第一話:転生王子は面接する
ドワーフたちがヒバナをこの村に案内してきた。
彼女の隣には三十前後の男がいる。鍛え抜かれた細身の体であり、身にまとう気は清流のように滑らかで美しさすらある。
この歩き方と気を見るだけで達人だとわかった。
そもそも、ポーションにより傷は塞がっているとはいえ、繋がっているのは表面だけ。並の人間では立つことすらままならないはず。
タクム兄さんと同じく化物だ。
「ヒバナ、ご苦労だったな」
「ええ、ちょっとだけ疲れたわ。それに眠いわね」
「少し休むといい。一番大きな建物に行ってくれ、世話は頼んである」
「いえ、私も同席させてもらうわ。どんな話をするか興味があるもの。それに私はあなたの護衛よ」
「悪いな、頼む」
相手が相手だけにヒバナが一緒に居てくれるのは心強い。
もうひとりのほうに眼を向ける。
「ヒバナから俺のことは聞いているだろうが、改めて自己紹介しよう。俺はヒーロ・カルタロッサという」
「貴殿がヒバナ殿の主か。ああ、なるほど。不思議な魅力を感じる。ヒバナ殿が心酔するわけだ。私はバルムート・ナハル。とある大貴族の近衛騎士団長などをやっていたが、元は強さを求めて、流浪する剣士であった」
膝を付き、頭を下げた。
俺への敵愾心はまったく存在しないように見える。
「頭を上げてくれ。向こうの建物で話そう。あそこなら邪魔は入らない。それにその傷だ。立っているのも辛いだろう?」
「心遣い感謝する」
早速完成した個人用住居の一つを使わせてもらう手はずを整えた。そこなら周囲の眼を気にせずに話ができる。
それに、そこであれば荒事が起こったとしてもドワーフを巻き込むことなく、存分に力を振るえるのだ。
◇
できたてほやほやの家は、申し訳程度に机と椅子が用意されているだけで、家具などはほとんどなかった。
ポーチから水筒とコップ、それに保存食として持っていたドライフルーツを取り出し、全員に振る舞う。
「悪いな、この村はまだ客人をもてなすだけの準備が整っていない」
「お気遣いなく、ああ、この干し果物も茶も実にうまい。染みますな。驚きの連続だ。海の魔物を寄せ付けず海を渡る船、それにこの村……ドワーフとは凄いものだ。昨晩、新天地にやってきて、もうこれだけの設備があるとは。ウラヌイの連中が囲い込みたかったのもわかるというもの」
俺が出したお茶を、なんの躊躇もなく飲む。
旅の剣士で放浪していたのならば、茶に何か盛られていないかを警戒していないはずはない。
その素振りを見せなかったのは俺を信用するというメッセージだ。
「そうだな。俺も彼らの力には驚かされてばかりだ」
「貴殿もドワーフの力を利用するつもりですかな?」
「利用する。だが、俺が目指すのは共存だ。互いの利益を追求するつもりだ。表面上だけでなく友人として」
あくまで対等な関係として、それが長期的には一番いい。
「その眼、ただ理想論を述べているわけではなさそうだ。……一つ、お聞かせ願いたい。私が鍛えた部下七人、彼らは一流の剣士で連携に優れ、七人なら超一流すら食らう。どう対処なされたのでしょう?」
「サーヤ姫を囮にしてひきつけ、俺が殲滅した。恨み言なら聞くつもりはない。殺し合いをしたんだ」
「恨み言などとんでもない。ただの興味ですよ。あなたの力量でどうすれば部下たちが殺せるのか。ヒバナ殿が見せたあの魔剣、あれと同格の剣があったとしてもそんな真似はできない」
「俺の部下になり、カルタロッサ王国に来ればわかることだ。そして、カルタロッサ王国に来るのであれば、我が国が旅の終点になることは覚悟してほしい。もし、国を出るのであれば機密保持のために殺す。もっとも、気が変わってカルタロッサ王国に来ないと言っても、この島を知った以上殺すしかなくなっているが」
