第十八話:転生王子と魔剣の銘
あの説得の翌日から、開拓で得た国有地で麦の種まきが始まった。
俺が先頭に立って作業している。肥料の使い方や、効率的な農法などを指導するためだ。
むろん、毎回指導するわけじゃない。
今年は俺が指導し、来年からは俺が指導した者たちが村人たちに教える。
一度実演するだけでは不完全なので、資料なども用意して配付している。
全員が文字を読めるわけじゃないが、何人か読めるものがいる。それに可能な限り絵で表現してある。十分に内容は伝わるはずだ。
「よし、今日の作業はここまでだ」
「ヒーロ王子、お疲れ様です!」
「今日はかなり進んだなぁ」
「ヒーロ王子が言う通り、ちゃんと育つのを祈るばかりだぜ」
「安心してくれ。この麦は、この地に吹く、冷たい風になんて負けはしない」
痩せた土地もそうだが、時折くる凍えた風が麦をダメにする。
品種改良された麦は、そんな凍えた風にすら耐えてくれる。
今日の作業が終わったので、城に戻る準備を始める。
ここ数日は昼過ぎまでトンネル掘りをして、昼からは農作業、夕方には事務仕事をして、夜はヒバナと二人で装備の改良をするという生活を行っている。
我ながら、かなり無茶な生活をしている実感はあるが、充実感はある。
なにせ、トンネルはどんどん掘り進められ、麦畑は広がっている。
ヒバナの意見を経て、防具も改善されつつある。
どれだけ忙しくても、良くなっているという実感があれば頑張れるものだ。
去り際、麦畑を眺める。
今は種を植えたばかりの麦畑だが、きっと冬が訪れるまえには立派な穂がなっているだろう。
そのときは、国中が笑顔で溢れる。
そんな日が待ち遠しい。
◇
自室での書類仕事を終えて伸びをする。
そろそろ夕食の時間であり、ヒバナが訓練から戻ってくる時間だ。
ノックの音が聞こえ、ヒバナがいない間、代役の護衛をしてくている騎士が出迎え、そのまま出ていき、代わりにヒバナがやってくる。
ヒバナは全身にあざを作っていた。
初日以降は、俺はヒバナとタクム兄さんの訓練を見ていない。
興味がないわけじゃなく、ヒバナと二人で話してお互いやるべきことをやろうと決めた。
ある意味、信頼という奴だ。
ヒバナが服を脱ぎ、胸を手で隠して俺の前に座る。
そんなヒバナの肌に錬金術で作った軟膏を塗っていく。ふつうの薬とは比べ物にならないほどよく利く。
「また、こっぴどくやられたな」
「でも、今日は向こうにも一発入れたわ。だいぶ見えてきたの」
タクム兄さんとは実戦的な訓練をしているよう。
……そして、その成果は現れ始めた。
ヒバナは見えてきたと言った。
それは、彼女の弱点を克服してきたということに等しい。
「背中は終わった、前は自分でやれ」
「別に前も塗っていいわよ?」
「そういうのは、結婚してからだ」
「王族とは思えない発言ね。そのときを楽しみにしているわ」
ふつう、こういうセクハラをするのは男のほうだろうと、内心で突っ込みつつ、軟膏入りの瓶をヒバナに渡す。
ヒバナはこちらに背を向けたまま軟膏を自分で塗る。
背を向けているとはいえ、じろじろと見るのが後ろめたくなって目を逸らしてしまう。
「ごほんっ、タクム兄さんにようやく一発いれたのは目出たいな。勝算が見えてきたな」
「ええ、ようやくあなたの作ってくれた装備を使いこなせてきたわ。加速中なら、あの人を超えられる。その一発も、装備を使っていたときのものよ」
「役にたって何よりだ。気になるところはあるか?」
「ないわ。調整は完璧ね。あとは、私がどう使いこなすかよ。初めてタクム王子と戦ったときは手も足も出なかった。でも、三日目の今日は装備を使えば一発当てられるようになったわ。なら、残り三日で装備を使わず、一発当てられてようになる。そこまで成長すれば、装備を使えば圧倒できるはずよ。そこまで成長してみせるわ」
「頼もしいな。ヒバナがタクム兄さんを倒すところを見るのが楽しみだよ」
恐ろしい才能と学習能力だ。
昔から天才だったが、タクム兄さんという強敵と戦える環境を手に入れて飛躍的に伸びている。
「そういえば、この前、黄金騎士に勝てない奴が八人いると言っていたな。残りの四人にはどうだ」
「そうね、ほぼ互角だと思う。黄金騎士が十二人いるのは、聖剣の数に合わせてのことよ。八人が飛びぬけていて、残り四人は数合わせ。数合わせのほうであれば、いい勝負ができるの。それでも、聖剣を使われればどうしようもなかったけど、ヒーロがくれた剣があるなら勝てる自信がある」
なるほど、黄金騎士にも格があるのか。
「なら、タクム兄さんは、その八人と比べてどうだ」
「相手が聖剣を持ち出しても、三人を除けば勝ちうると思う。でも、その三人は無理ね。三剣聖と言われてさらに別格なの」
