第十九話:転生王子はハッピーエンドを目指す
食料の運搬が終わり、いつものようにクロハガネに戻ってサーヤの家に厄介となる。
寝転がりながら、考え事をする。
今日は食料集めのついでに教会の情報を集めた。
入信を考えてると言ったところ、向こうのほうから積極的に教えを広めようと、なんでも話してくれた。
あくまで口頭で聞いた範囲だが、その教義や思想は俺の知る教会と同じもの。
そして、一つだけ気になることがあった。
大陸が違うからか、こちらには無い昔話がある。
それは、この大陸にやってきた人々が神の船でやってきたというもの。
神の船というのが錬金術師によって作られたものであり、それによる移民と考えるべきであろう。
また、その神の船は今でも三隻ほど現存するらしく、神の船でのみ魔物がはびこる海にだって出られると言っていた。
「そんな大昔の船を大事に大事に使うってことは、新しい船は作れないのか?」
三隻しかないというのが気になる。
貿易というのは巨万の富を生み出す。
俺たちの大陸になくて、こっちにあるものはぱっと市場を眺めただけでもいくつもあった。
そういうのはひどく金になる。
しかし、たった三隻であればできることはたかが知れている。
「そういうことか」
大規模な貿易なんてものをやっていれば、いくら教会が隠匿しようとしても外に漏れているはずだ。
つまりは、船は増やしたくても増やせない。大昔の骨董品を大事に大事に使っているせいで小規模な貿易にとどまり、結果的に教会の貿易は隠せていると考えれば辻褄があう。
だとしたら凄まじい。
それほど長持ちする船を作るなんて、かつての錬金術師はとんでもない技術を持っていたのだろう。
「それにしても、改めて教会の歴史、神の奇跡を見ると笑えてくるな」
教会は信仰を集めるのに奇跡の実演を行ってきた。
その奇跡が教典には記されている。しかし、その奇跡とやらをよくよく見ると、どれも科学と錬金術で再現可能なものばかり。
奇跡の正体は自分で封印した錬金術なんて笑わせてくれる。
教会がここまで大きくなったのは錬金術師を利用し尽くしたからこそなのだ。
……もし、教会と敵対した場合、これは利用させてもらおうか。
片っ端から奴らの手品の種をばらして信仰を貶めてやればいい。
そろそろ寝よう、魔灯に手をかける。
すると、激しいノックの音が聞こえた。
……万が一にも、俺がここにいることがバレたらまずいな。
中に入ってくるようなら、隙を見て屋敷から抜け出す準備をしておこう。
にしてもタイミングが悪すぎる。
ヒバナがいないのだ。とある任務を頼んでいるせいだ。
◇
様子を探るため、錬金魔術を使用する。
それは鼓膜に伝わる振動を増幅する魔術。
音とは空気を伝わる振動だ。聞き取れないような小さな音でも増幅すれば聞き取れる。
ここにいようと、屋敷の中でのすべての会話を拾える。
「あの、こんな時間にどうされたのでしょうか?」
サーヤが出迎えている。
相手はおそらく、この街に常駐している兵士たち。
「晩酌の相手をしてもらおうと思ってな。明日には、あんたあの豚に連れていかれちまうし。豚に持っていかれると思うと、惜しくなっちまったんだ」
「あ、あの、明日ってどういうことでしょうか? 予定だと、もう少し後のはずじゃ」
「知らねえよ。俺らも今日聞いたしな。予定が変わったんだとよ。偉え貴族ってのは、こっちの都合を考えねえから嫌になるぜ。明日の朝には、一行さんがご到着だ」
「……っ」
まずいな。
