第三話:転生王子は異国の姫と出会う
新大陸についた。
このあたりは潮が速く、ちょっと目を離すともっていかれるため、船に積んであった材料で深々と杭を打ち、頑丈な鎖でつないでいた。
情報通りであれば、ここに人はいないのだが一応盗難対策も兼ねている。
杭と鎖は錬金魔術で溶接しているので、俺以外には外せない。
魔力針ではなく、普通のコンパスを取り出す。
外洋や魔の森とは違い、ここでは瘴気でコンパスが狂ったりしない。
とりあえずは鉱山を目指す。
「こっちの準備はいいわ」
「俺もOKだ。行こうか」
大きめのリュックを背負い、二人で歩く。
リュックの中にはサバイバルグッズと簡易テント、それに食料と水が積んである。
数日は鉱石を掘り続けるのだから、こういうものが必要になる。
俺たちは一週間ほどは問題なくすごせるだけの物資を背負う。一応船には予備がまだある。
鉱山を目指して歩きながら、周囲を見渡す。
木はあるが広葉樹ではなく針葉樹ばかりではあるが、見慣れない動植物などはない。
気温は俺たちの国より高めで、空気が乾いていた。
「ヒバナ、油断はするなよ」
「わかっているわよ。獣も人も見落とさない」
狂暴な獣が生息している可能性がある。
また、錬金術師のもたらした情報では人は住んでいないようだが、数百年前の情報だ。警戒はするべきだ。
侵略者とみなされ、先制攻撃を受ける可能性もある。
人間がいた場合、使っている言葉すら違い意思疎通も難しいだろう。
目的である鉱山までの距離はせいぜい二十キロほどであり、俺たちなら日が落ちるまでにつく。
歩けば歩くほど、俺のなかでとある疑いが大きくなってくる。
前を進んでいたヒバナが足を止める。
「もうすぐ完全に日がくれるわ。野営の準備をしない?」
「いや、もう少し進もう。気になることがある」
「気になることって何かしら?」
「なんとなくだが、歩きやすすぎないか?」
「そういうことね。……わかったわ。私たち以外の誰かがいるというわけね」
海からここまでは針葉樹林の中を進んできた。
歩きやすい道を選んできたのだが、それにしたって歩きやすすぎる。
もっと具体的にいうと、特定のルートは木々が切り倒され、さらには草が刈られ大地が踏み固められていた。
こんなもの偶発的なわけがないし、獣にできることでもない。
すなわち、それなりの確度で人がいる。
俺たちが通ってきた道はおそらくだが海に頻繁に行く何者かによって作られたもの。
「そういうことだ。できれば、人が住む村まで行きたい。幸い、土産もあるし」
「土産ってもしかして、船でせっせと作っていたあれのこと?」
「ああ、きっと遠洋の魚なんて食べたことがないし喜ばれるだろう」
モンキーヘッド・フィッシュの肉をレアな燻製にしたものを作っていた。
うまさ優先でレアに仕上げているため、三日ほどしかもたないが、味は折り紙付き。
友好の証にはいいだろう。
「夕食がなくなるのは惜しいけど、仕方ないわね。ただ、会話はどうするの? たぶん、大陸が違えば言葉も違うわよ」
「そっちもなんとかする」
俺たちの国、カルタロッサ王国のある大陸にある国々のほとんどは同じ言語を使っている。
もともと、超巨大な大帝国が分裂してさまざまな国が出来たものだし、各国に派遣された教会の存在も大きい。
しかし、大陸を跨いでしまえば言語が同じであるほうがおかしい。
ただ、ある程度は錬金魔術を応用すれば理解できる。
解析魔術の一つに思念を読み取るものがある。発せられた言葉の音ではなく乗せられた想いを受け取ることで言葉の壁を越えるのだ。
俺とヒバナは、ただ闇雲に歩くのではなく、人が通った痕跡があるほうへと進んでいく。
「気が付いたら、鉱山のふもとまできてしまったわね。けっこう川からも遠いし、なんでこんなところに住んでいるのかしら」
