第六話:転生王子は手を差し伸べる
サーヤに、いかに船で逃げるのが無謀かを説明した。
その説明はサーヤを味方に引き入れたいという打算があったからこそしたのは否定しないが、無謀であるということは純然たる事実だ。
なにせ、秘密裡に大型船を作りあげ、ウラヌイの監視員に気付かれずに乗り込むというのは不可能だ。
仮に奇跡的に成功したとして、生活基盤が整えられるほど豊かで誰の持ち物でもないという土地なんてものはほとんど存在しない。
そんなものを短期間で見つけるなんて夢物語。
「聞かせてください。私がやろうとしていることを無謀と言った、あなたがどんな提案をするのか」
「大型船を作り、集落のみんなを船で安全な土地へ運ぶ」
サーヤがやろうとしていることを言う。
実際、そうするしかない。二百人というのはあまりにも少なすぎ、戦うという選択肢は取れない。しかし、二百人という少人数だからこそフットワークは軽く、住み慣れた地を捨てる覚悟ができているなら逃げたほうがかしこい。
「馬鹿にしているんですか!? 私のやろうとしていることと一緒です」
「やることは同じでもやり方が違う。地図を提供しよう。いくつか比較的豊かな土地かつ、おそらくは人が住んでいない移住先候補を教える。教えるだけじゃなく、下見のために俺の船を提供しよう。俺とヒバナが居住可能かの下調べと環境づくりにも協力するおまけつきだ。その際に航海の仕方を教えてやる」
移住先候補がすぐに出せるのは、実のところカルタロッサ王国の民全員を移住させるという手も選択肢の一つとして用意していたからだ。
今回の鉱山に人が住んでいたように数百年で状況が変わっているかもしれない。それでも、いくつか見て回れば一つぐらい人が住んでいない土地がある公算が高い。
なぜ、移住を検討していたかだが、戦争に勝ち目がないと判断したとき、死ぬまで戦うぐらいなら逃げたほうがいい。
逃げるというのも有効な選択肢だ。
なにより、いざというときは逃げられる。
そういう保険があるからこそ、より大胆な策が使える。
国の指導者として、戦争が起こり、それで負けたらすべて終わりなんて状態でいることは怠慢だ。これ以外にも次善策は常に用意してある。……半分ぐらいはアガタ兄さんのアイディアだが。
「そこまでしてくださるんですか!?」
「ああ、今のままじゃあまりに危なっかしい。それに、サーヤたちは海の怖さを知らないだろう? 危険なのは魔物だけじゃない。たとえば、一度遠洋にでればコンパスが歪んで方向が分からなくなる」
「……それ、ほんとうですか」
「本当だ。仮に鉄の船を作れたとしても確実に遭難する。遠洋にでるのなら、これは魔力針というんだが、こういったものが必要になる。これは海の怖さ、その一端。波や天候の変化にも鈍感だろう? 必要な道具を揃えたうえで、ちゃんと航海を覚えないとただの集団自殺だ。だからこそ道具は提供するし、航海は俺が教えてやる」
サーヤが、考えもしなかったという顔で魔力針を見つめている。
思った以上に詰めが甘い。
「でも、それって船で逃げれる前提での話ですよね。ヒーロさんは船を作ることも逃げることも難しいって言っておいて、そんなこと言うなんて変です」
「ああ、サーヤたちだけじゃ不可能だ。しかし、俺が協力すれば可能になる。船の建造も、全員を逃がすのも」
「……それはあなたが錬金術師だからですか」
思いがけない言葉が飛んできた。
そこに気付いていたからこそ、ああいう態度だったのか。
「それはまだ言っていないはずだが」
「あんな船を作れるのは錬金術師だけです……それに、ドワーフは錬金術師のために作られた種族。そのせいか、一目見たときから、懐かしくて、愛おしくて、胸がきゅんとして。……それが気持ち悪くて仕方なかったです」
「気持ち悪いとは心外だ。だが、気持ちはわからなくもない。なら、なぜその気持ち悪い男を招き入れた」
理由のない好意。
それが自分の意思と関係なく仕組まれたものなら、誰だって不快になる。
「錬金術師なら力があるのは確かですし、眷属である私たちに手を差し伸べてくれるかもしれない。それに、あの人たちの敵です。あの人たちは、ドワーフを汚れた者の眷属と呼んでいますから」
「敵の敵というわけか。ドワーフを汚れたものの眷属というなら、錬金術師は汚れそのものだろうな。……気付かれているなら隠す必要もなくなった。錬金術師だからこそできることがある」
「具体的には?」
「錬金魔術ならではの方法で採掘効率を数段上げられる。船の建築もそうだ。ドワーフ数人でパーツをおおざっぱに作り、俺が仕上げをすることで作業効率は何十倍にもなる。次に、おまえたちを逃がす方法だがな、ウラヌイという街は山を越えた先にあるのだろう。それから、地図を見る限り、道はここにあるはずだし、そこ以外に街道はないだろう」
俺は地図を広げ、一点をペンで囲む。
数百年前の地図であり、色々と状況も変わっているだろうが、それでも地形自体は大きく変わらない。
少ない労力で道を作れる場所は限られる。
「たしかにそこには道があります。ウラヌイとクロハガネを繋ぐ大きな道はそこだけです。そこを通らない場合、ものすっごくこっちに来るの苦労しちゃいます」
