第十四話:転生王子は休憩する
目を覚ますと違和感があった。
天井がやけに近い。
「そう言えば、昨日はこっちで寝たのか」
天井が低いのは、二段ベットの下にいるからだ。毎日使うなら下のほうが便利なのに、サーヤは上がいいと譲らなかったので下が俺のものになっている。
昨日は、サーヤと切り札の検証をしていた。
設計するにあたり、各種計算が面倒なものを手分けして行っており、なんとか昨日中に完成させたものの、すっかり遅い時間になってしまった。
そして、城にある自室に戻る気力もなくこうして、工房の隣にある仮眠室で眠ることにした。
もともと、仮眠室は俺自身のために作ったものだが、今ではすっかりサーヤの自室となり、二人で使えるように二段ベッドを設置してある。
この部屋はサーヤの匂いが満ちていて、本当に彼女のものになったのだと改めて思う。
机のうえには膨大な資料にすさまじい書き込みのあと。サーヤは毎日勉強に打ち込んでいるようだ。
水音が聞こえてきた。
上から気配が感じないと思っていたら、シャワーを浴びに行っていたのか。
あれはいい、眠気覚ましにはもってこいだ。俺もあとで浴びよう。
水の音が聞こえなくなって、サーヤがでてくる。
「あっ、おはようございます」
「……もう少し恥じらいをもってくれ」
サーヤの格好はタンクトップのような下着にホットパンツ。
魅力的な肢体をしていることもあり、目に毒だ。
姉さんを取り戻すまで、恋人を作らないと決めていても、年頃ゆえに性欲はある。
「ちゃんと大事なところは隠してますよ。私は、軽い女じゃないんです」
「いや、下着姿を見せるだけでも相当だぞ」
「ヒーロさんだから大丈夫ですよ。もうちょっとして火照りが消えたら、着ますね」
そう言ってサーヤは尻尾の手入れを始めた。
サーヤの場合、髪の手入れよりも尻尾の手入れを重点的にやる。
あれだけもふもふなのにもう乾いているのは火の魔術を使っているからだろう。
シャワーで火照った体のまま服を着るのが嫌な気持ちはわかるが、こんなサーヤをずっと見ているのは悪い気がする。
シャワーを浴びるとしよう。
きっと、俺が出るころには着替えが終わっているだろう。
◇
シャワーから出て、そのまま二人で朝食を取ることにした。
俺の体をみて、『意外にいい体してます。ごくりっ』とサーヤが言ったときには、少し身の危険を感じた。ちなみに俺はしっかりと着替えてから出てきている。
仮眠室にはキッチンと冷蔵庫を用意してあるので、料理だって十分にできる。
今日もいろいろと忙しいので体力がつくメニューを用意した。
「卵と芋のお料理、美味しいです!」
「そうか、手抜きメニューだが喜んでもらえたなら良かった」
朝食は卵入りのポテトサラダを暖かいまま食べる感じのものを作った。
俺は転生前から卵を混ぜた黄色いポテトサラダが好きだった。あれの卵成分を減らして、ほくほくに仕上げたのがこいつだ。
そこにベーコンを加えているのでけっこうボリュームがある。
「卵が毎日手に入るようになったのはいいですよね」
「ああ、向こうで買ったひよこがようやく卵を生み始めてくれたんだ」
海の向こうで買い込んだものの中には、ひよこや仔山羊も含まれている。
ひよこと言ってもだいぶ成長していたものを購入したので、三日ほど前から卵を生むようになった。
地下農場には、山羊とひよこたちが生活できるスペースがあり、そこで乳と卵を得られるようにした。
動物性蛋白質は必要だ。冬が来る前にだいぶ塩漬け肉は用意したがさほど量が多くなく、魚は戦時中でも確保できるが、地下で確保できるに越したことはない。
「でも、兵士さんたち大変じゃないですか? 訓練して、農作業して、家畜の世話まで」
「それは考えている。そろそろ、地上のヤギたちをこっちに移す予定なんだ。その際に十人ほど雇って、こっちで働いてもらう。アガタ兄さんが国を出るまえにリストアップをしてくれたんだ」
