第四話:転生王子は作られた命を想う
誰の所有物でもない鉱山のはずだったが、やはり数百年の間に所有者が現れてしまった。
おかげで、勝手に鉱石掘り放題とはいかなくなった。
しかし、悪いことではない。
彼らは鉱山近くにクロハガネという街を作っており、なおかつドワーフと名乗った。
ドワーフというのは、錬金術師の残した資料によると、錬金術によって生み出されたホムンクルス。
錬金術師のサポートを効率よく行えるよう、助手に適した能力をもって生み出された存在だ。
ただ、キツネ耳と尻尾があるのは意外だった。
キツネの耳と尻尾があるのは必要な能力を与えるために人以外を材料に使った結果だろう。
もともと錬金術師のために作られた存在、味方に付ければ極めて有用だ。
錬金術を極めれば、こういう神様の真似事までできるようになるようだが、自分でやるつもりはない。
……おそらく、こういうことをやっていたから錬金術師は滅ぼされたのだろう。ドワーフを生み出したのは一例に過ぎず、彼らは羽目を外しすぎた。
「サーヤ、さきほどからいつも通りの口調で話してしまっているが、姫だし、かしこまったほうがいいか?」
魔力で身体能力を強化し、ほぼ全力で海に向かって走りながら並走するサーヤに声をかける。
「いいえ、必要ないです。お姫様っていっても、ちっぽけな集落ですし。だいたい肩凝るじゃないですか、そういうの」
そう言うとわざとらしく肩を回す。
「なら、言葉に甘えよう」
「はい、そうしてください。だいたい、あなただって偉い人なんでしょう?」
「どうしてそう思った」
「立ち居振る舞いが優雅ですし、そっちの綺麗な女の人はあなたを常に気にかけて、守ろうとしてます。装備はハイエンド、腕は超一流。このレベルの護衛を雇えるのは大貴族ぐらいですよ」
……なるほど、ヒバナの装備の価値がわかり、なおかつその実力を見定める目もある。
なかなかの人物だ。
集落の姫と自分を揶揄していたが、油断ならない。
「その通りだ。俺はカルタロッサ王国、ここから三百キロほど離れた大陸にある小国の王だ」
正確には、代理の王。
父が目を覚ませば、そのときには王位を返上するかもしれない。
「へえ、王様なんですね。道理で、なんか身にまとう空気が違うと思いました!」
「そういう感覚、集落で身につくものなのか?」
「二年ぐらい人質で拉致られて、向こうのお偉いさんのところで見世物やったんで、いろいろと学んだんですよ。他のドワーフは違いますね。『我らの人生は鉄と炎と共にある(どやっ)』みたいなノリです」
なるほど、だから教養があるわけか。
「参考になった」
「王様ということは、白馬にも期待できますね」
「期待してもらって構わないよ。船がほしいようだが、何か理由があるのか?」
「ああ、それですか。このままだとクロハガネは搾り殺されるので、いっそ海を越えてみんなで逃げようかと。陸路のほうはかなり厳しいんですよね。逃げきれずに捕まって、殺されはしないでしょうけど、奴隷レベルがパワーアップしちゃいます」
軽い口調で、とんでもないことを言う。
「ウラヌイという街があると言っていたな。そこに搾取されているのか?」
「隠してもあれなので、教えちゃいますね。もともと、私たちクロハガネの一族は、ここから少し先の森に集落を作ってた少数民族なんです」
ドワーフの集落か。
もしかしたら、数百年前、錬金術が禁忌とされ、錬金術士狩りをされた際に彼らによって生み出されたドワーフたちが主を失って逃げ出し、集落を作ったのかもしれない。
「わりと平和に暮らしていたんですよね。海と緑豊かな森があって、食料には困らないですし、たまーにドワーフの本能でいろいろと作りたくなって、鉱山の浅くて安全なところへ鉱石を取りに行って、遊びでいろいろと作ったりして」
その生活が目に浮かぶな。
カルタロッサ王国と違い、この森は恵みに満ちているし、食べられる獣も多い。
小さな集落であればその恵みだけで十分暮らしていける。
