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転生王子は錬金術師となり興国する  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:転生王子は戦争する
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第一話:転生王子は夜襲する

 監視をしながら夜を待つ。

 グリニッジ王国軍は陣を組むだけでなくテントを張ったり簡単な倉庫を作るなど、野営の準備まで終えていた。


 グリニッジ王国軍の工作兵は優秀なようで、たった一日で、複数の破城槌と攻城塔を完成させている。

 ほのかに火が灯っているのは食事の準備をしているからであり、兵たちは食事ができるのを今か今かと心待ちにしている。

 城壁の上からだと敵の様子がよく見える。

 なにせ、錬金魔術を使用した望遠鏡は暗視ゴーグルでもあり、遮蔽物がないため何もかもまる見えなのだ。


「……サーヤ、よく狙え」

「わかってますよ。獲物に逃げられちゃいますからね」


 そして、今ここにはドワーフの技師たちがいた。

 ☆型の城壁、その先端にはそれぞれ、バリスタが設置されている。

 照準器を使い距離を測定、そして角度調整。機械式で0.1度単位で発射角を調整し、しっかりと固定する。

 だからこそ、このサイズで精密射撃が可能。


「一応、こちらの奇襲は警戒しているようだな」


 陣の回りを兵士たちが見張っている。


「でも、ここから撃たれることは想定していないようです」

「だろうな」


 敵の陣は八百メートル先。

 長弓の限界射程五百メートルのさらに先。

 普通なら、十分に離れている。

 だが、このバリスタは普通じゃない。

 あれからさらに改良を加えた、こいつは超長距離射撃が可能だ。


「俺たちの狙いは、あの一番派手なテントだ。それから、二番と三番は攻城兵器を打ち砕く」

「わかってますよ……角度調整が終わりました。いつでも撃てます」


 この戦争でまっさきに潰さないといけないもの、それは指揮をとる人間と、城壁を破壊しうる攻城兵器。

 優秀な指揮官一人の価値は一般兵百人以上。見栄のため派手ででかいのを使ってくれていてありがたい。殺したい人間に目印をつけてくれているのだから。

 そして、攻城兵器も無視できない。

 破城槌は数人がかりで、丸太状の物体を垂直にぶつけることで壁を破壊する兵器。

 ひどく原始的だが、魔力持ち数人がかりでの突進は凄まじい威力になる。


 そして、攻城塔というのは、簡単に言えば車輪付きの塔だ。

 人が何人も乗り込めて、ある程度の防御力がある。それを城壁に取り付けられてしまえば、敵が侵入し放題になる。

 ハシゴなどと違って、簡単に壊せない。


「二番と三番も照準をつけ終わったようですよ」


 サーヤが通信機から耳を離し、ドワーフたちの連絡を伝えてくれる。


「撃て!」


 俺の合図で、バリスタの巨大矢が放たれる。

 滑車の力を借りてなお、魔力持ち数人がかりでないと引けないふざけた張力と圧倒的な質量故に、その威力はとてつもないものとなる。

 着弾。

 着弾箇所が爆撃されたかのように土飛沫があがる。


「予定ポイントから右に一メートル、前に五十センチずれた。修正だ」

「はいっ!」


 新たな矢をセットしつつ、誤差修正をする。

 発射した際の風などの環境次第で、誤差がでるのは仕方がない。

 一射目は、どれだけずれるかを知るためにある。

 外すことは想定のうち。


「角度修正できました。いけます」

「発射!」


 次弾が発射される。

 それは、もっとも派手なテントを吹き飛ばした。

 中にいたものたちは即死だろう。

 そして、他のドワーフたちの第二射は攻城兵器を打ち砕いた。

 ……上々だ。


「さあ、次々いこうか。俺とサーヤは、かたっぱしからテントと倉庫を狙う。残りの連中は引き続き攻城兵器の破壊だ。もし、それがなくなれば、テントと倉庫狙いに変えろ」


 通信機からそれを了承する返事が次々に届く。

 矢が、次々に放たれる。

 一方的にこちらだけが被害を与え続ける。なにせ、この距離だとこちらの攻撃しか届かない。

 望遠鏡でみる限り、敵兵たちはどこから攻撃されているかもわからず、恐慌状態だ。


 現状が理解できていないから指揮官たちもろくな指示もできない。

 だからこそ、やりやすい。

 テントを集中的に狙い続ける。

 なかには外は危険だと思ったのか、狙われているテントや倉庫に潜むバカもいる。


 バリスタというのは、個人を狙うという点では余りにも非効率。

 その目的は拠点、設備の破壊。

 本来は、攻城兵器という的が大きく危険な存在を近づかれる前に破壊するために設置した。

 しかし、こうして愚かにもバリスタ射程内で野営なんてしてくれるのなら、その威力と射程を十全に発揮できる。

 十五分もしたころ、ようやくこちらが城壁の上から撃っていることに気付いたようだ。


 夜だというのも、気付くのが遅れた要因だろう。

 気付いたからと言って、有効な手は打てていない。

 迷っている間に、さらに破壊する。

 そして、奴らが選んだのは。


「……射程外に逃げることか。まあ、そうなるよな」


 抱えられる荷物だけをもって、テントや荷物を放棄して、少しでも城壁から離れようとする。

 さすがに、この状況でどうせ撃たれるのなら城攻めを始めようとは思わなかったようだ。


「作戦を変えますか?」

「いや、このままでいい。ひたすらテントと倉庫を撃ち続けろ。敵が戻ってこれないようにな」


