第五話:転生王子は兄と向き合う
正式にヒバナを騎士とした。
ただの騎士ではなく、王族の近衛騎士。
近衛騎士の役割は、常に傍にいていかなる敵からも主は守ること。
だから、執務室にヒバナがいる。
……それは当然なのだが。
「そこでそうやって、素振りをされたら気になるんだが」
ヒバナは鉄の塊としか思えない数十キロの棒きれを使って素振りをしていた。
あの重量になると人間の筋力じゃ振ることは物理的に不可能であり、魔力による強化が必要不可欠。
これは筋力と魔力操作、両方の訓練なのだろう。
「仕方ないじゃない。近衛なんだから。あなたの傍にいないとダメなのよ」
「素振りは必要ないだろう」
「時間がもったいないの。私は、私より強い剣士を八人知っているの。それに追いつかないといけないから。暇な時間は鍛錬に使わないと。私がかつてした約束はあなたの剣になるだけじゃないわ。誰より強くなって、あなたの剣になること。今のままじゃ嘘つきになっちゃう」
ヒバナは、素振りや精神統一、魔力修行の鍛錬など、俺の傍らでずっと続けている。
本物の修行馬鹿だ。
「敵が襲ってきたとき、疲れて動けないなんて言ったらクビにするぞ」
「安心して、それはないわ。私、自分の仕事には誇りを持っているから」
なら、信じていいだろう。
ヒバナという人材は、掘り出しものもいいところだ。
キナル公国の青銅騎士なんてものは、普通は金をいくら積んでも手に入るものじゃない。
そして、その立場にいたということは、名うての騎士を何百人も見てきたということ、それでも自分より強いものは八人しかいないと言っている。
つまり、それは自らの実力は黄金騎士に匹敵すると言ってるのと同義だ。
なにせ、黄金騎士は十二人だけ、聖剣の数と同数しかいない。そうであるなら、そのうち四人には勝てないとおかしいのだ。
十四と言う若さで、その実力。将来が楽しみだ。
「その剣はどうだ」
「最高よ。強すぎて、ずるいわね。これ、相手が魔剣か聖剣でも使ってない限り、相手を剣ごと斬れるし、並の鎧なら無視できるわ」
「俺の騎士だから、それぐらいの剣は必要だ。使いこなしてみせろ」
「もちろんよ」
魔物の素材、魔物として生きていたころの本能をそのまま魔術付与の核にしている。ゆえに発現した力は【切り裂き】。凄まじいなんて言葉が生易しいと思えるほどの切れ味を誇る。
さて、そろそろかな。
今日は城を抜け出す。
欲しい物を得るためには外に出ないといけない。
……だというのに、来客が現れた。
「弟よ。相変わらず人気取りに忙しいようだね。昔からそうだったな。王子でありながら開拓を手伝ったり、身分を隠して街に出て医者の真似事をしたり。次はいったい何をしでかそうとしているんだい? いろいろと噂になっているよ」
第二王子、アガタ。
俺の兄だ。
政治の鬼。とくに外交面では天才的と言っていい。
こんなろくに手札がない国で、諸国と渡りあっている。
……アガタ兄さんは、俺が地下で作った小麦と肥料を流通させるために行った仕込みに気付いたようだ。
そして、けん制に来た。
「アガタ兄さん、そんなつもりはないさ。俺はこの国を豊かにしたい。それだけだ」
「どうだか。おまえは僕やタクム兄さんを押しのけて、王になるつもりなんだろ」
「もう一度言う、そんなつもりはない。人には向き、不向きがある。政治ならアガタ兄さんの足元にも及ばない。王になるべきはアガタ兄さんだと思ってる。もっとも、状況によっては強い王が必要になる。そのときは武勇と軍略に長けたタクム兄さんだ」
これは気性だから仕方ない。
能力はあると自負しているものの、人前に立つというのは苦手なのだ。
加えて、俺の才能は中途半端。二人の兄は武力、知力、それぞれに特化しているのだが、俺はオールラウンダー。
それに、俺の場合、錬金術でこの国を豊かにすることが、もっとも国への貢献となる。王になってさまざまな些事で時間を奪われたくない。
俺は創る者だから。
……その点でも、アガタ兄さんの力が欲しい。
俺の発明品をうまく運用できるのはこの人を置いて他にない。この人にはそれができるだけの基盤と能力がある。
