第十三話:転生王子は攻城兵器を射る
ドワーフの出稼ぎ組が来てから一気に作業が加速した。
想像した以上にドワーフたちは化物だ。
もともといた五人は若く、体力と発想力があった。しかし追加メンバーのほうは年配で体力が劣り、発想力が乏しいが知識・経験、熟練の技を持っている。
チームとしてそれぞれの強みを活かし、弱みをカバーしあいながらとんでもない勢いで城壁を構築していた。
いよいよ冬のピークに差し掛かる時期には完成形が見え始めていた。
この寒さで作業できるのもドワーフの強み。火のマナに愛されているからこそ温めてもらえる。人間なら手先が震えてまともに作業なんてできなかっただろう。
そして、城壁の完成が近づいてきたこともあり、俺とアガタ兄さんは視察に来ていた。
今回作ると決めた星形要塞。
☆のように五つ突き出た三角形の突端部を持っている。
転生前の世界で有名なのはオランダのブールタング要塞、日本の五稜郭、ポルトガルのアルメイダ等だ。
なぜ、このような形状をとっているかというと、いくつか理由がある。
守備の面からすると死角が完全になくなる。
敵は城を攻める際に必ず二つの壁に囲まれることになるためだ。
また、攻城兵器などにも強い。長方形や円型であれば強力な攻撃を正面から受けることになるが、☆型であれば角度があり衝撃を逃がすことが可能。
では衝撃が逃げないように斜めに打ち込んだとしても、今回の城壁の△の部分は空洞ではない。欠けたところでさほどの問題はない。
攻撃面でも優秀だ。
なにせ、ニ方向の壁に敵が囲まれているということは城壁の上からなら、挟み込むように攻撃を与えることができる。
正面から攻撃を浴びせるのに比べ、側面、横からの攻撃、それも多方向ともなると極めて受けづらい。
それだけじゃない。
こちらが攻勢に回ったとき嵌めやすいのだ。
なにせ☆のくぼみに入り込めば左右には逃げ辛くなる。そんなときに後ろから迫られたら逃げ場がない。
それに誘い込むことが容易で、相手が逃げづらい形状というのは極めて罠を仕掛けやすいということも意味する。
星形要塞とは極めて理に叶った構造なのだ。
アガタ兄さんは図面と完成品をにらめっこしながら、なんども頷く。
「へえ、面白い。とても面白いよ。……こういうのが斬新な発想と言うのだね。こうして目の当たりにすれば、その利点は理解できる。けど、思いつく気はしない。守る、囲うというイメージが大きすぎて、どうしたって四角や円の守りを作ってしまう。ヒーロ、どうやったらこんな発想ができるんだい?」
アガタ兄さんはさすがだ、ひと目見ただけで星形要塞のメリットを見抜いている。政治と外交の鬼だが、戦術・戦略も学んでいる。
「それは俺にもわからないさ」
真実を言えば、思いついたのではなく、知っていた。
長い長い戦争の歴史で、何百年も後にようやく天才たちが思いついたものだ。俺が独自に考えつくわけがない。
「あと、気になるのが城壁の上に設置されているお化けみたいな弩はなんだい?」
「ああ、あれはバリスタっていうんだ。サーヤの奴、いつの間に完成させたんだか……。あれも見に行こう。もう通路は通れるみたいだ」
「ああ、興味があるよ」
そうして、俺達は城壁の内側に入り、中から階段を使って城壁の上へと登っていく。
◇
敵を迎え撃つときは城壁の上からの攻撃を想定している。
そのため、城壁の上に昇る階段と、城壁の上を歩く通路を用意していた。
通路の幅は広く、壁は高い。
壁には穴が空いており、壁に守られながらクロスボウを射れるように工夫がされているし、相手が放物線を描く攻撃で狙ってきたときのために、壁はカーブして頭上を守るようになっており、雨天でも射撃に集中できるようになっていた。
ここなら、非戦闘員でも安心してクロスボウを放つことができる。
人口が千人程度のカルタロッサ王国の兵数は極めて少ない。平民に戦ってもらうしかなく、だからこそ安全に彼らが戦える環境を整えている。
ただクロスボウの弦を滑車を使って引いて矢を放つことを繰り返し続けるのなら、平民でも可能。
そして、特徴的なのは☆の先端に二台ずつ配備されてる超弩級の弩。
それはクロスボウなんて呼べるものではなく、攻城兵器バリスタと呼ぶべき代物だ。
クロスボウは携帯できるサイズだが、これは全長が三メートルほどあり、まるで大砲。矢も凶悪で俺の腕より太い。
サーヤと二人で用意すると決めた切り札の一枚。
もともとは城壁を壊すために使われるような化物をここに置いているのはそれなりの意味がある。
「あっ、ヒーロさん。やっとバリスタ第一号が出来ましたよ! ふっふっふっ、渾身の出来です」
「設計図通りだが、あれを形にするとこうなるのか」
「今から試し撃ちです。見ていきます?」
「ああ、そのためにやってきたんだ」
