第二十二話:転生王子と収穫
目の前に小麦畑が広がっている。
穂がしっかり実り、いつでも収穫できる状態だ。
ヒバナと二人で、麦畑を歩く。
地下の実験室で栽培に成功していたとはいえ、不安はあった。
だけど、こうして実ってくれているのを見てようやく安心できた。
「すごいわね、ついにカルタロッサの大地に小麦が実ったのよ!」
興奮して両手を広げながらヒバナが振り返る。
小麦を実らせるのはこの国の悲願だった。
もともと、領地を奪われ、ここに追いやられるまでは肥沃な土地をもっており、小麦畑も持っていた。
小麦はただの食料ではなく、この国の文化の一つであり、いくつもの郷土料理が存在する。いわば魂だ。
それをようやく取り戻せたんだ。
「明日からいよいよ収穫だ」
「楽しみね。人手は足りるのかしら?」
「芋のほうは一通り収穫が終わっている。それに今回は希望者が多い。どうにかなるさ」
すでに小麦が実ったことは国中に知れ渡っている。
国有地での農業では、普段は兵士を使うが人手が足りない場合は日雇いを募集する。
ただ、この国は貧乏であまり謝礼は出せず、普段はあまり人が集まらない。
しかし、今回は応募者が殺到した。
それほど、再びカルタロッサが麦を取り戻すことは大きい。
「それと、さっきから気になっていたんだけど、わざわざ荷車を引いてまで運んできたのは何かしら?」
「ああ、これか」
ヒバナに工房からたくさんのからくりを運んできてもらった。
「麦を収穫するための秘密兵器だ。応募者は多いが、なるべく楽に作業がしたいだろう。そのための道具を用意した。名前を人力刈り取り機という」
「……あまりイメージができないわね」
小麦の刈り取りの歴史は大きくわけて三段階に分けられる。
1.鎌を使う
2.人力刈り取り機
3.コンバイン
魔力で動くコンバインなんてものは作れなくはないのだが、手間がかかるし数が用意できない。
だから、今回は人力刈り取り機を作った。
見た目としては、先端に刃が突き出た、箱付きの手押し車といったところ。
出っ張っている部分で小麦を前方に押し倒して、根本を鎌状V字型固定刃で刈取り、ローラーが巻き込むことで、自動的に刈り取ったものを箱に収容する。
手押し車を押すだけでどんどん小麦が刈り取られ、箱に収納されるため、作業効率が段違いだ。
なにより、腰を曲げないでいいため、腰を痛めることはない。
いわゆる文明の利器というものだ。
「ちょっとだけ、使ってみていいかしら」
「ダメだ。ここは俺たちの畑というわけじゃない。工房に戻ったら、そっちに試作型があるから使っていい。そろそろ、地下農場のものは全部刈り取らないと」
地下工房に実験のために用意してある秘密農園。あそこにある小麦をナユキに渡していろいろと作ってもらっている。
この前のコロッケに使った小麦もそれだ。
面倒で必要最低限しか収穫していなかったが、いい機会だ体力バカのヒバナに押し付けて片付けてしまおう。
「楽しみね。ただ、試作型っていうのが気になるわね。やっぱり、性能が低いの?」
「いや、こっちより高い。なにせ、こっちは鉄がろくに使えないから刃先をコーティングするのが精一杯だしな」
試作型のほうはちゃんと十分に鉄が使えている。
やはり、鉄不足はいろいろと問題がでる。
「そうなの。なら、思いっきり刈りまくるわ」
今日中に畑が消えてしまうかもな。
そんなことを考えながら、改めて麦畑をみると感動が胸にこみ上げる。
やはり、地下の農場とはまったく違う。
カルタロッサ王国に、民の手によって育てられた麦がここにある!
