エピローグ:転生王子は興国する
一章最終話!
収穫祭当日となった。
十二年ぶりの収穫祭ということで、民たちは浮かれに浮かれていた。
収穫祭というのはその名の通り、秋の終わりに収穫を祝い、その恵みを味わう祭りだ。
今まではそんな余裕はなかった。
収穫物のうち冬越えに必要なものをより分け、残りは塩を買うために売る。
そうすると祭りに使う分なんて残らない。それどころか、冬の備蓄に手を出さなければ塩を買えないなんてことになり、塩か食糧か、究極の二択を迫られる。
肉などを塩漬けにして備蓄にできれば、農作物の消費は抑えられるのだが、その塩が高値で保存食も満足に作れない。
冬に餓死者を増やすとわかっていて、収穫祭で食料を浪費するのは許されなかった。
……だけど、今年は違う。
俺が作った肥料により、例年より芋は大きく育ち収穫量があがった。
初夏に植えた小麦が、たわわに実った。これはいわゆる春播き小麦といわれる品種であり、春に植えて秋に収穫するもの。それとは逆に秋に植えて冬の寒さを超えて雪に埋もれながら生育する秋播き型の品種も播いており、そちらの収穫も期待できる。
塩田の改良とトンネルの開通で塩も安定して供給されるようになった。
海に気軽に行けるようになってからは魚介類がたくさん獲れ、塩が十分にあるから塩漬けにして保存しておける。
今年は食料が余っているのだ!
夜だと言うのに、国中が灯りで照らされ、無数のテーブルや椅子が並んで料理自慢の主婦たちが得意料理を持ち寄っている。
とくに人気なのは、パンに焼いた塩漬け魚を挟んだもの。こいつがなかなかにうまい。
陽気に楽器をかき鳴らし、歌が響き、笑い声が止まない。
多くの国では当たり前で、この国ではなかった光景がくり広げられていた。
ずっと見たかった光景がここにある。
「行きますよ、ヒーロ王子」
「頼む」
馬車の御者が声に頷く。
これからパレードがある。
馬車で、国中を歩き、最後には国の中央の大広場で挨拶を行う予定だ。
馬車が走り始める。前後には警護のものを乗せた馬車が走り、俺の馬車には、俺の騎士たるヒバナと、兄さんたち、ナユキが乗っている。
俺の顔見せということもあり、オープンタイプの馬車なので風が気持ちいい。
街に出ると、酒で酔った民がこちらに気付き、人だかりができてくる。
みんな酔っている。
想定以上に小麦が獲れたので、それを使いエールを作り配っていた。
評判は上々。品種改良した小麦自体の質がいいし、【回答者】によって得た製法は先進的で、それをナユキが美味しくなるように試行錯誤してできたのだから、うまいのは当たり前だ。
量が量なので、城に酒蔵を作ってナユキが指示して兵士たちが作ったのだ。
酒というのは、娯楽が少ないこの国では非常に大きな役割を果たす。
毎日飲めるほどの量は作れないが、祝いの日に振る舞えるだけでもぜんぜん違う。
集まってくれた皆に向けて、手を振る。
「塩王子が来たぞ!」
「この国を救ってくれてありがとう!」
「塩王子、白いパンなんて、一生食えねえと思ってたよ!」
「塩王子様、こっち向いてください!」
熱い塩王子コールに顔が引きつる。
塩王子というのは、俺の二つ名だ。
塩づくりと運搬は軍部がやっていることだから、タクム兄さんがその手柄を主張すればいいのに、タクム兄さんは成果のすべてを俺によるものだと国中に言い放った。
だから、この国の民は俺を救世主と崇め、塩王子という名前で呼ぶようになっている。
……愛されて感謝されるのは悪くないが、もう少しいい名がなかったものかと思う。
「愛されているようね。塩王子」
街を抜けて、民が見えなくなってからヒバナがからかってくる。
「胸を張れよ。塩王子。民の笑顔はおまえが生み出したんだ」
「民が向ける王への愛は国にとって最高の良薬です。塩王子のおかげで民が協力的で助かりますよ」
「さすがです。塩お兄さま」
そして、なぜかそのからかいに兄妹たちが乗ってくる。
「勘弁してくれ……」
辛い。
そんなこんなで、穀倉地帯に入る。
この周辺は開拓された土地で畑が密集している。
かつて、剣の修業の一環と言い張って、開拓を手伝ってきた懐かしい場所でもある。
そこでも、街と同じように灯がともって、民はご馳走と酒を楽しんでいた。
さきほどのリプレイのように人だかりができる。
「小麦王子、美味しい小麦をありがとう!」
「病気にならないし、すくすく育つし助かってるよ!」
「最近、顔見せなくて寂しいぞ、また来てくれや!」
「おいあんた、小麦王子様になんてこというんだい!」
また笑顔が引きつった。
街では、塩の功績のほうが有名だが、穀倉地帯ではむしろ小麦をもたらしたという功績のほうが大きく取り上げられている。
国営の土地だけで実験する予定だったのだが、麦に芽が出たあたりで、他の農民も育てたいと言ってきており、規模が想定より大きくなった。
……だからこっちでは塩王子ではなく小麦王子と呼ばれることのほうが多い。
「国中、どこに行っても人気者ね、小麦王子」
「ははは、俺の部下もヒーロを小麦王子と呼ぶか、塩王子と呼ぶか悩んでいるぞ」
「どちらもヒーロの功績としては十分だからね。悩ましい」
「お兄様がた、いっそ塩小麦王子でどうでしょうか?」
「「それだ!!」」
「いや、ないから!」
タクム兄さんが塩の功績を俺に押し付けたように、アガタ兄さんも自分が立案し、整備した小麦の栽培計画、その功績をすべて俺に押し付けてきた。
