第十話:転生王子と通じた想い
さあ、兄たちに秘密を明かそう。
その致命的な一言を放つ。
「俺は錬金術師の遺産を手に入れ、錬金魔術を習得した。道具が作れたのは錬金魔術が使えるから、海があるとわかったのは、その遺産に海を記した地図があったからだ」
タクム兄さんはそのいかめしい顔をよりいかめしくし、そしてアガタ兄さんは呆れた顔をしていた。
タクム兄さんはともかく、アガタ兄さんはうすうすと錬金魔術を使っていることは予想していたようだ。
俺が錬金術師だとわかった以上、いつでも兄たちはこの国から追放ができるようになった。
「ヒーロ、わかっているのか。錬金魔術は教会によって禁忌とされている」
「ヒーロの死だけじゃ済まないかもね」
「ああ、だろうな。それでも俺は選んだんだ。この力で、この国を救うと。このままじゃ、この国は滅びる。わかっているんだろう兄さんたちも。だから、それぞれに勝算のない戦いをしているんだ」
「勝算がないとは言ってくれるな」
「ええ、聞き捨てなりません」
俺が錬金魔術という禁忌に手を染めたように、二人の兄も別の手でこの国を生かそうとしている。
二人とも、隠そうとしているが本気で調べればわかる。
……二人の兄を仲間に引き入れるにあたり、まず兄たちのことを徹底的に探った。
だから、兄たちが本気で国を救おうとしたことに気付けた。ただ、優秀なだけなら、仲間にしようなんて思わない。
「タクム兄さん、あなたは魔剣騎士団なんてものを結成し、武力をもって隣国を攻めようとしている。その先に未来はない。たとえ、一時的に戦況を優位にできても、精鋭たちはすぐに瘴気で壊れ、使い物にならなくなる。その先に待っているのは絶望的な戦力差と、苛烈な報復だ」
「……そうであっても、このまま搾り取られ、干からびていくよりはましだろうよ」
兄は武勲に優れ、その道で国を救う道を目指した。
この国は貧しいながらも、魔物との戦いに明け暮れており、兵たちの練度は高い。
キナル公国には劣るだろうが精鋭揃いだし、兄自身は黄金騎士にも匹敵する。
だが、それでも足りない。
さらなる力を求めてたどり着いたのが魔剣。
精鋭たちが、強力であるが瘴気によって身を蝕まれる魔剣を使えば、最強の軍団が出来上がる。
その最強の軍団を持ってかつて奪われた土地を取り戻す。
それこそが兄の描いた夢。
しかし、それが成功するとは思えない。
最初は優勢でも、すぐに魔剣によって精鋭たちは壊れる。
「そして、アガタ兄さん、あなたは隣国より、強い国に隷属し、庇護を求めようとする。この国を売り渡すことで救おうとした」
「やれやれ、僕のほうも気付かれていたか。そうだよ、それ以外にこの国を救う方法はないんだ。そこの筋肉バカが考えている手よりもよっぽどマシだと思うけど」
「俺は大して変わらないと思う。助けてもらうために、今度は何を差し出すつもりなんだ。この国は姉さんを差し出して、その場しのぎの延命をして今がある。じゃあ、次は何を差し出すんだ? 最後には何もなくなって、今より悪くなる。どこかに属するというのはそういうことだ」
「……そうならないための外交だよ」
「ああ、アガタ兄さんならそこそこうまくやる。だけど、限界は見えているだろう。できるのは延命だ。この国を救うことじゃない」
アガタ兄さんの戦いはそこにあった。
だから、武力でことを進めようとしていたタクム兄さんが邪魔で仕方なかった。
タクム兄さんが動けば、この国は危険視され、アガタ兄さんの根回しなんて全部吹き飛ぶ。
「俺は、タクム兄さんの夢も、アガタ兄さんの夢も否定する」
二人の兄を否定した。であるなら、第三の方法を提示しなければならない。
「僕たちの方法を否定して、どうするんだい? 錬金魔術でこの国を救うとでも」
「そうだ。塩は手に入れた。それだけじゃない。錬金魔術の力を見せよう」
指を鳴らす。
すると、焼き立てのパンが届けられる。
小麦の甘い香りがするしっとりと柔らかく焼き上げられたパン。
ただのパン。
だけど二人の兄は目を見開く。
「白いパンだと」
「こんなの国にあるわけがない。いや、買ったんだろう。そんなはったりには騙されない」
痩せた土地では小麦なんてものはろくに育たない。
だから、この国ではライ麦か芋が主食だ。
「これも錬金魔術の力だ。ちゃんと、この国で育てた麦を使って焼いたものだよ。魔物の死体から、この土地でも麦が育つようになる肥料を作れる。それにこの麦は、病気や寒さに強く、三か月で育つ麦なんだ。信じられないなら、畑に案内するよ。錬金魔術なら、こんなこともできる」
兄さんたちはおそるおそるといった様子で、パンに手を付ける。
「うまいな。ああ、こんなうまいパンが我が国で食べられるとは思わなかった」
「錬金術とは、ここまで可能なものなのか」
この国で取れない小麦で焼き上げたパン。
俺の品種改良は育ちやすさだけじゃなく、味も重視している。
その味に感動して、言葉を無くしている。
