第十二話:転生王子とドワーフたち
あの芋パーティから、一ヶ月が過ぎた。
地下の拡張工事は順調であり、すでに必要な広さには拡張できているし、畑を作ることまでは成功した。
あとはそのスペースで農業を始めればいい。
これだけの規模になると、いくら錬金魔術を駆使しようとも一人では不可能。
効率化にも限界はあり、一人で千人分の食料を生産などどうしようもない。
だから、このタイミングで地下の情報を公開して人手を使う。
とはいっても、すべての民に地下の存在を告げるわけじゃない。
まずは兵士だ。それも職業軍人ではなく、半農のものたち。
彼らは一日のうち一時間から二時間の訓練を行い、それ以外の時間は開拓や農業をしており、冬場は暇をしている。
その彼らの労力を使うのは理に適っていた。
『いよいよ冬本番か、今年は特に雪が多い』
すでに山には雪が深く積もっている。
この状況で、山越えは自殺行為であり、この段階で地下のことが漏れても、隣国に伝わることは考えにくいし、情報が漏れても構わない。
なぜなら、冬の間に攻めてくることはないし、攻めてくるなら攻めてくるで構わない。
冬山の行軍で疲れ果てた兵であれば、どれだけの数がいようと、魔剣を装備した騎士団たちが圧倒できる。
……というわけで、明日から兵たちを呼んで楽しい農作業を始める。
今は、そのために必要な農具づくりをせっせとしていた。
あれから、二度、船を使って鉄を運び込んでおり、必要な鉄は十分にある。
「こんな感じでいいですか?」
「ああ問題ない」
その農具作りをサーヤが手伝ってくれている。
「手伝ってくれるのはうれしいが、自分の仕事はいいのか?」
「もうとっくに設計が終わって、施工に入ってますからね。日が暮れちゃうと危なくて作業ができませんし、夕方ならこっちも手伝えます」
サーヤの言う通り、すでに城壁の構築は始まっていた。
そろそろ基礎工事が終わると、この前の視察で聞いている。
「そう言えば、追加の人員がくるのは明日か」
「ええ、予定ではもうすぐ助っ人が到着します」
助っ人と言うのは、クロハガネからくるドワーフの出稼ぎが十二名。
この前、鉄を取りに行った際に声を掛けたら希望者が十二名いた。十二人といえば、ひどく少なく感じるが、人間の大工百人以上の働きをする以上、実質千二百人の増員に等しい。
第三回の船を使った資材運搬を行うついでに、彼らを拾ってくる。
武器に使う鉄はすでに十分量あるが、鉄矢は余裕を持って作っておきたいし、城壁を作るための粘土質の土や石なども不足していた。
想定以上に立派な城壁を作るため、土や石といったどこにでもありふれているものすら足りなくなっていたのだ。
その材料問題も今回の航海で解決する。
「これで一気に構築が捗るな」
「ええ、ちょっと設計をこりすぎて、今のメンバーだけじゃ間に合わないところでした」
サーヤの設計は本人も言う通り、かなり規模がでかい。
助っ人を前提にしたものだ。一ヶ月かけてようやく基礎工事の終わりが見えてきているという現状のペースではとても間に合わない。
「早く終わらせて、武器作りに取り掛かりたいところです。あとはたくさんボウガンがいりますね。結局、上からの攻撃頼りですし」
籠城戦に於いて、矢というのは極めて重要な役割を果たす。
城壁の上という高い位置から射ち下ろすため、射程と威力で優位に立てる。
逆に敵の射程と威力は激減し、一方的に攻撃を浴びせることが可能。
問題は弓の習熟度。弓というのは極めて扱いが難しく、専用の教育が五年は必要。
その点クロスボウなら三日あればよく、一般の民ですら戦力に変えられる。
守りながら攻めるためにはとにかく数が必要だ。
「農具が作り終わったら、武器作りに取り掛かろう。地下農場のほうは、あとは人を使ってうまくやるから、俺の手が空く」
