている。それだけの兵の食料と戦うための物資、それを運ぶコストは膨大だ。
そう長く戦えないだろう。
「干上がるのはそう遠くないって言ってもな、普通にやりゃ、こっちは瞬殺されんだろ。俺らが削ったのは百ちょい。五千のうち、そんだけしか削れなかった。まあ、誤差だ。前回の規模でだって、迎撃が追いつかなくて、次々とハシゴを立てられちまっただろ? 耐えきれるわけがねぇ」
「ああ、その通りだな」
認める。前回の戦いは今回と比べて半分以下の兵数、それも前日のうちに攻城兵器の数々を潰した上でぎりぎりの戦いだった。
今回は、敵も学習をしており、野営地はバリスタの射程外に設置するだろうから、攻城兵器をきっちり用意して突っ込んでくる。
対応しきれるわけがない。
「二人共、茶番はいい加減にしてくれ。ヒーロ、普通じゃない方法をそろそろ教えてくれないか?」
俺は笑い、前回温存していた切り札について語る。
絶対に情報を漏らさないため、今の今まで隠していたが、さすがにそろそろ伝えておかなければ、まともに戦えない。
「……えぐいな。そんなもん、本当に用意できたのかよ」
「ヒーロならできるだろうね。あの地下トンネルを作ったんだから」
その切り札はひどく原始的。
だからこそ効果的な代物だ。
「これを使えば、一度は必ず逆転できる。だけど、効果的に使うにはぎりぎりまで粘らないといけない。それと、なんとか三日持たせてほしい。どれだけ厳しい状況でも、三日あればひっくり返せる」
「三日か、きついがやってやるよ。一日目、そいつを使えばなんとかなる。あと二日を死守か。燃えるなこいつは」
かなり厳しいことを言っている自覚はある。
だが、それでもやらないといけない。
◇
翌日には敵軍の攻撃が始まった。
予想通り、きっちり攻城兵器を用意してある。
しかも、敵軍は壁の強度を理解したこともあって、投石機やバリスタなどの、城壁を壊す兵器はなくし、ひたすら壁を乗り越えるものだけに注力していた。
ハシゴの数も前回とは段違い。
「ぜんぜん、追いつきません!」
サーヤが悲鳴のような声を上げる。
「それでも撃ち続けろ、壊し続けることに意味がある」
これだけの数だと、いくら壊しても徒労感がすごい。
そして、敵がしているのはバリスタ対策だけじゃない。
「……鎧を捨ててくるとはな」
こちらが使うクロスボウの強みは、金属鎧すら貫く威力。
だからこそ、敵は初めから鎧を着ていない。鎧を着ないことで身軽になり、せまり来る速度が段違い。
しかも、きっちり守りも整えている。布と木で作ることで軽くし、その分厚い盾で頭上を守っているのだ。
貫通力があるクロスボウの場合、硬いものを貫くことより、分厚いものを貫くほうが厳しい、しかも布と木のように境目があり、貫く前に矢がずれてしまうものは苦手だ。
むろん、完璧に矢が防がれるわけではないが、効果が激減するのは否めない。
徹底的な対策をされてしまった。
その上で、敵軍は前回の二倍以上の数であり、士気も高く、体調もいい。
今回は補給を邪魔できなかったため、奴らはしっかり寝て、しっかり飯を食っている。前回とは動きが違う。
「あの、これ、大丈夫なんですか?」
サーヤが不安がっている。
そして、不安がっているのはサーヤだけじゃない。
みんな、あまりにも旗色が悪いことに気づいている。
「ああ、大丈夫だ」
笑顔を作って頷く。
指揮官がここで弱気なことを言えるわけがない、常に余裕を見せて勇気づけなければならない。
しかし、それで状況が良くなるわけでもない。
手を打とう。
「サーヤ、【鉄矢の嵐】を使え」
「もうですか!?」
「使わなきゃ、終わる」
一度きりしか使えない【鉄矢の嵐】を使う決断をした。
そうでないと、もう持ちこたえられない。
サーヤが装置を起動し、千の鉄矢が降り注ぐ。
敵の密度が高いおかげで、敵が対策をしているにもかかわらず、二百ほど削った。
だが、それでは逆転にはならない。五千もの軍勢になると二百人でも、たかがと言えてしまう。
敵の動きが鈍くなった。
前線から負傷者を後方へと運んでいく。
それだけだ。
すぐに代わりの兵が上がってくる。
しかも、これが一度しか使えない装置だとばれているのか、いっそう敵軍の勢いを増した。
『対策をされることは予想通りだったが、ここまでとは。さすがに戦いなれている国は違う』
あれだけの大敗のあと、すぐに挑んでくる。それは何も考えてないわけじゃなく、むしろ考え抜き、勝てるだけの策があるからこそのようだ。
三十分後には、次々に城壁へハシゴが立てかけられ、ついには攻城塔まで隣接させられてしまった。
獅子隊の面々が、獅子奮迅の働きをしているが、もってあと十分と言ったところだ。
すでにこちらはローテーションなど言っていられずに、三つに分けた戦力すべてを投入しており、これ以上の戦力は増やせない。
手詰まりだ。
もし、このまま敵兵が城壁の上に雪崩込んできたら、クロスボウを射る以外の訓練をしていない民たちはあっさり虐殺されるだろう。
これが数と物量の違い。
シンプルな力の差。
ヒバナ、バルムート、タクム兄さん、我が国が誇る最強の騎士たちはすでに魔剣を抜き、俺が開発したインナーの能力を開放し、人外の動きで縦横無尽に駆けていた。
もはや、温存なんて言っていられる状況ではなく全力。それでもなお劣勢を覆すには至らない。
「……ここまでみんなよくやったよな」
「なに、諦めモード入っているんですか!?」
「諦めてないさ。ほんとうにみんなよくやってくれた。だから、予定以上に引きつけられた」
初め、敵は警戒して戦力を小出しにしていた。
しかし、こちらが善戦したからこそどんどん戦力をつぎ込んでくれたのだ。
だからこそ、切り札が生きる。
「サーヤ、ドワーフ隊に合図を送れ」
「わかりました。……あっ、そう言えば、あれ、ありましたね。テンパって忘れてました」
サーヤが☆の頂点にいるドワーフ達に合図を送る。
切り札の発動は、同時にしないと意味がない。
【鉄矢の嵐】と同じく、劣勢をひっくり返すために作った切り札。
しかもこれは正真正銘いっかいこっきり。
一日一回とかではなく、本当に一発使えば終わり。
効果が最大になるまで、我慢して我慢し続けてきたもの。
みんなの頑張りのおかげで、最高のタイミングで使うことができる。
さあ、一発でこの窮地を逆転して見せようか。