第四話:転生王子は共有する
城に戻るなり、親睦会と作戦会議を合わせてやることにした。
いろいろと報告と提案があるからだ。
報告に必要な資料を船の中で完成させており、会場につくなり配布できた。
主な内容は、向こうで手に入れた品々や今後手に入りうるものを共有すること。
今回は積載量や手持ち資金の関係で買えなかったが、向こうで見つけて今後購入を考えている品のリストも共有しておく。
また、サーヤ、バルムートを始めとした新規加入組のプロフィールと能力の紹介を行う。
他にも彼らが加入したことによって可能になった戦争時の戦略についてなどだ。
貴人用のダイニングに、俺を含めた三王子と、その近衛騎士。それにサーヤとバルムートが揃っていた。
ドワーフの若者たちは彼らの新しい住処で休んでもらっている。
彼らは手足であり、頭ではない。ここに呼ぶわけにはいかない。
「へえ、さすがだね。これだけの鉄があれば正規兵全てに武器が行き渡るよ」
「ああ、今回分だけでそれは可能だ。ただ、武器以外にも鉄は必要だし、正規兵以外にも武器を行き渡らせるために、あと二回か三回、海を渡って鉄を採掘に行く予定だ。その際に向こうの商業都市にも行ってくる。別紙のリストに目ぼしい品物は書いてあるから欲しいものがあったら言ってほしい」
「わかったよ。すぐにリストを用意しよう。まったく、あるところにはあるものだねぇ。大陸が変われば、市場もまったく変わるということかな」
向こうのほうがずっと温暖な気候であり、育つ作物がぜんぜん違うし、生態系がまったく異なる。
こちら側からすればありふれたものが向こうでは貴重だったり、その逆もある。
このギャップを使えば、大儲けすることなど造作もないだろう。
別紙を見ていたタクム兄さんの顔が険しくなる。
「……民に持たせる武器はこいつか。こいつなら兵じゃなくても戦力になるな。機械の力で引く弓。魔力持ち相手じゃなきゃ、十分な武器になるだろうよ。守りを任せられるなら、俺らは攻めに出られるってわけだな」
タクム兄さんは、一剣士ではなく将軍としての顔で、俺が資料に描いた武器を眺めている。
「こっちが想定しているのは籠城戦だからね。上から矢を浴びせるぐらいなら、誰にでもできる」
俺が作るつもりなのは、ドワーフたちにも作らせた滑車の力で非力なものでも長弓以上に強力な張力の弦を引くことができる機械式クロスボウ。
銃と違って概念としての目新しさはなく、高い工作技術が必要なため盗まれても量産は不可能で、安心して使える。
弓と違いクロスボウの場合は引き金を引くだけのため、半日もあれば使いこなすことができる。
こんなものを作るのはこちらの人口が千人しかおらず、民たちの力を借りねばどうにもならないからだ。
「ヒーロよ。ここを出るまえは籠城戦を取るつもりはなかったよな。どういう心変わりだ」
タクム兄さんの言う通り、クロハガネに出る前は、俺は籠城戦ではなく別の策を使うつもりだった。
錬金術の叡智によって生み出されたとある強力な兵器を使い、大打撃を与えたうえで、浮足立ったところをタクム兄さん率いる精鋭たちが強襲するというもの。
錬金術で生み出した強力すぎる武器は教会の疑念を呼ぶ恐れがあり、可能であれば使いたくないのだが、当時の戦力ではそれ以外の方法はなかった。
「攻めにでる策はリスクが高い。もともと籠城戦の勝率がもっとも高いと思っていたんだ。ただ、この城の防御力では、隣国の苛烈な攻撃を防ぎきれない。それだけじゃない、秋に蓄えた食料だけじゃ早晩に干上がってしまうから短期戦以外の選択肢がなかったんだ」
「その状況が変わったっていうのか?」
「ああ、サーヤたちが来てくれた。冬が終わるまえに、城壁の厚さは三倍に、高さは二倍に、材質を変え、魔術を刻み、硬さは五倍に、なおかつ迎撃機能をもたせる。そして、食料は、籠城しながら作れるよう整える」
「……そんなことができるのか」
「できるから言っている。もとからそういう改良プランは出来ていた。だけど、俺一人じゃどうやっても労働力が足りなくて諦めていた」
俺の言葉で、この場にいる唯一のドワーフであるサーヤに注目が集まる。
皆の目が言っている、本当にそんなことができるのかと?
