第四話:転生王子は騎士を叙任する
仲間が増えた。
錬金魔術による発明だけなら一人でもできる。だけど、それを広めていくには味方が必要だ。
「ヒーロ王子、これから私はあなたの騎士になるわ。略式でもいいから、任命してくれないかしら?」
「それなんだが、これから秘密の共犯者になっていろいろと動いてもらう。正式に任命して、周囲にもヒバナが俺の騎士だと認識してもらいたい。それに、うちの国、あれがあるだろう」
「ああ、あれがあるわね。なら、この場でというわけにはいかないわ。剣は安物でもいいわよ」
「いいわけないだろ。その剣で俺の命を守るんだから」
王族は自らの騎士を任命する権限を持っている。
その際に、剣を騎士に託す。その剣は王族が用意するのは習わしであり、任命するときは式を開催しないといけない。
兄たちもそれぞれ騎士を任命している。小国でも、こういう制度はある。
「錬金魔術ですごいのを作ってくれるのかしら」
冗談めかしてヒバナが聞いてくる。
そして、その想像は正しい。
「そのつもりだ。期待していてくれ。キナル公国に祭られている聖剣すら超えるものを作ってみせよう」
「大きく出たわね。黄金騎士しか持つことが許されないのよあれ」
黄金騎士は十二人しかいない。
その人数というのは聖剣の本数と同じ、つまり黄金騎士というのは聖剣の担い手でもある。
それもまた、剣士たちの憧れである理由だ。
「それぐらいできないと、この国を豊かにするなんて言えないだろ。剣を預からせてもらえないか? 新しい剣は、使い込んだ剣と刃渡りや重心を合わせたほうがいいだろう?」
剣士にとって、剣は体の一部だ。
使い勝手が変わると慣れるまでに時間がかかる。
そんな手間は取らせない。
「はい、どうぞ」
「いい剣だ。この国じゃ、これだけの鋼は打てないな」
「ええ、キナル公国でもけっこう名がしれた鍛冶師の作品よ」
よくも魔術に頼らず、ここまでできるものだ。
見惚れそうなほど磨き上げ、鍛え上げられた刃。
素材は鉄をベースにした合金。強さよりも軽さを優先しているが、神がかったバランス感覚で、剣として実用性のある強度は保っている。
鉄と炎と格闘によって生み出された芸術品。
執念じみたものすら感じる。
いったい何十年の修練を行えば、こんなものが作れるようになるのか。
……すこし魔術でズルすることをやましく感じてしまうぐらいだ。
「これをベースにするが要望があるか?」
「私の剣技は重さより速さを重視するの。叩き潰すより、斬ることを優先。だから、強度が維持できる範囲で、できるだけ軽いのが理想。刃渡りは少しだけ短くしてほしいわ。重心をわずかに下に」
「思ったより注文が多いな。刃渡りと重心は、こんなものか?」
錬金魔術を使用する。
俺は腕にミスリルのリングを巻いている。
伝説の金属であり、大錬金術師の遺産以外で見たことがない。
魔力との親和性が非常に高く、強度もあり、なにより軽い。
武器としては理想的な素材の一つ。
ミスリルが形を変えて、細身の片手剣になる。
ヒバナの剣をベースに自分なりに言われたとおりにしてみた。
それをヒバナに渡す。
「信じられないほど軽いわね。ちょっと、斬ってみていいかしら? 実際に剣を振って確認したいの」
「ああ、試し切りをするなら、工房の隅に鉄柱がある。俺は武器を作るときはあれで試す」
「剣で鉄を斬れというの?」
「安心してくれ、その剣はヒバナの想像しているよりずっと質がいい、それを使って鉄すら切れないなら、騎士として二流だろう」
「言うわね。面白いわ。なら、私の腕が一流か二流か見ていて」
どうやら、今の一言でヒバナに火がついたようだ。
直径二十センチほどの鉄柱のまえで、ヒバナは呼吸を整えて剣を抜いた。
いっさいの停滞なく、鉄柱が両断される。
驚いたな。
魔力を纏わせずに鉄を斬った。これは俺にもできない。
普段の佇まいから魔力操作はかなりうまいのは見てとれる。ヒバナは剣の性能を試すため、そして自らの技量を見せつけるためにあえて魔力を使わなかった。
「ねえ、これもらえないかしら? これで十分というか、最高なのだけど。びっくりしたわ。今、斬った感触がなかったわよ」
「それは駄目だ。そいつは俺の武器だからな」
