第二話:転生王子は幼馴染に会う
錬金魔術を学び始めて二年経った。
錬金術師の遺産は充実していて、一人前になるには十分なもの。
知識を深めるための資料だけでなく、貴重な錬金道具や素材があって助かる。
錬金魔術というのは便利な加工技術である。ゆえに何をするにも材料は必要だ。そして、多少物質を変質させることはできても、石を金にするようなことはできない。
いくつか可能なことの例をあげると、不純物を取り除く精製、逆に複数の素材を使って合金を生み出す、任意の形に加工するなんてものがある。
他にも物質に魔力を込めることで強化できる。その物質の用途からあまり離れた形での強化はできないとはいえ、応用性は非常に高い。
錬金魔術とは、とんでもなく便利だ。
この錬金魔術さえあれば、あっさり金持ちになれるだろう。
……俺一人のことだけを考えるのなら、こんな国捨てればいい。
どこでだってうまくやれる。
だけど、そうはしない。
この力さえあれば、この国を救える。
いや、救うだけじゃない豊かな国にできる。
俺は、この国に愛着がある。この国の民が、大地が好きなんだ。
それ以上に、姉さんを取り戻したい。
だから、自分だけが幸せになる道ではなく、この国を繁栄させる道を選んだ。
そのために、この二年は勉強だけでなく、様々な仕込みを行ってきた。
いよいよ、この国を変えるため動き始める。
◇
……と思っていたんだけどな。
「ヒース、剣の鍛錬は終わったはずだよな」
俺は老剣士に呼び出されていた。
ヒース・クルルフォード。この国では最強クラスの剣の使い手。
鍛錬場にくるのは久しぶりだ。
一年ほどまえに俺は完全にヒースを超えた。それ以降は、我流で鍛えている。
技量という意味ではこれ以上の成長はなく、必要なのは身体能力。錬金魔術に時間を割きたかったため、毎日、錬金魔術を応用した身体能力向上メニューを短時間で行うようにしている。
「ヒーロ王子、今日来ていただいたのは、会わせたいものがいるのです」
そう言って、ヒースは少女の背を押す。
俺と同年代、赤髪でどこか気の強そうな少女だ。
その立ち振る舞いから、そうとうできるとわかる。
息を飲む。俺の知っているころよりずいぶん成長したのがわかる。
見間違うはずはない。
「もしかして、ヒバナか?」
「ええ、お久しぶりです。ヒーロ王子、いえ、泣き虫ヒーロと言ったほうがいいかしら?」
彼女は微笑する。
「その呼び名は止めてくれ。俺は変わったんだ」
ずいぶん懐かしい顔だ。
ヒースと一緒に剣を学んだ友達だ。
剣においては異常なまでの才覚を示し、十の時にはこの国で学ぶことはなくなり、ヒースの伝手で武者修行として異国の剣士に預けられた。
「知ってのとおり、ヒバナはわしの伝手で知人に預けておりました。そちらでの修行を終えて、呼び戻しました。十四にして、キナル公国の青銅騎士団への入隊が許されるほどの腕となっております」
「それはすごいな。俺とどちらが強い」
「ヒーロ様は別人のように強くなられました。ですが、それでも剣だけであればヒバナかと。ヒバナの強さは、全盛期のわしに匹敵します」
それは心強い。
だが、妙だ。
それだけの強さがあるなら、別にこの国に帰ってくる必要なんてない。
なぜなら……。
「なぜ、戻ってきた。その若さでキナル公国の青銅騎士団に入れるなら、いずれは黄金騎士団にすら届いただろう。剣士としてそれ以上の誉れはないだろうに」
キナル公国は、この大陸でも有数の強国。
その特徴は世界最強と言われる騎士団を保有していること。
黄金、白銀、青銅、三つの騎士団を持っており、魔力持ちかつ、一流の剣士のみが入団を許される。
一番下位の青銅騎士団すら、剣を志すものからすれば遠い憧れ。
黄金騎士団などはもはや伝説だ。たった十二人しかいないが、黄金騎士団だけで下手な国なら滅ぼすことができるとまで言われている。
「あなたとの約束のためよ。覚えてないなんて言ったら殴るわよ」
「……覚えていてくれたのか」
「ええ、あの日のことは覚えているわ。涙で顔をくしゃくしゃにしながら、ヒーロは、この国を変えるって言った。だから、私は誰より強くなり、あなたの剣となると約束したわ」
「ああ、二人でこの国を救うと決めたんだ」
姉がこの国を救うために犠牲になり、ようやく救国すると決めた。
