第九話:転生王子の大博打
城に帰り、体を清めてから着替え食事をとっていると兄たちから呼び出しを受けた。
塩の件だ。
森を抜けた時点ですでに深夜だったので、もう夜明けが近づいている。
それでも王子三人が集まり、会議を開くほど、我が国にとって塩は重要であり、この時間でも即座に動くぐらいに兄たちは、この国を良くしたいと願っている。
兄二人はそれぞれに国を良くしようと考え、行動している。
……俺のことを見下してはいるが、悪い人ではない。国を救いたいという気持ちが一緒であれば、力を合わせることはできる。俺はそう信じている。
ヒバナと共に会議室に向かう。
二人の兄と、その取り巻きたちがいた。
おさらいをしよう。
第一王子、タクム・カルタロッサ。
年は今年で二十八。筋骨隆々、顔つきは整っているがいかつい。武人の風格があり、この国において最強の男にして、魔物狩りを始めとした軍務を取り仕切る男。
全身に傷があるのは、魔物と戦い続けた証。
その男が、俺を強く睨みつけている。昼間すれ違ったとき、まさか俺が塩を入手しようとしているとは思ってもいなかったようで、それを気付けなかった自分、そして何も話さなかった俺に苛立っている。
彼が目指すのは武力による救国。かつて隣国に奪われた豊かな土地とそこに住む民を取り戻すことでこの国を救おうとしている。
第二王子、アガタ・カルタロッサ。
今年で二十二歳。端整な顔つきに、華奢なルックス、それを自覚し、武器とするための振る舞いを心掛けており、女性であれば他国の要人すら骨抜きにする。
この貧乏国にありながら、音楽や芸術に長け、卓越した話術を持つことから、外交関係を一手に引き受けて、内政においても重要な役割を果たしている。
頭が非常に良く、抜け目なく計算高い。今、実質的にこの国を運営しているのは彼と言っていい。
彼が目指すのは政治による救国。隣国より強大な国の属国になり庇護を受けることで、この国を救おうとしている。
どちらの方法もメリット、デメリットはある。しかし、間違いないのはこのまま何もしなければ、この国はなくなるということだ。
彼らは彼らに実現可能な方法での救国を目指し、すでに動いている。
「来たよ。兄さんたち」
武力と政治、それぞれを任されている兄たちに比べて、俺の立場は予備だ。
実質的には、何の役割を持っていない。
兄たちのような特化型と違い、武力も政治もそれなりに優秀どまりの俺は、その資質からも予備に適している。
今まで個人の裁量で出来る限り、開拓を手伝ったり、錬金術を勉強する一環で作った便利グッズを放出したが、国という単位でみれば、そんなものは誤差で自己満足の範疇から抜け出せない。
実際に国を支えている兄たちにとっては、取るに足らない存在。そう思われている。
だからこそ、今まで自由にやれた。
……まあ、アガタ兄さんのほうは、そんな取るに足らない弟が何かやろうとしていること、そしてそれは放置すれば自分の立場を揺るがすことを見抜いていたけど。
そんな自由な第三王子も塩を持ち帰ったとなれば無視できなくなるのだ。
兄さんたちを味方に引き入れるためには、成果という名のカードがいる。
その役割を塩が果たす。
「来たか、ヒーロ。単刀直入に聞く、その塩はどうした」
武人らしく、回りくどい交渉はせずに端的に聞いてくる。
「魔の森を抜けた先に海がある。そこに塩田を作って精製したんだ」
この場にいる全員の顔が驚愕に包まれる。
「それは真か」
兄の視線が俺を貫く。
「ああ。塩のために何人もの民が死んだ。塩に関することで嘘をつくほど俺は腐ってはいない」
塩のせいで、隣国から強請られてきた。
塩を買うための金を作るために、宝を売り、それでも足りなければ食料の備蓄を手放し、それが原因で餓死者が出たこともある。
この国を救うために塩の密輸をしようとして、道半ばで倒れた者もいる。そいつはどんな拷問を受けても、最後まで私利私欲のためであり国は関係ないと言い続け、絶えた。
この国にとって、自国で塩を得ることは悲願だった。
塩に関して、虚言を発するのは、涙を流してきたものたちへの侮辱に他ならない。
「ヒーロ、よくやった」
タクム兄さんは、俺を褒めた。
それは俺の成果を認めることになる、次の王を狙っているタクム兄さんの立場では愚手だ。
しかし、タクム兄さんは真っ直ぐな人で、評価すべきものは評価してくれた。
「塩の件でタクム兄さんに頼みがある。俺とヒバナの二人なら、魔の森を抜けられる。だけど、俺たちしかそれができないのは問題だ。俺たちに何かあったとき、塩が得られなくなるし、俺たちも塩にかかりっきりになるわけにはいかない。タクム兄さんの軍を貸してほしい」
