第二十話:転生王子と花火
ヒバナとタクム兄さんの決闘が終わり、宴が始まった。
とはいっても、あまり余裕がある国ではないのでささやかなものだ。
出されたのは蒸かし芋と山羊乳だけ。
蒸した芋に塩を振りかけ、口にする。
……やはり、あまりうまくないな。この芋。日本人がイメージするジャガイモとはまったくの別ものなのだ。
痩せた土地でも育ってくれるのだが、品種改良がぜんぜんされてないので、糖が少なくほとんど甘みを感じず、ぱさぱさぼそぼそした食感だ。
それを山羊乳でなんとか飲み込む。
「芋もなんとかしないとな」
味の問題もそうだが、痩せた土地で育ってくれるのはいいが収穫量もさほど多くない。
だからこそ、この地でも育つ小麦と、小麦を生育させるための肥料を作った。
しかし、今思うとこの芋を品種改良して、収穫量と味を良くしたものを作ったほうが良かったのかもな。
まあ、いい。
芋の品種改良は今後やればいい。芋だけ、小麦だけなんていやだ。両方ほしい。順番が入れ替わっただけだ。
「ヒーロ兄さま、ヒバナさん、決闘の勝利、おめでとうございます」
ナユキがやってくる。
彼女は傘をさしていた。透き通るように白い肌は日に弱く、晴れの日でも傘をささねば外に出られない。
「ナユキ、応援ありがとうな」
「……勝ちはしたけど、素直に喜べない勝ち方なの。ヒーロの装備がないと戦いにすらならなかったし、同じ剣なら打ち合ったときに押し込まれて負けていたわ」
「今はそれでいいさ」
「そうね。でも、いずれはちゃんと同じ条件で勝つ」
「そのときは私も観戦させてください。ヒバナさんの戦いって華やかで見ていてわくわくするんです」
ナユキの気持ちはよくわかる。
ヒバナの剣は美しい。
そのまま、あの決闘の感想戦で盛り上がる。
ヒバナが芋を食べ終え、大皿に盛られている芋に手を伸ばすが空を切った。
「あれ、もう芋がないわ」
「騎士たちは良く食うからな。それに宴というにはちょっと少なすぎる。もっと用意していたはずだが」
気付いたら、芋がなくなっていた。
あまりうまくない芋だが、騎士たちは訓練で腹が減っているのだ。
それに、今までに比べたらマシなのだ。
なにせ、塩が貴重で気軽に使えなかった。
ほとんど甘みがない芋を、味付けなしに食べるのは辛い。塩を好きなだけ使えるだけでだいぶ変わる。
「ふふ、ヒーロ兄さま、安心してください。実は蒸したお芋は半分だけで、もう半分はヒーロ兄さまの勝利を祝うためのご馳走にしたんです。そろそろ届くはずですよ」
城の使用人たちが、新たな皿をもってくる。
そこにはキツネ色に揚げられた俵型のものが積まれている。
「まさか、作ったのか」
「はい、ヒーロ兄さまが教えてくれた、お芋の料理です。コロッケというんですよね」
何気なく、コロッケについてナユキに話した。
しかし、それだけで本当に作ってしまうとは。
突然現れたコロッケを見て騎士たちは戸惑っている。
彼らは揚げ物自体を見たことがないのだから無理もない。
そんな中、真っ先に手を伸ばし口にする。
衣はさくっと心地よい歯応え、中はほくほく、具は芋だけしか見えないのに、肉の旨みと仄かな甘みが口に広がる。
「うまい」
ただ蒸しただけの芋とは比べ物にならない。
夢中になって、食べきってしまった。
それを見て、ヒバナや騎士、それにアガタ兄さんとタクム兄さんまでがコロッケに手を伸ばす。
「美味しいわね。とっても」
「こんな料理、僕も食べたことがないよ」
「うめえな。ナユキ、また作ってくれよ」
「はい、必ず」
俺ももう一つもらおう。
「よく、あの芋でこんなにうまいコロッケが作れたな」
「いい材料が手に入ったんです。昨日、主婦のみなさんが冬に向けて山羊を潰して塩漬けを作ったときに脂が余ったので、それを譲りうけ塩漬けにしておきました。お芋を潰して、塩漬け脂とちょっとお乳を入れて混ぜてから揚げると、ぱさぱさじゃなくてほくほくになるんです」
「捨てるものを使って、こんなうまいものを作るなんてすごいな。こいつはいい」
通りで、こんなにしっとりしているし、肉の味がするわけだ。
山羊の脂の塩漬け。それが最高の調味料になっている。
やっぱりナユキはすごい。
