第二十三話:錬金術師は追いつかれる
クロハガネの面々を連れての逃走はやはり時間がかかる。
どうしたって集団が大きくなればなるほど、足並みが乱れてしまうからだ。
しかも、完全に日が落ちている上、敵に気づかれないように魔力灯も最低限というのも厳しい。
頭痛がしてきた、殿をやっていることで神経を使っているせいだ。
殿は後ろを気にしつつ、前も離脱者がいないかを気にしながら進むためひどく疲れる。
ついでにひどく物騒なことをしていることも疲れに拍車をかけていた。
……とはいえ、やっと終わりが見えてきた。
そろそろ、秘密ドックへ繋がる地下通路へ先頭グループが到着する。
一度、地下の扉をくぐってしまえば、追跡に怯える必要もない。
「ここ数日の余った時間で地下通路を伸ばしておいて良かったな」
「はい、ゴールまでの距離が近くて助かります!」
いっそクロハガネと秘密ドックを直結するなんて計画もあったのだが、そこまでの長距離トンネルを作るのは俺でもかなり時間がかかるのと、俺たちが逃げたあとに秘密ドックまで敵を案内することになりかねないというのもあり、この形になった。
「そろそろ、ヒバナが道を潰してこちらに向かっている頃だ」
時計を見ると、ヒバナと別れてから結構時間が経っていることに気付く。
「ヒバナさんのことが心配ですか?」
隣りにいるサーヤが話しかけてくる。
「心配はしていない。ヒバナなら必ずやるべきことをやって、絶対に帰ってきてくれる」
ヒバナが最強だとは言わない。
彼女の強みはその冷静さだ。
自身と相手の力を瞬時に把握し、絶対に帰還することを念頭に置いた上で最大限の戦果をあげてくれる。
強いだけで無謀な騎士なら、俺は単独行動を許しなどしない。
「羨ましいですね。そういうお互いのことを信じあっている関係」
「付き合いが長いからな」
そう言っていると、背後から爆音が聞こえた。
「きゃっ、敵の攻撃ですか!?」
「敵が近づいているのは間違いないが、俺の仕掛けた罠が発動しただけだ」
「罠って」
「地雷という武器で、踏み抜いたらああやって派手に爆発する。魔力持ちだろうが、足一本は持っていく」
「そんな物騒なもの、クロハガネの近くに仕掛けていたんですか!?」
サーヤが非難を込めた目で見ている。
無理もない、そんなことをすればクロハガネの民が吹き飛んでもおかしくない。
「勘違いするな。仕掛けたのはついさっきだ。こうやって殿をしながら、ばらまいてるんだよ」
「ああ、さっきからちょくちょく置いていたのそれだったんですね。でも、それって追いかけてくるヒバナさんも危なくないですか?」
「ヒバナには仕掛けることを言ってるし、見分け方も教えているから安心だ。地雷はいいぞ。これほど凶悪な罠はない」
地雷というのは、逃走中に於いて最強クラスの罠となる。
一つ、設置が極めて楽だ。
錬金魔術を併用すれば、設置に三秒ほどしかかからない。
二つ、命を取らずに足を吹き飛ばすという点。
殺してしまえば、罠にかかったものしか動きを止められないが、すぐに手当をしなければ命を落としかねない重傷であれば、治療のために、人員を割かせることができる。そして、片足を失った兵は自分では動けず、いい重りになる。
三つ、作りが単純で生産しやすく、なおかつ安価。
だからこそ、俺の世界の戦争では大活躍した。
四つ、地雷が一度でも発動すれば敵の足が鈍る。
誰だって足を吹き飛ばされたくはない、地雷が埋まっていないかを確認しながら進むことになり、著しく追跡ペースが落ちる。
……というのを、サーヤに説明する。
「えげつないですね」
「非人道的だ。使いたくはないが、手段を選んでいられるほど余裕がない。残虐だからと言って手を緩めれば、俺たちのほうが悲惨な目に合わされる。俺たちは逃亡者なんだよ」
