第三話:転生王子は初戦を制する
戦況は予断を許さない状況だ。
このきつさは、純粋に敵の数が多いことに起因している。
潰しても潰しても、次から次へと湧いてきて、きりがない。
『リスクを負ってでも、火器を使ったほうがいいのか?』
悪魔の囁きが頭の中に響く。
もし、火薬を使った武器を使っていれば、あっさりとこの兵力差でも圧倒できていただろう。
重機関銃で敵を薙ぎ払ったり、榴弾でまとめて吹き飛ばしたり、やりようはいくらでもある。
そして、それらを作ることは実際問題できてしまうのだ。
……というより、工房には試作品が存在する。
それらを使わない理由は、銃という概念をこの世に持ち込まないためだ。
銃の仕組み自体は簡単であり、銃というものを見れば、それを作れてしまい、すぐに広まる。
銃が広まれば、兵の質による差がなくなり、人口と物資の多さに戦場が支配されてしまうのだ。
それは小国である、我が国にとって都合が悪い。
だから、あくまでも既存兵器の範囲内で戦うと決めた。
「……もう、駄目です。ヒバナさんたちが頑張ってくれてますが、これだけ、やられると」
「わかっているさ」
次々にハシゴがかけられていく。
みんな善戦をしてくれているのは間違いないが、やはり数の差で押されている。
ただ、悪いことばかりじゃない、敵の超一流と呼ばれるものたちがハシゴが立つと血路を切り開くために真っ先に登ってくるのだが、それらを各個撃破できている。彼らを早めに潰せるのは大きい。
超一流相手に苦戦していないことには理由がある。
迎え撃っているのがヒバナたちだというのもあるが、さきほどヒバナが言ったように、ハシゴを登ってきたところを狙い撃ちしやすく、クロスボウでの援護があり、一度に登れるのが一人で挟み撃ちも容易。
それ以上に向こうの騎士たちはコンディションが最悪だった。
森での奇襲を何度も受けて神経をすり減らし、やっと山を越えたと思えば、昨晩もあのありさま。
どれだけ実力があろうと、その力を十全に発揮できなければ意味がない。
そういう、後に残せば面倒な連中を始末できているのは僥倖だ。
とはいえ、このままでは押し切られるのは間違いない。
「サーヤ、五分後にあれを使え」
初日にして、切り札の一枚を切ってしまうと決意する。
通信機を使い、各部隊の隊長に五分後、切り札が発動すると伝えた。
すると、さきほどまで必死にクロスボウで敵を狙っていた民たちが動きを止めて屋根の下に隠れていき、立てかけられるハシゴを片っ端から潰していた獅子隊の面々も迎撃を切り上げるタイミングを伺い始める。
そして、いよいよ発動の時がきた。
「さあ、ぶちかましますよ。【鉄矢の嵐】を!」
サーヤはバリスタの後方にあるスイッチを押す。
すると、背後から無数の鉄矢が空に向かって放たれた。
その数は百や二百じゃ効かず千を軽く超える。
高く高く舞い上がった鉄の矢は、重力に引かれ、弧を描いて落ちてきた。
着弾場所はすべて城壁の前。
圧倒的なまでの超高密度、制圧射撃だ。
その威力は、さきほどから民が撃ち続けているものと遜色がない。
『防衛機構、【鉄矢の嵐】』
矢の攻撃密度は人数に比例する。
今回の攻撃はその常識を覆してしまっている。
それができた理由はそのための機構を作っていたからに他ならない。
城壁の裏側には限界まで機構を簡略化したクロスボウもどきがずらっと並んでおり、その一つひとつに矢をセットしてあった。
それらはボタンひとつで一斉に矢を放つ。
その結果が千を超える鉄矢による制圧射撃なのだ。
……もっとも弱点だらけではある。
予め角度調整をしているため、決められた場所、つまりは城壁から前方数十メートルまでを対象とした制圧射撃以外を行うことができない。
なによりも、一度放ってしまったら最後、その戦闘中には二度と使えない。悠長に矢をセットしている時間なんてないからだ。
そんなことをする人員がいるなら、そいつらにクロスボウを撃たせたほうがいい。
だからこそ、ぎりぎりまで敵をひきつけ、もっとも効果的な時を待っていた。
果たしてその戦果は……。
「絶大な効果だ」
「そうなるように設計しましたからね!」
鉄矢の嵐は敵に甚大な被害を与えていた。
ハシゴを登っていたものはひとり残らず、矢を受けて激痛で転げ落ち、城壁に押し寄せてきた軍勢たちの多くは体のどこかに矢が突き刺さっている。
こちらの弓兵は少なく、攻撃の密度がないからこそ前掛かりに攻め、しかもあと少しで城壁によじ登ることができる。その思いが敵兵を前へ駆り立てていた。
そこに軽く千を超える数と、金属鎧を撃ち抜く威力を兼ね備えた鉄矢の雨が降ったのだから、大戦果を挙げられるのも必然。
概算で二百人以上が、この一撃で負傷した。
「獅子隊、ぼうっとするな! 今のうちに立てかけられたハシゴを壊せ!」
そのあまりの戦果にさすがにヒバナたちも呆然としてしまった。
己の役割を思い出し、ハシゴを壊していく。
それを邪魔するものはいなかった。
「敵が引いていきます!」
「……だろうな」
敵が大量の負傷者を連れて下がっていく。
今まで二百人ほど負傷させたが、それと同じぐらいの負傷者は出していた。
