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転生王子は錬金術師となり興国する  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:転生王子は錬金術師となる
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第十六話:転生王子と小麦の普及

 食事を終えて、工房に戻る。


「ごめんなさい。ヒーロ、測定を一時間ほど後にしてもらえないかしら?」


 少し申し訳なさそうにしながら、ヒバナが訪ねてくる。

 材料の加工を先にすればいいだけだし、測定が一時間後になっても何の問題もない。


「構わないが、理由を聞いてもいいか」

「あまりに、パスタとエールが美味しくて食べすぎちゃって、お腹がぽっこりしちゃったの。そんなところをヒーロに見られたくないわ」

「別に俺は気にしないが」

「……お願いだから女心をわかって」


 そこまで言われたら仕方ない。

 それまでは別のことをするとしよう。

 横目でヒバナをみるとすごい勢いでスクワットをしていた。

 もしかしたら、カロリーを燃やしているのかもしれない。


 ◇


 しばらくして、準備ができたと言うので測定を始める。

 ヒバナが服を脱ぎ、手で大事なところを隠す。

 思わず生唾を飲む。

 綺麗だった。

 見惚れるほどに。染み一つない肌に、鍛え上げられて無駄な肉がない体。

 そのくせ、うすい脂肪が筋肉を包み、女性的な丸みがある。


「……その、なるべく早く済ませる」

「そうして。こうしていると結構恥ずかしいから」


 さすがのヒバナもどこか態度がおかしい。


「ひゃっ、冷たいのね、ヒーロの手」

「ヒバナの肌は熱いな」


 ヒバナの肌に俺の手が張り付く。

 少し、変な気分になる。

 首を振る。それはヒバナへの裏切りだ。

 さあ、煩悩を振り払って集中しろ。二人でタクム兄さんを超えるために最高の武具を作らなければならない。


 ◇


 すべてが終わってヒバナが服を着る。

 いろんな意味で疲れた。

 だが、完璧なデータが揃った。これなら後は作ることに集中出来る。


「ありがとう、測定してみて驚いた。ヒバナは理想的な体をしている。才能があるよ」

「あのビリビリでそんなことがわかるの」

「だいたいはね。楽しみにしていてくれ。これを使いこなせば、タクム兄さんとの差は埋まる。そこから先はヒバナの仕事だ」

「わかったわ。必ず一週間以内に強くなる」


 俺の武具だけでも、ヒバナの頑張りだけでもタクム兄さんのような化け物には届かない。

 だけど、二人なら勝てる。


「気になったのだけど、これ、私だけが使うのはもったいないと思うの」

「将来的には、タクム兄さんとその精鋭騎士団には装備させたいと思う」


 ……そのためにはむさくるしい男に、ヒバナにしたようなことをしないといけないが、そこは我慢だ。


「それは賛成ね。専用の剣も全員に作るのでしょう? 下手をすればキナル公国の黄金騎士団に匹敵する軍勢が作れるわ」

「下手をしなくても、そこが目標地点だ。だからな、錬金術で作った装備なしのタクム兄さんぐらい、楽に倒してもらわないと困る」

「それをさらっと言えるのはすごいわね。でも、道理ではあるわ。……さっきは弱音を吐いてごめんなさい。でも、やって見せる」


 いい返事だ。

 もう弱気は吹き飛んだらしい。

 もしかしたら、ナユキのパスタが利いたのかも。

 美味しいものを食べると元気がでる。


「さて、今日はここまでだ。部屋へ戻って帰ってくれ」

「ヒーロは?」

「あと十分ほど、作業をする。ちょっとキリが悪くてな」

「そう、なら戻るわね。……実は裸を見られたせいで、どきどきして、変な気持ちになってたの」


 そう言い残して、ヒバナが去っていく。


「……そういうことを言われると困るんだが」


 こちらまでどきどきしてしまう。

 せっかく、平常心を取り戻したばかりというのに。

 さて、やるか。

 キリのいいところまで。


 ◇


 翌朝、昨日の続きでトンネルを掘っている。

 今日は朝からだ。

 昼過ぎからはアガタ兄さんと大事な話があるからそれまでに作業を切り上げないといけない。


 それもひと段落ついて、昼食をとる。ナユキが持たせてくれたお弁当だ。

 これもまた、料理の研究で出来た冷めても美味しいパスタ料理。