この小麦が収穫祭の目玉になる。
今から、収穫祭が楽しみで仕方がなかった。
◇
小麦の収穫は、人力刈り取り機が大活躍しあっという間に終わった。
刈り取られた小麦は、後日、虫干しされ、脱穀され、製粉され、王城の食料庫に保管されている。
ちなみに脱穀の際にも俺の作った道具が大活躍した。
脚踏み式脱穀機。千歯こきでもよかったがついつい興が乗って、さらに一歩先へ進めたものを開発したのだ。
そして、小麦を粉にするために、水車まで作り水の力で粉を挽けるようになっている。
あまりにもやりすぎて、アガタ兄さんに怒られた。
そして今日は会議をしている。
題材は冬越えについてであり、民たちに食料を分配する計画を立てるのだ。
いつものこの時期は絶望的なムードが漂う。民すべてが国民が冬を超えられるだけの食料がないという事実を突きつけられるからだ。
アガタ兄さんが報告書を配る。
それを会議に参加した全員が目を通していく。
アガタ兄さんは、皆が読み終わるのを待ってから口を開く。
「見ての通り、今年は十分な食料が行きわたるよ。開拓が進んだおかげで、元から芋の収穫量は増える見込みがあったし、ヒーロの肥料によりさらに収穫量は多くなった。獲れた芋一つ一つが大きくなったのも好材料。……もっと大きいのは、魚だね。魚が出回り始めたおかげで、芋の消費量が減ったし、塩が十分にあるから塩漬けにした魚がずいぶんと用意できてる。おまけに、国有地で先行して育てていた小麦がずいぶん取れた。今年は餓死者はでない」
参加者全員がほっとした顔をする。
食料が足りない場合、どこまで食料を削れるか、あるいは誰を切り捨てるか、そんな冷たくて苦しい決断をしないといけなくなるからだ。
「それから、別紙にある通り、民に配った後もだいぶ食糧の備蓄があるよ。それを二つの用途に使う。一つ、戦争のための備蓄。早ければ、春には隣国が攻めてくる。食料の備蓄は多めにいる」
俺が春から先はいつ隣国が攻めてきてもおかしくないと思ったようにアガタ兄さんもそれを警戒している。
そして、それに備える。
最悪の場合は、城壁内に民すべてを収容しての籠城戦。そうなると、食料の備蓄が必要になる。
……実は、海への地下トンネルのような馬車が通れるようなものではないが、人が通れるような地下の抜け穴は作っている。
城内にある俺の地下工房は外へ繋がる道があり、最悪はそれを使って、籠城後は抜け穴から出て食料を城まで運ぶ算段はある。
とはいえ、城内に食料の備蓄があるに越したとこはない。
「食料に余力がある今こそ、僕たちは戦争を意識して準備するべきだ。こうして食料を確保しておくのもその一つ、冬の間、タクム兄さんには、兵の訓練方針を変えてほしい。ただ、強くなるんじゃなくて、戦争を想定した訓練を頼む」
「俺もそのつもりだぜ。……奴らのやり口は良く知っている。戦争になりゃ、ぶちのめして追い返す。それから奪われた土地と民を奪い返す」
奪い返す。
それはただ撃退するだけじゃなく、かつてこの国が奪われた土地を取り返すと言っているのだ。
とくに、この国に隣接している元カルタロッサ王国の領地を取り戻すことは、俺に協力すると決める前からタクム兄さんの悲願。
「俺も兄さんの意見に賛成だ。戦いになったのなら、ただ奴らを撃退するだけじゃなく、奪われた土地を取り戻すべきだ」
奪われた領地は、肥沃な土地であり、二千人超の人口がいる。
後者はとくに重要だ。切り取られ続け、ついにこの国は千人にまで減ったが、国を維持するにはその人口は少なすぎる。
そして、それ以上に俺たちは苦しめられている同胞を救いたい。
「なんなら、こっちから仕掛けてもいいぜ。俺の騎士団はヒーロから魔剣を受け取った。想像以上の力だ。負ける気がしねえ。んで、今後は、一般兵が使う特別な武器を配布するとヒーロは言ってる。これはもう勝てる戦いだ。春になって、それでも敵がこねえなら、こっちから行くべきだ」
好戦的なタクム兄さんの言葉にアガタ兄さんが首を振る。
