第八話:転生王子の秘密ドック
鉱脈というのは、ところどころ切れ目はあるが、かなりの広範囲に続いている。
そして、ドワーフたちの感知範囲の長さなら、その切れ目の先にある鉱山を探っていける。
サーヤが安全で掘りやすいところは掘っていたと聞いて、かなり警戒していたが、実物を見た限り、想像していたよりずっとましであり、必要な量の鉄は容易に手に入ると確信した。
例えばの話をしよう。
有名な南アフリカの金鉱山は掘りやすいところは掘りつくし、採掘が難しいと言われている。
具体的にいうと、地下三千メートルより深いところでなければ採算がとれる量が採掘できない。それが地球における採掘が難しいの基準。
その点、サーヤたちは地上の山を掘り進めば手に入ってしまうという恵まれた状況だ。
完全に地下は手付かずであり、かなり浅い地下百メートル以内のところにすら鉱脈が残っている可能性が高い。
「サーヤ、頼みがある。俺についてきてくれないか」
「別に構いませんよ。今は鉱脈が見つかってますから、抜けられます」
通常のドワーフよりも感知範囲が広いサーヤは鉱脈を見つけるための要であり、鉱脈探しの途中では抜けられないのだろうが、今みたいに単純に鉄鉱石を集めているフェイズであれば手が空くようだ。
「悪いな」
「悪くはないです。私が協力するのも約束のうちですから。それで何をしたいんですか」
「地下鉱脈を掘るんだ。ドワーフの鉱物感知能力、使わせてもらおう」
誰も手をつけてないところこそお宝は眠っている。
そこを狙う。
◇
地下を掘ると言っても、闇雲に掘っても効果は期待できない。
なら、どうするか?
まずはあたりをつける。
周辺の地形、そして鉄が採掘できている鉱山の詳細。
さらに、今までどのあたりで鉄が採掘できたかをサーヤに聞き、地図を書き込む。
それだけの情報があれば、鉱脈の繋がりを予想できる。
予想したうえで、海方面へ進みながら、鉱脈があると予測したポイントで調査を行う。
その調査ではサーヤの力が必要だ。
「サーヤ、ここで調べてくれ」
「わかりました! むむむ、ここは外れです」
サーヤの感知で下方面に鉄の反応をないか調べる。
下に意識を向けながら、半径十メートルほどの円を描くようにして歩いてもらうことで、かなりの精度で鉄がないかを調べられる。
サーヤは三百メートルもの距離を感知できる。
三百メートル以上の深さにある鉱脈は見逃しても構わない。そこまで深いところにあると、危険かつ採掘効率が悪い。
そうして、俺たちは海方面に歩きながら、一つ一つポイントを潰していた。
今回は外れだったが、当りはすでにいくつか見つかっている。
それでもほかのポイントを探すのは、採掘量とウラヌイの連中に気付かれずに採掘する、その両方を考慮したうえで、最適のポイントを見つけるためだ。
日が暮れるまでに目ぼしいところはすべてチェックした。
そのうえで、掘るべき地下鉱脈を選ぶ。
「ここにしよう」
「一番海に近いところね」
「そこですか? 埋まってる場所地下百メートルより深くて難しいですよ。他にもっと掘りやすくて鉄が多い場所もあるのに」
サーヤが首を傾げている。
「位置が重要だ。なるべく、鉱山から離れて海に近いほうがいい。俺がやろうとしていることを説明しよう。地図で……いや、実物を見たほうがいいな。ついてきてくれ」
ただ掘るだけじゃなく、それで船を作る。
さらには、船を作ったあと定期的に鉄を運び出す。
そこまで考えて、ポイントを決めた。
それを説明する。
◇
俺がサーヤを案内したのは海に面した洞窟だ。
海沿いに、おあつらえ向きのものがあった。
その洞窟がある位置は高く断崖絶壁で、入り口は死角になって、地上からは気付けない。
それでいて、入り口が広く、中に入れば足場もある。
俺たちが乗ってきた船を使い、その洞窟の中に入る。
「こんな場所があったんですね」