ヒバナが首を傾げるのも無理はない。
多くの村や町はなるべく水源の近くに作られる。
単純に水の確保が楽だし、農業に適した土地が多く、森の恵みも得やすい。
だが、俺たちがいるポイントは川などから遠く離れた、しかも自然のめぐみなどが得難いはげ山の近く。
このあたりは石や痩せた土ばかりで、あまりに人間が住むのに適しているとはいいがたい。
「もしかしたら、採掘で生計を立てているのかもな。そちらがメインであれば、鉱山の近くにあることがメリットになる」
「もし、そうだとしたら私たちと同じぐらいに文明が発達しているということね」
「それ以上の可能性だってありえる」
極めて食料の自給が難しいところに街を作れるのは、自給する以外に食料を得られる手段があるということの証明。
一つの街が鉱山の採掘、あるいは取れた鉱物で作る品を売ることに特化するなんてことができるのは、かなり文明的かつ強い国だけの特権だ。
そうこうしているうちに、ついにはげ山までたどり着いてしまった。
そこには街がある。俺とヒバナは目を見開く。
「すごいわ。立派な家ばかり」
「石とレンガの家か。丈夫そうだし、何より凝っている。ガラスなんてものがすべての家にあるなんて、信じれないな」
街が分厚く頑丈で、なおかつ美しい白亜の石壁で包んでおり、俺たちが見ているのは見張りがいる門ごしに見た風景。
街には石材と白とレンガの赤で彩られた家々が並んでいた。
とくに驚いたのは、家々に精緻な細工が施されていること。まるでその技量を誇るかのごとく。
驚く点は他にもある。ガラスだ。
ガラスというのは俺たちの大陸ではまだ貴重品だ。
うちの国だと王城ぐらいにしか使われていないし、他国でもせいぜい貴族や金持ちの屋敷、教会ぐらいにしか使われていない。
それがどの家にも当たり前に使われている。
間違いなく、技術水準はカルタロッサ王国やその周辺国より上だ。
街をぐるりと囲む石壁はどうやって作ったのか、まるで石を削り出して作ったかのように滑らかな岩肌で、継ぎ目が見えない。
こんなもの、魔術なしに作れる気がしない。
門に向かって歩くと、鉄の軽鎧と剣を持った門番が近づいてくる。
むろん、その軽鎧も剣も見事な出来だ。
門番が口を開く。
「見ない顔だな。クロハガネの街に入りたいなら通行手形を見せろ」
……またも驚いた。
こちらと同じ言語を使ったのだ。
それは本来ならあり得ないこと。
なにせ、大陸と大陸は海とそこに住む魔物によって隔てられていて、交流など存在しないはず。
だからこそ、大陸ごとに独自の文化が発達してきた。
考えうるのは、俺たちは海から来たが、じつは陸路が繋っていたということだが、錬金術師の地図を見る限りそれもない。
「おい、貴様、どうした! 早くしろ!」
いけない。今ここで考えてもきりがない。
あとで調べるとしよう。
「手形はないんだ」
俺の言葉に門番たちが首を傾げた。
「手形がない? 貴様、ウラヌイから来たのではないのか?」
「ウラヌイとはなんだ?」
「ここから山を越えて北に行ったところにある街だ」
「そうか。そんな街があるのか。すまない、俺たちはこのあたりのことをよく知らない」
「知らないわけないだろう。あそこを通らずにクロハガネに来られるわけがない」
今の言葉だけでも多くのことが分かった。
ありがたい。
ただ、いつまでもこうしてはいられない。
素直にこちらの事情を話そう。
「陸路から来たわけじゃないんだ。俺たちは遠く離れた国から船でやってきた。それで海岸からここまで歩いてきたんだ」
「船だと? 冗談もたいがいにしろ」
門番が鼻で笑う。
信じてもらえない。
……なるほど技術が発達していても、魔物に船底を食い破られない鉄の船なんてものを作れるほどでもないのか。