ミスリルほど加工しやすい金属はない。
あれを常に身につけておくことで、どんな武器でも即時に作れる。固定武器を使わず、状況に応じて最適な武器を生み出し、戦う。それこそが俺の戦闘スタイル。
他の金属でも似たようなことはできるが、ミスリルほどの魔力親和性の高い金属はなく、即席でさまざまな武器を作るという戦法には耐えられない。
「残念ね」
「落胆はしないでいい。そんな即興で形を整えただけのものより、強い剣を作ってみせるさ。材料もとっておきのがある」
ミスリルは優秀な材料だが、ただ強い剣を作る。そこに特化するのであれば別の材料で、この剣を超えるものを作れる。
「そうなの。これ以上なんて、どきどきしてきたわ。剣を返すわね、要望通り、バランスも完璧よ」
「任された。……さて、ヒバナとヒースを地上に送ろう」
「別に必要ないわよ。一本道だし」
「俺と一緒じゃないと無数の罠が作動して、たぶん死ぬぞ?」
その言葉に、ヒバナとヒースが絶句する。
なにを驚いている。錬金魔術を使っていることがばれれば、殺されかねない。
その工房を隠すためにはそれぐらいはする。
成果物を外に出すだけなら、いくらでもごまかしはできる。拾った、外国から購入した、魔の森で見つかったと、使える言い訳はある。
しかし、開発資料やら、錬金道具の数々を見られると言い訳はできない。だから、こうして厳重な守りを用意している。
そして、俺はヒバナとヒースを地上に送り届けた。
◇
ヒバナのための剣。
それを作るために使う材料は特別だ。
いかに優れた技術があろうと、特別な材料がなければ圧倒的なものは作れない。
ミスリルは使わない。軽さと魔力親和性が高いのは剣に向いているとはいえ、強力な剣を作るだけなら、もっといい素材はある。
それは、金属ではない。
「いろいろと、ため込んでおいて良かったな」
倉庫から、材料を引っ張ってくる。
それは魔物の牙や爪だ。
魔物の死体を肥料にする際、爪や牙は残る。
魔物の牙や爪は、金属に似た性質を持つものがあるし、俺たちが剣に魔力を纏わせるように魔物も爪に魔力を纏う。
だから、ミスリルほどではないが魔力との親和性が高い。
そして、硬く、粘りがあり折れにくい。
非常に強力な武器が作れる。
一般に魔物素材から作られた剣を魔剣と言う。
牙や爪からの瘴気の除去は錬金術でも用いない限り不可能であり、瘴気は魔剣の使用者を蝕んでいく。
それでも、一定数の魔剣使いはいる。
蝕まれながらでも振るうだけの強さが魔剣にはあるからだ。
「まあ、瘴気の除去なんて錬金魔術じゃ基礎だけどな」
青く輝く水晶玉を取り出す。
それを魔物素材に押し当てて、錬金魔術を使う。
すると瘴気が水晶玉に吸い込まれていく。瘴気は水晶玉の中で渦巻いていた。
「この瘴気水晶も限界か……ずいぶん溜まったな」
この水晶玉は、瘴気を除去するためだけに造った錬金道具。
そして、除去した瘴気を閉じ込めて貯め込める。こうして限界まで瘴気をため込んだ瘴気水晶をいくつも大事に保管している。これはこれで使い道がある。
「よし、前準備は終了」
そうして、瘴気を無効化した魔物素材を、同じくお手製の錬金道具である特殊なハンマーで粉々に砕いてから、錬金魔術で溶かす。
……これを鍛冶でしようとすれば、凄まじい規模の高炉と特殊な薬剤がいる。
今回は三種の魔物を素材とした。
クマの魔物、エッジ・ベア。
犬の魔物、ハウンド・ドッグ。
鳥の魔物、サーベル・イーグル。
いずれも強力な魔物であり、それぞれのもっとも鋭利な部分を溶かして混ぜて、反応させて、一つにする。
金属はさまざまな金属を混ぜることで合金にし、望む性質を引き出せる。魔物素材でも同じことができるのだ。
組み合わせによっては相乗効果で、さらに強くなる。
この組み合わせ、調合比、加工方法は【回答者】によって導き出されたものであり、だからこそキナル公国の聖剣に匹敵するものを作れると豪語した。
……【回答者】が使えるのは月に一度。だから、この二年は定期的に使って、必要な情報を集め続けた。それもまた、この二年で手に入れた俺の知識。
魔力によって、剣を形作る。
ヒバナが望んだとおりの刃渡り、形状、重心へと。
昏い銀色に輝く魔剣が完成する。
