第八話:転生王子は工房を案内する
城内にある隠し階段から地下工房を目指す。
コツコツと足音が響いていた。
「へえ、この照明に使っている技術は面白いです。なるほど、魔力充填式じゃなくて周囲のマナを取り込んでの永久機関というわけですね……このあたりのマナけっこう濃いし、照明程度なら、ぜんぜん余裕です。換気にも同じ技術が使われてます……すごい! 収集するマナを風に限定していますけど、どうすればそんなことが可能なんですか。ううう、設計図が見たいです。それが駄目ならせめて分解を」
好奇心の固まりであるサーヤは見るものすべてに興味を示している。
ただの通路でこうだと、俺の工房を見たらどうなってしまうのだろう?
俺が手をかざすことで魔道具による認証が行われ、扉が開いていく。
……あとでサーヤの認証登録をしておかないとな。認証していない者が扉に触れると罠が発動してしまう。
「ほら、着いたぞ。ここが俺の工房だ」
「うわあああ! うわあああ! うわあああ!」
「わかっていると思うが、置いてあるものに触るのはいいが起動はするな。中には殺傷力がある物もある」
「わかっていますよ!」
サーヤが扉を開くなり飛び込んでいく。
よほど興奮しているのか、もふもふ尻尾の毛がすべて逆だっていた。
この工房には、さまざまな発明品が無造作に置かれているし、設計図がいくつも並べられている。
他にも、偉大な錬金術師が残した資料や俺が集めた資料や、俺自身の研究成果などもあった。
魔の森から得たさまざまな魔物素材など、物づくりが好きかつ、ある程度の知識があれば、どれもこれも垂涎の品々だ。
サーヤは次々に手を取り、ぶつぶつ言っている。
表に出すと、世界のバランスが崩れるような危ない発明品もあり、無造作に触ると危険なのだが、サーヤはそのあたりを理解しているからこそ変なことはしないと信頼できる。
好きにさせて問題ないだろう。
「あの、ヒーロさんはお家を用意してくれると言ってましたよね」
「ああ、ちゃんとサーヤたちが住む家の用意がある。さきにドワーフのみんなは案内させているんだ」
サーヤたちが来て、すぐに用意できたのはわけがある。
別の用途で王城の近くにいくつか家を建てておいたからだ。
俺自身が作ったこともあり、サーヤが酷評したカルタロッサの一般家屋より過ごしやすいはずだ。
「それなんですが、要らないです。私、ここに住みたい! だって、ここにいれば、お仕事もお勉強もたくさんできます! ここにあるもの、危なすぎてどうせ外に持ち出させてもらえないし、危なくない資料だって、持ち帰って勉強するには量が量ですし」
同じ物づくりに心を奪われた人間である俺には、サーヤの気持ちが理解できる。
面白そうな物と、興味深い資料が山積みなのに、指を咥えているだけなんてできない。
だから、融通を効かせよう。
サーヤが勉強するのはカルタロッサ王国にとってプラスになることもある。
「家は家で受け取っておけ、ここに籠もりたいなら、地下にも部屋はある。そこを自由に使っていい。さっそく、案内しよう」
「ありがとうございます! これで、研究し放題です!」
工房の奥にある扉、地下農園とは反対側のものを開く。
「あっ、ここが寝室なんですね」
「寝室というか、居住するための全てを備えた部屋だ。生活インフラは一通り揃えてある。水道……まあ、井戸みたいなものがあって、こいつは蛇口って言うんだが、このレバーを倒すと水が流れる。その隣は簡易キッチン。向こうはドアの先はユニットバスって言ってトイレとシャワーが一つになったもので、これも水が流れる仕組みを利用しているんだ。それから、そっちの大きいのは冷蔵庫と言って、氷蔵のようなもので中に食料を保存してある。空気の循環システムも完備されている」
ちなみにこのシャワーは温水がでる。
地下から引き上げた水をいったんタンクに溜めておける。そのタンクにある水を魔術で温度調整すればいい。
俺やサーヤにとっては朝飯前だ。
「とっても便利です。それに、この部屋ってほどよく暖かくて快適ですね。冬とは思えないです」
サーヤはコートを脱いで、俺の顔を見て説明してくれと目で訴えかける。
「地下農場のように温度を保つ仕組みを利用していてな。常にこの部屋は二十六度で保たれているんだ」
この部屋は快適だ。
というか、そうなるように作り上げた。
研究に熱が入ると、ここに篭もる。研究効率を上げるために便利と思えるものはすべてそろえた。
ぶっちゃけ、快適過ぎて城の部屋よりこっちに住みたいぐらいだ。
王子という立場がなければ、そうしていただろう。