武器より農具を優先したのには理由がある。早く種を植えないと春までに収穫できない。
その点、武器は戦争が始まるまでにあればいい。
「私も作業員は十分そうなので、頭を使ったり、難しいものを作るほうでがんばります。面白い設計を考えたんですよ。連射できる奴とか、一気にいっぱい打てる奴とか。ふっふっふっ、作るのが楽しみです。あと、城壁に固定で設置する巨大なクロスボウも草案があるんです。大きいだけあってすごい威力ですよ」
クロスボウは基本単発式だが、そうでないものも存在する。
いわゆる連弩。
そして、攻城兵器としてのクロスボウもまたバリスタというものが存在する。
サーヤなら自力でその機構を思いついてもおかしくない。
「作る前に設計図を見せてくれ。俺なら改良点が指摘できる」
「もちろんです。二人でいいものを作りましょう」
あえて俺は現時点ではアドバイスをしない。
サーヤの発想力は素晴らしいものがある。
変に知識があると発想を狭めてしまう恐れがあるからだ。
サーヤと一緒にいると、こちらが勉強になることも多い。
彼女は今や、この国になくてはならない存在になりつつあった。
◇
翌日、予定通り、朝から兵たちを地下農場に招き入れた。
大人数が入りやすいよう、城の中庭から繋がる新たな通路を作ってあり、危険なので工房には鍵をかけて入ることを禁止している。
彼らは驚きつつも、案外すんなりと地下農場の存在を受け入れた。
海とこの国をつなぐ地下トンネルという前例があったからだろう。
彼らにその場で、この地下農場を作った目的を話す。
戦争の恐れがあり、その際には籠城戦略を取ることも含めてだ。
すでに、城壁を作り始めたことで戦争が始まると噂になっており、それもまた受け入れた。
そして、彼らは農具を手に取り精力的に働き始める。
千人分の食料、その生産を目指して。
そんな彼らを見ながら、独り言を漏らす。
「……本当にいい国だな」
文句を言わず、この国を信じて精一杯働いてくれる。
普通は戦争になるかもしれないと言えば、上を責めるだろうに。
なにもないこの国が唯一誇れる武器が人材だ。
だからこそ彼らに報いたい。
必ず最良の結果を引き寄せてみせる。
そのためにできることは全部行おう。
◇
午後になると予定通り船が帰還したと報告を受ける。
これで船での物資調達は三度目ということもあり、だいぶ正確な日程が組めるようになってきたが、一日のずれもなく帰還してくるのは珍しい。
俺とサーヤは、出迎えをするために城の前で待っていた。
始めは、彼らが滞在中に使う家を案内するべきだと思ったが、ドワーフ相手だとこちらのほうがいいとサーヤが提案したからだ。
トンネルを抜けてきた馬車がたどり着く。
限界まで荷物を積み込んでいるせいで、車輪が土にめり込んでいた。
まず、馬車から降りてきたのはヒバナとバルムート。
「ただいま、無事頼まれていたものを入手できたわ」
「客人の案内も滞りなく終わっております」
ヒバナとバルムートに船を任せているのは、強い魔力を持ち、船の動力になれるからというのが一点。
もう一つは護衛として。
何かあったとき二人がいれば切り抜けられる。
旧クロハガネがあった大陸での鉄の採掘作業はどうしてもリスクを伴う。
「そうか、ご苦労。長旅で疲れただろう。今日はゆっくり休んでくれ」
「そんなやわな鍛え方はしていないわ。シャワーを浴びたら、訓練よ。……この一ヶ月の特訓で、やっといろいろと見えてきたの」
「それは楽しみだ。バルムートから見てどうだ?」
「ヒバナ殿は見違えましたな。元から才能があると確信しておりましたが、ここまでとは。末恐ろしい。春までには、私に並ぶかもしれません」
そこまでか。