俺たちの出発予定は二日後の深夜にしていた。
明日、サーヤが連れ去られるのはまずい。
どうするものか、計画を前倒しするのには無理がある。移住先の準備も、食料の備蓄も、まだまだ不十分。
船の状態も完璧とは言い難い。
そもそも、この状況からどうやってクロハガネの民全員に計画の前倒しを伝えるのか。
こいつらにバレずに行うのは至難の技だ。
「と、とにかくお酌ですね。では、準備をしますね。着替えてきますね」
「着替えなんていいさ。どうせすぐ脱がす。晩酌のあとのお楽しみでな」
その言葉には獣欲が込められていた。
「化けもんだが可愛いしな」
「こう見慣れてくるとゲテモンも悪くねえよ。胸もでけえし、腰つきもエロい、たまんねえ」
「むしろ、もふもふ尻尾とキツネ耳なんて萌えるんだな」
下卑た笑いが響く。
「あの、私にひどいことをしちゃうと、貴族様に怒られちゃうんじゃないですか?」
「ああん? ばれるような間抜けなことはしねえよ。あんたが黙ってりゃそれでいい。もしチクってみろ。あんたが、ここを出ても、俺たちはここに残るんだぞ。……俺らの怒りはどこに向くだろうな?」
サーヤが息を呑む。
……ゲスが。
窓から飛び降り、着地の瞬間に地面を柔らかくし、クッションにしつつ着地音を消す。
そのまま、入り口に回り、建物の陰から様子を見る。
目から光を無くしたサーヤが、男たちに手を引かれていく。
遠目に見ながらチャンスを窺う。
「私が何もしなければ、みんなにひどいことしないんですね?」
「ああ約束する。あんたのサービスしだいじゃ、ひどいことしないどころか、優しくしてやってもいいぜ」
「へへ、楽しみですぜ。化物とやるのは初めてでよ」
「最初は、マイクがまたアホなこと言い出したと思ったけど、まあ悪くねえ趣向だよな」
「わかってんだろうな、おまえら。もし処女ならそっちは使うなよ。貴族様に殺されんぞ」
「あいよ。それはそれでいい。せっかくだし、普通の人間じゃできねえ遊び方しますよ。尻尾コキとか面白そうじゃねえか?」
「この変態男」
「「「「あはははははは」」」」
馬鹿笑いがあたりに響く。
どうしたものか。
俺一人では、こいつら全員を無力化するのは難しい。
相手は四人。
そのうち二人は魔力持ちだ。
ドワーフたちのためにお手本で作ったクロスボウを持ってきている、一人は不意打ちで無力化できる。
ただ、その後が続かない。
「あいつらが俺より弱いっていう保証はない中、一人不意打ちで始末しても三対一。しかも助けを呼ばれたらアウトか……結構きついな」
しかし、サーヤは助けたい。
あの子は、きっと心を殺して、あんなクズどもの提案を受け入れてしまう。
……クロハガネの移住計画を成功させることだけを考えるなら、サーヤを見捨てるのはありだ。
彼らがサーヤを弄んでいる隙に、状況を全員に伝え、一斉に逃げる。
サーヤを弄んでいるということは、奴らの宿舎にいるということで、事前に仕掛けた罠が使え一網打尽にできる。
そうなれば、サーヤ以外をなんとか安全に移住させることはできるだろう。
だけど、俺はそれを選ばない。
全員が確実に逃げられる方法より、サーヤが泣かないで済む方法を選びたい。
そのための策を全力で考える。
「多少危険だが、いけるか」
策が浮かび、行動のタイミングを測っているときだった。
ウラヌイの兵士たちの前に一人の男が現れた。
「姫様をどこへ連れていくつもりだ!」
知った顔だ。
サーヤに惚れていた、あの門番だ。
なぜ、彼がここに?