誰でもいいというわけじゃない、家畜の世話に長けていて、なおかつ口が固い人物。
「へえ、もうヤギさんたちをこっちに移すんですね」
「そうだ。放って置くと減るからな」
ヤギはカルタロッサでほぼ唯一の家畜。
ヤギを家畜にしているのは乳がとれ、毛がとれることもあるが、なによりも丈夫だからだ。
ほとんどの家畜は冬の寒さに耐えられず、ちゃんとした寒さを凌げる設備を用意し、面倒を見る必要があるし、餌なども人間が用意してやらねばならない。
しかし、ヤギの場合は寒さに強く、冬の間も山に放しておいて問題ない。餌だって木の皮を剥がして食べるので飢えることはない。
貧乏なカルタロッサ王国でもヤギを家畜にできるのは、金も手間もかけずに維持できるからに他ならない。
……とはいっても、やはり山に放しっぱなしにすると何割かは衰弱したり、事故にあったり、獣に襲われて死んでしまう。
地下ではヤギ用に作った牧草もしっかりと育っているので、地下に移したほうが数を減らさずに済む。
すでに俺が仕入れてきたヤギたちが快適に暮らせているので、環境に問題がないことも確認が取れていた。
「本当に地下だけで、麦に芋に野菜、甘い果物に、ヤギと鶏まで揃えちゃいましたね。もう地下だけで生活できそうです」
「そういうふうに設計した。ここまで来るのに苦労したよ」
地下農場の拡張工事はトラブル続きだった。
だが、その一つ一つに根気よく対処し、ようやく形にできた。
「ふう、朝ごはん美味しかったです。……あの、卵、一日一つまでって、その、もうちょっとなんとかなりませんか。こうやって朝食を食べて、昨日作ってくれた卵のデザートがあるとか最高です」
「駄目だ。今は鶏を増やさないといけないんだ。向こうで買えたのはたった五十羽、卵を生むメスだけなら四十羽だけなんだ」
これでも街中を駆け回って頑張った。
ただ、卵を生むようになるメスの雛は金のなる木であり、なかなか売ってもらえなかったのだ。
たとえ、四十羽が毎日卵を生んでくれたとしても千人に行き渡らせることはできない。
だから今は卵をとっておき、数を増やすのを優先している。
「たしかに増やさないとあとで困りますね。納得です! さて、ご飯食べたし、お仕事です。きょうも、もふっとがんばります」
「今日は何をする予定だ?」
「現場監督しながら、クロスボウ作りを。ちなみに、あと一週間ほどで城壁そのものは完成する予定ですね。……切り札のほう、ヒーロさん一人で仕上げるってことなら、私たちドワーフは城壁が完成次第、クロスボウの量産に移ります」
「それで頼む」
切り札の存在を知られないよう、その作業は俺一人でやると決めている。
この段階で、ドワーフ組が武器の生産に手を付けるなら、春までに民全員に十分クロスボウが配布できるだろう。
「……ぜんぶ計画が前倒しで進んでますよね。あれ、やれちゃいそうです」
「そうだな、やろうか」
もともと、当初の計画では城壁、クロスボウ、魔力持ちの騎士たち全員分に用意する装備、地下農場、切り札。
ここまでは確実にやると決めていた。
そして、それを十分に行えると判断した場合に作ると決めていたものがある。
「ふう、腕がなりますね。じゃあ、来週から二人でがんばりましょう。クロスボウの量産は私抜きでもなんとかなりますし」
「ああ頼む」
これもまた切り札と同じく伏せておく札。
その存在を話しているのは、サーヤとアガタ兄さんのみ。
こんなもの使わなくて済むのが一番いい。
だが、保険は必要だ。
一人で完成させたいところだが、かなりの作業量があり、間に合わない。
サーヤと二人ならなんとか間に合うと見ている。
「ふふふっ、ヒーロさんとの共同作業ですね」
サーヤが上機嫌に尻尾を振った。
俺は苦笑して、朝食を食べ終える。
手札はすべて揃いつつある。
あとはこれらをどう使うか。
アガタ兄さんが帰ってきたら、アガタ兄さんも呼んで改めて会議をするとしようか。
勝って、明日を掴むために。