「殺す……貴殿にそれができるのかね?」
俺を試してるのかこれみよがしに剣気を放出する。
バルムートと名乗った男と俺ではあまりにも力量差が大きい。
たとえ、重傷で全力を振るえなくとも、この距離ならばヒバナが俺をかばうまえに殺せてしまう。
それは向こうも把握できている。
「できる。というより、もう殺している。試してみるといい、俺に襲いかかれば死ぬ、この村から許可なしに出ようとしても死ぬ、俺がバルムートを生かそうと思わなければ放っておいても死ぬ」
脅しではなく、この部屋に入った時点で奴はもう死んだも同然だ。そういう準備をしてある。
バルムートの表情が歪む。
それは怒りでも、恐れでもなく、愉悦。
「ははは、私はもう死んでいるですと。茶に何かを入れたか? いや、そんなつまらないことはするまい。そもそもそれであれば、私の剣を防ぐことはできない。では、どうやって? わからぬ。だが、面白い! こういう強さもあるのか! なんて理不尽で不可思議な。この私が何をされているのかすら気付かないとは。はははは。部下ではどうにもできないわけだ」
狂ったようにバルムートが笑い、それから平常心を取り戻し、頭を下げた。
「このバルムート・ナハルの剣を貴殿に預けよう」
「その意志は受け取った。だが、その前に聞きたいことがある。何を思い、その覚悟を決めた」
「貴殿の力を我が物とするために。貴殿が主となれば、私には我が主を守るために、より強い剣が与えられるはずだ。……この剣では少々心もとない」
彼は鞘から剣を抜く。
刀身の半分以上がなくなり、恐ろしいほど滑らかな断面が輝く剣があった。
ヒバナが斬った剣だ。
「剣のために配下となるか……そうだな。もし、俺の騎士になるなら、当然、バルムートのために剣を打つだろう」
「例え話だとしても、ありがたき幸せ。ひどく楽しみです。そして……私のために剣を打ってくださるなら、要望を伝えさせていただきたい。ただ、強くしてほしい。剣である必要はありません」
バルムートの目が怪しく光る。
「最強の剣士を目指したのではなかったのか?」
「いえ、私が目指すは最強。そしてたまたま、私が最強を目指すにあたり、もっとも性にあったのが剣というだけのこと。もし、剣を振るうより高みに到れるのであれば、それを選ぶ……あなたの武器は剣ではないのでしょう? 剣の延長上にあるもので、我が部下を倒し、ここで私をいつでも殺せるなんて状況を作れるはずがない。私はその力がほしい! それこそが貴殿を主に定めたいと願った理由だ」
なんという不遜と自信だ。
そして、俺がいかに強い剣を持ったところで、彼の部下や彼を殺せなかったのは図星だけに反論できない。
「……今まで磨き上げた剣技を捨てることになってもいいのだな。我が騎士、ヒバナをも唸らせる剣技、人生すべてを費やさねばたどり着けなかっただろうに」
「それが最強へ繋がるのであれば。新たな武器が剣でなくとも、いや、既存のいかなる武器にも該当しなくとも、その新しい武器を窮めてみせましょう。むろん、そのついでに我が主をお守りする」
次期国王である俺を守るのがついでか。正直すぎる。
彼はぎらぎらした欲望に染まった。だが、どこまでも純粋で力強い目で彼は俺を見ている。
ああ、嘘じゃない。彼の言葉は想いは本物だ。
俺が彼の力になる限り、彼は俺に付き従い、守るだろう。
ようやく、心が決まった。
「我が剣となれ、バルムート・ナムル」
「ありがたき幸せ。私は運がいい。こうして錬金術師の力を得られるのだから」
「俺は自分を錬金術師だと言ったつもりはないが」