「サーヤの家を出てから、合流するまでの間に海岸沿いを調べていたんだ……船を作るのにちょうどいい場所はないかってな」
秘密裡に大型の船を作れる場所は限られる。
……最悪、そういう場所がなければそれこそドックを一から作ろうと思っていたが、こういうものが見つかった。
まさに天然のドックだ。
「すごいですね。ここならバレずに船を作れるし、船出もすごく楽です。でも、よくこんな場所を見つけましたね」
「簡単よ。船でぐるっと海岸を一周したの。さほど時間はかからなかったわ」
ヒバナはそう言うが、かなり広い範囲の探索が必要だった。
小回りが利く高速船とヒバナの集中力、魔力量、体力がなければ見つけられなかっただろう。
「でも、ここにくるのなかなか難しそうです。船だと一度に乗れる人数は限られますし、あの崖を下るのは」
「それは地下道を作ればいいだろう。クロハガネにあるような。どっちみち、地下道は作るつもりだ。一つ増えるのは大した手間じゃない」
「別に? いったいどこへ」
「決まっているだろう。鉱脈へだ。採掘ポイントとここを繋ぐ地下道を作る。そうすれば、鉄の運搬が楽にできるし、ウラヌイの連中に見つからない」
船を作るために鉄を運びこむ必要がある。
なら、いっそ地下道で採掘ポイントとドックを繋げばいい。
それだけじゃなく、カルタロッサ王国に鉄を運ぶ際にもここへ運ぶ必要がある。
一々、鉄を掘るために地下へ行き、地上に上って、また崖の下のドックまで下る。そんな何度も登ったり下りたりするのは馬鹿らしい。
「だから、あのポイントを選んだんですね」
「そうだ。一定以上の埋蔵量があるなかで、一番近い」
たった五キロしか離れてない場所に、鉱脈があるのもまた僥倖だ。これだけ好条件が重なるのはいい意味での想定外だ。
「それでも、ここから私が見つけた採掘ポイントまで五キロぐらい離れてますよ?」
不安そうにいうサーヤに向かい、ヒバナが微笑みかける。
「安心して、ヒーロはたった二か月ちょっとで二十キロ近く、大型の馬車がすれ違えるような広々としたトンネルを掘ったのよ。たった五キロ、それもそこまで大きくないトンネルならさほど時間はかからないわ」
「四日もあればできるな」
前回時間がかかったのは距離もあるが、ヒバナが言った通り大型馬車が余裕をもってすれ違える大型トンネルを作ったからだ。
あのときは今後は貿易で発展するという期待があったから大型にした。
だが、今回は違う。
鉄の運搬用トロッコ、そのレール二つを通せるぐらいでいい。
そうすることで、必要な穴の直径は半分になり、かかる労力、つまりは採掘が必要な面積は四分の一。さらに距離は四分の一で単純計算であれば作業量は十六分の一となる。
俺の力なら四日もあれば、トンネルは開通する。
トンネルが開通次第、最低限の鉄を手に入れ、まずはレールとトロッコを作る。あれがあるかないかで運搬効率は天と地ほどの違いがでる。
トロッコまで作ってから、船用の鉄集めを行う予定だ。
「……あの、ヒーロさん。実は次の鉱脈みつけるまでの貯金、ちょうどノルマに換算すると十日分あるんですよ。もし、鉄が採掘可能になってから、鉱山を掘ってるドワーフ全部が、こっちに協力したら船はどれぐらいで完成しますか?」
「それを答えるには情報が足りない。質問させてほしい。鉄鉱石を鉄の武器にして納品しているんだろう? それはどうやっている」
「炎の魔術で溶かしてから、土の魔術で不純物を取り除き変形させて、冷まします。炎で溶かしてからなら、それぐらいはできます」
「ドワーフたちで無理なく生産できる剣の本数は」
「えっと、これぐらいです」
彼らの能力は、今日の鉱山掘りで見ただけで、はっきりしたことはわからない。そこを低めに見積もる。
それから、今の鉄鉱石を何本剣を作れるかで加工できる規模と速さを計算。
そうなると、大よそ……。