「その道、このあたりが崖に囲まれているだろう。そこを爆破して土砂崩れを引き起こせる。こうすれば通れない。監視をしている連中は脱走に気付いても、援軍がこれないのなら、問題ない。街に滞在している少数の兵なら俺とヒバナで無効化できる」
「この道を潰せば、時間稼ぎができますね……船まで逃げる間ぐらいはなんとか」
「爆破と足止めはこっちで引き受けよう、その間にサーヤは民を船に乗せて下調べをした移住先を目指して出航。俺は自分の船で追いかける」
かなりの問題がクリアできた。
むろん、俺はまだまだウラヌイのことを知らなすぎる。情報を集め、さらなる検討が必要だ。
だが、大筋はそれでいい。
「どうして、そこまでやってくれるんですか?」
「言っただろう。俺の国のためだと。協力をするには、いくつか条件を受け入れてほしい。一つ、サーヤがほしい。移住が成功したら、俺と一緒に我が国へ来てくれ」
「つまり、私の体が目当てなんですか? 民の命を盾にして、尻尾をもふったり、顔を埋めてくんかくんかしたり、あまつさえはむはむするつもりなんですね……知っていました。男なんてみんなそうです。女の子の尻尾のことしか考えてない猛獣なんですよ……」
「いや、そのキツネ尻尾は可愛いとは思うが、そこに欲情はしない」
それがドワーフの価値観なのだろうか。
というか、こいつ案外余裕があるな。
「冗談です。私一人で民が救われるなら、安いものです。どんなことでも受け入れます。ただ、できれば最初は優しくしてください。その、初めてなので」
俺の交渉を邪魔しないようにずっと黙っていたヒバナがすごい顔で俺を見ている。
信用されていないのが悲しい。
「……そういう意味で欲しいわけじゃない。欲しいのはその能力だ。船を見て一瞬で構造を読みとり、新たな船を設計できると君は言った。そして、その工数を九か月と答えたことに俺は感心している。ちゃんと見えている。それに君が作ったトンネルも素晴らしかった。君が助手になれば、俺は今まで以上に大きなことができる。優秀な人材を得るためなら、これぐらいはしよう」
「なるほど、性奴隷じゃなくて、労働奴隷がほしいわけですね」
「奴隷じゃない、俺が欲しいのは助手だよ。無茶ぶりはしないし、相応の報酬も出す」
「いい条件過ぎて逆に怪しいですね」
「別にいい条件じゃないけどな。もうすぐ戦争が始まる、そんな国へ来ること自体が命がけだ」
「そういうことですね。そうだとしても私の答えは変わりません。みんなが助かるなら行きます」
いい覚悟だ。
それほどまでに、民たちを愛しているのだろう。
そこも評価に値する。
「条件その二だ。俺はここに鉄を取りにきた。鉱山を自由に採掘する権利がほしい」
「あの、それは構わないですが、いいんですか? 私たちが逃げたあととか、難しくなると思いますが」
「構わない。今掘っている鉱山、そこを見せてもらえば鉱脈の繋がりで、新たな採掘場所を錬金魔術で見つけられる。そこで好き勝手掘らせてもらう。そっちの安全性が担保できれば、その仕事をドワーフたちに代行してもらう。むろん相応の報酬は払う。条件は以上だ」
一つ鉱山があれば、そこから新たな鉱脈を見つけることができる。たしかに、クロハガネの住民たちが逃げ出せば、ウラヌイのものたちは自力でその鉱山を採掘するため近づけなくなるが、別の場所で掘ればいい。
そうやって新たな採掘場所を用意しておけば、定期的に船でドワーフたちに掘りに行かせられる。
今の鉱山から離れた場所であれば、そうそう見つからない。
むろん、委託するのは何とか脱走した後に、俺が試して安全を確保してからだ。
「わかりました。あなたが出した条件を確認します。条件一、私という人材。条件二、鉱山の採掘権。条件三、新たな鉱山を見つけ、そこの安全が担保できれば、採掘作業の委託を請け負うこと。この三つですね?」
「間違いないな。その三つの条件を飲んでくれるなら、移住先の選定、船の建造手伝い、移住の際のサポートを約束しよう。どうする?」
「受けます」
サーヤは即答する。
あとはあえて口にしなかったが、サーヤを引き入れ、隣国との戦争がひと段落済んだタイミングでドワーフたちにカルタロッサ王国への移住を勧めるつもりだ。
戦争がいつ始まってもおかしくない今は提案できないが、いずれは必ずと思っている。
「契約は成立だ。今のままじゃ計画は穴が多すぎる。鉱脈を調べたいし、ウラヌイについての情報が欲しい。実際彼らが使う道を調べたい。彼らのクロハガネの監視体制や、増援を呼んだ場合、どれほどの速度でどれだけの規模が来るのかも知っておく必要がある」
「いいですよ。全部なんとかします」
「朝が来ると同時に俺とヒバナはここを出たほうがいいな。よそ者が入っていることを知られないほうがいいだろう。採掘作業中にも監視はあるか?」
「採掘中の監視はありません。監視の兵隊さんは街の中にしかいませんから。あの地下道で街の外にでちゃえば、外で合流し放題。でも、何日かに一回、配給を兼ねた視察で大勢がきちゃって、鉱山の中まで見るので、そのときだけは鉢合わせの危険性がありますね」
「わかった。それで行こう」
一歩街から出たらやりたい放題。
それがわかっただけで大きい。
明日はさっそく鉱山を見てみよう。
鉱脈がどこまで伸びているか調べれば、ここからかなり離れた位置に採掘ポイントを作れる。
そうすれば、ウラヌイの連中の眼を盗み、鉄が掘り放題になるだろう。