その想いを俺が唯一伝えたのはヒバナであり、彼女はそれに応えてくれた。
「でも、私は迷ってしまったの……成長するにつれて、そんなこと無理じゃないかって思うようになったわ。……外にでて、いろいろ勉強して、余計にこの国の状況のまずさに気付いちゃった。叶わない夢なんじゃないかって、とっくにヒーロだって諦めたちゃってるんじゃないかって怖くなったの。……それなら、このまま、キナル公国で黄金騎士を目指したほうがいいとすら考えたわ」
「なら、なぜここにきた」
ヒバナがそう思っても俺は責めない。
なにせ、そうするほうが利口で確実に成功できる。
「……私はおじい様に聞いたのよ。まだ、ヒーロは諦めてないかって、本当にこの国を救えるかって。そしたら、ヒーロは諦めてなくて、何かしようとしてるって。だから、帰ってきたのよ。あなたが夢を諦めていないかをこの眼で確認するために」
「ヒーロ王子、わしにはわかりましたから、ヒーロ王子が何かたくらみ、動き出そうとしていることが。だから、ヒバナにそう伝えたのです」
ヒースを見ると笑っていた。
俺が何をしていたかは気付いていないだろうが、俺が国を救うために準備を続け、そろそろ動き出すことを見抜かれていたようだ。
優秀な護衛は喉から手がでるほど欲しかった。
身を守るためにも、そして、これから行うことを手伝ってもらうためにも。
それも、二人の兄の息がかかってない人材が。
ヒバナがこのタイミングで帰って来てくれたのは福音だ。
「教えて、あなたは、この何もない国をどうやって救うつもりなの? 不安なの。あなたにその気があるのか、そんなことを本当にする力があるか……約束を守りたい、私もこの国が好き、だから救えるものなら救いたい。でも、できない夢なら、果たせない約束なら、捨てるしかないの」
「いいだろう、面白いものを見せてやる」
そろそろ秘密を明かす頃合いだと思っていた。
それに、ヒバナが戻ってきたこと、約束を果たそうとしてくれたことがうれしいんだ。人前でなければ涙がこぼれるほど。
疑っていることはまったく気にならない。むしろ、頼もしいぐらいだ。
夢を一緒に見て欲しいが、盲目的に信じるのではなく、自らで考え、意見をしてくれるもののほうがいい。
ヒバナを安心させるために、そしてあの日の約束は続いていることを証明するため、この二年の成果を見せてやろう。
◇
「こんな、地下室、お城にあったの?」
「わしも知らなかったのう」
「知らないのも無理はない。俺が作った」
錬金魔術というのは、教会によって禁止された禁忌の魔術。
だから、その工房は人目につかない場所でないといけない。
「作った? うそ、こんなしっかりした地下道。広々として、整然として、しっかりと石で四方が固められているし、どういうわけか、息苦しくもないわ。火も焚いてないのに明るい。一人でできるわけないし、できたとしても何十年もかかるわ」
この地下道は三人で並んであるけるほどに広く、天井も高い。
しかも四方をぎっしりと石で固めてあるので安全だ。
魔力灯によって照らされており、足元もばっちり見える。
「うむ、わしも同意見じゃのう。この国にいる大工の腕じゃ無理だ」
「ヒース、これを可能にしたのは魔術だ。人力じゃ無理だよ。これから見せるのも、そういう力だ」
重厚な扉が現れ、俺が手をかざすとひとりでに開かれる。
錬金術によって生み出された扉。これは予め登録していた魔力を通さない限り開かれることはない。
大錬金術師の遺産を守っていたものと同じもので、攻城槌ですら破壊は不可能。
この扉が守っていたのは、俺の錬金工房。
広々とした部屋には、大錬金術師の遺産が並べられ、それだけではなく、世界各地から俺が手に入れた資料が並べられている。
錬金道具も数多くあり、中には俺が新たに作り出したものが含まれる。
そして、いくつか錬金術で生み出された試作品がある。
ヒースとヒバナはその光景を見て絶句する。
「ヒーロ王子が何かたくらんでいるとは思っておりましたが、これほどのものを用意しているとは」
「驚くのは早い。見せたいのは、この先だ」
工房の奥には隠し扉がある。
その先にあるのは実験場、俺がこの二年間必死に学び、研究した成果がそこにある。
さあ、お見せしよう。この貧しい小国を豊かに変える発明を……。