「まあ、信じてあげるよ。……この国が最後の一線で持っているのはヒーロとメアリのおかげだしね。僕の目は節穴じゃない、二年前から、いろいろとやっているだろう。君は隠しているつもりだろうけど、民の口に戸を立てられない。やりすぎた」
驚いた。俺と姉のおかげなんてことをアガタ兄さんが言うとは。
俺は錬金術で国を豊かにするための発明、その副産物程度のものならすでに市井に放ち、わずかだが民の暮らしを楽にした。
もとから魔力持ちであることを活かした開拓作業での活躍などもあり、実は市民からの人気は高い。
そして、姉。
姉は未だに嫁ぎ先から援助を引き出してくれている。
「まどろっこしいのは止めて本題に入ってくれ。まさか、アガタ兄さんは俺に会うために来たわけじゃないだろう。大嫌いな俺のところにね」
「相変わらず、ヒーロは可愛くないよ」
アガタ兄さんとタクム兄さん、第一王子と第二王子は俺のことをあまり好きじゃない。
二人の兄と姉、歳の離れた妹は王妃から生まれたが、俺だけは違う。父がある日突然、どこかから連れ帰り、自分の子だと言ったらしい。
本当に俺が父の血を引いているのか怪しむものまでいる始末。
兄たちにとっては面白くないだろう。
ましてや、民からの人気もあるとなればなおさら。
そんなことを考えながら兄の言葉を待つ。
「兄さんからの伝言だよ。もうすぐおまえは十四、成人だ。成人すれば、王族の務めとして魔物どもと戦ってもらう。その準備をしておけ。やっと騎士は選んだようだけど、騎士じゃなくて、騎士団ぐらい揃えたほうがいいよ」
「俺を心配してくれるのか」
「違うよ。せっかく僕の負担が減るってのに、ヒーロのしりぬぐいをさせられたらたまらない」
「安心してくれ。俺は強いよ。タクム兄さんほどじゃないけどね」
「ほんと、おまえって可愛くないよね。あと、そっちのキナル公国で修行してたって娘、ねえ、僕のほうに乗り換えない。弟よりはマシな待遇を用意してあげれるよ。僕には、騎士の力を見抜くなんてできないけど、青銅騎士だし、なによりタクム兄さんが興味を持った騎士だ」
兄からの伝言ではなく、こっちがメインかもしれない。
アガタ兄さんの立場なら、キナル公国で青銅騎士まで登りつめたヒバナは欲しいだろう。
「断るわ。あなたのところへ行っても面白そうじゃないもの。私はこの人の剣になると決めたの」
「変人には変人が寄ってくるようだね。……そうだ、ヒーロ。おまえの企み、僕の力が必要なら、噛ませろ。わかってるだろ。タクム兄さんが王になったら終わりだって。そのためなら、おまえと手を組んだほうがマシだ」
「考えておく。アガタ兄さんが本気で味方するなら、たしかに有用だ」
アガタ兄さんは帰っていく。
前言撤回、兄さんの真の目的はこれだ。
どこからか、そろそろ俺が動くことを知ったようで、それを利用して成果をだし、民の人気の確保や地盤固めをすることでタクム兄さんより、王継承争いで上に立ちたいのだろう。
……悪くないな。
ああ見えて、アガタ兄さんは誠実だ。それは人格の話ではなく取引で嘘を言わないぐらいの分別があるということ。
別に俺はこの国が豊かになればそれでいい、成果をわが物にされたって構わない。前向きに考えよう。
まず、手を組むならアガタ兄さん。タクム兄さんの力も必要だが、もう少し後でいい。彼の武力が必要な局面はもうしばらく後。
二人きりになるとヒバナが口を開く。
「王になる気がないって、本当なの?」
「ああ、本気だ。王子って立場で好き勝手やってるほうが性に合ってるよ。第一、王様になんてなったら、錬金魔術を使う暇もなくなる。めんどいことは兄さんたちに押し付ける」
「それもそうね。でも、不思議とあなたが王様になっちゃう気がするの。何人もそういう人を見ているとわかるの。……それと、今度手合わせしてくれないかしら? おじいちゃんに勝ったあなたに興味があるの」
「また今度な。それに、そんなことせずにも力を振るう機会は用意してやる」
「良かったわ。鍛錬だけだと腕が鈍るの。相手は何かしら?」
「魔物だ。昼食後、城を抜け出して魔の森へ向かう」
