第二十一話:騎士は役目を果たす
~ヒバナ視点~
ヒバナは闇の中を疾走していた。
敵に見つからないよう灯りはつけていない。しかし、その足取りに一切の迷いはない。
たとえ闇の中でもヒバナには゛見えている゛。
ウラヌイからの増援を塞ぐために、爆破ポイントに向かう。
彼女が道の崩壊を請け負った理由は二つある。
一つ、彼女が誰よりも速いこと。
伝書鳩で増援を呼ばれた以上、一刻の猶予もない。少しでも目的地へと早くたどり着けるものがいくべきだ。
二つ、当初の予定と違って増援を呼ばれたあとに道を潰すことになってしまったため、敵との遭遇が予想されること。そうなると戦闘力に優れるヒバナでなければならない。
「……大貴族がサーヤに執心していて、しかも明日の早朝到着予定というのはまずいわね」
突如現れたイレギュラー。
それがまずい。
早朝にクロハガネにやってくるなら、すでに砦にいるはずだ。
執心している以上、万が一にもサーヤを失わないよう動く、だから敵は普段以上に対応が早い。
それだけでなく、大貴族が直々に迎えにきているのなら、その護衛もいる。
大貴族の護衛であれば、間違いなく最精鋭。
先日の斥候で戦力をチェックしたときには、一対一で自分を凌駕する騎士は一人も存在しないと確信した。
しかし、今日はそうじゃないかもしれない。
「ふう、とんだ貧乏くじね。ヒーロにはあとで文句を言ってやらないと」
別に不満をぶつけたいわけじゃない。
ただ、それを口実に甘えたいだけだ。
最近、ヒーロはサーヤにご執心だ。間違いなく、気に入っている。
恋とはちょっと違うけど、そっちに振れてもおかしくない。
ヒーロとサーヤは波長があっている。
そして、サーヤのほうはヒーロに淡い恋心のようなものをいだき始めている。
誰よりもヒーロを見ている自分だからこそ気付いた。
『私だけを見て』
そんなことを言う権利もないし、言う気もない。
だけど、ヒーロの中で自分が薄れていくのがどうしようもなく、胸がざわつく。
「……せめて、化粧でもしようかしら?」
自分には女の子らしさが足りない。
サーヤは自分と違って、お洒落も化粧もしてない、趣味も物づくりなのに『女の子』だ。
ああいう振る舞いはできない。
だけど、形だけは女の子らしくしてみるのもいいかもしれない。
ヒバナは首を振る。
いったい、この状況で自分は何を考えている。
任務に集中しないと。
ようやく、爆破ポイントが見えてきた。
今の所、敵と遭遇していない。
今、あそこを潰せればヒーロたちは安全に逃げられる。
ラストスパートでペースをあげる。
しかし……。
「うそでしょ」
軽装の魔力を持った騎士たちが次々と爆破ポイントを突破していく。
早馬すらなく、己の足で疾走。つまりは馬を使うより、そちらのほうが速いほどの身体能力を持つ実力者。
合計、八人。
向こうが灯りを用意しているおかげで、鎧に刻まれていた大仰な紋章に気づけた。
鎧に紋章を入れるのは、貴族の子飼い騎士の特徴。
あれは、サーヤをさらいに来た大貴族の直属で間違いない。
向こうもヒバナを見つける。そして、一瞬の躊躇いすらなく剣を抜き、ヒバナを睨み、向かってくる。
その時点で並じゃない。
判断の速さというのはある実力を示す重要なバロメーター。
ヒバナは深呼吸する。
敵は強い。速度、身にまとう魔力、剣を抜く所作、走りながらでも隙を見せない技術。
とくに先頭を走る男は頭一つか二つ抜けている。
おそらく、自分と互角かそれ以上、さすがにカルタロッサ最強のタクム王子には劣るとはいえ、キナル公国の黄金騎士にも匹敵する。
残り七人はただの精鋭なのは救いだが、絶望的な戦力差だ。
このままだとあと五秒で剣の間合いに入る。
ヒバナはその五秒のうち、二秒を自分が何をするべきかの思考に使い、一秒で呼吸を整え、一秒で構えた。
そして、最後の一秒で先頭を走る、もっとも強い男に切りかかった。
最後の一歩で大きく踏み込み、神速の踏み込みから神速の抜刀術に繋げる自らの最速の剣。
実力差があるからこそ、手の内を知られていない初手に全力を叩き込む。
しかし、その雷のような剣を余裕をもって受けられてしまう。
そのまま鍔迫り合いになるが、力負けしている。
『やっぱり強いわ。うん、勝てない』
ヒバナは確信する。
力を抜き、相手の押し込みを透かすようにして、相手を軸にして背後に回り込む。
男は背後からの斬撃に対してすばやく防御の準備をするが、ヒバナはそのまま駆け抜け、先へ行く。
剣では敵わなくても速度では勝る、一度後ろを取れば追いつかれはしない。
