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転生王子は錬金術師となり興国する  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:転生王子は錬金術師となる
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第十七話:転生王子と彼の武器

 説得のため、開拓地に向かう。

 相手は国に雇われているため、その気になれば呼び出せる。


 しかし、誠意を見せるためにこちらが向かう。

 ……ただ、今回のことは妙に引っ掛かる。

 アガタ兄さんの話術は俺を凌駕する。ようするに本気であれば説得できるはずだ。


 何か理由があって、俺に説得役を譲ろうとしている。

 そして、俺はアガタ兄さんがそうする必要があると考えたなら、その考えに乗るべきだと考えてあえて何も言わない。


 開拓地にたどり着いた。

 みんな、今日も懸命に仕事を全うしている。

 声はかけない。

 俺はもうすぐ彼らが作業終える時間だと知っているし、こちらの都合で、彼らの仕事の邪魔をするわけにはいかない。

 そして、一年前からリーダーをしているサイマがベルを鳴らして、作業の終了を告げ、みんなが作業を止めて撤収作業を進めていく。

 それが落ち着いたころサイマの元へ行く。


「サイマ、精がでるな」

「久しぶりだなヒーロ王子。最近、こなくて寂しいって皆言ってるぜ」

「悪いな、いろいろと立て込んでいて」

「責めてるわけじゃねえよ。噂になってるぜ、塩を手に入れたのヒーロ王子だろ。それに俺らの開拓に使ってる道具も、ヒーロ王子が鉄製にしてくれて、随分やりやすくなったからな、いくら感謝しても感謝しきれねえ」


 そういうサイマの言葉に合わせて、みんなが次々に農具を掲げる。

 この国には鉱山がないから鉄の入手に苦労するし、手に入れた鉄は優先的に武器に回される。

 それでも、少量の砂鉄ぐらいは手に入るのだ。

 鉄のクワは作れなかったものの、砂鉄でクワの刃先をコーティングするぐらいはできた。

 それだけでも、まったく効率は変わる。


「役に立ってなによりだ」

「おかげで、予定よりずいぶん開拓が進んだ。……んで、俺らはその土地で芋をたくさん育てられると思ってたんだがな」


 そう言ってサイマはアガタ兄さんを睨む。

 小麦のことを言ってるのだろう。

 彼らは、小麦を育てるなんて冒険をしたくない。

 開拓を頑張ったのは、みんなが飢えないようにするため、だから、確実な収穫を見込める芋を望んでいる。


「サイマ、アガタ兄さんを睨むな。麦を育てろと言ったのは俺なんだ」

「……ヒーロ王子は、ちゃんと俺たちのことを考えてくれてるって思ったんだがな」


 その声は怒りというより、むしろ寂しさがあった。

 カルタロッサの三王子はそれぞれ得意分野が違い、支持層も違う。


 軍部に人気があるタクム兄さん、文官に人気があるアガタ兄さん、民に人気がある俺というふうに。

 そして、彼らは信じていた俺に裏切られていたように思っている。


「考えているさ。考えたうえで、麦を育ててほしいと言っているんだ。……信じられないかもしれないが、特別な肥料を使えば、この麦を育てられる。芋よりよっぽど失敗する確率が低いぐらいだ、これはそういう麦で、ちゃんと冬までに実る」

「今度の麦は大丈夫か。ヒーロ王子だって、この国で、今度こそ、今度こそはって麦を育てようとして、その度餓死者がでたことは知ってんだろ! 変なことさえしなきゃ、今年は安心して、冬が越せるのに、なんで余計なことをすんだよ!」


