エピローグ:錬金術師はやり遂げる
追手がいないかを徹底的に確認しながら地上ルートで秘密ドックにたどり着く。
あの精鋭たち以外は、潰した道の迂回に手間取っているようで、俺たちに追いつけなかったようだ。
「やっぱり、まだ出発していなかったか」
船からクロハガネの民たちが手を振っている。
俺たちを待ってくれていたようだ。
「サーヤ、早く行ってやれ」
彼女の背中を押す、サーヤは二歩、三歩と歩いてから振り向く。
「あの、ヒーロさんとヒバナさんは」
「俺たちは小型船で追いかける。まずないと思うが、万が一、船で追いかけられたときのためにな。小型船のほうが戦闘力がある」
小型な分、速度があるし、あっちには強力な武装がある。
だからこそ、護衛に向いている。
どんな船が来ようとも、即座に沈めることができるだろう。
何があっても敵を、新しいクロハガネに案内するわけにはいかない。
「私もそっ……いえ、また、向こうで!」
「ああ、新しいクロハガネで会おう」
サーヤがエスポワールに向かって走る。
「サーヤはヒーロと一緒に居たかったみたいよ」
「そうだな、だが、クロハガネの民に自分が必要だとも理解しているよ」
サーヤが付いて行きたいと言いかけて止めたのは、クロハガネの民を安心させるため。
緊急での出発になり、ただでさえ不安な新天地への移住なのに、より心細くなっている。
心の準備ができていないし、精神面以外にもまだ向こうの環境が整っていないという問題や、本来もっていけたものをもっていけてないという不安要素がある。
だからこそ、サーヤは向こうに居てみんなを安心させなければならない。
それが、姫たるサーヤの役割だ。
サーヤが船に乗り込んでからすぐに船が出発する。
外部スピーカーが起動した。
「ヒーロさんとヒバナさんのおかげで、全員ちゃんと居ます。二人がいなければ、きっと駄目でした。だから、ありがとう!」
「礼を言うのは早い、ちゃんと向こうへ着いてからだ」
船のソナーでこちらの言葉は聞こえているはずだ。
「そうですね。では、行ってきます!」
船が出港する。
さて、この大陸は無事出発できた。
もう、一息頑張ってみよう。
◇
無事、船は居住先の島にたどり着いた。
警戒していた船での追跡はなく、平和な航海で助かった。
夜明け前に出発できたこともあり、そろそろ日が沈み始める頃あいだ。
今は、事前作業班が村にするため平地にした場所で、夜露を凌ぐための簡易住宅を作りつつ、炊き出しをしている。
ちなみにヒバナはいない。無事、エスポワールがこの島についてすぐにクロハガネへと戻った。凄腕の剣士を連れてくるらしい。
彼が俺に仕えると決めた経緯は聞いている。カルタロッサ王国にとって、凄腕の剣士が加わるのは非常にありがたい。
ただ、扱いには気をつけよう。寝首をかかれかねない。
「……すごい光景だな」
ドワーフたちは一人残らず、土木工事ができるようで魔法を使いながら凄まじい勢いで、石材と土を材料にした家を作っていく。彼らいわく、お手軽にできる簡易住宅らしい。
しかし、簡易とは言っても、カルタロッサで農民たちが暮らしている家より、よほどいい家だ。
人間の場合、人数がいても、人数に比例して作業効率が上がるなんてことはない。知識と技術を持つ人間は一握りで、指示を出せるものは限られ、それぞれの持つ技術に応じて任せられる仕事も変わる。
だけど、ここにいるのはよほど幼いものでない限り、全員が知識と技術を持ちフル稼動。
「めちゃくちゃだ。これがドワーフの力か、過小評価していたようだ」
彼らなら、十日もあれば簡易的なものではなく、本当に街を作ってしまいそうだ。
「ふふふっ、驚きました? これが私たちドワーフの力です!」
呆然としている俺の元にサーヤがやってきた。
どことなく疲れた顔をしている。
安全のため、少しでも早く移住先へたどり着く必要があり、ドワーフで最高の魔力を持つサーヤは、常に動力担当だったらしい。
そのため、魔力はすっからかんで家造りからは外れており、エプロンを身に着けて食事の準備をしていた。
「意外と似合うな、エプロン」
「意外とはなんですか! 私、こう見えても家事はばっちりなんですよ。なにせ、私が料理を作るっていっただけで、みんなのやる気が二倍になるくらいです」
それは誇張ではなかった。鬼気迫る様子で男ドワーフたちが作業に打ち込んでいる。
……たぶん、それは味ではなくサーヤが作ってくれるって事実が嬉しいだけだと思うが。
サーヤは姫であり、アイドルのようなものなのだ。
「それで、なんのようだ?」
「えっと、ご飯ができたので呼びにきたんですよ。あの、集会場(仮)に行きましょう」
集会場(仮)とやらを指差す。
そこにはすでに立派な建物があった。平屋ではあるが二百人ぐらいなら簡単に入るし、小奇麗でよくよく見ると、快適に過ごせるように様々な工夫がされているし頑丈な作り。