「お任せください。この私とクロハガネの精鋭たちが、ヒーロさんと一緒に最高の城壁を作り上げて見せますよ! あと畑作りも得意分野です」
サーヤが、ドヤ顔をしていた。
この兄たちの前で、この態度とは大物だ。
「へえ、そんな城壁なら魔力持ちだろうと手が出せないだろうね。しかもその高くて硬い城壁の上から、屈強な弓使いが放つ全身全霊の一撃に等しい弓の雨を民たちが降らせるんだろう。まず城は落ちない。でも、その籠城しながら食料を作り続けるというのはどうなんだい? うちの城は元砦だけあって広いけど、千人分の食料を生産するだけの畑なんて作れないよ」
「地上にはだろう? あれをタクム兄さんとアガタ兄さんには見せていなかったな。この城には俺が実験用に作った地下農場がある。それを拡張すれば、千人分ぐらいの食料はなんとでもなるんだ。俺一人の労働力じゃ無理だけどサーヤたちと拡張し、民たちの労働力を使えば可能だ」
あの地下農場は、魔力を使い人工の明かりが二十四時間輝き、温度も自動調整されているから年中作物を育てられる。
加えて、地下水を利用した水の循環システムも完備してある。
今まではあくまで民に育てさせる作物の試験場でしかなかった。
しかし、それを拡張すればそれだけでこの国を賄うことは可能。
……あえて規模を抑えていたのは、彼らの仕事を奪わないためであり、俺へ依存させないため。だが、戦争となればそうは言っていられない。
「地下農場、想像もしなかったよ。錬金術師とは凄まじいものだね」
「それだけじゃない、俺の地下農場は港に繋がる地下通路と繋がっているんだ。奴らの目を盗んで、塩や魚を補給できる。船で食料を買いに行き、城に運びこんでもいい。事実上、食料の心配はしなくてもいい」
「なるほど、戦争が始まると同時に、港へ繋がる地下通路の入り口を潰したとしても、僕たちは自由に使えるというわけか」
だからこその籠城戦だ。
錬金術によって最硬の城壁に立て篭もり、一方的に攻撃をしながら、城の中だけで生活圏を築きあげる。
軍というのは何もしなくとも食料と金を消費し続ける。
隣国が二千の兵を差し向けたとして、毎日二千人分の食料を用意しないといけないし、その食料を運ぶのも金と労力がかかる。
ようするに、籠城してさえいれば、勝手に向こうは疲弊する。
俺の読みでは、敵の限界は半年ほど。
半年、城に引き篭もっていれば根を上げる。
「面白くねえな、そういう受け身の作戦はよ」
「なにも守りだけに徹するつもりはないよ。地下からの出口は他にもある」
俺の工房はもしものときを考え、脱出経路をいくつか用意していた。
そのうち一つが海へ繋がる地下トンネルにつながっており、他には……。
「ここかっ、はっ、おもしれえ。敵の背後をつけるわけか」
「そうだ。タクム兄さんにはゲリラ的に動いてほしい。少数精鋭を率いて、敵に打撃を与えてすぐに撤退を繰り返す。狙うのは人的損害以上に敵の食料だ。食料庫の焼却、補給線の破壊。一人二人殺すより、食料庫を焼くほうがよっぽど効率的だ」
幸いなことに、カルタロッサの森や湖は、その恵みを取り尽くされ枯れている。敵軍は食料の現地調達ができない。
籠城前に、民たちにすべての食料を城に持ち込ませるつもりだ。
やつらにとって運んできた食料だけが全てだ。
だからこそ、それを奪えば、相手に待っているのは餓死。
餓死までいかなくとも敵の士気は著しく下がる。いくら攻めても城を落とせない徒労感の中、満足に食事も取れないとなれば人は動けなくなる。
散発的な襲撃を行うというのもミソだ。
いつ来るかわからない襲撃に備えるために、常に警戒を強いられる。