「採掘期間と船作り、合わせて八日だな。俺の指示通りに動いてくれるなら、それだけあれば船は完成する」
「嘘ですよね。二百人が乗れる船ですよ」
「できる、俺が指示する通りにパーツをドワーフに作ってもらう。歪でもいいから、とにかく速度重視で作ってもらう。それを俺が微調整しながら組み上げる。このやり方なら八日だ」
さすがに鉄鉱石を鉄に変えたり、大きなパーツを作ったり、そんな真似を自分でやるといくら魔力があっても足りない。
だが、鉄にし、それをおおまかでもパーツを作ってもらえれば、だいぶ楽になるのだ。
……いや、ドワーフの能力を考えた場合、工法さえ教えれば、鉄鉱石を鉄、それをさらに鋼へと加工することも可能なはず。さほど手間も変わらない。
今回作った船は長く使う。
それなら、そこまで頑張ろう。作るのは鉄船ではなく鋼船だ。
「八日ですか。すごい。私から提案があります。……私たちはあなたに賭けます。トンネルが開通しだい、全力で支援に回ります。その間のノルマは貯金で誤魔化して、そのノルマがなくなる前に逃亡を決行します」
「かなり無理な計画だな。仕込みが追いつくかが問題だ。鉄鉱石の加工や、各パーツ作りの間、俺の手は空くが、その間に移住先の下調べと追っ手対策ができるかはぎりぎりだぞ」
「できなくとも、貯金がなくなるだけです。……最短で動けるようにしたいです。ダメですか」
現在の状況を考える。
俺自身、一刻も早く大量の鉄と共にカルタロッサへと帰りたい。
急ぐというのはそう悪くない。
「条件が三つある。一つ、その剣幕、急いでいるのはそれなりの事情があるんだろう? それを正直に話すこと。二つ、急ぐのはいいが安全性重視だ。もし、移住先の下調べや追っ手対策が思わしくなければ……いや、少しでも不安があれば延期する、その際に文句を言わないこと。三つ、延期になり万が一、鉄の貯金が尽きた場合、こちらから融通すること」
「あの、二つ目と三つ目って本来私がお願いするものですよね。すごく、ありがたいですけど、そのいいんですか」
「ああ、構わない。俺はサーヤをもらう。その代わり、ドワーフたちを助けると約束した」
急げば急ぐほど、危険は増える。
たとえば、移住先の下調べの時間をカットする場合、その地に潜んでいる危険を見落とす恐れがある。
時間をかければもっといい土地が見つかったのにと後で後悔するかもしれない。
鉄の貯金を放出しながらこちらの作業に従事するのはいい。しかし、貯金が尽きた場合、こちらの作業を強行する必要はない。ノルマを達成できないことで、ウラヌイの連中が違和感を覚えたら終わりだ。
だから、急ぎはするが無理はしない。やるべきことをすべてやっての最短を目指しつつ、トラブルが起これば延期も視野にいれる。
「ありがとうございます。その提案受け入れます。それから、私が急いでいる理由は私からじゃなくて、父、長から伝えさせてください。今日、屋敷で場を設けます。きっと、父も戻ってきていますから」
「ああ、そうしてくれ」
長とは話したいと思っていた。
集落全員を逃がすのだから、長に話をするのは絶対に必要なことだ。
……俺は、そこですべてがひっくり返ることも覚悟している。
サーヤの暴走を父親が止めても何もおかしくない。
そうなった場合は、ただここで船を作り、そのままカルタロッサに戻る。それを許してもらうよう交渉するし、それを納得させられるだけの代価を用意してある。
サーヤという有能な助手を手に入れられないのは痛いが、当初の目的は達成できる。
そう、俺の利益だけ考えればドワーフは救わなくても構わない。
それでも、俺はサーヤを助けてやりたい。
出会って、たった二日だが、サーヤを見ていて思っていることがある。
この子は常に笑顔だ。だけど、……なんて痛々しい笑顔をするのだろうと。
そして、その笑顔には見覚えがあった。