「あそこまで立派な建物は俺の国にもないぞ」
「ふふふっ、個人の家ができるまではしばらく共同生活をしますからね。あれぐらい立派じゃないと。長老たちが本気を出しました。魔力量では私のほうが上でも、長年生きてるだけあって無駄に技術力はありますからね! でも、まだまだです。ドワーフの集会場なんですから、いずれ時間をかけてちゃんとしたものにしないと。そのとき(仮)がとれるんです!」
「……意外とおまえら余裕があるな」
夜通し逃げて、不安に怯えながらの船旅。
正直、掘っ立て小屋を建てたら死んだように眠ると思っていた。
「みんな、船の中でぐっすり眠ってましたしね。どこでも寝れるのもドワーフの強みです」
「そんな中、一睡もせずに全力を出していた馬鹿もいたようだが」
正直、あの時間に出発してまだ明るいうちにたどり着けたのは、サーヤが無茶をしたから。
俺の想定では日が沈んでからの到着だったのだ。
「ここで無茶をしないでいつ無茶をするんですか」
そう強がりを言って、ふらっと倒れそうになったので支える。
「寝ろ。ぼろぼろだ」
「寝ますよ。でも、祝杯をあげてからです。ちゃんと、私がみんなに宣言しないといけないんです。もう、怖くないところへこられたって、新しい生活が始まったって。そうしないと、心が引っ張られちゃいます」
「それは長の役目じゃないのか?」
「ふふふっ、実務はともかく人気があるのは私なんですよ!」
まったく、しんどいときほど茶化すのはサーヤの悪癖だ。
口調は冗談じみているが、内容は的を射ているだけに反論できない。
「わかった。なら、これを飲め」
「あっ、その元気がでるお薬ですね」
「特別だ。……自分じゃ気付いていないだろうが、ひどい顔だ。そんな顔じゃ、場の空気が冷える」
魔力欠乏症一歩手前、体力的にも限界、そもそも寝てないせいでくまもできている。
眠っていないというのは、昨日だけじゃない、サーヤはエスポワールの改装で毎晩徹夜をしていた。
「あはは、そうですね。ありがたくいただきます。個人的にも助かりました」
貴重な材料を使うだけあって、滅多に使えないが、これだけ頑張ってくれたんだ。
今回は使っても良い。
これなら、万全とはいかないまでもかなり体調は回復するだろう。
◇
料理ができたので、全員作業を止めて集会場(仮)に集まる。
にしても、本当にいい部屋だ。……カルタロッサ王国にもほしいな、これ。
民を集めるイベントは多いのだ。
サーヤを始めとした女性たちが作ったのは、ヤギ乳と大麦を使ったミルク粥だった。
全員、疲れていることもあり消化にいいものを選んだのだろう。
そして、麦粥の他にドワーフが作る地酒が全員に振る舞われる。
ドワーフという種族は酒が好きで子供のときから酒を飲むし、うまい酒を作るために何代にも渡って研究をしていたらしい。
ただ、そんな贅沢かつ手間がかかるものを作る暇があるなら鉄を打てと、酒は没収され、酒造りも禁止されていたのだ。
だが、とっておきの酒を一樽だけ隠し持っており、自由を取り戻したときにそれを飲んで祝おうと決めていたらしい。
事前に物資を運び込もうと決めたとき、ドワーフたちが何よりも先に運ぶと決めたのがこの酒だ。
「俺まで、この酒をもらっていいのでしょうか?」
いつの間にか、サーヤがいなくなり、代わりに現れたサーヤの父親、クロハガネの長に問いかける。
「もちろんです。あなたのおかげでこうして全員が新天地にやってこれた。自身の眼でみて確信しました。ここならうまくやっていけると。クロハガネの民は救われたのです。種族は違えど、あなたは恩人で家族だ」
まっすぐに、そう言われると照れる。
「では、ありがたくいただきます……それと、サーヤはどこに? 一番がんばったのはサーヤだ。なのに、祝杯にいないのは可愛そうです」
「心配しなくともいい、もうすぐ来ますよ」
長がそういうと、部屋の奥からどよめきが聞こえてくる。
そちらを見ると、サーヤがゆっくりと歩いてきた。
サーヤを見る男は見惚れて感嘆の息をはき、サーヤを見る女は羨望の眼差しを贈る。
ドワーフの民族衣装らしきものを着て、薄く化粧をしていた。
そんなサーヤは俺の前に座った。
「さっきのお薬、助かりました。化粧だけじゃ、いろいろと隠せないぐらいボロボロでしたから。……あの、鏡を見た感じ、綺麗になったと思うんですが、その、どうですか?」
「綺麗だよ。信じられないくらい」
サーヤは絶世の美少女だ。
だからこそ、大貴族すら心を奪われた。
しかし、今まではクロハガネの民を救えない無力さから悲壮感を身に纏い、ずっと無理をしてきた澱がたまり、彼女の美しさを損ねていたのだと気付く。
こうして、不安が消えて本来の美しさを取り戻し、化粧をして着飾った彼女は、この世のものとは思えないほど綺麗だった。