本当に、三人目の絶対的な強さを持つ騎士になりそうだ。
「がんばれよ」
「言われなくても。ちょっと長話が過ぎたわね。客人を紹介するわ。クロハガネから来てくれた、ドワーフたちよ」
ヒバナがそう言うと、馬車から予定通り十二人のドワーフたちが降りてくる。
こちらに住むと決めたドワーフたちは若者ばかりだったが、今回きたのは働き盛りの男ばかり。
積み重ねた経験と、それ故の自信が彼らから伝わってくる。
「みんな、よく来てくれた」
「ドワーフは受けた恩を忘れはせぬ。婿殿のおかげで我らは救われ、新天地で楽しくやれているのだ。土産にもらった酒もうまかったしな。冬の間、誠心誠意働かせてもらおう」
土産の酒というのは、先日の航海で彼らに届けたもの。
原料はメロン。
今までメロンの存在は隠匿しており、知っているのは俺の他にはヒバナとナユキぐらいだった。
いくら美味しいメロンとはいえ、一度に百個も収穫できるような代物、三人で食べきれるわけがない。
かといって腐らせるのはあまりにも惜しい。
だから、潰してそれをアルコール発酵させることで酒にしつつ保存を可能にした。その樽が地下にいくつか転がっていたので、命がけでこちらに来てくれる恩返しも含めてプレゼントしていたのだ。
「口にあって良かった」
「ドワーフは酒好きで、酒造りには一家言あるが、あれほどの酒はそうそう飲めん。こっちに来たのはそいつを飲みたいからというのもある」
茶化すように眼の前のドワーフが言う。
「ああ、まだまだある。こっちで活躍してくれれば、好きなだけ飲ませてやる」
いかに酒好きのドワーフとはいえ、メロン酒はあまり量を飲める酒じゃない。
単純にアルコール度数が高い。
アルコールは糖を発酵させることで作られる。つまり、もとの液体が甘ければ甘いほど強い酒が作りやすい。
小麦で作るエールとはちがいメロン果汁は凄まじい糖を含有しており、蒸留せずともきつい酒になる。
甘くて口当たりがいいため飲みやすいが、すぐにアルコールが回って酔いつぶれてしまうのだ。
「言ったな。ちなみに、すでに頂いたメロン酒は飲み干したぞ」
……嘘だろ、あの人数であの量をだと。
ドワーフの酒豪っぷりを甘く見ていたか。
そう言えば、この前メロン酒を振る舞ったとき、早々にヒバナが潰れた横で、にこにこ笑いながらサーヤが延々と飲み続けた気が。
ちょっと早まったかもしれない。
「とにかく、おまえたちに頼む仕事はわかっているな」
「城壁作りと聞いている。これがそれか……なるほど、ずいぶんと攻撃的な城壁じゃないか。これを本当に姫様が。この守りは面白い。この形状、なるほどそういうことか。ああ、ドワーフの血がたぎる」
ドワーフたちが基礎工事が終わりつつある城壁を見ただけで、その完成図をイメージし、その思想の意味を理解した。
さすがだ。
今回来たのはベテランたち。その経験値は伊達じゃない。
「この発想自体は俺が与えた。だけど、進化させたのはサーヤだ。普通の城壁は四角や円。だが、これは言うならば星だ。それが、既存のものとは比べ物にならない防御力と攻撃力を生み出す」
その城壁の名は星形要塞。
前世では、十五世紀になってようやく登場した城壁の革命。
大凡、城壁としては理想形。
これこそが、守りの要となる。
面白いものを見つけて、乗り気になった十二人のドワーフたちがさっそく、すでに作業中のドワーフの元へ駆け寄り、作業に加わる。
星形要塞は優秀な城壁だが、建築難易度・コスト・完成に要する時間のどれもが通常のものに比べて数段上で、思いつきはしても作ることは諦めていた。
だが、彼らが加われば可能になる。
こいつの完成、そして戦場での活躍が楽しみだ。
隣国の連中は、最初は嘲り、半時もしないうちにこの形状の恐ろしさを思い知ることになるだろう。