今回、敵が戦闘に送り出したのは千五百人。負傷者四百人というのはおおよそ、その三割強にあたる人数だ。
四百人の負傷者を、祖国まで連れ帰らせるにはその倍の人手がいる。
これ以上、負傷者を出すわけにはいかなくなり、それはすなわち戦闘行動継続不可を意味する。
だからこそ、部隊の三割が負傷した時点で全滅と言われている。
……今日、敵陣の後方に控えている五百人は、予備兵力とはいえ、短期決戦のため、限界まで絞った最低限の数だ。
その五百人のうち百人は負傷者だろうし、補給や医療を行う非戦闘員も含まれている。戦えるのは百か、二百ぐらいだと俺たちは予測していた。
あの予備兵力を追加したところで焼け石に水だろう。
あるいは負傷者を殺すことで、負担を軽くすればまだ戦えるだろうが、それを選ぶことはまず考えられない。
それをやったら最後、兵たちは誰もついて来なくなるのだ。規律は崩壊し、逃走するものが次々に現れるだろう。
「戦争は地獄だな」
第一戦に勝利をしたのに、心は晴れない。
目の前の光景は地獄そのものだ。
毒矢を受けた兵たちの泣き声や悲鳴、怨嗟の声が響きが渡り、血の海ができている。死体を埋葬してやる余裕なんてなく、死体は置き去り。
負傷者を運ぶ兵たちも目に光がない。
……戦いが始まる前、彼らは復讐心に満ちていた。卑怯な手を使って、自分たちを苦しめるカルタロッサ王国の豚どもを血祭りにあげてやると。
だが、簡単に潰せると思っていた俺たちの守りは固く、誰一人殺せないまま四百人以上の負傷者を出し、惨めに撤退するしかなくなった。
心が折れ、怒りを持続できなくなってしまったのだ。
怒りが消えれば、残るのは疲れと恐怖と不安。なにより、帰りたいという気持ち。
彼らの士気は持って数日だろう。……彼らはここから撤退したとしても、温かい寝床も、うまい食事もない。冷たい土の上で、わずかに残った食事を節制しながら食べて、水で腹を膨らませる。
足りていないのは、食料や住居だけじゃない。
医療品もそうだ。この数の負傷者は想定しない上に、倉庫やテントを焼き討ちした際、他の物資と一緒にそれらも燃えている。
目の前の仲間たちが苦しんでいくなか、何もせずに見ているしかない。何百人もの兵の心が病むだろう。負傷者たちの呻き声を遮る壁もなく、いつまでもそれを聞かされ続ける。
「……さっさと帰ってくれればいいが」
彼らに残された最善はそれだ。
今すぐ仲間たちを連れて帰ることを選べば、負傷者のうち半分ぐらいは死なずに済む。
できれば、その道を選んでほしいものだ。
◇
彼らの撤退を確認したあと、疲れて果てていたAグループを帰し、Bグループと交代させて、俺も城の中に戻る。
Bグループは外を警戒しつつ、【鉄矢の嵐】に一本一本地道に矢を装填する。
そして、Bグループの中で精鋭と呼ばれる面々は周囲に敵がいないことを確認しながら、城壁付近の矢を拾っていた。
長期戦のため、こういったことものちのち効いてくる。
俺が向かうのは会議室。
そこにはすでにタクム兄さんとアガタ兄さんがいた。
「初戦はできすぎだった」
「まあな、ああも見事に策がはまるとは思わなかったぜ」
「それだけ、向こうが僕たちを舐めてくれているということだろうね。……でも、おかげでようやく第一段階をクリアしたよ」
そう、俺たちの中にこれで戦争に勝ったなんて思っているものは一人もいない。
あくまで、この戦いに勝っただけだ。
この敗北、敵の国力から見れば痛くはあるがまったく問題ない。
グリニッジ王国は常備軍だけで一万を超える大軍を持つ。今回やってきた二千のうち常備軍は半分以下で残りは傭兵やら農民たちを混ぜての二千。それらが全滅しようと、国全体からしたら決して致命傷とは言えない。
「僕の読みでは、第一陣、つまり、今回の二千人は早々に引き上げるだろうね。あと数日、散発的に仕掛けて来るけど、精一杯やったって言い訳のためって感じで本気では攻めてこない」
「そのタイミングで和平でもできればとは思うが、無理だろうな」
「無理だろうね。あの国が負けたままで引き下がるわけがない。その次は倍以上の兵力で攻めてくるよ。今までの僕たちが使った戦法の対策をした上でね……っと、まあ予定通りだけど」
「ああ、そういうシナリオだな」
もとより、襲いかかってきた二千人を潰したところで戦争が終わるなんて思っていない。
「次の本番に勝てば、いよいよグリニッジ王国の国力は陰る。……そしたら僕の仕込みが生きるんだ。周囲の国々が動く。だから、ヒーロ、タクム兄さん、引き続き、頼む」
俺たちは頷く。
今日の戦いは本番前の練習のようなものだ。
……だからこそ、やばいほうの切り札は使っても、すごくやばいほうの切り札は使わなかった。
嬉しい誤算はカルタロッサ王国の未来を犠牲にして行う作戦を温存できそうな事。あれは大軍であれば大軍であるほど効果がある。できれば、使いたくないと思っていたのだ。大役を任されて喜んでいたヒバナには悪いが、中止になったことを伝えておこう。
「何はともあれ、初戦は勝てた」
まずは一歩前に進んだ。そのことを喜ぼう。
だが、かといって気を緩めるつもりはない。最後に勝利を掴まなければ何の意味もないのだから。