 外でも食べやすいように、ミンチにした肉を棒状にして、そこにパスタを巻き付けて一口にサイズにしたもの。

 面白いし、食べやすくて、美味しい。

 ナユキは料理に関してはすごい。


「これ、いいわね」

「ああ、また作ってもらおう」


 ヒバナも気に入ったらしい。


「ヒバナ、今日も夕方からタクム兄さんと訓練だよな」

「ええ、今日からは私とタクム王子、二人で訓練よ。少しずつ強くなっていくところを見せるより、一週間で劇的に強くなったところを見せたほうがいいってことらしいわ」


 意外とタクム兄さんは細かいところに気が回る。

 そうでないと、あれだけ部下に慕われることはない。


「そっか、今日は俺は別件で手が離せないから、訓練は見てやれない。だから、これを使った感想を後で詳しく教えてほしい」


 それは肌に張り付く黒のインナーだ。

 性能優先で魔物の内臓を原料にしていることは秘密。

 あまり、気持ちいいものじゃない。


「これが、電気の力で動体視力と反射神経を向上させるインナーなの?」

「そうだ」

「でも、二日はかかるって言ったわよね」

「ヒバナが一日でも早く慣れたいって言ったからな。それにタクム兄さんの動きをきっちり見たいんだろう」

「……よく見るとヒーロの目元に隈ができてるわ。もしかして一睡もしてないの」

「いや、ちゃんと寝たよ」


 十五分ほど。

 危なかった。ヒバナが迎えにくる前にぎりぎり完成して、仮眠がとれた。


「嘘ばっかり。でも、とってもうれしいわ。ただ、そんな無理をしたなら、トンネル堀りはここまでにしておかない? 倒れるわよ」

「そうはいかないさ。今日休めば一日完成が遅れる。休んだ分をあとで取り返せる類のものじゃない」


 魔力の続く限りしか掘れない。

 そして、魔力量の回復量は一定。どこかのタイミングで二日分掘ることなんてできはしない。


「本当にストイックなのね」

「ヒバナほどじゃないさ」


 自分に厳しいところはどこか似ている。

 だから、昔から気が合うのだろうし、がんばるヒバナのために少しだけ無理をした。

 早くインナーを完成させることで、早くヒバナが成長するんだから、一日ぐらい徹夜はどうということはない。


「大事に使うわね」

「そうしてくれ。ただ、俺に遠慮はするな、気になることは全部教えてくれ。ヒバナがまだ未熟で弱点だらけなように、俺の作ったものだって、まだまだこれからなんだから。試して、弱点を見つけて、改善して、強くなっていく。俺たちはそういう生き物だ」

「ふふふ、なら一切遠慮はしないわ。覚悟しておいてね」

「有意義なデータを期待している」


 さて、この魔力残量なら今日はもう少し掘り進める。

 できるところまでやろう。


 ◇


 夜の作業に差し支えないところまで魔力を残して、トンネル堀は中断。

 さすがに徹夜の悪影響はでているが、進捗は悪くない。


 城に戻り、ヒバナと別れる。

 次期王として、護衛がいないのはまずいとタクム兄さんが部下を一人貸してくれている。

 俺がやってきたのはアガタ兄さんの執務室。

 護衛は扉の前で待機、俺だけが中に入る。


「ヒーロ、よく来てくれたね。まずは資料に目を通してくれ」


 席に着くと、資料が手渡される。

 さすが、アガタ兄さん、的確でわかりやすい。


「今年は国の畑でやるんだね。アガタ兄さんらしい」

「まずは、そこで成果を出してからじゃないと、民にはさせられないだろう。リスクを負うのは民じゃなくて国だ」


 この国の畑には二種類ある。民の私有地と国有地。

 国有地は主に開拓された畑であり、開拓を行うのは、この国の兵士たちだ。


 なぜ、兵士がやるかというと、人口千人程度のこの国では完全な職業軍人というのは養えない。

 だから、わずか三十人程度が職業軍人で、残りは半分兵士で半分農民だ。


 訓練は毎日一~二時間程度、残り時間は開拓か農作業をする。

 兵として雇っているのは、土地を持たない、次男や三男、あるいはごく稀にやってくる隣国から夜逃げしてきたものなど。


 土地がないから、国から給料をもらい開拓したり、国の所有地で農業をする。収穫物は国へ納める決まりだ。


 そして、歳をとり、兵としてやっていけなくなると国有の畑を退職金代わりにもらって引退。

 このシステムは、アガタ兄さんが作ったもので好評だ。

 アガタ兄さんの開拓計画が理にかなっているから収穫量は多く、給料を払っても黒字。土地を持たない民からすれば、食い扶持を得られるし、将来的には自分の畑が持てるという夢が見れる。国も民も幸せになれるいい施策だ。