「……そうですね。捕まったときのことなんて考えたくもないです。手段は選んでいられません」
あまりにも残虐な兵器のため、転生前の世界では地雷の使用は国際法で禁止されていたほどだ。
俺だって好きで使っているわけでなく、できれば怖気づいて逃げてくれればいいとすら思っている。
そんなことを考えながら、また一つ地雷を埋めた。
地雷が発動したという事実は、こちらにとってプラスでもマイナスでもある。
プラスとしては敵の戦力を削いで恐怖を植え付けたこと。
マイナスとしてはしっかりとこちらの後を敵が追えているということ。
痕跡は消すように努力しているが、二百人の大所帯。
プロの目なら痕跡を見逃さず追いかけることは可能なのだ。
◇
それから三十分後、また地雷が発動した。
クロハガネの面々すら驚いている。
音が近いな。
地雷の利点として、敵がどこまで近づいているかを理解できることもあげられる。
一発目の地雷が発動したポイントとタイミング、二発目の地雷の発動したポイントとタイミングを比較してみたが、敵の足が鈍っているのは間違いない。
そうでなければとっくに追いつかれているはずだ。
こっちの方は、先頭が地下通路への入り口にたどり着いて、次々に地下へ向かっているところ。
……今のペースを試算すると、このままじゃ三分の二ほど通ったところで、敵がここにたどり着いてしまう。
さて、どうしたものか。
万が一にも、この地下通路を知られるわけにはいかない。
すぐにでも、地下通路を隠して陸路での移動に切り替えるか……。
いや、それはないな。
陸路を行けばすぐ追いつかれる。敵は複数、ドワーフは戦い慣れていない、俺一人でこれほどの追跡が可能な精鋭複数からみんなを守り抜くなんて不可能。
なら、やることは一つか。
「プレゼントだ、錬金術の発明で望遠鏡という。それも夜でも見える特別仕様だ」
「ただのプレゼントじゃないですよね?」
「仕事を頼みたい、ここに残って敵がこないかをそれで見張ってくれ。それで敵が見え次第、地下通路から下るのを止めさせて、サーヤは地下へ行き、残りのメンバーで地下通路の入り口を隠して陸路を行くように指示を出すんだ。そのとき地下から入り口を塞ぐのも忘れるな」
敵のペース、望遠鏡の可視距離を考えれば、敵が見えてすぐなら地下通路を隠し、逃げるだけの余裕がある。
そうすれば最悪の場合でも先行して地下へ向かったクロハガネの民とサーヤは助かる。
「ヒーロさんはどうするんですか?」
「このままじゃ、時間がなさすぎる。俺は、ここを離れて迎撃して時間稼ぎだ。そうすれば、全員が地下に潜る時間が稼げるかもしれない。悪いな、最後まで護衛できなくて」
守れないなら、こちらから仕掛ける。
むろん、すれ違いになってクロハガネの民が襲われるリスクはあるのだが、このままここで迎え撃つより、こちらから攻めるほうが勝算は高い。
「わかりました、私も行きます」
「見張りはどうする?」
「他の人に任せます!」
殿を務めている、ドワーフの一人に望遠鏡を渡し、俺の考えを告げる。
「危険だ。そもそもおまえを確実に逃がすための作戦だ」
「危険だからこそです。私はクロハガネの姫でドワーフ最強です。民を守る義務があります」
「普通の姫様っていうのは守られる立場なんだがな」
「王子様に言われたくないです」
俺たちは笑い合う。
たしかに、背中を守ってくれるだれかは欲しかったところだ。
サーヤなら、申し分ない。
むろん、ドワーフたちもサーヤを止めようとするが、なんと一喝で黙らせた。
……本当におてんば姫だ。
俺たちは二人で逆走する。
みんなが逃げる時間を稼ぐために。
◇
ある程度距離をとったところで、足を止めて息を整える。
今までは逃走だったが故に、目立たないようにしていた。