「良かったです。誰よりもヒーロさんにそう言ってもらえて」
そんな綺麗なサーヤが、微笑むものだから心臓が高鳴る。
それから、身にまとう空気を変えた。親しみやすい少女から、民を導く姫のものへと。
「ヒーロさんはクロハガネを救いました。契約に従い、私、サーヤ・ムラン・クロハガネはあなたのものになります」
美しいお辞儀。
「ああ、よろしく頼む」
「そして、もし叶うなら。私はヒーロさんと別の意味でも共に歩みたいと思いました。私、ヒーロさんのことが好きです。もちろん、ヒーロさんは一国の王子ですから、正妻なんて言いません、どんな形でも愛してほしい。……駄目ですか?」
顔を上げ、上目遣いで見てくる。
これはプロポーズか。
頷けば、こんなに綺麗で、強くて、有能で何より一緒に居て楽しい少女が手に入る。
「返事をする前に一つ確認したい。それはクロハガネの民を庇護してほしいから言っているわけじゃないんだな?」
「違います。私がそうしてほしいからです。生まれて初めて、男の人を好きになりました」
「そうか、……なら、俺の想いを伝えよう」
言葉を選ぶ。
彼女の本気に応えるための言葉を。
「俺は君と愛し合うことはできない」
「……あっ、あはは、そうですよね。変なことを言ってごめんなさい。その、私が好きなだけで、ヒーロさんが私を好きじゃないなんて、全然おかしくないですから」
サーヤが笑う。
それは彼女がずっとまとっていた嘘の笑顔。
「サーヤのことは好きだよ。魅力的な女性だと思う。君に惚れない男はいないし、俺も例外じゃない。きっと、君と結ばれたら、幸せになれるだろう」
「嬉しいです。それでも、駄目な理由を聞かせてもらっていいですか? あの、立場の問題なら、愛人とか、そういうのでもいいんです」
息を吸って覚悟を決める。
これから口にすることは、俺にとって芯の部分。
だからこそ勇気が必要だった。
「……俺は一人の女性を救うために俺の国を救うと決めた。そして、それはまだ道半ばだ。怖いんだよ。その人を救うまえに、他の誰かを愛してしまったら、その人への想いが薄れて、これまでやってきた全部、投げ出してしまうんじゃないかって」
偽らざる本音だ。
俺は姉さんを救うまで、誰かと愛し合うつもりはない。
もし誰かを愛するなら、カルタロッサの救国、いや興国が終わった後だ。
「もしかして、ヒバナさんを恋人にしないのもそれが理由ですか」
「ああ。人に話すことじゃないが。本気で気持ちを伝えてくれたサーヤに嘘はつきたくなかった。だから、今は誰の想いにも応えれない」
俺の一番、深いところであり、この話をしたのは他にヒバナだけだった。
「そうですか。なら、諦めます。……今は」
そういうと、サーヤが飛びついてきて、押し倒される。
そして、そのまま唇を合わす。
情熱的なキス。
「んっ、いったい何を」
「私の本気を伝えようと思って。ちなみにファーストキスです」
サーヤは俺に覆いかぶさったままで、にっこり笑う。
「安心しました。私のことを好きで、゛今は゛って言ってくれて。……私、諦めの悪さには自信があるんです。だから、決めました。ヒーロさんのお手伝いをして、その人を救う。それが終わったら、もう一度告白します」
「かなり、先の話になるぞ」
なにせ、姉が嫁いだのは強国であり、姉を無理やり連れ戻せば報復を受ける。
加えて、いつ隣国が攻めてくるかわからない。
姉を取り戻すには、まず国を豊かにし、軍事力を上げ、隣国を撃退する。
その上で、あの強国に喧嘩を売っても問題ないほどの国力を得つつ、外交での根回しを終えてからだ。
「同じことを何度も言わせないでください。私は諦めの悪さには自信があります」
「そうか。なら、もう何も言わない。好きにしてくれ」
「もちろんです」
サーヤと笑い合って、体を起こす。
サーヤは俺の手を引っ張って立たせ、酒の入ったグラスをもたせる。
「みんな、ごめんなさい。ほんとだったら、婚約祝いと新しいクロハガネ誕生を祝って乾杯したかったんですが、失敗しちゃいました。だから、私とヒーロさんの両想い、それから新しいクロハガネの誕生を祝っての乾杯にします!」
サーヤの明るい声に反応して笑い声が響く。
……男どもの三分の一ぐらいが号泣しているが、気にしないようにしよう。
「では、みんな。乾杯!」
「「「乾杯」」」
グラスをぶつけ合う。
この瞬間、クロハガネの過去は拭いさられ、新しいクロハガネが生まれた。
それにより、カルタロッサ王国はドワーフたちという強力な人材と鉄、そしてこの島にある金の鉱山を入手することに成功した。
それらにより、武器、資金、技術力、生産力が得られる。
これで隣国に対抗するカードは揃った。
冬の間、これらの材料を存分に使い強国となり、春になればかの国を打倒し、奪われたものを取り戻すのだ。