「いくら口ではこの麦は大丈夫と言っても、前例がないと納得してもらえないだろうからね。この国ではなんども麦を育てようとして失敗しているんだ。民たちも、いきなり麦を育てろって言われたって怖くてできない。だから、国がまず成功例を見せつける」


 育つと思ったけどやっぱりダメでしたでは済まない。

 食料の備蓄や、金があれば別だが、そんな裕福なものはいない。凶作が飢え死に繋がるのだ。

 しかし、国有地で半農の兵士を使うなら話は別。

 万が一失敗しても、給料を国から払えば飢えて死ぬことはない。


「計画が楽だったよ。ヒーロが塩を用意してくれたおかげで、塩を買うために用意していた備蓄を、失敗時の給料に回せる」

「麦が育たないことを考慮するなんて、信用がないんだな」

「ヒーロの力を信用しているけど、それとは別だ。万が一に備えるのが僕の仕事だ」


 政治においてアガタ兄さんは本当に頼りになる。

 計画も完璧と言っていい。


 国有地の中で、麦に使う畑の規模・立地、使う人員を想定し完成させる。

 魔物を使った肥料作りを効率的に行うための草案も文句がつけられない。

 俺ならここまでスムーズな立案、それを実行するための根回しはできなかった。


「文句のつけようがないな。アガタ兄さん、これで進めてほしい」

「……と行きたいところだが、一つ問題が起こってるんだよ。兵たちが首を縦にふらないんだ。予定通りジャガイモを育てさせろって直談判してきた。情けない話だけど、僕の説得を聞いてくれない。万が一、収穫がなくても給料を出すと言ってたけど、自分たちの心配だけをしてるんじゃない。『俺たちが育てるはずだった芋があればと後悔したくない』ってさ」


 人口が少ない、厳しい環境を助け合い生き抜いてきただけあって、民たちの国と仲間への愛が強い。

 失敗しても給料もらえると考えるのではなく、自分たちが普通に芋を育てていればこれだけの人々が飢えずに済むと考える。

 それは非常にありがたいことだし、誇らしいことだ。

 だけど……。


「まずいな。まずは国有地で今年成功させて、来年の種もみを確保、来年は国全体で小麦を育てるって計画なのに、今年植えられなかったら、まるまる一年遅れる」


 この麦は単位面積あたりの収穫量がジャガイモよりずっと多い。

 そういう品種に俺が改良した。

 これこそが国を救う重要な柱。一年のロスはあまりにも大きすぎる。


「むろん、無理やり言うことは聞かせられるよ。……だけど、それはまずい。この国が成り立ってるのは、民が国を愛しているからなんだ。その根底を崩したら、溜まってた不満が爆発する。もちろん、無理やりやらせて、それでも小麦が育てば、あとで納得してくれるかもしれない。だけど、それはあまりにもリスクが高い」


 だろうな。

 何もないこの国が唯一もっていた財産、それは人材。

 絶対に失うわけにはいかない。


「アガタ兄さん、俺に説得させてくれないか」

「奇遇だな、僕もそれを頼むつもりだった。彼らと一緒に開拓をしていたヒーロの言葉なら聞いてくれるかもしれない」


 こくりと頷く。

 開拓に携わってきた者たちの中には顔見知りも多い。

 俺の言葉なら聞いてくれるかもしれない。


 ……がんばらねば。

 俺が品種改良した小麦でも収穫までに三か月かかる。冷害に強いと言っても、本格的な冬が訪れれば耐えられない。


 季節を考えると、種植えは二週間以内にしないと間に合わなくなる。

 誠心誠意話そう。

 そして、納得して、この国を豊かにできると確信をもって働いてもらう。

 そうでないと、この国を本気で思ってくれて、クビにされるかもしれないのに声を上げてくれた彼らに失礼だから。

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