だが、今の俺とサーヤの役割は時間稼ぎであり、敵の殲滅。
こちらに気付いてもらわないといけない。
「覚悟はいいか」
「いつでもオッケーですよ。必殺のふぉっくスラッシュが火を吹きます」
なんだ、その妙に可愛い必殺技は。
まったく、こんなときなのに緊張感が薄れてしまいそうだ。
「なら、行こうか。呼び水はここにある」
俺はもともとはちょっとした余興に持ってきた玩具を使う。
だけど、この状況において最大限効果を発揮するだろう。
導火線に火をつけて空に投げると爆音と共に、カラフルな炎の花が咲き周囲を照らす。
どうしようもなく目立つ光景。
「うわぁ、綺麗です」
そして、その美しさは戦場にあってもサーヤの心を魅了した。
「それから、おまけだ。ここにいると叫べ」
「そういうわけですね」
ここへ向かいながら作った即席の拡声器を渡すとサーヤがにやりとする。
そして、思いっきり息を吸い込んだ。
「私は、サーヤはここにいます! 私を逃したら、えらい貴族さんに怒られちゃいますよ!」
連中の目的はクロハガネの民を止めること。
だが、何よりもサーヤの確保が第一。
いくら民を確保したところでサーヤに逃げられれば首が飛ばされるだろう。
そのサーヤがここにいると叫べば無視はできない。必ず敵はやってくる。
葉っぱがこすれる音が聞こえる、
周囲に人の気配がして、剣を引き抜く音が聞こえた。
……目論見どおり、呼び寄せることに成功だ。
「なんか、強そうですね」
「わかるのか」
「はい、見るからに纏う魔力が強いですし、人質時代にいろいろ見せられたもので」
サーヤの言う通り、強い。
タクム兄さんの部下たちと同等。
普通の騎士じゃない、とびっきりの精鋭たちだ。
そのうち一人が声を出す。
「サーヤ姫、お迎えにあがりました。我が主がお待ちです」
なるほど、精鋭のはずだ。
サーヤを連れ去りに来た大貴族の私兵なのだから。
サーヤは俺の後ろに隠れ、くいくいっと袖を引っ張る。
「あの、私の首に剣を当てて、動けば私を殺すって脅すのはどうでしょう? いい感じに時間稼ぎができますよ。向こうは私が死んじゃったら困りますし」
……まさか、そのためについてきたのか?
この状況でよく頭が回る。
いい案ではあるが、今回は必要ない。
「いや、いい。力技で行く」
「でも、かなり強い上に向こう五人もいます。ここまで強い人達なのはびっくりです」
なかなかやるな、三人は姿を見せているが二人はうまく気配を消している。
俺は、錬金術で作った特別な眼だからこそ気づけたが、どうやって気付いたのだろう?
「剣だと無理だな。なにせ、一人ひとりが俺とほぼ互角ってところだ。こうやって五人に囲まれたらどうにもならない」
数の力というのはそれほど大きい。
考えて見ればいい、五人と戦うということは、一人と剣を打ち合っている間に、左右後ろからやられ放題、一人殺してもすぐに代わりが穴を埋める。
四方からの剣を同時に対処し続けるなんて真似は、大人と子供以上に力の差がなければ不可能。
「なら、さっさと剣以外で倒しちゃってください」
「ネタバレをする前によくわかったな」
「だって、ヒーロさんは敵の戦力を過小評価する間抜けでも、自己犠牲に酔って死んでも時間を稼ぐ身勝手な人でもないですから。こうして迎撃を選んだのなら勝てるはずです」
なんでもないことのようにいうサーヤが断言する。
笑ってしまう。
本当に俺のことがよくわかっている。
「なら、ご期待にそうとしようか」
俺は剣士ではなく錬金術師だ。
だから、騎士道精神なんてものは持ち合わせていない。俺の土俵で戦わせてもらう。
背負っていた専用バッグから、とっておきを取り出す。
できれば、これを使いたくなかった。
なにせ、これを引き抜いた瞬間、身内を除き、見た者すべてを殺すしかなくなるのだから。