 切実な声。

 彼らだって、好きで反対しているわけじゃない。

 それが正しいことだと信じているからだ。

 ……一番いいのは、ヒバナとヒースにしたように工房の奥にある畑を見せること。


 しかし、あれは危険すぎる。

 サイマは信頼できる男だが、万が一にでも地下の畑の情報が広まるのはまずい。

 特別な立場にいないものは、己が絶対に信じられるものにはここだけの話と話してしまう。


 そして、ここだけの話はさらに別の誰かへここだけの話と広まる。

 ヒバナやヒースに話せたのは、彼らが特別な立場にあり、話すことが破滅に繋がることを理解していたからでもあるのだ。


「なぜ麦を育てるのか、その質問に答えよう。この国を豊かにするためだ。芋じゃ見られない風景がこの麦なら見られる。……どうか俺を信じてほしい」


 ただ、頭を下げる。

 こんなこと、絶対にアガタ兄さんはしないなと自嘲する。

 それはプライドを優先するとかそういうのじゃなく、ただの懇願に意味はないとアガタ兄さんは考えるから。

 もっとスマートに、納得させる材料を探し、相手を納得させる。


 だけど、俺はそういうことをしたくない。

 錬金術を手に入れてないころ、俺はただ何かしたい、なんでもいいから力になりたいと開拓を手伝った。

 みんなと同じ目線で開拓して、仲間になった。

 仲間に嘘やごまかしをしたくない。


「頭を上げてくだせえ、ヒーロ王子。俺らみたいなもんに下げていい頭じゃないでしょ」

「王子だが、俺はサイマたちのことを仲間だと思っている。だから、頭を下げる」


 サイマが苦い顔をしながら頭をかく。

 それから、絞り出すように声を出す。


「……あああ、もう、本当に麦は育つんですね。親父らや、じいちゃんや、その前にも失敗した麦が」

「ああ、約束する」

「わかった、わかりやしたよ。ヒーロ王子がそう言うなら信じた! 麦を育てる! だから、いい加減、顔をあげてくだせえ、大恩あるあんたにそうされたら、いたたまれねえ」


 俺はゆっくりと顔を上げて、口を開く。


「信じてくれてありがとう」

「昔っから、ヒーロ王子はがんこでいやになる」


 俺の手をサイマが握った。

 話が通じて良かったと胸をなでおろす。

 しかし、それは早計だったようだ。

 サイマの後ろにいた彼の部下が騒ぎ出す。


「隊長、正気ですか、麦なんて育つわけないですよ。言っちゃ悪いですけど、王子は農業のことはなんも知らないんですよ!」

「んだんだ、一緒に働いても所詮住んでる世界が違うんだ。王家の人たちは飢えたことなんてない、だからそんな無責任に言えんだ!」

「そうだ! 俺らがどうなっても構わねえって思ってるんだ」


 ……サイマ一人が納得しても他はそうは思ってくれなかったらしい。

 一人ひとり説得していくしかないか。

 ただ、サイマへの説得を聞いて、納得してくれなかった者たちであり、苦労しそうだ。

 何より、悲しくて寂しい。彼らにそう思われていたことが。

 体が凍り付く。

 でも、やらなければ。

 じゃないと前へ進めない。

 そう思ったときだった。

 サイマが手で俺を制して。叫ぶ。


「てめえら! 今なんつった! 農業を知らねえ、民の苦しみを知らねえ、ヒーロ王子は俺たちがどうなってもいい? ふざけんな! よくそんなことが言えるな!」


 あまりの声量に、近くにいて脳が揺らされた。


「俺らは知ってんだろうが! 不作になりそうだったとき、知恵を貸してくれたのは誰だ! 俺ら、どれだけのことヒーロ王子に教えてもらった! あのとき、なんとか持ち直せたのは誰のおかげだ!」


 ……俺は昔から知っている範囲の知識で出来る限りのことはした。【回答者】と錬金術を得てからはよりいっそう力を入れた。

 力の出し惜しみはしておらず、少なからず力になれた。


「民の苦しみを知らねえだと! 忙しい時間を縫って、んな義務ねえのに、俺らと一緒に汗を流してくれてんだぞ。少しでもこの国を良くしたいって歯を食いしばりながらな! それだけじゃねえ、俺らの愚痴をちゃんと聞いてくれて、少しでも作業が楽になるよう頭しぼってくれた。俺らのもっている鉄のクワを見ろ!」


 非力で、それでもなにかしたいと、ただ俺は手を動かしていた。そうすることで、無力であることを忘れようとしていた。


「俺らがどうなってもいいだと! ろくに医者もいねえ、この地で、ヒーロ王子に怪我や病気を治してもらった奴、一人は身内にいるだろうが! 俺の母ちゃんがぶっ倒れたとき、三日三晩、ヒーロ王子は治療してくれた! おかげで今もぴんぴんしてるよ! そんなヒーロ王子に向かって、民がどうなってもいいと思ってるだと、ふざけんな! どうでもいいっと思ってんのに、三日三晩も付き合うわけねえだろ!」


 ……それもまた自己満足。

 それしかできることがなかったからそうしただけだ。


「俺はヒーロ王子だから信じた。農業を知ってる、俺らと一緒にがんばってくれた。俺らを救ってくれた! そんな人だから、ついていく。知識がある恩人が、頭さげて、大丈夫だって、芋よりいいって言い切った。なら、信じるしかねえだろ!」


