第二十話:転生王子はクロハガネを出発する
予定を前倒して、逃走を始める。
もはや、秘密裏、こっそりなんて言葉は消え去った。
みんな着のみ着のままで、荷造りはしない、荷物は目についたものを適当に突っ込んだカバンひとつで出る。
……移住先では雨露を凌げる住居の数は足りず、食料も一日で俺とヒバナが用意できたのは四日分だけ。節約すればなんとか一週間は持つだろうが心もとない。
それでも動くしかない。
ここで動かなければ、いずれは大増援が押し寄せ、多くの死傷者がでる上、今までの数倍監視はきつくなり、締め付けも厳しくなる。
そして、間違いなくサーヤは連れ去られてしまう。
もとより、明日に変態貴族とやらが迎えに来る予定だったらしいが、万が一にも彼女を逃さないようにと考えるはずだ。
兵士たちがいるであろう宿舎をにらみつける。
「あいつらは、いつまで様子見をするつもりだ?」
増援を呼ぶ伝書鳩が飛び立ったのは見た。
問題は、クロハガネ内にある宿舎にいる連中だ。
クロハガネの監視は、交代での二十四時間制だ。
表に出ていた連中とほぼ同数が宿舎で身体を休めている。
そいつらが増援の到着まで宿舎に籠城するつもりか、あるいはそのまま追いかけてくるか。
それで対応が変わる。
今のところは、窓からこちらを監視しているようだ。
……そうなるだろうな。
あの大人しいドワーフたちが人間を殺した。
元より、こんな少人数で全員が魔力持ちのドワーフを押さえつけられたのは、彼らが大人しく、争いを嫌う性質があったからこそ。
もし、ドワーフたちのたががはずれれば、四、五人程度で鎮圧しようとするのは自殺行為。
彼らにそんな勇気はない。
なにせ、こうして目の前にはドワーフが殺した死体が転がっているのだから。
「サーヤ、避難を任せる。俺が作らせたクロスボウを装備させて、いつでも放てるように指示を出してくれ。これから、戦いになる可能性が高い」
「はいっ! すぐに!」
二百人が急遽の前倒しで街を出るのだから時間がかかる。
俺は宿舎を見ながら、そちらに向かって歩く。
仕掛けを発動するために。
今の所、籠城と監視を選択しているが、いつ気が変わるかわからない。
だから、潰す。
宿舎の地下は巨大な空洞で、罅が入った柱で支えられている。
重要な柱の芯にしていた金属棒を地上まで伸ばしていた。
浅く土を掘り起こし、その金属棒に触れる。
錬金魔術を使用し、金属棒を超高速振動させる。それは地下の柱まで届き、芯、つまり柱の内側が高速で揺れる。
そうなれば、脆く作った外側は簡単に砕けていく、最後に金属棒を分解しながら引き抜く。それがとどめになり、折れた。
俺は後ろに飛ぶ。
大きく揺れる。
重要な柱が折れたことで、他の脆い柱の負荷が増え、連鎖的に崩壊。
巨大な空洞を支えるものがなくなり、必然沈む。
冗談のように、目の前の宿舎が消えた。
地中深くに真っ逆さま。
凄まじい轟音がなり響き、その衝撃で宿舎は崩落。天井も壁も崩れる。
下と上、両方からの衝撃を受け、生き埋め。
たとえ、魔力持ちであろうと生きてはいまい。
「……おまえたちはやりすぎたんだ」
手を見ると震えていた。人を殺したという実感がわいてくる。
転生前、転生後含めて初めての殺し。
後味が悪い。
言葉にできない気持ち悪さが心臓を鷲掴みにする。
しかし、後悔はない。
必要だったんだ。
きっとこれから、こういうことを繰り返していくのだろう。
一通りドワーフたちに指示を出し終わったサーヤが駆け寄ってくる。
サーヤが指示を出したのは、リーダー格のドワーフたちばかりで、うまく逃走の準備を進めてくれている。
「話には聞いていましたが、凄まじいですね」
「じゃないと魔力持ちの兵士は殺せない。今のがいい目覚ましになったはずだ」
「ええ、間違いなくみんな起きましたね」
今までの騒ぎでも寝ていた猛者も、轟音と地震で起きただろう。
あとは時間との勝負だ。
……増援がくる前に、どこまで距離を稼げるか。
◇
クロハガネの街をすべてのドワーフがでるのに半刻の時間を要した。