そんなことより、この流れはまずい。
「ああん? 門番さんがなんのようだ」
「……姫様をどこへ連れていくつもりかと聞いている!」
「俺たちの宿舎だよ。お別れの前に楽しいことをしちまうんだ」
兵士はそういい、サーヤの肩を抱く。
サーヤが震える。
「私は大丈夫ですから」
震えながら気丈にサーヤが微笑む。
まただ、あの痛々しい作り笑い。
「ほら、どけよ。邪魔だ」
「あっ、もしかしてこいつ、この化物に惚れてるんじゃ」
「ははは、なんだそりゃ。おもしれえな、なら、見学ぐらいさせてやるか」
「やめとけ、やめとけ、刺されるぞ」
また爆笑。
サーヤと兵士たちが門番の横を通り過ぎる。
その間際、兵士の一人が口を開く。
「じゃあな。ちゃんと、姫様とやらも楽しませてやっから」
ここまで人は醜くなれるのか? そう考えさせるほど醜悪な顔で、すれ違いざまに門番を嘲る。
なにかが、切れる音が聞こえた気がした。
門番の表情が消える。
まずいな、わかりやすく怒ってくれたほうがまだマシだ。
人の怒りが臨界を超えたとき、憤怒を浮かべるのではなく、むしろすべての感情が消える、今の彼がそれだ。
無表情のまま、一切の逡巡も躊躇いもなく、腰の剣を引き抜いて、門番はサーヤの肩に手を回している男を背中から斬った。
「痛っ、あれ、これ、俺の血、ぎゃあああああああああああああああああ!!」
血を吹き出しながら、男が絶叫し転倒する。
手練であろうと、あの至近距離でここまで思い切った攻撃であれば、対応できない。
しかも、あの門番は魔力を込めた一撃を食らわせている。
やってしまった。
これはもう、どうにもならない。
「てめえ、てめえ! 俺にこんなことして、どうなるかわかってんだろうな!!」
「黙れ、息をするな。死ね」
門番は冷めた目のまま、倒れた兵士に剣を突き立てようとするが、残りの三人はもう剣を抜いて動いている。
「よくもマイクをやりやがったな!」
「八つ裂きにしてやる!」
もう、手段を選んでいられない。
すでに矢を装填しているクロスボウで射撃する。
二人の魔力持ち、そのうちの一人の側頭部を貫き即死させる。
しかし、あと二人が間に合わない。あの門番は剣の技量は並だ。殺されてしまう。
そう思っていたが、違った。
残りの二人に無数のクロスボウの矢が降り注ぐ。
あれは、俺が作らせたクロスボウ。
そして、放ったのはドワーフたちだ。周囲の家のドワーフたちが窓を開け、狙撃したのだ。
これだけうるさくしていれば起きるし、起きていれば、何が起こっているかは把握できる。
ドワーフたちはこの現状、つまりは兵士に手を出せば移住計画がぶち壊しになるとわかっていて、矢を放ったのだ。
サーヤ、そしてサーヤを助けようとした門番を助けるために。
「……死んでいてくれよ」
全滅ならいい、助けを呼ばれることはない。
しかし、注意深く見ると一人だけ矢が急所を外れたのか、まだ生きている。これはまずいな。
早く殺さないと。
そう思い、建物の陰から飛び出しつつクロスボウを放つ。矢は心臓を貫くが一歩遅かった。
心臓を貫かれながらも、兵士は胸元から取り出した笛を吹き続け、甲高い音が響き絶命して音が止む。
兵士たちの宿舎の窓が開くと、留守番していたものが五羽の鳩を放った。
それはウラヌイの砦へ向かっていく。
「ちっ、早馬じゃなくて伝書鳩か」
もうすでに鳩は天高く飛び立った。
どれだけ頑張っても、あの鳩には追いつけない。
おそらくは緊急時にはこうする決まりだったのだろう。
あの笛を合図に、伝書鳩で増援を呼ぶ。
……しかも、前倒しで貴族がくるなら、その警護のために、今日には精鋭が砦には常駐している。
すぐにでも、反乱を起こしたクロハガネの鎮圧にくる。
移住計画が一気に瓦解した。
「すぐに次の手を」
落ち込んでいる時間はない。
もう、今すぐ逃げるしかない。
