第三話:転生王子と始まりの場所
扉が開かれ、隠し部屋へ三人で足を踏み入れる。
その部屋は光量を高めに設定されており、ヒバナが眩しそうに目を細め……それから、ここにあるものに気付き驚愕の表情を浮かべる。
「ははは、このじい、腰を抜かしそうになりましたぞ」
「地下に庭園、いえ、畑。どうしてこの国で小麦が育っているの!? 私たちの先祖が、どれだけやってもぜんぜんダメだったのに!」
そこは一面の小麦畑だった。
天井には照明が輝き、畑の周囲を水が循環している。
今は初夏。
だというのに、たわわと穂は実っている。
いや、異常なのはそこじゃない。
この国の土地は痩せており、冷害もひどく、小麦などまともに育たない。
だから、芋やライ麦を育てているというのに、ここには小麦が実っている。
「ここは俺の実験場だ。この国を豊かにするために必要なものを生み出し、実験をしている。ずっと研究して、ようやく形になった。まずこの小麦だ。品種改良を繰り返し、生命力を強化してある。寒冷地でも育ち、病気に強く、成長速度も早い。それに味もいいんだ。糖度が高いからパンにすれば甘くなるし、腹が膨れる」
この小麦を植えたのは春。
そして、初夏にはこれだ。異例の速度だろう。
これもまた、錬金魔術の力。
錬金魔術が得意とするのは金属操作だけじゃない。まったく異なるものへ変えることはなくても魔力によって変質させることはできる。
この小麦は、他の植物との掛け合わせと、魔力による変質の両方を使い生み出したもの。
何度も失敗し、ようやく満足のいくものができた。
「すごい小麦なのね。これを地上で植えたなら、ここと同じように育つのかしら?」
「いや、いくら麦がすごくても、それは駄目だ。栄養がある土でないとね。そして、この土にはとっておきの肥料が使われているんだ。見ていてくれ」
畑の隅にある。それをとってくる。
魔犬の魔物。
「まさか、魔物の死体!?」
この国の貧困の原因の一つ。
それは定期的に魔の森からやってくる魔物。
放っておけば国が荒らされるうえ、駆除しても魔物の身には瘴気が含まれており、殺しても肉は喰えず、その毛皮や牙を身に着けることすらできない。
ひたすら迷惑なだけの存在。
「ああ、そうだ。本来、魔物の死体は瘴気で周囲を汚すから、魔の森に捨てるしかない……だから、こういう種子を作った」
魔物の死体に種を植え付ける。
すると発芽し、急激に成長する。
マメ科の種だ。もともとは魔の森で自生したものを品種改良した。
発芽した芽が魔物の血肉を喰らって、蔓がどんどん伸びていき、しまいには苗床の魔物を食い尽くし、巨大な蔓の化け物になる。
最終的には喰らった魔物の五倍ほどの大きさになり、今度は枯れ始め、土に帰り、残されたのは土と種子と植物が喰らえなかった骨と爪のみ。
「この土が、肥料になるんだ。魔物を苗床にして育ち、栄養がなくなると枯れ落ちる。その過程で瘴気を無毒化する。これだけの肥料があれば、一般的な畑一つを麦が育つ土地に変えれる。いいだろう? 魔物は定期的に襲ってくるから材料には困らない」
家畜の糞などを使うのが王道であるのだが、それでは材料が足りない。
家畜のほとんどは、去年とある事情から手放すことになり、数を増やそうとしているところなのだ。
それに、こちらのほうがいい肥料が作れる。
魔物の死体に込められているエネルギーはすさまじい。
「信じられない、この国で小麦が育つようになるのね!」
「ああ、この国の土地は豊かにできる。魔物を肥料にし、この小麦を植えれば、この国は食糧輸出大国にだってなれるかもしれない」
この方式のいいところは、魔物を肥料にする種と小麦を使い始めれば、どんどん広まっていくことだ。
なにせ、肥料を作るたびに種は増え、小麦だって収穫すれば次の種もみは手に入る。
一度、豆と小麦を開発すれば、あとは民に任せられるのだ。
「どうだ、ヒバナ。面白いだろう。これは始まりだ。俺はこの力でこの国を生まれ変わらせる。あの約束をしたとき、俺はどうしようもなく子供で、無力だった。でも、今は違う。夢を叶える力がある。あの日の約束をこれからも続けよう」
握手を求めて手を伸ばす。
「ええ、喜んで。あなたの力で、この国は変わるわ。特等席で見させて。その代わり、私のすべてをかけてあなたを守る。私はあなたの剣よ」
その手をヒバナがとった。
あの日の約束はこれからも続いていく。
しかし、ヒースだけは顔をしかめている。
「……ヒーロ王子、この麦と種を生み出し、地下室も自らで作ったといいましたな」
やはり、ヒースはあのことに気付くか。
そして、彼は教会の恐ろしさも知っている。
「そうだな」
「まさか、この小麦と肥料を生み出すことができたのは、数百年前に教会によって禁忌とされ、消滅させられた錬金魔術を使ったからでは」
「そうだ」
「もし、表ざたになれば!」
「教会が抹消のために動くだろうな。大丈夫だ、うまくやる。それに、俺は覚悟を決めている。この国はこのままだと終わる。禁忌の力だろうが、なんだろうが、国を救う手段があるなら、俺は躊躇わない」
教会の権威などくそくらえだ。
俺は、俺の好きなものを守る。
「……その目、すべてをわかったうえで、為されているのですね。なら、わしも覚悟を決めましょう。ご立派になられた。わしもヒーロ王子をささえさせてください」
「私もヒーロが錬金魔術を使っているからって意見を変えないわ。もし、それを理由にヒーロを狙う人がいるなら斬り伏せる」
「二人とも、よろしく頼む」
こうして、秘密の共有者が増えた。
この工房が、この三人がすべての始まり。
知識を増やし、技術を身に着け、実証も終わった。
だからあとは、先へ進んでいくだけだ。
発明しただけでは、この国は豊かにならない。広めていく。
ただ、そのための準備はしてきたとはいえ、俺一人では限界がある。
本格的に動くには、あと二人、味方に付けたいものがいる。
そちらのほうも手を考えておかなければ。
問題は、彼らがヒースやヒバナと違って協力的ではないこと。
……ただ、頼んだだけじゃだめだ。まずは圧倒的な成果を見せる。そうして、初めて彼らは俺の提案に乗ってくれるだろう。
では、まず成果を作ろう。
幸い、そっちは人手があまり必要ないのだ。
強くなり、帰ってきたヒバナがいれば達成できる。