呆然としているアガタ兄さんの前で俺はサーヤと話し込む。
バリスタには滑車がつけられている。
なにせ、バリスタの弦は魔物素材から作った超張力のものであり、魔力持ちですらろくに引くことができない。
滑車の力を借りて、付属のペダルを踏むことで、ようやく巻上げられるような代物。
ペダル式にしているのは、腕力より脚力のほうが三倍強いからだ。俺でも腕でこれを引くことはできないぐらいの化物。
やってみてわかったが、俺でもそれなりにきつい。……ということは、うちの魔力持ちの兵たちならぎりぎりいけるというところか。
「よし、計算通りだな。うちの魔力持ちが滑車機構を使って、ぎりぎり引ける強さになってる。これ以上強くもできるがやめたほうがいいな。使えるものが限られすぎる」
「汎用性って大事ですからね。じゃあ、矢をセットしてと……早速撃ってみましょう。こっち方面は誰もいないですし、とりあえずどれだけ射程があるのか見てみたいです。計算上では平地で七百メートルほどです。この城壁から撃つという高さで射程が伸びることを考えれば、さらに飛びますよ」
射程七百メートル。
一般的な弓の射程は三百メートルほど。
運動エネルギーは通常の弓と比べて数十倍であり、もっと飛んでもいいようなものだがこれだけ矢がでかいと空気抵抗が大きい。
それでも、これだけ巨大な矢を圧倒的な速度でそこまで叩きつけるというのは極めて驚異的。
「ほら、セットできた」
「ありがとうございます。……では、発射!」
サーヤが留め具を外すと、音速を超える初速で鉄塊のような矢が射出される。
凄まじい速度。
それは遥か彼方の大地に突き刺し、着弾と同時に圧倒的な運動エネルギーで大地を穿ち、突き刺さる。
サーヤはバリスタに備え付けられているサイトから着弾位置を確認する。
「ほぼ無風で、七百八十メートル、ほぼ計算通りですね。あとは、何発も撃って、照準器を作るデータを集めないと」
ちなみに、このサイトは対象物までの距離を測定する機能を盛り込んである。
「質問をいいかな、サーヤ君が言った照準器とはなんだい?」
「ああ、たしか、ヒーロさんのお兄様。えっと、このバリスタは狙いをつける際、土台を回転させてまず横に照準をつけます。それから距離は弦を張る強さじゃなくて、射出角度をこうやって、一度単位で設定して角度でがっちり固定できるように作ってるので、打ち下ろす角度で狙いを定めるんです。だから、ターゲットまでの距離ごとの射出角度を一覧にしておくと、サイトで距離を測って、あとは決められた角度に設定することで命中精度をあげられるんです。もっとも、風とかで誤差がでますが、そのときはその誤差を見てから角度修正ですね」
そのための照準器。サイトは見るだけで距離が表示される。
あとはその距離に対応する角度を設定すれば、誰でも正確な射撃ができる。
そういうものを作る予定だ。
この国には熟練の射手なんてものはおらず、育てる余力がない。誰でも当てられないようでは使い物にならない。
「なるほど、確かに弓矢と違って、飽和攻撃をするなんて代物じゃないだろうしね。精度がいるだろう」
「はい、威力はありますが連射ができないので命中精度が必要なんです。でも、すごいんですよ、この子の命中精度。なにせ私が作ったのでパーツひとつひとつの精度がすごいですし、速度と質量が凄いから、重力以外の環境要因で狙いがずれにくいんです!」
勘違いされやすいのだが、バリスタの命中精度は一般的な弓矢より圧倒的に上だ。理由は簡単、射出する弾が重くて速いからだ。保有するエネルギー量が多いほど弾道はぶれにくくなり、到達までの時間が短いということは他の要因による干渉を受ける時間が短いということ。
「超威力、超射程の化物弓を星型の頂点に配置する意味……それは敵を大量に殺すためではなく、防ぎようがない強力な一撃をピンポイントで敵の急所に叩き込むためというものだね」
「そうなんです! ふふふ、メインは敵の攻城兵器を一発で撃ち抜くのが一番の目的。あとは後ろから命令しているえらい人とかを狙い撃っちゃいますよ。他にも油断ぶっこいて陣地なんかをこの子の射程に用意するようなら、寝込みを襲っちゃいます!」
このバリスタは攻城兵器を潰すためにある。いかに頑強に作った城壁とはいえ、城壁対策である破城槌や、移動式高矢倉、そういったものにいつまでも耐えられるわけじゃない。そういう大掛かりな装置が近づくまでに超精密・超高威力攻撃で撃ち抜く。
そして、サーヤが言うように将兵を殺すためにも使う。指示する人間の代わりはそうそう務まらない。
その生命を奪うことは、百の兵を殺す以上の戦果となる。そして、将兵がバリスタを恐れて、距離をとったとしてもそれはそれでありがたい。
こちらの世界には通信機なんてものはない、指揮を取る人間が戦場から遠く離れてくれれば、兵の統率が目に見えてとれなくなる。