「そうか。もし、タクム兄さんが俺の作った魔剣を装備すれば、三剣聖相手に勝てるか?」
「どうなるかわからない。というところね。勝つかもしれないし、負けるかもしれない」
タクム兄さんの力はそれほどか。
俺はタクム兄さんが強いとは知っていたが、この領地から出たことがないため、世界基準でどうかはわかっていなかった。
だけど、世界最強の黄金騎士、その頂点にも匹敵する力があるとわかったのは大きい。
……それだけの強さがある個人。
それを計算に入れられるのなら、できることは多くなる。
この国にとって最大の問題は隣国だ。いずれ、この国が豊かになってきたことがばれ、攻め込んでくるのは確実。
それまでに対策を用意する必要があるのだ。
一番いいのは、武力以外の方法での解決だとはわかっている。
しかし、絶対に戦いという手段がとれない状況と、最悪戦いになっても勝算があるという状況だと、選択肢の数が違いすぎる。
いざとなれば戦えるからこそ、とれる平和的な手段があるのだ。
「なら、そのタクム兄さんをヒバナはいずれ追い抜くんだから、この国には三剣聖クラスが二人になる。黄金騎士団にすら勝てるかもな」
「そうね、でも二人で黄金騎士団にすら勝てるというのは傲慢よ。もう一人ほしいわね。最後の一人はヒーロがなって」
「無理だ。俺の剣は一流であっても超一流には届かない」
「そんなことはわかっているわ。別に剣士として強くなれなんて言ってないの。あなたはあなたの戦い方で私たちに並んで、そしたら、この国は黄金騎士団に匹敵する力を手に入れられる」
「それもいいか」
俺は剣士ではなく錬金術師。
剣に拘る必要は微塵もない。もともと、ミスリルを変幻自在に使う、【魔銀錬成】こそが主武装だし。
さらに力を求めてみよう。
……そう言えば、昔趣味で作った兵器がいくつか工房に転がっていた。久しぶりに引っ張りだすか。
ヒバナが薬を塗り終わって立ち上がり、勝手に俺の部屋に設置した衣装箱から替えの服を取り出し着替える。
そういうのは自分の部屋でやれと何度か言ったが、時間の無駄だと却下されていた。
「さて、装備の調整のために確保していた時間が空いたな。どうしたものか」
いつもなら、ヒバナから訓練の中で見つけた装備の欠点を聞き、改善や調整を行うのだが、本人が問題ないと言い切ってしまった。
……やることはいくらでもあるのだが、こうも急にやることがなくなると何から手をつけていいか悩む。
「時間があるなら、お願いしたいことがあるの」
「俺にできることならやろう」
「私の剣に名前が欲しいのよ。命を預ける相棒で、あなたからもらった大事なプレゼント。ただ魔剣って呼ぶのは寂しいの」
驚いた。
ヒバナがそんなロマンチックなことを言うなんて。
「ヒバナにその剣は託したんだ。自分で決めたほうがよくないか?」
「それはいや。ヒーロに名前をつけてほしいの」
「理由は?」
「乙女の感傷」
意味がわからない。
しかし、そのほうがヒバナが喜ぶなら名前を付けよう。
意外にも、直感的に閃いた。
というより、ヒバナがこの剣を構えているところを見たとき、その名が浮かんでいたのを思い出す。
「花火……その、魔剣の銘は花火だ」
「ハナビ? それって何かしら、私の名前に似ているわね」
花火なんて、ものはこの世界に存在しない。
技術的にも、コスト的にも生み出すのが難しいのだから当然だ。
「空に咲く、炎の花。とても綺麗で華やかなんだ。ヒバナが剣を振るう姿には華がある。だから、その銘が相応しい」
ヒバナの剣技は舞のように美しく、鮮血の花が彼女を彩る。
花火。彼女の持つ剣にそれ以上相応しい名前はない。
「空に咲く、炎の花。すごくロマンチックね、見てみたいわ」
「……花火か、作れなくはない。よし、タクム兄さんとの決闘で勝ったら、その日の夜、軽く宴をしよう。そのときに花火を披露する」
「負けたら?」
「宴なんてするはずないだろう。反省会だ」
「絶対に負けられないわ。ちゃんと勝って、ヒーロのハナビを見せてもらわないと。剣の銘、その意味を知らないまま振るうなんて寂しすぎるもの」
ヒバナが微笑む。
心の底から楽しみにしているのが伝わってくる。
この時点で俺は、形だけの簡単なものじゃなく、煌びやかな本格的なものを作ることを決めた。
だって、こんなにヒバナが楽しみにしてくれているんだ。
手抜きなんてできない。
……ただでさえ忙しいのに、決闘まであと三日しかない。
この三日で手の込んだ花火を作るのは、かなり無茶だ。
それでもやろう。
俺は花火を見るヒバナを見たい。
きっと、花火を見上げるヒバナの横顔は、花火よりもきれいだから。