「それは絶対によしてくれ。カルタロッサからではなく向こうから侵略したという事実がいるんだよ。お隣さんは、好戦的で嫌われものだけど、いろいろと横の付き合いがある。……もし、こちらから攻めれば、少しでも不利になった時点で『侵略者に襲われている、同盟国を救ってくれ』と、他国に増援を要求する。逆に向こうから攻めてきたなら、こちらが優位にたつことができ次第、そいつらをこっちに寝返らせる策はある。……あそこは嫌われものだからね。落ち目になり、しかも離れるだけの大義名分があれば、離れる国はいる。だから、絶対にこちらから手を出すわけにはいかない」
アガタ兄さんは、強い口調で言い切る。
「そういうわけなら仕方ねえな。わかった。あくまでこっちはやられたらやり返すって腹積もりでいりゃいいんだろう。……ただ、納得いかねえな、こっちの領地を好き勝手奪っていったのは奴らだぜ」
「気持ちはわかるけど、もう戦争は終わったんだ。戦争が終わり、向こうの国のものになったと扱われている。僕の言うことはわかるだろう?」
タクム兄さんは頷く。納得したようだ。
俺も、こちらから攻めれば、たとえ優勢になったとしても隣国は他国に力を借りるということまでは予想ができていた。
しかし、逆に隣国が攻めてきたさいに、他国を裏切らせるなんて発想はなかった。
アガタ兄さんは敵にしたくないな。
「ヒーロ、僕は戦いになれば勝てる前提で話を進めているけど、タクム兄さんの軍を隣国に勝てる水準にするだけの兵器は作れるのかい?」
「春までの時間が使えれば可能だ。約束する」
「なら、いい。その言葉を信じるよ。それで、食料のもう一つの使い道だけどね。ヒーロが十二年ぶりに収穫祭をしたいと言っているんだ」
いよいよ来たか。
俺が提案していたもの。
この国が前を向くために必要なもの。財政のことや、戦争のことを考えると収穫祭という浪費は避けるべきだ。
この国の財布を預かるアガタ兄さんが反対してもおかしくない。
しかし、そういう計算では得られないものを得るために必要なのだ。
「そして、僕はそれに賛成する」
アガタ兄さんは、何の反対もせず、ただ収穫祭の実施を受け入れた。
「いいのか?」
「自分で提案していたんだろう。僕もやるべきだと思う。次期国王としてヒーロのビジョンを民に共有するべきだ」
「俺も賛成だな。節約節約じゃなくてぱーってやりてぇ。この国の連中はな、いい加減、下ばっかじゃなく、上を見るべきだろ」
兄さんたちは、微笑みつつ、俺を見る。
俺はただ首を縦に振った。
「ありがとう、兄さんたち」
「書いてあるだけの量の魚と小麦と芋と肉を使っていい。それ以上は、この国の財政を預かるものとして許可できないよ。どうかな、ヒーロ」
数字を改めて見直す。
収穫祭のために許可された量。
それは……。
「十分すぎる。これだけあれば、国中で盛大に祝えるよ」
「そうかい。それは良かった。なら、収穫祭の計画を立てよう。素案は用意してある」
どこまでもアガタ兄さんは手際がいいな。
また、新たな資料が回される。
「ヒーロ、これはたたき台だ。君の思うままにやりたいことを言うといい。好き勝手に無茶ぶりするのも君の、いや王たるものの仕事だ。そして、それを実現するのが僕の仕事」
「俺と部下の力も使っていいぜ。かなり人手がいるだろ。だがな、つまんねー祭りにしたら、許さねえ。十二年ぶりの収穫祭、こいつはこの国の民が待ちに待ったもんだからな。俺らは十二年分楽しまなきゃなんねえ」
「わかっているさ。この国が変わったことを示す場。中途半端はしない」
そう、この収穫祭は、この国が豊かで幸せな国に生まれ変わると民に理解させる場。
だれもが笑顔にならなければ意味がない。
そして、俺が次期国王になると宣言する場でもあり、国王としては最初の仕事。
……いや、そんなのは建前だな。
もっと、深い、俺の心が言っていることはただ一つ。
大好きな皆と思いっきり笑い合いたい。
ただ、それだけだ。
だから、それができる収穫祭を行おう。
愛する民と、何より自分のために。