どうすればいいか、今ここで答えを出さないと。
サーヤが俺を見て、泣きそうな顔をしていた。
彼女も事態の深刻さに気付いたようだ。
「なんで、こんなことしたんですか?」
それは俺じゃなく、門番に向けられたもの。
「姫様が、あんなやつらに弄ばれるのががまんできなくて」
「そのせいで、クロハガネのみんなが、危なくなったんですよ! いつもみたいに私が我慢すれば、なんとかなったのに!」
サーヤが感情をぶつける。
それは怒りだ。
「はい、わかってます。それでも、私は姫様だけに辛い思いをさせるのはもうたくさんなんです! 俺たちだって戦える。俺たちは、いや俺は、姫様に守られているなんて嫌だ! 姫様を守りたい!」
門番は引かない。
その叫びは心の底からのものだった。
周囲が騒がしくなる。
次々にドワーフたちが家から出てくる。
クロスボウを持ったものもいた。
「俺たちも同じ思いです。俺らは姫様に甘えすぎました。俺らにも戦わせてください」
「やばいってのはわかってます。でも、そいつがしたことは間違ってない。俺だってそうする」
「わしらが故郷を捨て、移住を決めたのは、姫様に笑ってもらうためじゃ。姫様の笑顔に励まされて耐えてこられた。じゃがのう、わしらだって姫様が無理をしていることぐらい気付いている。のう、お願いじゃ姫様。そろそろみんなじゃなくて自分のことを考えてくれ」
次々にサーヤに声をかける。
誰一人、計画をぶち壊した門番を責めはしない。
そうか、彼らもわかっていたんだ。
常に笑っていたサーヤが無理をしていたことを。
すんなり移住を認めたのを不思議に思っていたが、それがサーヤのためだと考えると納得できる。
サーヤが涙を流す。
無理をして笑い続けていた彼女、民の前では一度も泣かなかった彼女が、その本心を見破られたと気付いて、初めて泣いた。
「……ばれちゃってたんですね。恥ずかしい。そのごめんなさい。だから、本心を言っちゃいます。本当は、連れていかれてひどいことされるのがとってもとっても怖かったんです。だから、こんな状況になっても、ほっとしちゃってるんです。軽蔑しますか?」
ドワーフたちが首を振る。
ああ、本当にサーヤは愛されている。
だが、感傷に浸っている時間はない。
俺は一歩前にでる。
「みんな、聞いてくれ。二日後の夜に出発予定だったが、今すぐ出発する。全員、今すぐドックの船に向かえ! 荷造りはいい、追っ手が来る前に早く!」
時間がない。
もう助けを呼ばれてしまったのだから。
「あの、ヒーロさんは?」
「俺は当初の予定どおり、道を潰してくる。助けはもう呼ばれたが、やつらがあの道を通るまでに道を潰すのはまだ間に合う。そうすれば、ほとんどの奴らはここまでこられない。ついでに、潰した道を超えてきた奴も足止めしてみる」
あの砦には『まともに剣で打ち合えば』一対一ですら俺が勝てない相手もいる。しかし、手がないこともない。
最悪の事態に備えた手も用意してある。
問題は、別任務を任せていたヒバナをどう呼び寄せるか。
この状況でヒバナ不在は痛すぎる。
そんなふうに悩んでいると、屋根の上から一人の女性が飛び降りてくる。
「驚いたわ。帰ってきたら、こんなことになっているもの」
「ヒバナか、よく帰ってきてくれた」
「間に合わなかったけどね。道の崩落と足止めは私がやるわ。私のほうが適任よ……ヒーロはサーヤたちについて行ってあげて。護衛だって必要でしょう」
「悪いな」
「私は私の仕事をするだけよ」
ヒバナが来てくれたおかげで、成功率が格段にましたが、当初の予定よりもずっと状況が悪いのは変わらない。
それでもなんとか全員、移住先に送り届けてみせる。
じゃないと後味が悪い。
好きな女のために勇気を出した彼のせいでドワーフたちの移住が失敗するなんて、そんな胸糞悪い展開は俺が許さない。
必ず、ハッピーエンドで終わらせてみせる。