さて、どうしたものか。
一度、ここは引き返して、策を練ってから戻ってくるのもいいかもしれない。
もともと街などがない前提で野営に必要なものは揃っている。 そう決めて、ヒバナに目線を送った瞬間だった、門番たちの眼が俺から、その背後に向けられる。
馬に似ている、変な生き物が引く馬車と、二十人ほどの一団が現れる。
馬車が揺れるたびに、硬質な音が響く。おそらく積み荷は鉱石。
その一団に門番が頭を下げる。
「お疲れ様です」
すると御者席から一人の少女が飛び降りる。
フード付きの外套を纏った可愛らしい少女だ。
フードからもれるのは柔らかそうな金色の髪、肌は白く、外套をまとっていても大きな胸が目立つ。
目元がくりくりとして、活発な印象を受けるが、不思議と理知的な光を感じ取られる。
たぶん年は俺やヒバナと同じく十代半ばと言ったところ。
「ただいま。今日は疲れました。でも、収穫はたくさんですよ。街のみんなも喜びます!」
明るくて心地よく、聞いているだけで元気になる声。
それに、自然に少女に目が引き寄せられる。一種のカリスマというべきものが彼女にはある。
「それで、この人はだれですか? もしかして、ウラヌイから!? またノルマを増やしにきたんですか!?」
警戒心も露わに、少女が俺を見ている。
ノルマか。この街はウラヌイから搾取されているのかもしれない。
「いえ、このものたちが言うには、ウラヌイとは関係なく、海を越えてやってきたそうです。もちろん、私は信じておりません」
「えっ、海を越えてですか!? あの、あなた本当ですか!?」
目から警戒の色が一気に消え、代わりに好奇心に染まる。
ころころ表情が変わって忙しい子だ。
「ああ、本当だ」
「見たいです! 魔物をものともせずに海を渡る船。とても気になります!」
そして、顔が触れそうなほど近づき、上目遣いに見つめてくる。
「姫様、そんな男の戯言を信じるのですか!?」
姫様か、どうりで不思議な空気を纏っていると思った。
「だって、そっちのほうが面白いし早い。……嘘かほんとかなんて見ればわかります。それに、もし海を渡れる船があるなら、それは私たちにとって希望です」
この子とは気が合いそうだ。
実に単純明快でいい。
「貴様、何を笑っている!」
「失礼。姫様、こうしましょう。俺の船を見せます。もし、本当に海を渡れる船であれば、この街に入る手形をください」
「いいですよ。もし、そんな船を見せてもらって、ちょっぴり調べさせてもらえるなら、このサーヤ・ムラン・クロハガネが手形を用意することを誓います」
「乗った」
「姫様、危ないですって。ああ、もう、俺がついていきます。どうせ、姫様は止めても聞かないですから」
門番が代わりの者を奥から呼んで、俺を責めるような眼で見て少女の後ろに控える。
「では、さっそく行きましょう。案内してください。えっと、お名前は?」
「ヒーロと呼んでくれ。後日にしたほうが良くないか? もう日が暮れる」
「ヒーロ……覚えました。大丈夫ですよ! あなたも屋根がある部屋で寝たいでしょう。早く早く」
苦笑する。
まあ、いいだろう。
そのとき、風が吹いた。
少女のフードがめくれ上がる。
「キツネ耳!?」
サーヤの頭には可愛らしいキツネ耳がついていたのだ。
「あるに決まっているじゃないですか。私、ドワーフの先祖返りですし」
いや、ドワーフにキツネ耳があるなんて初めて聞いたんだが!?
というか、ドワーフは実在していたのか?
……もし、錬金術師の資料にある通りの存在だとしたら、この出会いには大きな価値がある。
「とにかく急ぐ。魔力は使えるな」
「もちろんです。ドワーフですから!」
意味がわからないが、とりあえず俺は頷き走り出した。
いきなり予定外。
だけど、これはいい方向の予定外だと俺は考えていた。