おかげで、この国が立ち直った功績すべてが俺にあるように見えている気がして、悪い気がする。
兄たち二人は王に人気が集中しなければ、国が割れる原因になると言って聞かない。
それからと、二人は続けて言う。
自分たちは国を救うためにそれぞれの道を進んでいた。ヒーロの描いた未来、その勝算が一番高いから、そっちに乗り換えただけだ。
ゆえに国を救えるなら、自らの名誉なんていらない。
……兄たちの国を救いたいという気持ちを信じて、すべてを打ち明けた判断は間違ってなかったと、改めてそう思う。
そして、いくつかの村を巡り、街に戻る。
戻る際に、馬車の後ろには大行列ができていた。
各地の村からやってきた人たちだ。
俺の言葉を聞くためについてきているのだ。
広場には、王族が民に声を伝えるための舞台が用意されている。
そこに馬車が止まり、俺の騎士であるヒバナと共に上り、俺だけが一歩前へ出る。
舞台は高く、民一人ひとりの顔が見渡せる。
こういう場では、普通はそれぞれの会話に夢中で、偉い奴の話なんてBGM程度というものが相場だ。
しかし、俺が舞台に上がったとたん、あたりを静寂が包み、こちらに注目が集まる。
彼らはこの国を救った王子を……そして、新たに王になるものの言葉を待ちわびている。
行くぞ。
言葉を、思いを届けるんだ。
俺は救国……いや興国すると決めた。
でもそれは俺だけじゃない、彼らと一緒にやることだ。
だから、同じ夢を見てほしい。
「俺はヒーロ・カルタロッサ第三王子。……もっとも、今では塩王子や、小麦王子と呼ぶ者のほうが多いが」
俺のジョークに笑い声が響く。
「俺は今日をもって王となる。だからこそ、おまえたちと同じ夢を見て同じ夢に向かって走りたい。だから、俺の想いを伝えよう」
間を作る。
声がよく届くように。
「まず、聞きたい。この国は良くなったと思うか?」
その質問に大勢の肯定の言葉が返ってくる。
塩がある。
魚がある。
柔らかいパンが食べれると。
「そうか。なら、ずっとこんな日々が続けばいいと思うか?」
次もまた肯定の言葉。
それを聞きとどけて頷き……それからゆっくりと首を振った。
せっかく良くなった生活、それを守りたいという気持ちを否定されて、民たちが戸惑う。
俺はゆっくりと微笑み、言葉を続ける。
「俺は今のままじゃ駄目だと思う。この国はまだこれからなんだ。塩が手に入り、冬を越せるだけの糧が手に入った。だけど、それだけだ。俺はその程度で満足しない。もっとうまいものを喰いたい! もっと楽しいことをしたい! もっと便利なものが欲しい! もっとだ! ただ飢えないだけなんかじゃ満足しない」
救国、つまり滅亡から救うというだけであれば、もはや達成されたと言っていい。
しかし、それだけではダメなのだ。
「ナユキが作ったエールを呑んだだろ? うまかっただろう? 幸せだっただろう? それは生きるだけなら必要ない無駄だ。だが、その無駄こそが幸せであり、贅沢というものだ」
民たちは手元にあるジョッキを見る。
エールなんてものは生きるためだけなら必要ない。材料の小麦を食ったほうがよっぽど栄養があるし、手間もかからない。
「もっともっと、この国は豊かに幸せになるべきだ! 俺はそうしていく。もっと幸せを、もっと贅沢を求める。だから、おまえたちもそれを願え! そうなるように俺が導く。俺がしたいのは救国じゃない。よりよい明日を目指し続ける、興国だ!」
救うだけじゃダメだ。
生きているだけじゃ駄目なんだ。
豊かに、幸せに。
生きていけるようになっただけの今なんてただのスタート地点。
ゴールはもっと先にある。
ここで満足していれば先に進めない。
そして、そう思っているのが俺だけじゃ、たどり着けはしない。
アガタ兄さん、タクム兄さん、ナユキ、ヒバナが頷く。それでも、まだ足りない。
この夢をかなえるためには民の力がいる。
民たちの顔を見下ろす。
最初は戸惑っていた。民たちは明日の生活を心配するばかりで、生きるのに必死で、豊かさや幸せなんて言葉を考えてなかった。
でも、ジョッキを見つめ、美味しくなるように工夫されたパンを噛みしめ、徐々に、理解が浮かび始める。
もっとうまいもの、もっといい暮らし。
夢を見始めたのだ。
そして、それは伝播していき、爆発する。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお! ヒーロ王、万歳!!」」」」
喝采と、歓喜の声に溢れていく。
その目にあるのは、明日への希望。
死や飢えに怯えるのではなく、明日はもっとよくなると信じて前を向く。
その想いが一つの言葉となり、俺に届けられる。
民たちは俺の言葉を、俺が描いた未来を信じてくれた。
ならば、俺もそれに応えて見せよう。
「俺と一緒に、もっと豊かに幸せになろう。俺についてくればそうなると約束する! カルタロッサ王国を興国してみせる。それこそが、俺、ヒーロ・カルタロッサが王として、初めて行う誓約だ!」
その言葉を最後に、民たちの熱気を受けながら舞台を降りる。
まだまだ夜は長い、この熱に浮かされなが今日という日を楽しもう。
◇
その夜、民たちは初めてのご馳走と酒と希望に溢れた収穫祭を、新たな王の誕生を祝いながらすごした。
この日は後に歴史に刻まれることになる。
偉大なる王、ヒーロ・カルタロッサ王が誕生した日。
そして、カルタロッサ王国が生まれ変わった日として……。