向こうは大所帯だからこそ、守らないといけないものが多い。敵の精神を蝕み、疲労はさらに増す。
弱小国と侮り、調子に乗って敵地に踏み入れた連中に地獄を見せてやる。
「はっ、えげつねえな。その策も、俺らにそれを頼むおまえもな」
「ああ、なにせこれはこっちに繋がる地下通路を晒すリスクを伴う。タクム兄さんたちが捕まり、拷問で地下通路を吐き、鍵を敵に渡せば詰む。俺は、タクム兄さんたちを信じているから提案している。できないなら断ってもらっても構わない」
地下通路は錬金術で作られた強固な壁で出来ている。
そして、その扉は特殊な鍵でしか開かず、力技で破られることはない。
しかし、その場所を知られ、鍵を奪われれば話は別。
地下通路から奇襲を仕掛ける以上、タクム兄さんたちに鍵を渡さざるを得ない。
「やろう。だがな、敵にだって強え奴がいる。どんな敵がやってきても勝てる騎士となりゃ、せいぜい六人ってとこか」
「一騎当千が六人要れば十分だろう」
こちらの狙いは奇襲をかけて食料を焼くこと、敵の大軍とぶつかることじゃない。
「いや、せめて四人小隊が二つはほしい。四人ってのは最小単位、四人いなきゃ組織だったことはできねえ。んで、小隊一つじゃできることは少なすぎる。……おい、バルムートと言ったな、おまえに俺の部下二人を任せる。んで、ヒバナがいりゃ四人だ。おまえなら部下を敵に奪われるなんて間抜けはさらさねえだろ」
「私の剣も見ずに信用するのかね」
「ああ、それぐらい俺らにゃわかるだろう。なんだ、おまえのほうは俺の腕を信用してねえのか?」
「ふっ、まさか。ええ、引き受けましょう。面白い仕事ですな。ヒバナの勉強にもちょうどいい」
バルムートが笑う。
絶対の自信があるようだ。
そして、彼は意味ありげに俺を見たので頷くことで返事をする。
俺はバルムートに、俺の騎士となった証に魔剣を渡した。
だが、それは間に合わせであり、もし彼が武勲を上げたら彼のために新たな魔剣、それも剣に囚われない、俺が信じる最強を作り上げると約束している。
俺が頷いたのは、この任務を果たせばそれを武勲として認め、魔剣を作るという約束だ。
「アガタ兄さんは、この策をどう思う」
「短期決戦ではなく、長期戦は僕としてもありがたい。一気に決まらず、徐々に劣勢に追い込んでいくなら、こちらも工作がし易いよ」
アガタ兄さんはずいぶん前から仕込みをしている。
その仕込みとは、隣国に敵意を持つ国を味方につけること。
そのためには、隣国がカルタロッサ王国を侵略したという事実、加えてその隣国が弱ることが必要。
各国に侵略者からカルタロッサ王国を守ってやるという大義名分を与えた上で、隣国を横から叩けばうまい汁が吸えると思わせなければならないからだ。
籠城戦を始めれば、そのタイミングが必ずくる。
……こちらとしては隣国をまるまる侵略するのがベストではあるのだが、あまりにも国力が違いすぎる。
カルタロッサには隣国を取り込む体力などありはしない。
だから一番近い人口二千人ほどの領地、もとはカルタロッサだったあの地と民を取り戻すこと以上は望まない。
そのあとはハイエナたちを呼び、パイのように隣国を切り分けさせて、消滅させることで潰す。
同時に、そのことで恩を売り、隣国を切り分けた国々と友好関係を結び、それらの国々に我が国を攻めさせない。
そこまでして初めてカルタロッサ王国は脅威を取り除ける。
勝つだけでは意味がないのだ。
「僕は賛成する。ただ、例によってヒーロの策には穴がある。ヒーロは発想力はあるのにいつまで経っても詰めが甘い。後でいくつかアドバイスをするよ」
「俺も賛成だ」
「なら、これで行こう。準備期間はわずか三ヶ月半、これから忙しくなる」