俺が教えたレシピは普通肉を混ぜるもの、それをこんなふうにアレンジするなんて。
「これ、他の皆にも教えてやらないとな。芋をうまく食べる方法を知ったら喜ぶぞ」
「そうですね。ただ、揚げるのに鉄のお鍋がいりますし、たくさんの脂がいります。鉄のお鍋なんて、お城にしかないし、脂がたくさん手に入るのは羊を潰したときだけなんですよね」
「油は羊の脂じゃなくて植物性のものを手に入れる算段はできるが、鉄は難しいな」
この国に鉱山なんてものはない。
鉄は慢性的に不足している。騎士たちの剣を揃えるので精いっぱい。
農具を作る分すら確保できず、木の農具の先端をコーティングすることで誤魔化している。
今後、この国を豊かにするには、そして戦争に備えるには大量の鉄がいる。
一番簡単に鉄を入手する方法は、他国から購入することだが、どうしても隣国を経由する必要がある。
もし、大量に鉄を購入していることを知られたら、即座に反攻の意思ありと攻め込まれるだろう。
戦争になるのはせめて、武器を完成させ、それに兵たちが慣れてから。
なんとか秘密裡かつ大量に鉄を手に入れたい。
……そうだ、いい手がある。
「あっ、ヒーロ兄さま、そんなに悩まないでください、揚げなくても潰して塩漬け脂を混ぜたお芋を焼くだけでも美味しいんですよ」
鉄がないことに頭を悩ませる俺をナユキがフォローしてくれる。
「それはそれで喰いたいが、鉄は絶対に必要だ。……約束するよ、近い将来大量の鉄を手に入れるって。そうだな、みんなの家に鉄の鍋と鉄の包丁が配れるぐらいに」
「うわぁ、きっとみんな喜びます。鉄の包丁、私もほしいです。石の包丁じゃお肉がうまく切れません」
ちなみに、この国でたった一つの鉄鍋は俺が趣味で作り、ナユキが欲しがったのでプレゼントしたもの
どうしてもフライドポテトが食べたかったのだ。
私利私欲のために、国が保有している鉄を使うわけにはいかなかったので、材料の確保を自前でしている。
錬金魔術でわずかな砂鉄を集めまくった。
……あれは二度とやりたくない。
笑い声が聞こえて、そっちを見るとアガタ兄さんが騎士に囲まれて盛り上がっていて、ヒバナもそちらに向かう。そして、ヒバナとタクム兄さんが剣技について話して盛り上がっている。
ちょっと寂しいが剣士同士でしかわからない話がある。
どうしたものかと周囲を見ると、アガタ兄さんがやってきた。
「これで、ヒーロが名実ともに次期国王だ。僕とタクム兄さんを失望させないでくれよ」
「ああ、約束する」
俺とアガタ兄さんは木のジョッキをぶつけ合う。
そして、ナユキも交えて、この国の未来について語り始める。
ナユキは本の虫であり、かなりの知識量を持っていて、俺とアガタ兄さんの話にも平然とついてくる。
地頭がいいし、柔軟な発想力があり、いろいろと気付かせてくれる。
……能力だけを考えると、アガタ兄さんと一緒に政治を任せたいのだが、性格的に厳しい。優しすぎて政治に向かない。
そして、ナユキをそういう政治の場、とくに外交の場に出すことを、タクム兄さんとアガタ兄さんは許さないだろう。
二人はナユキのことを可愛がっているし、姉さんのように奪われることを恐れている。
俺も同じ気持ちだ。
ただ、ナユキのほうは俺たちの役に立ちたいと思っている。あの子が本の虫になったのは、その思いの現れだ。
体の弱い自分が、力になれる何かを探し、知識を身に着けることを選んだ。
……彼女の料理の腕はこの国を豊かにするために役立つ。しかし、それだけしかさせないのは間違っているんじゃないか。
そんなことを想いつつも、会話を続ける。
ナユキがよろめき、俺とアガタ兄さんが同時に彼女を支え、そんなふうにしていることがおかしくて、二人で声をあげて笑った。
「お兄様たち、助かりました。……たくさん話して疲れちゃいました。そろそろ私は戻りますね」
「僕もそうしようか。仕事も残っているしね。こうして、三人で話せて楽しかったよ」
「俺もだ。おかしいよな。俺たちは兄妹で、俺もアガタ兄さんもナユキとはよく話したのに、三人で話したことなんてほとんどない」
「今までお兄様たちが仲悪すぎたからです。ずっと、仲良くさせようって頑張ってた私の身にもなってください!」