「ですが、ある日、集落にたくさん人間の軍隊がやってきました。私たちみんな捕まっちゃって、鉄の武器とか、たまに見つかるぴかぴかした石で作った装飾品とか全部没収。それで、鉱山の近くに街を作らされました」
「それがあの街か」
「はい、それからは鉱山で鉄を取って、言われるとおりの武器を作る日々です。しくしく」
ドワーフの能力が優れていることに目を付けた人間は彼らを利用とする。
「戦わなかったのか?」
「……私たちドワーフってなんとなく欲しい鉱物の場所がわかるし、力持ちだし、物作りも得意で、強い武器は作れるんですが、そんな強くないし、そもそも私たち二百人程度しかいなくて、抵抗できなかったんですよ。あと、人間さんと違って争い嫌いですし。あっさり白旗ですし」
「別に人間だっていろいろといるさ。俺は争いは嫌いだ」
「へえ、私たちが知っているのアレだけだったんで驚きですね」
「その割に俺とヒバナは恐れていないようだが」
「恐れてますよ。ただ、諦めているだけです。もし悪い人だったら終わりだなーって。って話がそれましたね。でっ、あの街で奴隷のようにこき使われるのも限界なんで、逃げようかと」
「だから船か」
「はい、船ならワンチャン! 最近鉄の武器作り、しんどいんですよね。安全な浅いところにある鉄は掘りつくして、危険なところにしか鉄は残ってません。先月ついに鉱石掘りで死人がでました。逃げるのは怖いけど逃げなくてもどうせ死ぬ。だから、あの海の向こうへ! って前から思ってこっそり材料ちょろまかしながら試作していますが失敗続きで。船、難しいです」
浮力計算・強度計算・水の抵抗を考慮した形状・動力確保・操作性。
いろいろと船を作るにはハードルがある。
さすがに一から独学で作りあげるのは厳しい。
「ちなみに、ウラヌイの連中は私たちに武器作り以外させないように、農作業とか狩りとか一切禁止してます。こっち側の森に来たってバレたら殺されちゃうかも」
「……よく船を見に行く気になったな。もし、俺が裏切る意思がないか確認するスパイだったら、無事じゃすまない」
「どっちみち、このままじゃみんな鉱山で死んじゃうからいいんです。助かる可能性があればきつねまっしぐら! あとは、あなたが信じられる人って、フォックスセンスが囁きました」
「それは姫としてどうなんだ。皆を導く立場なのだろう」
「だからこそですよ。わずかでも救われる可能性があるなら、そこに賭ける。……ついでにこれも戦略。いい人っぽいあなたに同情させているんです」
……なかなか強かで面白い子だ。
けっして嫌いじゃない。
そうして、魔力持ちのほぼ全力で走っていると船を止めたところにたどり着いた。
「これが俺たちの船だ」
「材質は鉄じゃないんですね」
「魔物の素材を使っているんだ。鉄以上の強度と軽さがある」
「うっ、微妙に参考にならないです」
「参考にしてもいい。かなり浮力計算はバッファを持たせている。鉄の重量でも浮力は確保できるんだ。乗ってみるか」
「いいですか!? お願いします!」
「姫様、危ないですよ!」
俺やヒバナ、サーヤとは魔力量が違うのか、ついてくるだけで必死だった門番が血相を変える。
「あなたも私が止まらないのは知っているでしょう。乗らないとわからないことがありますからね」
俺は苦笑し、固定するために使っていた鎖を外す。
船に乗り手を伸ばすと、その手をサーヤが掴んだ。
そして、ヒバナも船に乗る。
「別に留守番しててもいいんじゃないか」
「二人きりにするのは危ないと思ったの」
「そんな、警戒しなくても」
「危ないの意味が違うの。ちょっとヒーロ、気を許しすぎじゃない?」
そうか? とりあえず注意はしておこう。
サーヤの方を見ると船から身を乗り出し、側面などをしっかりと観察している。
「わぁ、ちゃんと浮いてます。それになんて安定感」
「沖まで出ようか」
「できれば、もっと深いところまで行って魔物に襲われてみたいです!」
……このお姫様、命知らず過ぎないか。
まあ、いい。
望みを叶えよう。
コックピットのほうへ移動し、魔力を込めてスクリューを回す。
急加速で、沖へ出る。