「言わなくとも貴殿の為したことを見ればわかる。あのような船、あのような剣が錬金術師以外に作れるものか! ふふふ、錬金術師の剣を得るために、大貴族にとり入ったのは無駄ではなかった。こんな形で目的が果たせるとは」
「……ちょっと待て、それはどういうことだ。ウラヌイには錬金術師がいるのか!」
大貴族に取り入れば、錬金術士の剣を手に入れられるとは、ウラヌイに錬金術師の貴族がいることに他ならない。
「いいえ。ウラヌイにではなく、教会にですな。教会は、神の御業と言っているがそのような話は戯言。教会は恭順する国々に、錬金術の奇跡で生み出されたものを授けて忠誠を買っているのですよ。かの国は、その奇跡で聖剣を求めるが習わしであり、最強の騎士を決める大会で優勝したものに聖剣を授けるのです」
神の奇跡で得られた剣なら、聖剣と呼べるだろう。
それが錬金術師の純然たる技術と知識の積み重ねで生まれたものであっても。
案外、ヒバナが居たキナル王国の聖剣も似たような経緯で作られたものかもしれない。
「その大会に出るため、大貴族の後ろ盾が必要だったというわけか」
「ええ。出場も決まり、優勝する自信はあった。ですが、二年前から急に教会は奇跡を振る舞わなくなった。以降、どの国も教会の奇跡を賜っていない。そこで私は世界中を旅したコネを使って調べました……教会は錬金術師を所有し、彼らの技を奇跡としており、最後の生き残りが死んだと。本当に運がいい、私は国を見限る寸前でしたからな」
教会の奇跡が錬金術によるものだと推測していたが、こんな形で確証を得るとは。
「そういうことか……」
「貴殿に忠告をしておきましょう、教会は必死に錬金術師を探しています。なにせ、奇跡の打ち止めで国々の離反は始まっている。打算で離れるものはまだいい、最悪なのは馬鹿真面目に奇跡を信じていた連中が教会は神に見放されたと吹聴していること。権威が地に落ちるのは時間の問題」
「だとしたら、教会はなんとしてでも錬金術師がほしいだろうな……俺を手土産に差し出せば、魔剣が何本でも褒美にもらえるんじゃないか? そっちのほうが早いかもな」
「でしょうな。しかし、錬金術が技術というなら教会で埃を被っている時代遅れのナマクラは要りませぬ。捕らえられた貴殿が無理やり作らされた形だけの偽物も不要。私が欲するのは貴殿が己の望みを叶えるため、全力で槌を振るい、魂を込めた武器。ここであなたの剣として誓いましょう。私が最強になるため、主に立ちふさがるすべてを斬り伏せると」
「はっ、自分本位もいっそここまでくると清々しい。下手に媚を売られるより信頼できる。いいだろう、おまえのために剣、いや、考えうる最強の武器を作ってみせよう。……ただし、条件がある。武勲を上げてからだ。それまではこれを使うといい」
腰にぶら下げていた、俺の魔剣を鞘ごと投げる。
「ふはははは、これが間に合わせとは……本当に貴殿は私の想像の上を行く。至高の聖剣と言われても信じてしまいそうだ。いったい、我がために打たれる武器はどれほど……我が主よ。ご期待ください」
自らの野望のために従う。
だからこそ、信頼できる。
「四日後にカルタロッサ王国に帰還する。それまではドワーフたちを手伝ってくれ」
「御意に」
出発は四日後と決めた。
俺の乗ってきた小型船はこの島に残し、サーヤたちが作った船で、クロハガネのあった大陸に戻り、船を作った際に余った鉄を積み込み、カルタロッサ王国を目指す。
これはサーヤと話して決めたことだ。
大型船は目立ち過ぎて、サーヤたちには使いにくい、俺のほうは大量の鉄を持ち帰りたい。船を交換するのは理に叶っている。
出発までに可能な限りドワーフたちの生活基盤を整える。
そして、カルタロッサに戻れば鉄を使い、戦いに備えるのだ。