第二話:転生王子は出港する
移住からは平和な日々を過ごしていた。
今の所、追手がかかる気配は一切ないし、船を使った食料の買い出しや、秘密ドック経由での鉄採掘と回収も問題なく行えている。
バルムート、あの男は優秀かつ従順だった。
世界中を旅して回っただけあって、要領がよく、知識、技術の幅が広い。
加えて、誰とでも打ち解けるだけの人格者で、彼を警戒していたドワーフたちとすら仲良くなった。
それも旅で身につけたものだろう。
……あの面接では強さしか見えていない脳筋のように感じたが、脳筋であれば大貴族に取り入り近衛騎士団長にまで上り詰められるわけがない。
いくら剣の腕があっても、他所の国から来た男が大貴族の信頼を勝ち取るのは生半可なことではないのだ。
圧倒的なコミュニケーション能力がいる。
さらっと、旅をしていたころのコネを使い教会の秘密を暴いたと言っていたが、それがどれほど難しいか。
思った以上の拾い物であり、だからこそ彼を使うには細心の注意が必要だ。
そして今はドワーフたちによって作られたドックにいる。
ドワーフたちを運んだ船、エスポワールを見上げる。
予定通り、小回りが利く小型船をここに残し、エスポワールでカルタロッサ王国に帰還する。
ただ、さすがに小型船とは釣り合わない気がしたので、この四日で手に入った材料を使い改良をしつつ、もう一隻作っておいた。二隻あると何かと便利だろう。
「さて、我が主よ。いよいよ帰還というわけですな」
「ああ、そうだ」
今日はいよいよ帰還する日。
たった四日で新クロハガネは見違えており、もう俺たちの力がなくとも彼らだけでやっていけると判断した。
新クロハガネの倉庫にはヒバナとバルムートが小型船を使い、商業都市で購入した食料がたっぷり詰まっているし、広場では主婦たちが狩猟した肉や魚を干したり、塩漬けにする光景が日常になった。
信じられないことに四日で家々が立ち、井戸が用意され、畑を耕しただけでなく水路まで引かれている。
今では家具を作る余裕すらある。
材料は土魔法で粘土質の土を地中から集めたり、木材、石材。
あとは狩りで得た獣の毛皮や骨など。
それらの家具は装飾はシンプルだが、品が良く、機能重視で作りがしっかりしている……たぶん、これを国に持ち帰れば結構な値段で他国に売れる。人間の職人でこれだけのものを作れるものはそうそういない。
えげつない速度でクロハガネの街が発展しているのは、今まで押さえつけられていた反動と、新生活への意気込みゆえだろう。
こんなものを見せられるとクロハガネの民にカルタロッサ王国に来てほしいと思ってしまう。
彼らがいれば、労働力が足りずにあきらめていた様々なインフラ工事が可能になる。
……だが、それはできない。
戦渦に巻き込まれる可能性が高いところへ移住を勧めるわけにはいかない。
本音で言えば、サーヤを連れていくことすら躊躇っていた。
そして、そのサーヤと言えば。
「あの、ヒーロさんのお父様とお母様の好みを教えてください。船の上だと暇になりますし、昨日手に入れた毛皮でちょちょいのちょいとコートを作っちゃいます! ふふふ、ドワーフ製コートを渡せば一発で私にめろめろですよ。まずは外堀から埋めていきますよ」
っと、悲壮感は一切なく、むしろ移住を楽しみにしていた。
にしても両親へのプレゼントか……。どう答えたらいいものかと考えていると、ヒバナが代わりに口を開く。
「ヒーロに母親はいないし、父親のほうは寝たきりよ。外堀を埋めるなら、ヒーロって妹にはすごく甘いから妹を狙うべきね。あの子は可愛くてふわふわしているのが好きよ。背格好はあなたと同じぐらいね」
「なるほど! 最高のコートを作ってお姉ちゃんと呼ばせてみせますよ。あと恋敵にアドバイスをしてくださったヒバナさんにも特別になにか作ってあげますね」
サーヤが尻尾を振りながら、握りこぶしを作った。
「……あなた、新しい環境への不安とかはないのかしら?」
「そりゃありますよ。でも、ヒーロさんと一緒なら大丈夫だって信用しているんです」
信頼しきった目で俺を見る。
参ったな、そんな目をされたら大事にするしかない。
「ああ、信用してくれ。話は変わるが、ほとんど着の身着のまま村を出て、なんでたった四日でそんなに荷物が増えるんだ?」
「みんなが持たせてくれたんですよ。役に立つものがいっぱい入ってます」
「そうか。人気者だな」
「愛され系ふぉっくすです!」
やはり、サーヤは愛されている。
姫という立場だけでなく、彼女が積み重ねたものによるものだ。
「ヒバナ、出発前に積荷をチェックしよう」
「そうね、なかなかここまで戻ってこれないだろうし」
エスポワール内の倉庫を覗く。
エスポワールには大量の鉄と、さほど多くないが金が積み込まれている。