「最高です。勉強と物づくりに集中できます。ここは天国ですか!?」
「ただ、見ての通り狭い。ベッドも一つしか置けないから一人しか住めない。普段は自由に使ってくれて構わないが。だが、俺がここに篭もるときは自分の家に帰ってほしい」
この部屋は六畳程度で、簡易キッチン、資料棚や冷蔵庫、クローゼット、作業机なども用意しており、もう追加でベッドを置くスペースがない。
こうして狭くしているのは、魔力による換気や空調の消費魔力を抑えるためであり、俺がそちらのほうが落ち着くし、作業効率がいいというのもある。
さすがにこれだけ設備を整えた部屋を増築するのは手間と時間が必要で、サーヤには悪いが、あくまで俺が使わない時にだけ貸すという形をとりたい。
「うん? 別に二人で住めばいいじゃないですか」
「だから、ベットすら増やせない狭さだと言っているだろう」
「このベッド、けっこう大きめですし、二人で寝ればいいだけです! なんなら手を出してもらっても構いません! ほら、このもふもふ尻尾を自由にできるんですよ」
サーヤがドヤ顔で尻を突き出して尻尾をぶんぶんと振る。
……まさか、これは誘惑しているつもりなのか。
「尻尾は魅力的だが、襲うつもりはない。……しょうがないな、ベッドを二段ベッドに改良しよう。その程度ならたいした手間はかからないか」
「同じベッドでいいのに」
恨みがましい目をサーヤが向けてきた。
「言っただろう。全部終わるまで誰ともそういう関係にならないってな。必要なものがあったらなんでも言ってくれ。可能な限り揃えよう。こっちに来たばかりで、いろいろと足りないだろう?」
「はいっ、考えておきます。さっそく、今日からここに住みますね!」
きっと一晩中、工房から持ち込んだ資料で勉強するんだろうな。
尻尾を揺らしながら資料を読み込むサーヤを想像したら、微笑ましくて笑いそうになった。
「さて、ちょっと横道にそれたが、本題に入ろう。勉強も研究もがんばってもらうが、仕事もちゃんとやってほしい。以前にも話した通り、サーヤたちドワーフには城壁の構築をメインに行ってもらう……それで、こいつがその設計図の素案だ。これをベースにしてよりよいものに仕上げてくれ」
土と火の魔法を使え、膨大な魔力を持つドワーフたちの建築速度は人間の百倍を超える。
作業をドワーフに任せる以上、彼らが作りやすい工夫というものも必要。
だから、俺は最低要件を満たす城壁を設計し、あとは彼らにアレンジさせることにしたのだ。
俺が一から十まで指示するより、良いものができるだろう。
サーヤが食い入るように俺が書いた図面を読み込む。
「……これ、面白いですね。城壁って守りのイメージがあったのに。ずいぶん攻撃的です」
「ただ固いだけだと守れない。攻撃力があれば敵は恐れて、攻めを躊躇する。それが何倍も城壁を固くする」
「形状も面白いです。でも、考えてみたら、こうするのが当然ですね。なんで、みんな気付かなかったんだろう」
普通の城壁は、城を囲むよう四角形、あるいは丸く仕上げる。
だが、こいつはそうじゃない。
あまりにもこの世界において異質な形をしていた。
「思い込みは怖い。そこで思考停止して先へ進めなくなる。発明の世界じゃ、技術を発展させていくことに主眼を起きがちだが、いちばん大事なのは、新しい発想や別の視点だ。これもその一つ」
「新しい発想、別の視点……面白いです。決めました! これを改良するときはただのブラッシュアップだけじゃなくて、私なりの新しい発想も盛り込みます」
「熱意があるのはいいが、設計に時間がかかりすぎて間に合わなくなったら怒るぞ」
「大丈夫ですよ。概算設計は速攻で終わらせて基礎工事と資材確保を先に動かします。そうやってみんなに手を動かしてもらっている間に創意工夫を盛り込んだ詳細設計をやるつもりです。ふふふっ、燃えますね!」
キツネ耳をピンと立て、瞳の中で炎を燃やしている。
こうなればもう心配はいらない。
「わかった。城壁はサーヤに任せる。好きにしてくれ」
「はい、ご期待に応えますよ! 万の軍勢が攻めてきても大丈夫なものを目指します」
最も負担が大きい仕事である城壁作りを任せっきりにできるのは非常に大きい。
こうして負担が減った分、他のことに専念できる。
……まずは、千人分の食料を確保するための準備を進めるとしようか。
ただ、飢えないだけでいいならさほど難しくないが、籠城というストレスに晒された状態の民を考えれば、美味しいものを食べさせてやりたい。
だから、必要最低限以上のものを目指す。
俺も、ヒバナやサーヤに負けないようにがんばってみよう。