 面白いのは、兵士の中には貴重な物資をもたず一目散に逃げるものもいるということだ。

 まあ、こうしてふざけた威力の矢が降り注ぐなか、倉庫にある物資を取りに行くなんてことはしたくないだろう。

 まさにそこが狙われているのだから。

 俺たちはそういう場所を優先的に狙っている。

 兵糧攻めという作戦を徹底するために。

 誰もいなくなった、野営地点を三十分以上しつこく撃ち続ける。


「あの、もうこれ以上はもったいなくないですか。矢も無限に補充できるわけじゃないですし」

「……もう少しだな。潜んでいる連中がまだいるかもしれない」


 これは次の作戦への布石。

 そこからさらに三十分撃ち続け、ようやく俺は射撃をやめるように指示を出した。


「ううう、腕がもうぱんぱんです」

「悪かった……戻ったら、みんなにうまいものを食わせてやる」

「いいんですか、籠城戦の最中なのにそんな贅沢をして」

「ああ、それぐらいの余裕はある。これも大事なことなんだ。がんばればご褒美をもらえると示すことで士気をあげられる」


 節約は大事だが、それをやりすぎると逆にもたなくなる。

 だから、予め兄さんたちと戦果には報いると取り決めてある。タクム兄さんが奇襲帰りに肉汁滴る肉を食ったように、精鋭たちには同程度のご馳走を支給していた。


「じゃあ、遠慮なくいただきます。……それと敵が逃げたあと、矢を撃ち続けたわけを教えてください」

「そろそろだ……来た」


 グリニッジ王国軍の野営地が赤く燃える。

 轟々と。

 燃える矢はバリスタの巨大な矢ではなく一般的なもので、その先端には脂を染み込ませた布が巻かれている。

 極めて原始的な火矢だ。


 火矢が刺さったテントや倉庫、それが物資ごと燃えていく。

 なかなか、綺麗な光景だ。

 それを行ったのは、タクム兄さんが率いる軍。


 通常なら弓で狙いがつけられる距離に近づく前に、敵の見張りに気づかれてしまう。

 また、それをかいくぐり目標に火矢を当てたところで、火が燃え上がる前に消火されてしまうだろう。

 しかし、敵は降り注ぐバリスタを恐れて撤退して無人。

 今なら、ほとんどノーリスクで燃やし尽くすことができる。

 一通り火矢を放ったあと、あっさりタクム兄さんたちは引き上げていった。


「なるほど、撃ち続けたのは敵さんに近づくなって脅していたわけですね。……うわぁ、もったいないです。武器も食料も、無人ならいっそのこともらっちゃえばいいのに」

「それは時間がかかりすぎる。敵が気付いたら、すぐに引き返してくるだろう。たとえ、バリスタの矢が降り注ぐなかでもな。短時間で、敵の置き去りにした物資を奪うにはこれが一番早い」


 こちらの正規兵、その中でも精鋭と呼べる人材は数十人しかいない。一人ひとりが極めて貴重で、失うわけにはいかない。

 彼らを失うリスクがある作戦などできない。


 だから、ゲリラ戦では徹底的に直接戦闘を避け、今もこうして矢を撃ったらすぐに引き返すよう指示してある。


「これで奴らの手持ち食料は激減だ。……ついでに、テントも失った。春が来たとはいえ、まだ肌寒い。屋根も毛布もない場所で寝るのは堪えるだろうな」


 奴らが置き去りにしたテントというのは、けっして気軽に放棄していいものではない。

 屋根と壁があるというだけで、人は安心できる。

 逆に言えば、それがないというのはひどいストレスだ。まともに眠れもしない。


 もとより、タクム兄さんがゲリラ戦で見せた毒矢の奇襲、それに今こうして見せたバリスタの超長距離射撃という恐怖がある。

 そして、これから数日に一度は、深夜に奇襲を仕掛ける予定だ。負傷させるのは一人、二人でいい。狙いやすい奴だけを狙って、すぐに撤退する。

 そうすることで敵の精神を消耗させる。


「もう一つ気付きました。みんなの家と畑を焼いたのはこのためだったんですね」

「……そうだ」


 城の周辺にある民家と畑は引っ越しが終わってからすべて焼いた。

 敵に利用されないため。

 敵の消耗を狙う以上、何一つ敵に利用されるわけにはいかない。


 愛すべき民の家と畑を焼き、国外に通じる唯一の街道を潰し、そしてそれ以上に大切なものをこれから壊すことを作戦として織り込んでいる。

 この国の未来を考えるとどれも大きな傷となる。

 そんなことはわかっているのだ。


 これだけの国力差があるのだ。手を選んでいては負けてしまう。

 ……さきほどの会議でアガタ兄さんが言ったとおり、俺たちは負けたら終わりだ。未来これからのことなんて勝ってから考えればいい。まずは勝つ、すべてはそれからなんだ。


「さあ、俺たちも戻ろう。明日からまた忙しくなる」

「はい、……あっ、雨が降ってきました」

「良かった。あと一時間、この雨が早かったら奴らのテントと物資を燃やせなかったな」


 ぽつぽつと振り始めた雨はあっという間に激しくなっていく。


「完璧なタイミングですね。敵さんにとっては泣きっ面に蜂ですけど」

「だろうな、こんな天気で野宿なんて。やっと山を越えて休めると思っていただろうに」


 山越えを終え、必死に設営し、ようやく休め、英気を養って攻めるというタイミングでこれは堪える。……そうなるよう、わざわざ飯の直前を狙った。

 戦争での基本は敵が嫌がることを徹底的にやることなのだ。


 俺は微笑して、サーヤと共に城に戻る。

 まだまだこれは序の口だ。

 徹底的に削って、削って、削りきり、二度と戦いたくないと思うほどトラウマを刻みつけてやる。

 この戦争において、俺たちは一切の容赦も躊躇もしない。それをした瞬間、大事な人達の幸せがすべて砕かれるのだから。

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