細身の片刃剣は、人を殺すための武器であるとは思えないぐらいに美しすぎた。
仕上げに入ろう。
剣の側面に、魔術文字を掘る。切断を意味するルーン、存在に指向性を与えることで性能の底上げ。
さあ、最終工程。
【魔術付与】を施す。
これこそが錬金術の真骨頂。
物質に魔力を染み込ませ、その本質を強化する。
素材にした爪や牙は、切り裂き、かみ砕くためにある。素材に刻まれた魔物たちの記憶と本能を引き出し、形に変える。
エンチャントによって付与された概念は【切り裂き】。
【魔術付与】により、純粋に剣は強さを増し、加えて【切り裂き】の概念強化の力を振るえるようになった。
「うん、いい出来だ」
伝説級の金属を使わない限り、この剣に勝るものは作れない。
外目から見れば、美しい銀の剣であり、錬金魔術を使用したとは思われないだろう。
これなら、きっとヒバナも喜んでくれるだろう。
◇
ヒバナに渡す剣ができたので、ヒバナを騎士に任命する場をセッティングした。
大国であれば王子が騎士を任命するともなれば、国中の貴族を集め、周辺諸国にも案内を出すのだろうが、カルタロッサ王国のような、人口千人程度の小国なら身内だけでいい。
適当に国の偉い人たちに声をかければそれで十分。
というわけで、剣が出来た三日後に叙任の準備が整った。
そして、いよいよそれが始まる。
謁見の間を使う。
この小国でも、そこだけはそれなりに様になるよう無理をしている。
俺もヒバナも正装に着替えており、参列者は兄たちや、国を代表する面々。
俺の兄は二人いる。一人はタクム王子、整った顔立ちだが常に眉間にしわがより、筋骨隆々とした体格もあり周囲を威圧する。
この国最強の男であり、その強さは規格外なところにある。用兵にも長けていて、軍のすべてを任されている。
もう一人はアガタ王子。洒脱でどんな貴婦人も恋に落ちると言われるほどの容姿を持っている。見た目もいいが、もっとすごいのは自分の魅力を最大限に生かす立ち振る舞いと話術。頭がよく、知識量も多い。
交渉術の達人で、外交と内政を一手に引き受けている。
二人の兄は優秀だ。そして、俺はその二人から疎まれている。……彼らがここにいるのも王子としての義務以外の何物でもない。
向こうが嫌っているのだから、近づくべきではないだろうが、いかんせん兄たちはそれぞれの分野で俺を上回る。本気でこの国を救うなら、その力が必要となるのだ。何もないこの国にある唯一の資源、それは人材。それを使わずに救国など成し遂げられるものか。
「少し緊張するわ。もしかしたら、私じゃダメって他の人に言われるかもって不安だったの」
俺にしか聞こえない声でヒバナが笑いかけてくる。
「ヒバナが認められないわけないだろう」
ヒースの孫ということもあり、誰も反対しなかった。
というより、第三王子なんて中途半端な立場の俺の騎士叙任なんて、些事なのだろう。
それに、今日この場でヒバナを見て、武術のエキスパートであるタクム兄さんは、彼女の力を見抜き、驚き、手中にしたい。そう思ったようだ。
残念ながらヒバナはやれない。俺の友人であり、一緒に約束を果たすと決めたパートナーだから。
いよいよ、儀式が始まる。俺の前でヒバナが膝をつく。
ヒバナのために造りだした魔剣で、彼女の肩を三度軽く打つ答礼を行う。
そして、その剣をヒバナに託し、ヒバナは恭しく受け取る。
「ヒバナ・クルルフォード。我、汝を騎士に任命す」
「我が剣はヒーロ王子と共に」
騎士の誓いが終わり、拍手が響く。
これでヒバナは正式に俺の騎士になった。
俺とヒバナは、微笑み合い、心が一つになったような気がする。
……これで、動ける。
実のところ、俺は今まで自由に使える戦力と言うものがなかった。
おかげで窮屈な思いをしてきたものだ。
さっそくヒバナと一緒にやりたいことがある。
カルタロッサ王国には食料の他に致命的に足りないものがあり、手に入れる算段はついていたのだが、魔の森を抜けなければ手に入らないものだった。
そして、一人で魔の森に行くのは自殺行為であり保留せざるを得なかった。
しかし、俺の魔剣を装備したヒバナと一緒なら行ける。
最初の二人での共同作業としては、これ以上相応しいものはないだろう。
あれは小麦を広めるのと違い、即効性がある救国だ。