第一話:転生王子の船作り
船作りをすると決めたので、工房に移る。
時間がない。
冬の間は敵が攻めてくることはないと断言できる。
この地方の冬は厳しい。そして、あと一か月もしないうちに雪が降り始める。わずか一か月で戦争の準備は終わらず、雪が降り積もれば、行軍は自殺行為となる。
しかし、冬が終わればいつ攻めてくるかはわからない。
だからこそ、春が来るまでに戦備を整えなければならず、急いでいた。
俺が欲するのは武器に使う材料だ。
大量の鉄がいる。船を作り、海の向こうへと鉄を採掘しに行く。
「……まあ問題は鉄を運べる大きな船を作るのに鉄が必要なことなんだよな」
鉄を手に入れるための船に鉄を手に入れるのはおかしいが、仕方ない。
木材でもいいのだが、どうしても強度の問題がある。
運搬という点では問題はないのだが、座礁などをすれば一発でだめになる危険がある。
問題は他にもある、木材を使えば工程数がかなり増える。
なにせ、金属であれば錬金魔術で溶かし、不純物を取り出す、あるいは合金にして、任意の形に成型をできるのだが、木だとそんな真似はできず、加工が一々手作業だ。
……とてつもなく面倒で絶対にやりたくない。
「何を難しい顔をしているのかしら?」
ヒバナが問いかけてくる。
「いや、鉄を運ぶための船を作るのに、大量の鉄が必要でどうしたものかとな」
「……それ、詰んでないかしら。そんな状態で、船が作れると言ったの?」
「いや、なんとなく出来る気はしたんだ」
いい考えがある。でかい船だから難しいのだ。
「よし、決めた。小さい船を作ろう。小さい船なら、魔物素材で十分作れる」
材料は足りているし、加工も金属を使ったものより面倒ではあるが、木を使うよりマシで、小さい船であれば工程の増加も我慢できる。
「小さな船だと、海の向こうで鉄を手に入れても、ちょっとしか運べないわよね?」
「いや、それは違うな。小さな船で鉄を入手できるところまでたどり着いて、鉄を手に入れれば、その場で大きな船を作って帰ってくる」
逆転の発想だ。
なにせ、行きは俺さえ運べたらいいので、大きな船なんていらない。
そして、鉄を大量に入手してから、大きな船を作ればいいのだ。
「筋は通っているわね」
「そう決まれば、魔物素材で作ってしまおう。……ただな、問題がある」
「何かしら?」
「性能が良すぎるんだ。魔物素材は鉄より軽くて、硬いからな」「それのどこが問題なの?」
「以前設計した、鉄の船、それとは別に一から設計しないといけなくなる。……いや、まあいいか。どっちみち俺の個人用の船は必要だと思っていたし、それぐらいの手間はかけるべきだ」
「あなたの個人用ってことは、きっとすごい船ね。私も乗りたいわ」
「船の概念をひっくり返すような奴を作ってやる」
「ふふ、楽しみ」
いつか暇になったら、ヒバナとバカンスにでるのもいいかもしれない。そんなことを考えてしまう。
首をふり、現実のほうを見る。
まずは作業だ。やることは決まった。
羊皮紙を広げて、ペンを取り出し製図を始める。
以前から、船を作ること自体は決めていて、【回答者】で鉄を使った船の設計図は得ていた。しかし、魔物素材を前提にした場合は材質が違いすぎて流用できない。
だから、改めて設計し直す。
「現在入手可能な魔物素材を使い、俺の技術で一週間以内に製造可能かつ、最大限の速度と強度を両立した六人まで乗れる船、その設計図を作る」
燃えてきた。
俺はなにも【回答者】がなければ何もできないわけじゃない。
伝説の錬金術師が残した資料で勉強したし、今まで独自の研究をしてきた。
理系の大学を卒業できるぐらいの物理学は修めている。
そして、そのままは使えなくても、【回答者】によって作られた設計図があり、それを参考にできる。
強度計算、浮力計算をやりつつ、俺が一週間ほどで作れるよう、錬金魔術を駆使することでなるべく精密作業が必要ないよう設計を工夫する。
材料は、工房のストックと少し森に入れば手に入る材料で作れるものという縛りプレイ。
……楽しいな。
昔から、こういう作業は嫌いじゃなかったと思い出す。
集中力が高まってきた。
このまま設計を終わらせてしまおう。
◇
終わった。
地下工房なので外の様子はわからないが、時計を見るととっくに日が暮れている時間帯だ。
「ようやく設計が終わったのね」
「ああ、満足のいくものができた」
我ながら、いい設計だと思う。
この船なら命を預けられる。
「ヒバナ、さっそく仕上げていくぞ」
「ここで?」
「あっ、そうか」
この工房で完成させてどうする。