『普通に戦っても100%勝てない。普通に戦わなくても、八対一。どうやったって殺されるわね』
その予想は間違っていない。
もし、あのまま戦っていたなら五分もしないうちにヒバナは殺されていただろう。
だから、ヒバナはできることをすると決めた。
なによりも当初の予定である、道の爆破を優先する。
彼らは行かせても、それ以上の増援は止める。
そして、もう一つヒーロのために策を弄する。
全力で走りながら、ポーチから爆弾を取り出し、着火して投擲。
ヒーロが仕込みをした爆破ポイントに寸分違わず着弾し、爆発。
がけ崩れで土砂が流れ込み、道が完全に潰れる。
そうして、崩落した道の前で立ち尽くす。
「うむ、これが君の狙いであるか。こうされては我らだけでことにあたるしかない。いい判断だ。私の部下に欲しいぐらいだ」
八人の精鋭騎士、そのもっとも強い男だけがヒバナを追い、残り七人はクロハガネに向かった。
「あそこであなたたちと戦っても勝てない。だから、クロハガネに向かう戦力を少しでも減らすことにしたの」
「そして、自身を追わせることで、我らの足止めをすることも考えた。残念だったが、そこまで私は甘くない。君の相手をするのは私一人だ。部下たちが反乱を鎮めるだろう」
ヒバナは笑う。
なぜなら、彼女は失敗なんてしていないのだから。
「いえ、狙い通りよ。あなたたちはご主人様のため、サーヤの確保を優先する。私を全員で追うなんてありえない。でも、私を放置することもありえないわ。なにせ、あなたなら私の危険性は理解できるもの。最強のあなたが゛一人゛でここにくると確信していたわ。それこそが私の狙い」
そう、あえてヒバナが最初の一撃で自らの力を見せつけたのは、己の力を示すことで、自分を無視させないため。
少しでもヒーロたちの負担を減らすために。
「……ふむ、やられてしまったか。君の言う通り、私が一人で残る以外の選択肢はなかったよ。君を捨て置けば足を掬われる、そして君に勝てるのは私だけだ」
「ええ、それ以外はないわ」
クロハガネに強者はいない。
鎮圧に必要なのは質より数、であるなら、ヒバナに勝ちうる最高の質をこちらに、クロハガネに量をさくのは必然。
「よくやる。もっとも危険な私の足止めに自らを捨て石にするとは。気に入ったよ。その剣の腕、判断力、献身。ここで殺すには惜しい。どうだ、私の部下にならないか? あんな小さな集落のために剣を振るっているのだ、碌な待遇ではあるまい、最高の待遇を用意させよう」
最精鋭の騎士は称賛と共に、手を伸ばす。
「あなたは二つ勘違いしているわ。一つ、別に私は捨て石になるつもりはないの。一対一の状況を作ったのは、あなたを確実に潰すためよ。二つ、あなたに最高の待遇なんてだせるわけないでしょう? 私は世界で一番素敵な国で、世界で一番素敵な男の側にいるのよ」
ヒバナは戦場での猛りと、愛しい人への想いを混ぜた、彼女にしかできない笑みを浮かべる。
「どうやら買いかぶり過ぎたようだ。実力差すらわからない未熟者とはね」
「あなたが私より強いことぐらいわかっているわ」
なんでもないことのように、あっさりとヒバナは認める。
「……なら、なぜ私を殺せるのかね?」
「私を強くしてくれる人がいるから」
「精神論か。ますますつまらない」
「違うわよ。戦ってみればわかる。一つだけ、いいことを教えてあげるわ。私、あなたよりずっと強い人を知っているのよ」
カルタロッサ、第一王子タクム・カルタロッサ。
眼の前にいる男は強いが、あの化物に比べたら可愛いものだ。
「だから、なんだというのかね」
「あの人と力を合わせれば、その男にすら勝てる。だから、……あなたになんて負けるはずがないの」
さきの一撃はあえて魔剣ではなく予備の剣を使った。
だからこそ、受けられた。
魔剣であれば、受けた剣ごと゛切り裂いて゛いた。
この男を誘い出すための芝居。
一対一なら勝てると思い込んでもらえないと困る。
不意うちで手傷を与えるより、最速で道を崩落させつつ、この状況を作るほうが確実だと判断した。
ヒバナは本当の愛刀を引き抜く、あの人がくれた、魔剣花火。
ヒバナのためだけに作られた、彼女の剣。
この剣を振るうとき、彼女は世界最強すら凌駕する。
ヒーロの魔剣とヒバナの剣技。感情なんて割り込む余地がない、純然たるリアル。
いや、違うかもしれない。
そういうリアルの上に、ちゃんと気持ちも乗っている。
だって、この剣を振るうたびにヒーロを感じて、強くなれるそんな気がするから。
さあ、剣を振るおう。
眼の前の男を倒して、一秒でも早くヒーロのもとに駆けつける。
それこそが、ヒーロの騎士たる自分の役目だから。