金のほうは先日、この島にある鉱山へ赴いたドワーフたちが採掘したもので、それらを彼らは好意から譲ってくれた。
精錬までやってくれており、三十キロもある。
物価から日本円換算するとおおよそグラム五千としても一億五千万円程度の価値。……俺の錬金術を使い他国の金貨に加工すると価値は数倍になる。
国家運営という視点で考えると大した金額ではないとはいえ、貧乏国にはありがたい臨時収入だ。
他にも、こちらの都市で買い込んだカルタロッサにはない植物の苗や種、それから鶏の雛や、仔山羊等も買い込んである。
……そして、父の治療に必要な薬草も。
【回答者】によって、父の治療に必要な薬のレシピは数年前から判明していた。
だが、カルタロッサ王国や周辺諸国では手を尽くしても手に入らず、その薬なしでは病の進行を抑えるのが精一杯だった。
そんな貴重な薬草が、こちらでは無造作に売られていた。風邪薬なみの気軽さで。
……ようやく父を治療できる。
正しく調合できれば、二ヶ月もしないうちに父は目を覚ますだろう。
「問題ないわ。あなたの作ったチェックリストに書かれているものは全部ある」
「こっちも大丈夫。なら、行くか」
俺は甲板へ昇る。
「サーヤ、バルムート行くぞ」
「はいっ!」
「いいですぞ」
こちらに来て新たに仲間となった二人が船に乗り込む。
いや、二人だけじゃない。
ドワーフの若手たちが五人ほど乗り込む。
そのうち一人はサーヤに惚れている門番だ。
「おまえたち、なんのつもりだ」
俺の問いに若いドワーフを代表して門番が前にでる。
「俺たち五人もあんたの国にいくと決めた。長たちには話を通してある。あとはあんた、いや、婿殿の許可だけだ」
婿殿というのは、サーヤの告白以降に定着した俺の呼び名。
もしかしたら、これもサーヤの外堀り埋めかもしれない。
「理由を聞いていいか?」
「俺らは外の世界を知りたいんだ。あんたの話を聞いてるうちに村の外が知りたくなった。それに姫様を一人で行かせられない。タダ飯ぐらいになるつもりはねえよ。腕には自信がある。そっちへ行ったら必ず役に立つから、行かせてくれ」
この五人は印象に残っている。
船造りや、新クロハガネの街づくりでも大活躍していた。
腕への自信は過信じゃない。
喉から手がでるほどほしい人材たち。
「いいのか? 人間に差別されるかもしれないし、戦場になるかもしれない国だ」
「なおさら姫様を一人にできない! それにな、あんたならなんとかするんだろう。姫様が惚れた男なんだからな」
薄く笑う。
世界を知りたいというのも、サーヤが心配だというのもどちらも本音だろう。
「同行を許可する……いや、来てくれ。君たちの力が俺の国には必要だ。多くの仕事を振るが、それに見合った待遇を用意する」
「よろしく頼む。あとな、もし姫様を泣かせたら、そのときは俺が姫様を」
そこまで言いかけて、残り四人の若いドワーフが門番の頭を叩いて、あほかと叫ぶ。
……案外、こいつにとってこれが一番の理由かもしれない。
こうして、五人のドワーフも一緒に来ることになった。
たった五人と思うかもしれないが、ドワーフ一人で人間の職人百人分は働く。
つまり、五百人の超一流職人を手に入れたも同然。
今まで労働力不足で諦めていた風車や水車づくり、用水路の整備、下水道の導入、そういったインフラが進められそうだ。
それに、船だって増やせる。
船に乗り込んだ、若い五人とそれぞれ握手をして、感謝の言葉を伝える。
「カルタロッサ王国は君たちを歓迎する。さあ、行こう。出港だ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
「ちょっとストップ」
いつの間にか真横にいたサーヤがくいくいと俺の裾を引いた。
「どうした、サーヤ」
「あの、熱い友情展開はいいんですが、この船の食料って余裕あるんですか?」
「……ちょっと追加しておこうか。うん、出港を遅らせよう」
空気を読まないマイペースなサーヤによって、新たな仲間を得てそのまま出発という青春展開がぶち壊される。
だが、間違いなく正論。
種や家畜はあっても積み込んだ食料は人数分+数日分の余分程度。少しでも多くの食料を村に残すためにそうした。
「最初の仕事だ。数日分の食料をもらってきてくれないか」
「ああ、はい」
どこか冷めた感じでドワーフの若者たちが船を下りていく。
漁で自給自足できなくないが、魚だけでは辛いのだ。
その場の勢いよりも快適な旅を優先しなくては。
こうして、少々のトラブルがあったものの船は出港した。
今からカルタロッサにつくのが楽しみだ。
鉄と金に、種に家畜、父を治す薬。そして、優秀な仲間たち。
兄さんたちもきっと喜んで迎えてくれるだろう。