ナユキが頬を膨らませる。
……彼女の言う通り、ずっと彼女は俺たちを一つにしようと頑張っていた。
俺が、タクム兄さんとアガタ兄さんと敵対じゃなく、仲間にしようと思ったのは、ナユキの影響が大きい。
「ナユキ、アガタ兄さん、もう少し帰るのは待ってくれないか。面白いものが見れるから」
「面白いもの? それはなんだい」
「もったいぶらないでください」
俺は微笑で答え、それから声を張り上げる。
二人だけじゃなく、ここに集まった全員に聞こえるように。
「みんな、タクム兄さんと、我が騎士ヒバナの健闘を称えて、ちょっとした催しものを用意した。王城の旗、その向こうに注目してくれ」
俺の言う通り、みんなが旗の向こうに注目する。
ちょうど、日が沈むところ。
どんどん、昏くなる。
みんな、そわそわし始めた。
まだか、まだかと思い始めている。
もう少し、もう少しだ。完全に日が落ちてからがいい。
一番、綺麗に見えるのはそのタイミングを待つ。
よし、今だ。
俺は手元のスイッチを押す。魔力波が放たれ、隠していた花火の発射台が動く。
大玉の花火が天高く、射出される。
そして……爆音。
空に鮮やかな赤見がかった桜色の炎花が咲き乱れる。
誰もが目を奪われた。
「これは我が騎士ヒバナをイメージした、天に咲く炎の花、花火だ。彼女の勝利を祝うために作った。気に入ってもらえたかな?」
なかなか返事がない。
みんな、生まれて初めての花火に魅入っている。中には、腰を抜かしたものもいる。
そんな中、ヒバナの口元が動く。
「きれい」
零れ落ちた声。ゆえに小さい。
だけど、その声は不思議とみんなに届き、伝播していく。
そして……。
「うおおおおおおおおお、なんだこれ」
「どっかーってなに、空が光って」
「ヒーロ王子、もう一回、もう一回」
「こんなのが作れんのか」
「また、見たいです」
大騒ぎになる。
花火への感想を言い合う。
だれもが、子供のように目を輝かせて。
この国の窮状なんて忘れて無邪気に今を楽しんでいる。
「いいなぁ」
こんな時間をいいなと思った。
花火なんてものはただの娯楽。無駄なものだ。やろうと思えば、同じ材料と手間で敵兵を大勢殺す兵器を作れた。
でも、俺はこれでいいと思う。
この無駄こそが、幸せだと思うから。
ヒバナが近づいてくる。
「これが花火だったのね。とってもきれい。一生忘れないわ」
「作るの結構大変だったんだ。喜んでもらえて良かった」
「私の剣、こんな綺麗なものの名前を付けてもらっていたのね。知れて良かったわ」
「俺にとって花火を振るうヒバナは花火と同じぐらい綺麗に映るんだ」
「ふふ、うれしい。でも、今の私じゃまだ足りないわね。ハナビの名にふさわしくない。だから、がんばる。あの花火以上に綺麗なハナビをあなたに見せられるように」
魔剣花火をヒバナは掲げる。
それはヒバナの誓いだ。
そして、その誓いは必ず近い未来に果たされる。
「ああ、待っているよ」
「それとね、また、花火を見たいの。こんなきれいなの一度きりなんて嫌よ。いつか作ってくれる?」
「気軽には作れないけど特別な日ならありか」
その特別な日を考えて、妙案が出た。
「そうだ、小麦がちゃんと取れたら収穫祭をしよう。その収穫祭で、俺は次期国王になったと宣言する。収穫祭を想像してみてくれ、初めてこの地で実った小麦で、たくさんのパンとエールを振舞って、海の幸もたくさんある。国中でお祭り騒ぎして、たくさんの花火を打ち上げるんだ。きっと楽しいぞ」
「夢のようね。そんなこと、本当にできるの」
「して見せるさ」
きっと収穫祭をするころには、麦がたくさん収穫できて、海までトンネルは開通して塩は獲り放題、海で漁だってできて海の幸が簡単に手に入る。
今よりずっと豊かになっている。
冬越しの食料が足りないなんてことはなく、余った分を祭りに使うことだってできるはずだ。
……そんな未来を作りあげる。
「楽しみね」
「ああ、生きるだけじゃ足りないんだ。幸せが必要だ。それを収穫祭でみんなに伝える」
明確な目標ができた。
あとはそこに向かって走る。
課題は多いが一つ一つ片付けていこう。
その先には、きっと幸せが待っているから。