予想していた展開とは違うが、軍の力を借りるという申し出をする必要はあり、その好機は今しかない。
「もちろんだ。明日、精鋭を選抜して遠征しよう。俺も同行する。案内してくれ」
「わかった。塩田へ案内する。それから、塩の作り方も教える」
タクム兄さんが直接鍛え上げられた兵なら期待できるな。
あっさり協力要請が承認され、肩透かしを食らった感じがするが、うまくいっているのなら問題はない。
「待ってくれ。タクム兄さんもヒーロも、正気なのかい!? あそこはコンパスも通用しない、一度入れば、方角すらわからなくなる魔の森、それに、どれだけ危険な魔物がでると思っているんだい!? この国はぎりぎりだ。兵を無駄死にさせるわけにはいかない」
アガタ兄さんが慌てて口を挟む。
……こっちはわかりやすいな。
俺が大きな成果を得て、そしてタクム兄さんも、塩の安定供給に大きく貢献するのは、アガタ兄さんにとっては面白くない。
だけど、邪魔はさせない。塩の安定供給には、軍の力がいる。
「アガタ兄さん、安心してくれ。そのために二つのものを作った。魔力針と、魔除けの香水。魔力針は、対になる魔石を針がさすから方角がわかるし、距離もある程度分かる。これがあれば迷わない。魔除けの香水を使えば、魔の森にいる魔物十一種のうち三種を除いて、近づいてこなくなる。残りの三種は精鋭部隊なら対処可能だ。魔物に関する情報と対応策を書いた資料は用意してある……もっとも新種がでたときはどうなるかわからないけど。そこまで懸念していれば何もできない」
「同意だ。なにより、ヒーロは自らの騎士と二人だけで踏破して見せた。魔力針と香水の威力は証明されたようなもの。それとも、ヒーロたちにできたことが我が軍にできないとでも? もしそう言っているなら、我が軍への侮辱と受け取る」
鋭い眼光を向けられて、アガタ兄さんが一瞬、怯む。
この眼光はもはや凶器だ。
「でも、タクム兄さん、ヒーロの話が本当だって保証はない」
「アガタ、この量の塩を見て、疑う必要があるのか。海はあるのだ! あの忌まわしき魔の森の先に。ならば往くしかあるまい。塩の備蓄はもうほとんどない。来週には買いにいかねばならぬ。また、あの国に搾り取られるのか?」
「……わかったよ、賛成する。僕としても、塩の入手は最優先事項だってわかってるよ。だけど、ヒーロ。どうして、魔の森の先に海があるなんてわかったんだい? あんな危険な場所、確信がなければ行けない、探検して見つけたんじゃない、君は確信の元、向かったはずだ。それに、どうやってたった二人でこれだけの塩を一日で作った!? なんで魔の森を踏破するための道具が作れる。普通じゃない。昔からヒーロは優秀すぎて怖かった。だけど今回のは度を超えている。説明してくれ。でないと僕はヒーロを信じられない」
「ふむ、その件については俺も同意だ。ヒーロ、話せ」
どこか怯えを含んだ様子で俺をみるアガタ兄さん、試すようにして俺を見るタクム兄さん。
「話すには人が多すぎる。近衛騎士以外は下げてくれ。それが話す条件だ」
「いいだろう」
「僕もそうする」
そして、この場にいるのは王子三人と、それぞれがもっとも信頼する騎士だけとなる。
深呼吸して、頭を冷やす。
……兄さんたちとは血が繋がっている。
だけど、兄さんたちは腹違いの俺のことを弟とは思っていない。いや、腹違いと思っているかも怪しいからな。俺はある日、突然父さんがどこからか連れて来て、自分の子だと言った拾い子。
だから見下し、同時に時折見せる異質な力を恐れている。
それだけでなく、俺の救国と兄さんたちの救国は違う。お互い、そのことに気付いている。
ここにいる兄弟は、兄弟であっても敵同士。
それがわかっていて、あえて博打をする。
俺の秘密を、禁忌とされている錬金魔術を使っていることを二人の兄に打ち明けるのだ。
俺の望みを叶えるには、二人の力、武力と政治力が必要であり、力を借りる相手に隠し事をするなんて虫が良すぎる。ならば秘密を明かすしかない。
この博打に勝算はある。
兄たちは、この国を救いたいと願っている。
だから、俺に力を貸すことがもっとも国を救える勝算が高いと納得すれば、そのときは力を貸してくれるはずだ。
兄たちは名誉ではなく、自らの信念でもなく、実利を選ぶ、そういう人たちだ。
そう、俺は兄たちと、兄たちの国への愛を信じている。
兄たちに錬金術の力を認めさせる準備をずっとしてきており、塩は最後のピース。
今、この場で畳みかけて、錬金術による救国をするべきだと納得させてみせよう。
喉がからからと乾く。
そして、俺は取り返しのつかない一言を放つため、ゆっくりと口を開いた。