やはり突然の前倒し、それも深夜というのが響いている。
むしろ、これだけ速やかに出発できたのは僥倖と言っていい。
普通は少しでも多くの資産を運び出そうという者が現れるものだ。お互いを思いやり、自分と隣人の命を第一に考えているからこそ三十分で出発することができた。
老人、子供を真ん中にして前と後ろをクロスボウをもった屈強な若者で固める。
剣を知らない彼らでも、クロスボウならば使える。
出発も遅いが歩みも遅い。
大所帯かつ、夜の森で誰一人はぐれないように気を使っているせい。
俺がいるのは殿だ。
一番危険な場所だからこそ、俺がいる。
この中では一番強い。
バッグの中にある武装を確認する。俺は剣士としては一流止まりで、ヒバナたちのような超一流には劣る。
だから、その弱さを埋める武器を用意してある。
おおよそ量産には向かない、ワンオフの装備だがその強さは折り紙付きだ。
できれば、使いたくないが自身と俺を信じてついてきた者たちのためなら、迷わず使うつもりだ。
そして、そんな危険な殿にはサーヤもいた。
「お姫様がここでいいのか?」
「そんなこと言ったら、王子様がここにいるじゃないですか」
「違いないな」
「こう見えて、ドワーフの中じゃ一番強いんですよ」
だろうな。圧倒的な炎魔術と土魔術の使い手だ。
ドワーフたちは鍛冶にしか使っていないが、その実、人を害することに使っても輝く。
「俺から離れるなよ」
「あっ、今の台詞、ちょっとどきっとしました」
「……案外余裕があるんだな」
「余裕なんてないですよ。余裕がないときほど、冗談を言っちゃう性格なんです」
ずっと辛くない振りをしていたからこそついた習慣なんだろう。
辛い時ほど笑う。
それが彼女の生き方だ。
「あっ、でも、ちょっとは本心ですよ。不思議とヒーロさんと一緒にいると安心するんです」
「それ、あの門番の前では言うなよ。泣くからな。惚れた女のために命をかけるような奴だ」
彼の男気に免じて、一分の一、サーヤ人形はプレゼントしてもいいと思ってしまった。
あれは今、ドックの倉庫にある。影武者としての仕事を終えた以上、ああいうものが見つかるのはまずい。
しかし、廃棄するにしてもサーヤに似すぎてためらわれて、結局倉庫に置くことにしたのだ。
「そうですね。でも、気持ちには応えてはあげられません。彼のことは好きなんですが、どうしても近所のお兄さんとしか見れないんです」
そう聞いてどこかほっとしている自分がいる。
……サーヤとそういう関係になるつもりはないんだが、いつの間にか意識しまっているのか。
「じゃあ、俺はどう見えてる」
だから、そんな言葉が漏れてしまった。
一歩間違えれば関係を悪化させて不信感をもたせる言葉。
あくまでビジネスライクでないといけない、なにせ、俺はドワーフたちを救おうとしている恩人であり、ある意味でドワーフたちを人質にとっているようなものだ。
もし、それをたてにすれば簡単に彼女を手に入れることができてしまうし、そんな脅しをしなくても、恋人になってくれなんて言えば、お互いにそんなつもりはなくとも自然にそうなってしまう。
絶対に断れない相手に愛を囁くのは卑怯者のすることだ。
だからこそ、俺たちの関係は契約によるものじゃないといけない。
「ヒーロさんは、白馬の王子様ですね」
「また、冗談か。まったく、いい性格しているよ」
微笑する。
なにせ、俺は本物の王子様だ。
サーヤがうまく流してくれて助かった。きっと、俺の内心を読んだからこそ、このチョイスをしたのだろう。
このままじゃ、変なことを言ってしまいそうだ。
話を変えよう。
「ヒバナがうまくやってくれているといいが」
「きっと大丈夫です。ヒバナさんはすごく頼りになる人ですから」
「そうだな。誰よりも信頼できる」
このペースなら、なんの障害もなければ魔力持ちは追いつけてしまう。
可能な限り、足跡などの痕跡を消しているがそれも大した効果はあげないだろう。これもまた、大人数での移動の弊害。一人二人ならともかく、この人数では消しきれない。
すべてはヒバナにかかっているのだ。