 場が静まり替える。

 何かを言わないといけない、でも、言葉が見つからない、何を言っていいかわからない。

 なにより、声がでない。あまりにもたくさんの感情が湧き上がって、制御できない。

 こんな気持ちは初めてだ。

 さきほど反対の声をあげた者たちが、申し訳なさそうに前に出る。


「ヒーロ王子、悪かった。俺らだって、わかってたんだ。でも、麦を育てんのは不安で、不安で仕方なくてよ」

「んだ、食いもんがねえってのは怖い。五年前、弟は飢えて死んだし、俺も死にかけた。そのときのことを思い出してな」

「ほんとすまん。怖いのも不安なのも俺らの問題だ。なのに、王子への恩を忘れて、責めちまった。んなこと、全然思ってないのに」


 そんな彼らに微笑みかける。


「いや、不安な気持ちもわかるさ。だけど、納得してくれて嬉しいよ。今は信じてくれ、大丈夫、これだけしか言えない。でも、俺はおまえたちを裏切らない」


 怪我の功名とはいえ、彼らの本心が聞けたそれでいい。

 ……そして、同時に絶対、小麦で失敗できなくなった。

 彼ら相手に嘘をつきたくない。

 もとより、失敗しないよう、二重三重の策を考えていたが、より一層気合を入れよう。


 ◇


 説得が終わり、その後、差し入れを振る舞い、彼らと一緒に語り合った。

 それから城に戻る。


「よくやった、ヒーロ」

「もしかして、アガタ兄さんにはこうなることがわかってたのか? アガタ兄さんなら、自分で彼らを納得させられたはずだ」

「……へえ、そこまでばれていたか。うん、僕には彼らを納得させるだけの策と話術があった。だけど、ヒーロをぶつけたほうがいいと思ったからそうしたんだ」


 アガタ兄さんは立ち止まり、背中を向けたまま話を続ける。


「こうした理由その一、今回の件をうまく使えば、一般兵の中心人物であるサイマの忠誠心がより深まる。そうなれば、他の兵も強烈にヒーロを支持するだろう。それは、ヒーロが王になったあと必ず活きる」

「そういうのを打算でするのは好きじゃない」

「それも含めて政治だよ。そして、その二。こっちのほうが百倍重要かな。ヒーロに教えてやりたかった。僕がヒーロの何を恐れていたのかをね」

「アガタ兄さんが俺を恐れていた?」


 その言葉は意外で、思わず聞き返す。


「ああ、怖かったよ。ヒーロは昔からいろんな人助けをしてたよね。だけど、自分のやっていることを自己満足だって言ってた。たしかに最近になって、錬金術の成果を表に出すまで、やってきたことの一つ一つは小さいよ。国全体からみたら、些細なこと。だけどね、その小さなことをヒーロは何年も愚直に積み重ね続けてきた。その小さなことはつもりにつもって、大きな力になったんだ」


「それはなにかな?」

「民の信頼だ。ヒーロのいうことなら、みんな信じてくれる、したがってくれる。一朝一夕じゃ絶対に信頼は手に入れられない。何事にも代えられないヒーロの宝物で最強の武器。いいか、王になるなら覚えておけ、ヒーロが言ってた、自己満足、その積み重ねが信頼になった、それがあるから、この国は変われるんだ。おまえが今までやってきたことは無駄じゃない」


 その言葉が、胸の中にしみ込んでいく。

 どうしようもないほどに。

 もしかしたら、俺はずっと誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれない。


「僕がこんなことをしたのは、王になる前に自分の武器をヒーロに理解させるためなんだよ。いいか、錬金術なんてものは道具にすぎない。それで国を変えられるなんて思っているなら思い上がりも甚だしい。僕が恐れたのは、ヒーロが勝ちえた民の信頼だ。絶対にそれを忘れるな、それを忘れたら、容赦なく僕はこの国をもらう」


 アガタ兄さんは、その言葉を残して立ち去って行った。

 まだ、胸が熱い。


「ありがとう、アガタ兄さん」


 今までやってきたことが無駄じゃないとわかって救われた。

 ……タクム兄さんといい、アガタ兄さんといい、どうしてここまでよくしてくれるんだろう。

 それに、なんて人たちだ。

 あの二人に恥じない自分でありたい。

 そして、民が信じるに値する自分であり続けたい。

 やっぱり、この国が好きだ。

 そんな当たり前を、改めて認識した。

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