トンネルがあるとはいえ、船の形にしてしまえば海まで運ぶのもしんどいし、地下工房から出すだけで苦労する。
海に簡易ドックを作って、そこに材料と最低限の設備を運びこんで作ったほうがずっと楽だろう。
「今日は設計図の見直しと、改善できるところがないかだけやって、明日、海にいこう。材料を運び込んでそっちで作る」
「作り始める前に気付いて良かったわね」
船でテンションがあがりすぎて、いろいろと考えが甘くなっているようだ。
……逆に言えば、それほど自分で設計するのが楽しかったのかもしれない。
◇
想定通り、一週間ほどで船が完成した。
初日は設計だけに費やし、二日目は簡易ドックの作成と材料の運び込みに費やし、それから五日かけて船を組み上げた。
その見た目は、まるでクルーザーのようだ。平たく、屋根付きで帆などは存在しない。代わりに後部にはスクリューがついている。
帆で風を受けて進むものとは違う。
この時代の人が見れば、どうやって進めばいいのかと途方に暮れるだろう。
動力は魔力であり、魔力を通せばスクリューが回転するという極めて単純な仕組みだ。
風で進むより数段早いし、単純故に操作性が良い。
馬力があるから、海流などにも左右されないと、いいこと尽くめ。
一日かけて、テストし、操縦になれた。
ヒバナも興味を持ち、あっという間に乗りこなせるようになっている。
操縦はひどく簡単。舵に魔力を注げば注ぐほど強くスクリューが回転する。魔力を流す方向を変えれば逆回転になりブレーキも可能。
あとは舵を切れば方向転換ができる。
慣れないうちは何度か、岩礁に激突したが魔物素材のため岩礁のほうが壊れて傷一つつかない。
なかなかの出来だ。
ただ、鉄を手に入れてから作る大型船は気をつけよう。そちらは風と魔力のハイブリッドで設計するので、速度もそれなりにでる。
こんな荒い運転で岩礁にぶつければ大ごとだ。
そして、今はお披露目会の真っ最中。
二人の兄さんが塩田に来ており、俺は陸に居て解説役。そいつを華麗に乗り回すヒバナの様子を見ている。
「兄さんたち、俺の計画は、あの船を使って鉱山がある島まで向かい、大量の鉄を採掘。それを船にして、鉄を積み込んで帰ってくるというものだ」
「……めちゃくちゃな計画だね。あまりにも行き当たりばったりじゃないですか?」
「大丈夫、錬金術があればなんとかなる」
それぐらいに錬金術は万能だ。
材料さえあれば大抵のことはやって見せる。
「ヒーロ、鉱山とやらに当てはあんのか?」
「ああ、伝説の錬金術師が残してくれた地図があるんだ。どこの国の支配下にもないらしいが、地図が数百年前だから今はわからない。ダメなら、ダメでなんとかしてみせるよ」
ここでのタイムロスは痛いが、【回答者】で鉱山の場所を聞いてそちらに向かえばいい。
鉱山でトラブルに会う恐れもあり、一か月に一度の【回答者】はできるだけ温存したいが、そういう状況ならためらわず使う。
ヒバナの操る船が目の前を超スピードで通りすぎ、アガタ兄さんとタクム兄さんが目を丸くする。
「凄まじい船だね。あの速さ、まるで水の上を飛んでいるようじゃないか」
「俺も船に詳しいってわけじゃねえが、とんでもねえ代物だってわかるぜ。錬金術師とやらは神かなんかか」
「今度、兄さんたちも乗ってくれ。気持ちいいぞ」
「ははは、僕は遠慮しておくよ」
「俺は絶対乗るぞ」
「というわけで、俺とヒバナは今日出発する。うまくいけば、一か月ぐらいで戻ってくる。国のことは任せたよ」
兄さんたちがいてくれて本当に助かる。
国王が、そんなに長期間留守にしても問題ない国はうちぐらいだろう。
二人がいてくれれば、どうにでもなるのだ。
「王になってすぐに留守にするなんて……でも、まあそっちのほうがヒーロらしい。留守は僕が守るから安心して行ってこい。土産、期待しているよ」
「おまえが戻ってくるころには、ひよこどもも毛が生え変わり始めているだろうさ」
ひよことは応募してきた新兵たちのことだ。
タクム兄さんは、さっそく鍛え始めている。
俺は微笑み、水と食料を担ぎ、ヒバナに手を振る。
ヒバナが俺を迎えにやってきて船を停泊する。
いよいよ航海の始まりだ。
目的地は普通の船なら一週間以上かかるほど遠いが、こいつなら一日あれば十分だ。
さっさと、鉱山に向かい、たんまり鉄を採掘しよう。
鉄があれば兵器開発以外にも、いろいろと生活用品を作れる。ナユキが欲しがっていた鉄の包丁なんかもだ。
それに、兄たちをぬか喜びさせるわけにはいかなかったから口にしなかったが、父の薬に必要な材料も手に入る見込みがある。
さあ、行こう。
海の彼方にこそ、俺が求めるものがあるのだ。