よし、一気に畳みかけよう。
生活の次は強さだ。
「錬金魔術は生活を豊かにするだけじゃない。ヒバナ、おまえの剣をタクム兄さんに」
「いいけど、ちゃんと返してもらえるわよね?」
しぶしぶと言った様子でヒバナが、タクム兄さんに渡す。
鞘から剣を抜き、刀身を一目見る。
それだけで兄さんは、それが何かを見破る。
「魔剣、それも瘴気がない魔剣だと。それも、俺たちのものとは比べ物にならない!」
「それもまた錬金魔術だ。タクム兄さんの魔剣騎士団。その剣からすべて瘴気を抜くこともできるよ……いや、俺なら、一からもっといいのを作れる」
魔剣騎士団なんて、精鋭を使い潰すものを作りあげた兄さんにとっては驚愕そのものだろう。
リスクなしで、それ以上に強い騎士団を生み出せる。
「もう一度、宣言しよう。タクム兄さんの選ぶ武力による救国も、アガタ兄さんの選ぶ隷属による救国も俺は選ばない。錬金術でこの国を豊かにする! 塩がある、麦がある。そして剣だ、豊かになった国を他国や魔物から守る力を生み出してみせる。これだけあれば救国はできる! そして、俺は救国だけで終わらせない。この国は、民は十分苦しんだ。だから、幸せになってもいい。ただ飢えないだけで満足はしない。目指すべきは興国だ!」
二人の兄は、それぞれの脳を全力で回転させた。
それぞれの視点、武力と政治で俺の夢の実現が可能か。
沈黙が続く、そしてなぜか二人同時に笑い出した。
「がはははは、これは傑作だ。俺が、俺の騎士団が命を捨ててでも為そうとしたことが、弟の錬金魔術、その一端にすら劣るとはな」
「あははは、そうだね。僕たちが命がけでやっていたことは全部無駄だったんだ! ヒーロの言う通りだよ。僕たちの方法じゃ、せいぜい延命。君のいう興国の前段階、救国すら為しえない。わかっていたさ、心のどこかで。それでも諦められなかった。でも、こんな形で、ヒーロに救われてしまうとはね……おかしい、どんな形であろうと国が救われれば喜ばないといけないのに。僕は悔しいよ」
笑い声なのに泣きそうな声。
俺が兄たちに秘密を打ち明けたのは、兄たちが全力で国を救おうとしていたから。
形は違っていても、その想いは一緒。
だから……。
「兄さんたち、頼みがある。俺に任せるなんて、今までのことが無駄なんて言わないでほしい。力を貸してほしいんだ。俺はこの豊かにしうるものを作れる。だけど、タクム兄さんのように、みんな率いて戦うことはできない。アガタ兄さんのように、うまく諸国と立ちまわったり、民を導くこともできない。……錬金魔術は所詮、便利な何かを生み出すだけで、生み出すだけじゃ駄目なんだ。生み出したものをうまく使わないといけない。兄さんたちの力が必要だ」
「ヒーロよ、俺たちを使うと言っているのか」
「我が弟ながら愚かしいね。ここまでこけにされて、従うとでも」
「違う、兄さんたちが俺を利用しろと言っている。俺は兄さんたちの力を信じているんだ。タクム兄さんの武力を、アガタ兄さんの知力を、二人には勝てるだけの材料を渡せば、その力でこの国を救ってくれる力がある。……俺は裏方でいい。ただ二人のために必要なものを揃える。どちらが王になるかは、二人で話して決めてくれ」
本心からの言葉。
これで通じなければどうしようもない。
二人の兄は、俺じゃなくお互いの顔を見合わせ、それから頷き合う。
その表情は笑顔。
だけど、とてもとても苦々しい。
長い息を吐いて、つきものが落ちた顔で兄たちは口を開く。
「ったく。しょうがねえな。弟にそこまで言われたら、これ以上ガキみたいなことはいってられねえだろ。軍は任せておけ。王子ではなく、将軍としてこれからは振舞おう」
「僕もヒーロに力を貸しますよ。能力で負けただけなら、たまたま錬金術師の遺産を手に入れただけの子供なら、付き従う気はなかった。でも、器でも負けたなら協力するしかないですね。いいでしょう、ヒーロの夢、僕も乗りましょう。これからは大臣です」
「兄さんたち、それってどういう意味なんだ?」
「ああ、わかんねえか。王位継承権を放棄して、おまえの下につくって意味だよ」
「僕もだ。それが一番のこの国のためになる。平たく言えば、ヒーロを認めたんだ。……錬金魔術のことは口外しない。君は自らが信じるままに、この国を救う何かを生み出せばいい。そして、僕たちは僕たちの得意分野でそれを使って君を助ける。まあ、こんな情けない兄たちだけど、信じてはくれないか?」
二人の兄さんは、笑顔を向ける。
苦笑ではなく、本当の笑顔を。
そんな顔は今まで見たことはない。
本当にいいのか?
そんな言葉を飲み込む。
それは俺を信じてくれた兄への侮辱だ。
「頼む、力を貸してくれ」
「おうよ」
「ああ、任せてくれ」
こうして、初めてカルタロッサの三王子は一つになった。
これがきっと、カルタロッサ王国の救国……でなはなく、興国の始まりだった。
俺たちが三人力を合わせて、できないことはきっとない。
根拠はない、だけどそれは確信だった。