第七話:錬金術師は師弟誕生に立ち会う
ヒバナと別れ、サーヤと地下工房を目指すことにした。
しかし、その前に一つ、やり残したことを思い出し、ヒバナも連れてバルムートのもとへ行く。
「バルムート、素晴らしい技の冴えだった。想像以上だったよ。だからこそ、安心してヒバナを預けられる。どうか、ヒバナを鍛えてやってくれ。改めて、頼む」
「私からもお願いするわ。私はもっと強くなりたいの」
「ははは、頼みなどと言わず、命令してくださって構いませんよ。……任せておいてください。彼女に我が技術を叩き込みましょう」
俺のやり残しとは、正式にバルムートにヒバナを弟子にしてもらうということ。
バルムートを俺の騎士にするとき、ヒバナに剣を教えることも仕事に含むように頼んであるとはいえ、しっかりと手順を踏んでおきたかった。
ヒバナも同じ気持ちで、隣で深々と頭を下げている。
前からヒバナはバルムートのことを尊敬してたが、タクム兄さんとの戦いを見て、その想いがより強くなったようだ。
「師匠、さっそくいくつか聞きたいことがあるのだけど」
こうして師弟関係が結ばれたことでヒバナも師匠と呼ぶようにしたらしい。
「ふむ、では言ってみるといい」
ヒバナはさきほどの戦いについて専門的なことを聞いて、バルムートが快く応えていく。
ヒバナは感心しつつ、なんども頷く。
この師弟関係はうまくいきそうだ。
話が一段落ついたころで、バルムートに話しかける。
「ヒバナは強くなれそうか?」
「なるでしょうな。才能だけであれば私以上、タクム殿にすら匹敵する。……そのヒバナ殿が、私が世界を巡って身につけた技を効率よく教わるのですから。強くならないはずがない」
「そうまで言われると、少しプレッシャーになるわね。……それから悔しくもなるの。タクム様と違って、私は騎士の国へ修業に行かせてもらったのに、才能が同じ相手にこうもを差をつけられるなんて」
才能が同じで環境が勝っているのであれば、勝ててもおかしくない。
しかし、現状ではヒバナはタクム兄さんの足元にも及ばない。
ヒバナは一度タクム兄さんに勝った。
だが、あれはヒバナのみが魔剣に加え、特殊な装備まで使ったハンデをもらった状態での決闘。そこまでやってようやく、わずかに上回れる。
事実、あれから魔剣を使わない戦い、双方魔剣を使う戦いなどをしているが、ヒバナは一度たりともタクム兄さんに勝ったことがない。
「ヒバナ殿の才能は特殊ですからな。導けるものはそうそういないでしょう。タクム殿が使っていた剣技がこの国のものであるなら、その騎士の国とやらでどういう剣技を学んだかも想像がつく。……端的に言いますと、この国の剣技も騎士の国の剣技も、ヒバナ殿と相性が良くない。根底にあるのが剛の剣。ヒバナ殿も気づいているでしょう? だから、無理やり剛の剣をアレンジして柔に寄せている。そのセンスは賞賛に値する。ですが、元が剛の剣だけに無理がある。今の剣をいくら鍛えても、タクム殿に届くことはないでしょうな」
「私が非力だと言うの?」
少しヒバナの声に苛立ちがあった。
ヒバナの身体能力は非常に高く、魔力量も多い。
「そうは言いませぬ。柔の剣のほうがもっと才能を活かせると言っているだけですな。まあ、無理強いはしませんが。ヒバナ殿の気持ちはわかるのです。剣の根本を変えるということは今までの自分と積み重ねを捨てるに等しい。躊躇いもしましょう……とはいえ、強くなるために、今までの自分をぶち壊すことすらできぬものに剣を教える気はしませんがな」
バルムートが笑う。
笑っているのはヒバナを見下しているわけじゃない。
その逆でヒバナを信じているから。
「……わかったわ。あなたの言う柔らかい剣を教えて」
「いいでしょう。ですが気を抜かぬこと。一から新たな流派を覚えるのは、並大抵の苦労ではない。才能と覚悟、双方揃って可能になる。見込みが無ければ見切りますぞ」
見切ると言われた瞬間、ヒバナの腕に鳥肌がたった。
