第二十二話:騎士は切り裂く
二人の剣士が対峙している。
一人はカルタロッサ王国次期国王の近衛騎士ヒバナ。
もう一人はウラヌイの大貴族が抱える騎士団の筆頭。
「少女よ、かかってきなさい。殺しはしない。それだけの才能を斬り捨てるのはあまりに忍びない。捕虜にしよう。これからのことは治療しながら考えるといい」
「ありがたいわね。でも、舐めすぎではないかしら?」
殺さずに無力化するには、大きな実力差が必要。
「私にはそれができるよ。私のためにそうする。今の君は物足りないが、鍛え上げれば、私が強くなるための肥やしになる。強くなりすぎるのも考えものだね。……練習相手すらいやしない」
男が剣を抜いた。相当な業物ではあるが魔剣ではない。
ヒバナは苦笑する。
言い返せないからだ。
……私はまだまだ弱い。
眼の前にいる男に大きく劣る。
認めたくはないが、それは事実だ。
自分に才能はあると自負している、もし、キナル公国にいれば、いずれは黄金騎士に到達していたという確信がある。
頂点の三騎士にも届いたかもしれない。
だけど、現時点では黄金騎士予備軍程度。
どれだけ才能があろうと、自分は十四歳。
身体が成長しきってない、鍛錬が足りない、実戦経験が少ない。
今の私は最強の剣士となりヒーロに仕えるという約束を守れていない。
彼の騎士にふさわしくない。
でも、その現実を真正面から受け止める。
足りないものがあると自覚した上で、足りないものをヒーロの力と己の策で補う。
実力不足は認めても、負けることを許さない。
だから、剣の力以外を使う。
それは剣士としては邪道。
邪道を進んでも、あの人のために勝つ。手段を選び、正道にこだわるのは強い者だけに許された贅沢。
私は騎士の誇りを守るより期待に応えたい。
今はそれでいい。
でも、満足はしていない。
強くなり続ける。
タクム王子に鍛えてもらい、ヒーロと旅をして経験を積む。
才能と最高の環境、その相乗効果でいずれは最強の剣士となり、いつか約束を果たす。
「……ふうっ」
息を充分に吸ってから止める。
周囲の空気が張り詰める。
数秒後には戦いの火蓋が切られることを、お互い理解しているからだ。
いくら見ても隙はない。
このレベルになると隙は見つけるものではなく、作るもの。
そうは言っても、先に仕掛けたほうが若干不利なのも事実。
だが、行く。自分より技量の勝る相手に先手を取られたら、ペースを握られジリ貧になる。
静止状態から、神速での踏み込み。
互いの距離は五メートルあった。
しかし、その程度の距離は一歩で潰せる。
身体能力強化に特化したカルタロッサ王国の魔法術式、加えてヒーロによってもたらされた加速する防具を使う。
体内電流の増幅・加速により、動体視力・反射神経を極限まで上昇。
ヒバナは時間がゆっくりと流れるように感じていた。
その速度は、先に見せた一撃のさらに上。
いかに実力者であっても、いや実力者だからこそ、一度目に放った最速を脳に刻んでいる。
そのギャップをつく。
これも実力差を埋めるために打っていた布石。
神速の踏み込みと神速の斬撃を錬金術によって生み出された防具でさらなる加速。
三重の神速を合わせた、ヒバナの切り札。
必殺足り得るよう、磨き続けた最高の技なのだ。
相手は何をされたかもわからないまま斬り伏せられる。……はずだった。
「……っ」
その目にも止まらない剣に防御が間に合っていた。
目の前の剣士は、この超神速が見えているわけじゃない。
それでも反射的に動いた。
超一流剣士の勘とでも言うのか。
『それでも行く』
迷いなく、剣を振り切る。
魔剣花火と、男の剣がぶつかり合い、キィンと軽い音がなり、剣を断ち、そのまま剣は男を切り裂く。
これはすべて必然、剣の格が違いすぎる。
この結末は決まっていたのだ……回避やカウンターを許さず、受けるしかない技を放った瞬間に。
もし一度、素の最速を見せていなければ、もし魔剣やインナーの性能を気付かれていてはこうはならなかった。
すべては計算ずく。
弱さを認めたからこそ、この結末までの道筋を組み立てられた。
血を撒き散らしながら男が仰向けに倒れ、ヒバナは魔剣を鞘に収めつつ、身体への負担が大きいインナーでの強化を解く。
ヒバナはヒーロの元へ向かった七人の騎士を追いかけようとし、その背中に男が声をかける。
「それが、主から授かった力か。なるほど、たしかに強い。私の負けだ」
「驚いたわね。生きているなんて。私もまだまだね」