俺の目算ではぎりぎりと言ったところか。
過労死寸前まで無理をしてという前提で。
そう思っているとサーヤが手をあげた。
「あの、うちのみんな、移住はきついけど、短期間のお手伝いならしてくれる人はいると思うんですよね。ドワーフたちも冬はわりと暇ですし。向こうは今が冬目前だったり、生活基盤整えるのにものすっごく忙しいけど、一ヶ月ぐらい後なら、二十人ぐらいバイトしに来てくれると思いますよ。条件としてはそれなりの居住環境とバイトの分、割高な報酬を現物払い。私たちって街に買い物いくと目立っちゃうのでお金もらっても仕方ないんですよね」
「頼む!」
即答した。
ドワーフ二十人なんて、とんでもない戦力だ。
それだけいれば、どうにでもなる。
……そうか、考えが甘かった。戦争が起こるところに移住してもらうのは申し訳ないと思っていたが、戦争が始まる前までバイトしてもらうだけならハードルは下がる。
来月から来てもらっても戦争が始まるまで二ヶ月あるのだ。
サーヤたちを含め二十六名のドワーフを二ヶ月も使えれば、なんだってできる。今の設計は現状の労働力でぎりぎり成立できるものだ。もっと強力なものに変更しよう。
「ヒーロの報告書を見る限り、ドワーフというのは凄まじいね。頼もしいよ。ドワーフの姫君、この国の大臣として頼みがある。戦争が終わったあと、もう一度力を貸してほしいんだ。この国を作り直すために」
籠城戦などすれば、城以外の家々や畑は奴らに破壊しつくされるだろう。
アガタ兄さんはそこまで考えている。
「お安いごようですよ! 私たちドワーフはヒーロさんによって救われました。だから、恩返しします。あっ、でも報酬はもらいますよ。ヒーロさんもそこはしっかり要求しましたから」
サーヤはドワーフの姫だけあって抜け目ない。
「報酬? とくにそれについてヒーロは書いてないが」
「その報酬は私です。うううっ、可愛そうな私。『げへへっ、故郷を救ってほしければ、俺のものになれ』と脅されて。もう、これじゃヒーロさんのお嫁になるしかないです……」
わざとらしく泣き崩れる。
「……本当かい? ずいぶん、僕の知っているヒーロとキャラが違うがけど」
「嘘は言ってないですよ!」
胸を張って、サーヤが言う。
たしかに嘘は言っていないな。
……アガタ兄さんは嘘ではないが、言葉どおりでもないと気づいている。しかし、タクム兄さんのほうはクズを見る目で俺を見ていた。いや、そこは兄として信じて欲しかった。
「ごほんっ、正確には俺が力を貸したようにサーヤにはカルタロッサ王国に来て、この国を繁栄させる手伝いをしてくれと頼んだだけだ。この国のためにサーヤの力が必要だったんだよ」
「あっ、せっかく既成事実を作ったのに」
「ずいぶんと二人は仲がいいようだね。ふう、これじゃ口説けないじゃないか。サーヤくんはけっこう好みだったのに」
「私はヒーロさん一筋です」
サーヤが腕に絡みつく。
これで一通り報告は終わり、ここからは親睦会だが……。
そろそろ頼んでいたアレが来るころか。
扉が開く。
「皆様、ヒーロお兄様が持ち帰ってくれたものでご馳走を作りました。みんなで食べましょう!」
妹がやってくる。
背後では使用人たちがたくさんの皿を乗せたトレーを持っていた。
城に帰るなり、親睦会の料理を作ってくれと妹に頼み、材料とレシピを渡していたのだ。
みんな腹が減っている。海の向こうで手に入れた美味を味わいながら親睦を深めるとしようか。
うまい飯というのは、人の気持ちを柔らかくする力がある。……ただ、そんな気遣いはいらなかったかもしれない。サーヤもバルムートも怖いぐらいあっさりと馴染んでいるのだから。