なにせ、その言葉に込められた感情は空っぽだった。ただ単に事実を告げただけ、だからこそ、迷いなくバルムートはそうすると確信させるのに十分だったのだ。
「そんなに怯えないでいただきたいものですな。見切ると言っても、これは我が主から命じられた任務。ですから、師匠を辞めるわけじゃない。新しい剣は教えなくとも、その歪な繕いだらけの柔剣を見れるようにしてあげましょう。そして、それなりに強くなるといい」
「……それには及ばないわ。そこまで言われてようやく決心が着いたの。私は今までの私を捨ててでも強くなる」
ヒバナは剣の柄を強く握りしめて宣言する。
しかし、その宣言を聞いてバルムートは肩をすくめる。
「捨てる覚悟をするのは必要ではありますが、本当に捨ててしまっては困りますな。身に合わぬ袈裟とはいえ、剛の剣はアクセントとしては強力な武器となる。……私がヒバナ殿を評価しているのは懐の深さ。身に合わぬ剣をよくぞそこまで使いこなした。そのセンスは鍛えてどうにかなるものではない。それこそがヒバナ殿の才能ですな。……私が教えた剣をなぞるだけではただの劣化コピーになりさがってしまいます。ヒバナ殿の才なら、得たもの全てを束ね、自分だけの剣を見つけるでしょう」
「あなたのようにというわけね」
世界を巡り、さまざまな剣を取り入れてきたバルムートの剣は、彼が言ったヒバナの到達点そのもの。
そう思っていたが、バルムートは首を振る。
「それは違いますな。私の剣は、世界を巡り得た各流派の剣を選んで使い分けているだけです。言うならば超高速で剣を切り替えている……それならば才がなくともできる。ヒバナ殿に求めるのは、切り替えではなく融合。それができねば、私を超えられず、タクム殿にも届きはしない。そんな難しい顔をしなくともいいです。私が教え、ヒバナ殿が本気で打ち込むのならば、あとはその才がことを為す」
切り替えと融合か。
言葉の違いがわかっても、俺には実物の違いを想像できない。
一流の剣士同士であれば、わかるのだろう。
それからも二人の剣士は議論を続ける。
……正直、ついていけなくなってきている。
「サーヤ、あとは二人に任せよう。俺たちには俺たちの仕事がある」
二人を正式な師弟をするという役割は果たせた。
となれば、これ以上俺がここにいる必要はない。
「ですね、剣士は戦うことがお仕事。そして、錬金術師とそのパートナーのお仕事は作ることです!」
「パートナーか。たしかに錬金術師とドワーフは最高のパートナーと言えるだろうな」
「はいっ、人生のパートナーです」
「錬金術師と助手だ」
「むう、いけずです。でも、今はそれでいいです。……あっ、やっちゃいました。取り返しのつかないミスです」
サーヤの顔が青くなっている。
かなり深刻な様子だ。
「いったいどうした?」
「義妹の好感度を稼ぐため、がんばって作ったコートがまだ船の中です! せっかくのチャンスだったのに」
「いつからナユキはおまえの義妹になった……」
「たぶん、半年後ぐらいにはそうなっています!」
未来かよ……。
こうしてぐいぐいアピールしてくる女性とは初めて出会った気がする。
曲りなりにも王子で周りが遠慮をするし、ヒバナは俺に好意を持っていても性格上一歩退く。
サーヤのようにまっすぐな好意はちょっと扱いに困るが、同時に心地よくもあった。
「とにかく行くぞ……俺の工房へ」
「二人の愛の巣というわけですね。楽しみです!」
もう好きに言わせよう。
きっと、地下工房を見せればサーヤは喜んでくれるだろう。
あそこにはサーヤが気に入るものがいくつもある。
サーヤが腕を組んでくる。
諌めようと思ったが、サーヤが上機嫌で、悪くないと思っている自分もいて、俺はそのまま地下工房へ向かった。
……しかし、そうしたことで翌日には城内で俺に恋人ができたと噂が広まってしまうのだが、このときの俺はそこまで気が回っていなかったのだ。