ヒバナは切り伏せたシーンを思い出す。
あの一瞬、この男はわずかに重心を後ろに傾けた。剣を叩き切られてすぐにだ。
そのおかげでわずかに浅くなった。
ヒバナですら、動体視力を強化していなければ知覚できない、刹那の時間に、その男はそれを為した。
今更ながら脂汗が背に伝う。
勝てたのは奇跡だ。
「取引をしよう。治療してくれ、そうしてくれれば、私は君の主に仕えよう。私の剣は買いだと思うよ」
今、この瞬間も血が流れ続け、男は冷たくなっている。
こうして口を動かすだけでせいいっぱいで、血を止めることすらできないようだ。
放って置けば、二、三分で死ぬだろう。
「騎士のくせにずいぶん尻軽なのね」
「元より、剣を極めるべく旅をする剣士。ここには剣の腕を買われて長居しただけなのだよ。少々退屈していたのだ。次へ行くのも悪くない」
「治療して、背中から斬られない保証は?」
「そんなものは存在しないよ。だが、我が剣に誓う。君個人にとっても悪い話ではない。ハリボテの強さで私に勝てて満足か? 私ならお前に技を与えてやれる」
ヒバナは息を呑む。
それはあまりにも魅力的な提案だった。
技を盗む相手としてカルタロッサ王国にはタクム王子がいる。この男より彼は強い、だけど剣の種類が違う。
タクム王子のものは剛剣。しかし自らの剣は柔剣であり、目の前の男もそう。
その技を知りたい。
「条件の追加をさせて。私の国を旅の終着点にすること」
「強さを求め、世界を回る私に、それはあまりにも酷ではないかね?」
「なら、ここで死になさい」
この条件は、彼を逃さないためというより、カルタロッサ王国の秘密を外に持ち出させないためにある。
絶対に譲れない。
「仕方ない。受けよう。君の国はそうするだけの価値がありそうだ」
「その取引、受けるわ。でも、覚えていて。もし、私の主、ヒーロを裏切ったら、そのときは殺すから」
「わが剣に誓ったのだ。約束を違いはしない」
ヒバナはヒーロから預かっていたポーションを取り出し、傷口にかける。
すると傷がふさがり血が止まる。
普通の薬ではこうはいかない。
「その剣、この薬、ああ、君の主が何者かわかってきたよ」
「傷は塞いでも、それだけ血を失ったのなら動けないはずよ」
「ふむ。だが、その薬は傷口を塞ぐだけでなく、肉を作る栄養も与えてくれたようだ。私なら二時間も休めれば動けるようになる」
男はそう言いながら、どこからか干し肉を取り出し、寝そべったまま食らう。
血を作る足しにしようとしているのだろう。
ヒバナは自分がもっていた、燻製魚も彼の手の届くところに置いて、手紙を渡す。
「夜明けにここへきて」
「承った」
ヒバナが渡した地図に書かれているのは、なにかしらのトラブルがあり、船が出発するまでに合流できなかった場合に落ち合う事になっている場所。
その場合は、小型船でヒーロが迎えにくる手はずになっていた。
「これで治療は終わり。私は約束を果たした。あなたもそうして」
「守ろう。雇われ剣士は信用第一、契約は必ず守る。それに、私は君の主にひどく興味がわいた。ただしくは、彼が作る剣にだがね。……長く世界を旅したがそれほどの剣は見たことがない。触れてみたいじゃないか。それに、君が言った私よりも強い剣士というのも興味がある。私はここ何年も自分より強い剣士なんてものを見たことがなくてね、練習台に飢えているのだよ」
紳士然とした男の目がぎらぎらと輝いている。
この男は力に飢えた剣士なのだとヒバナは気付く。
いや、その本質は少し前からわかっていた。だからこそ、自分のために契約を守ると判断し、治療したのだから。
「私を殺して剣を奪いそうな勢いね」
「それはないよ。その剣は、君のためだけに作られた剣。私が奮っても力を発揮せぬよ」
ヒバナは息を呑む。
この男、そこまでわかるのか。
「……それより、急ぐといい。我が部下はそれなりに強いぞ? あれらは君に比べれば凡人もいいところだがね、私が二年鍛えた」
「ご忠告感謝するわ。それとね、忠告のお礼に教えてあげる。あの人も強いの」
その言葉を最後にヒバナは走り出す。
ヒバナがこの状況を作り出したのは一対一でなければ、この男を確実に倒すことができないからではあるが、同時にヒーロなら彼の部下七人を対処できるという信頼だ。
剣士としてのヒーロは一流以上、超一流未満であり、彼の部下より少し強い程度。
だけど、錬金術師として切り札を使うヒーロは自分ですら敵わない。
゛アレ゛はそれぐらい、理不尽で圧倒的な暴力だ。