「……へえ、面白そうね」
魔の森は危険だ。
一人では自殺行為。
だけど、ヒバナが居ればなんとかなるはずだ。
◇
食後、街を視察すると言って城を抜け出した。
街で顔見知りの店に入り、町民の服に着替えている。
それはヒバナもだ。
「お忍びってわけなのね。こういう服だと落ち着かないわ」
「安心してくれ、見た目はそれでも錬金魔術で生み出した防具だ。魔蟲の糸で織って魔術付与までしてある。鋼の鎧より硬いぞ。魔の森に入るのに、防具を身に着けないわけがないだろう」
魔蟲の糸は強度に優れるだけでなく、炎にも強いし柔軟。
そして、糸というのは繭を作り、成虫になるまで身を守るためにある。
その本質、刻まれた本能は【防御】。
ゆえに、その本質である【防御】を魔術付与の力で強化し、概念的な守りの力を付与した。
服の動き安さと軽さでありながら、その防御力は鋼の甲冑をもしのぐ。
「あら、ほんとね」
「……どうして、俺で試す」
剣ではなく予備のナイフで俺を突いた。
軽くではあるが、普通の服なら深々と突き刺さっていただろう。
「命がけの探索をする際に、間違った情報を伝えるような人は死んでいいわ。間違っていないならナイフなんて通らないし、なんの問題があるの?」
「よくその性格でキナル公国でやっていけたな」
「あそこでは強ければ、大抵のことを許されるのよ。あとは幼馴染への甘えね」
強さ至上主義のキナル公国で、こんな性格に育ったのか。
主として、ちょっとずつ矯正してやろう。
でも、幼馴染への甘えというのは少しうれしいな。そういうのは絆って感じがする。
◇
魔の森、その入り口まで近づく。
木と縄と鉄を組み合わせたバリケードが幾重にも重ねられ、兵士たちが見張っている。
魔の森、そこは人間の領域ではなく、魔物の領域。
普段は、森に入りさえしなければ魔物は手を出してこない。
だけど、縄張り争いに負けた魔物が森から逃げてきたり、餌がなくなるとカルタロッサ王国の領地に湧き出て甚大な被害をもたらす。
それを防ぐため、兵を常駐させてる必要があり、大きな負担になっている。
加えて、魔物の肉は瘴気に侵されており食べることもできないし、毛皮や爪や牙も同様で倒しても何も得るものがない。
それどころか、死体を放置しておくと大地を汚すため、魔の森へ捨てに行く必要すらある。
「まだ、聞いてなかったわね。なんのためにここへ来たの?」
「二つある。一つ目、自分の目で資源を確認したかった」
「魔の森に鉱脈でもあるの?」
「その可能性はないこともないが、そこに期待してない。俺が知りたいのは、どんな魔物がいるかだ。魔物こそが資源だ」
「魔物が資源?」
「覚えているだろう、魔物の死体を肥料に変える種を。それに、俺たちが今纏っている服も、ヒバナの剣も魔物を素材にしたものだ。錬金術がなければ、ゴミでしかない魔物素材を、俺なら有効活用できる……土地は痩せ、ろくな資源もない、何もないこの国が唯一もっている資源が魔物なんだ。なら、この国を豊かにするにはそれしかない」
錬金術があろうと、ゼロから何かを生み出すことはできない。
材料がいる。
それはここにある。
「そういうことね。だから、あなたはその目で、どんな魔物がいるか調べて、何ができるのかを知りたいのね」
「そうだ。そのために魔の森の奥に行く。……怖いなら逃げてもいいんだぞ。なんせ、俺たちが今まで戦ってきた魔物なんて、所詮、縄張り争いに負けた弱者だ。きっと、森の奥には比べものにならないほど強い魔物がいる」
「ふふ、血が疼くわ。逃げるなんてありえない。やっと、この子を本気で使える機会が来たのだもの」
頼もしい騎士様だ。
俺たちはバリケードにたどり着く。この内側に入れば、そこは戦場だ。
「ちなみにもう一つはなんなの?」
「それは後のお楽しみ。この国を救うために、何を置いても必要なものだ」
こちらのほうがメインとすら言える。
あれを自国で作れるようになるのは、この国の悲願。
兄たちに俺の力を認めさせ、引き入れるための成果になりうるもの。
話はここまでだ。
新たな発見を得るために森に足を踏み入れよう。