それだけじゃない、一度でもこの化物が火を吹けば、兵士たちは常にこの化物が気になってしまう。
防ぐことが出来ない一撃がいつ自分の頭上に来るかわからないのは恐怖であり、恐怖が相手の動きを鈍らせてくれる。
さらには、サーヤが言う通り、陣地を射程内に作ろうものなら狙い放題。
高威力・高射程・高精度。
籠城戦においてバリスタは大きな力となる。
「面白いね。ただ、魔力持ちでないと弦を引けないのはきついね。目的がピンポイント射撃なら、そう何度も撃つ必要がないとは言っても、運用の幅は狭まってしまうよ」
「たしかに人力ならそうだな。滑車を使ってもかなりの筋力がないと引けない。なら、他の力を使えばいいんだ」
「幸い、ここは高さがありますからね。攻撃を兼ねながら装填ができますよ! あれ、試してみていいですか?」
「ああ、もちろんだ。そっちもちゃんと実験しないとな」
「じゃあ、いきますよ。えいっ」
そういうなり、サーヤが巨大な鉄球を下に蹴り落とす。
鉄球にはロープが繋がっており、すぐにロープがはり、滑車が高速回転していき弦が引かれていき、完全に弦が引かれた段階で鉄球を吊るすフックが外れて、ロープだけが戻ってきて、鉄球は轟音と共に地面にめり込む。
「こうやって、鉄球で敵を潰しつつ弦が引けちゃうわけです。鉄球を運ぶのはしんどいですけど、魔力持ちじゃなくても弦が引けますし、狙いは照準器さえあればばっちりです」
「なるほど面白いね。……ところで、籠城戦に備えて作っているのは、この城壁とバリスタ、それに誰でも使えるクロスボウ、それだけじゃないんだろう? ヒーロの性格から考えて、絶対にとんでもないものを用意しているはずだ」
「ばれたか。……だが、これは味方でも知っているものが少ないほうがいい。こちらの態度に出ると、罠に気付かれるかもしれない」
そう言ってから、アガタ兄さんの耳元でささやく。
するとアガタ兄さんは、目を見開いて俺の顔を見た。
「そんなことが、可能なのかい?」
「ああ、これはかなり後半に使う切り札だ。……耐えて耐えて耐え抜いて、罠を発動して戦況をひっくり返し、反撃に移る」
もし、こちら側の民や兵が切り札の存在を知っていれば、どうやったって態度にでる。
あれがあるから安心だと。
いざとなれば逆転できると。
そういう空気は戦場で目立つ。敵に気付かれるきっかけになるのだ。
だからこそ、隠す。味方には必死に戦ってもらうことで敵を欺く。
そして、誰もがもうだめだと思った瞬間に使うのだ。
「ヒーロはそういう策略を考えつくタイプじゃないと思っていたけどね」
「アガタ兄さんに学んだんだ。アガタ兄さんは最高のお手本だ。最近、頭を悩ませることがあると、アガタ兄さんならどうするか考えるようにしているんだ」
そう言うと、アガタ兄さんが笑う。
「怖い弟だ。安心したよ、これで僕は外交に専念できる。出発前にいいものを見せてもらった」
「この雪山を越えていくのか?」
真冬になり、山は深く雪がつもっており、滅多に晴れ間を見せなくなった。
この時期に山越えはほぼ自殺行為。
馬車などとても使えず、徒歩で行く必要があるのも辛い。
「僕も魔力持ちだ。山を越えるぐらいならできる。みんな戦っているんだ。僕は僕の戦いをしないとね……それにね、泥臭さを見せるのも外交の手なんだよ。幸い、会いに行くみんなは僕に好意を抱いている。好意を持つ人が自分に会うために命をかけてくれたら、報いたいと思うだろう?」
アガタ兄さんはそのルックスと話術すら武器にしていた。
端的に言えば、権力者の愛人が数人居る。
「そういう真似は俺にはできそうにないな」
それほど器用に立ち回れない。
「いや、できるかもしれないよ。君は僕以上にもてるからね。不思議とヒーロは人を惹き付ける。もしかしたら、僕もヒーロに惹かれているかもしれないね。ヒーロの夢に乗って命をかけることを苦にしないんだから。さて、僕がいない間、仕事を押し付ける相手がいないことを忘れるなよ。なるべく、手がかからないように整理しておいたから、ちゃんとやるように」
「ああ、ちゃんとやるさ」
「よし、留守は任せたよ」
そう言うと、アガタ兄さんは踵を返した。
俺にできることは戦争に勝つための準備まで。
実際に戦って勝つのはタクム兄さんであり、戦争に勝てば救われるだけの状況を作るのと終わったあとの立ち回りはアガタ兄さんの仕事だ。
そのことを不甲斐ないとは思わない。
この国は、三兄弟が力を合わせて興国すると決めた。
それぞれができることをする。そうすれば、完璧ではない俺たちが完璧になれるんだ。
……早速最後の切り札を仕込むとしようか。
こうして城壁の完成が見えてきた今なら取り掛かることができるだろう。
これが十全に機能を発揮すれば、戦況を一発でひっくり返すものが生まれるだろう。