「あははははは、速いです! この形状だと水を切裂けるんですね。後ろから聞こえる音、水をまきこんで、流れを作って、三枚の刃が連動して、これっ、すごい。……ああ、なるほど、三枚の刃を、この形状で捻って回転させるとこうなるんですか、その回転を支える駆動系は、へえ、こんなやり方が、でももっとすごいのは精度と強度、鉄なら……ちょっと無理かも、でも機構に工夫を変えて余裕を持たせれば……」
サーヤがキツネ耳に手を当ててぶつぶつと独り言を始めた。
時折、口から数字がでる。
その数字を聞いてぎょっとする。
それは俺の強度計算の中で出した理論値と近い。
「まさか、構造がわかるのか」
「外観、それから音と速度、そこからおおざっぱにはわかります」
「……キツネ耳だし聴力に優れているのはわかる。だが、小さな集落で育ったと言ったな。数学の基礎を知らないとそんな芸当はできない。どこで学んだ?」
「えっと、今の街に連れてこられる前は神様の遺産で勉強してました。風化して読めないものも多いですけど、たくさんお勉強できたんです」
おそらく俺と同じで、錬金術師の遺産を見つけたんだろう。
サーヤたちの先祖を生み出した錬金術師、文字通り彼らにとっての神様が資料を残していた。残していた理由は、この鉱山目当てで作った別荘か何かがあったからと考えられる。
それを独学で学んだ。
ただ、わざわざ目や耳に頼り、錬金魔術の基礎である解析魔術を使わないところを見ると、錬金魔術は使えないようだが、かなりの基礎を持っているのだろう。
「ここから先は魔物がでるぞ」
「はい、楽しみですね!」
意図的に魔物が大好きな気を放出する。
するとさっそく魔物が寄ってきた。
鮫の魔物だ。
ただの鮫でも厄介なのに、一角獣のような凶悪な角があり、その角を突き立てるように体当たりしてくるが、多少揺れるが船にダメージはない。
「すごいですっ! このクラスの魔物に襲われても大丈夫なんて! こんな船を作れば、みんなで逃げられます」
目を輝かせて、サーヤはキツネ尻尾を振る。
さて、防御力は見せた。もう、この魔物は殺してしまおう。
「ヒバナ!」
「任せて」
前回と同じく、雷撃を体内に流す銛を使って、一角鮫を殺してしまう。
その様子を見て、さらにサーヤが興奮する。
「こうして、船を見せたんだ。約束を守ってもらうぞ」
「はい、私のお家に泊まってください。歓迎しますよ。ごはんはあまり出せないですけど」
「……それも逃げる原因か」
「そうなんですよね。ぎりぎり食べて行けるぐらいの量しかくれない上に、ノルマを満たさないと減らされちゃって。もう、いい加減にしろって感じです! すきっ腹で鉱石堀りができるわけないじゃないですか!」
そういうやり口なんだろう。
農業がろくにできない鉱山に街を作られ、森での狩りや採取を禁止し、自分たちが持ってくる食料だけに依存させて言うことを聞かせる。
「ただ、別に船で逃げるだけが助かる道じゃないと思うが」
「他にいい方法があるんですか?」
「まあな、そのあたりはサーヤの家で話させてくれ。もう日が完全に落ちる。急いで戻ろう」
「はい、もう十分見て、学んで、理解して、記憶して、計算して、推測しました。帰りましょう」
もしかしたら、サーヤならこの一回の乗船体験だけで、鉄に材料を置き換えた船の設計をできてしまうかもしれない。
とんでもない能力。
だからこそ欲しいと思ってしまった。
幸い、彼女は現状から逃げたがっている。
救いの手を差し伸べてみよう。
今のままでは、彼女の計画は失敗する。
どだい無理なのだ。数人であれば成功するだろうが、二百人乗せる船を秘密裡に作り、逃げるなんてことは。
途中でバレるし、奇跡が起こり海に出たところで、新たな住処を見つけるまでの食料だってない。
二百人を運ぶというのはそれほどハードルが高い。
助けるのは同情からじゃない。
うまくいけば、鉱山と優秀な人材、その両方が手に入るかもしれない。
俺とカルタロッサ、彼女とドワーフの集落。
そのすべてを救う道を見つけてみせる。




