タイムプロローグ
書きかけです。許してください。
やってしまった。
慣れない指で固まったまま動かないパソコン画面を見つめた。かれこれ三年は使っている中古なので、文句は言えないのだが、最近は拍車をかけて更に動きが悪くなった。
起動するだけでもカップラーメン1つは作れてしまうほどなのはどう考えても買い時としか言いようがない。
しかしいかんせん、私自身の雀の涙のような小遣いでは買い換えるなどと到底無理な値段であるということもまた受け入れなければいけない現実なのだ。
しかしそれよりもずっと酷い現実が私を真っ直ぐに見据えている。
とあるSNSの名前を変更することが出来ないのだ。
某青い小鳥が目印のSNSなら幾らでも可能なのに対してFというこの上ないシンプルなデザインのそれは無慈悲にも「変更不可能」と表示されている。
「あゝどうしよう…」
弱音の表記を頭がよさそうにしても(実際既に頭が悪い仕様になってしまったのだが)現実は変わらぬ。そんなことは知っている。しかし私は変えたい、この個人情報丸出し本名と、ついでに歪んだ性癖を変えたい…!
アカウントのトップ画像にはやたら自撮りの評価に厳しい日本の風潮を考慮した、実家の犬、ヘッダーにはこちらも何の不都合のないような画像(ネットで引っ張り出した空)にしている。
しかしアカウント名は某SNSでは本名にしないと貼り付けにされて茹でられ、最終的にヤフオクで出品されるという眉唾ものの噂を信じ切ってしまったので本名で登録してしまった。
しかし、完全なるガセネタであったということを知って今に至るのである。
要はsnsのアカウント名をそのままの本名にしてしまい、好きな先輩のアカウントが覗けなくなったので、困っているのだ。
顔に青痣を付けたままそのままパソコンを閉じた。そしてそのまま、床に着いた。
私の名前は餅屋最中。
和菓子が好きそうとよく言われるが好きな料理はラーメンで、甘いもの全般は好きじゃない。
中学時代は遊ぶことを我慢して、かなり勉強していたが何故か志望校に落ちてしまい、コンプレックスだらけのまま志望校より偏差値の落ちた滑り止めの高校に入学した。
あの陰鬱な桜吹雪から半年が経つけれど、小学生の時に書いた「理想楽土」とは殆ど掠りもしない高校生活を送っている。
ちょっとした昔話をしよう。
私には昔、ある能力が備わっていた。
勿論今は昔の話なのでその能力を発動することは不可能なのだが、それは奇天烈で能力といっても役に立たなすぎたのが印象的だったので今でも覚えている。
それは通りすがりの周波数をキャッチして、左目で映像化させることであった。
キャッチした周波数を私は左目だけに写すというか、視ることができたのだ。
しかし、自由に発動させることはできず、視える時はそれは勝手に流れ出す。
真紅の夕焼け、なにかの武道大会で優勝して、周りがこの子は神童だと、崇め讃える映像から、ただただ海が映し出されることもあった。
その中でも心地良かったのは自身が誰かと一緒に遊んでいる映像だった。
その男は私と同じくらいの幼さだった時もあったし、私より随分大きい巨体だったこともある。見たことないような大きな日本屋敷で、ずっと二人で遊んでいる映像だ。その映像は良い夢でも見ているように心地よくまるで誰かに守られているような感覚で楽しくなかった現実を忘れさせてくれたのだ。
そしてその映像だけ、終わり際に唯一淡い線香と、香水の混じったそんなに不愉快ではない匂いがどこからともなくほんの一瞬だけ、まるで夢ではなく、忘れてほしくなさそうに鼻腔を霞めるのであった。
勝手に流れ出すということは、一時的に左目が使えなくなるので始めの頃は生活に支障が出た。
母は失明を恐れて病気へ連れていったが、特に異常はなく脳外科でも同じ診断をされた。
最終的に精神科に連れていかれて、次に何かみえたらその光景を絵に描いて欲しいと、医者にスケッチブックを渡された。
その日から視えたものの絵を描くようになったが、心地よいあの夢はなんだか無性に描きたくなくてそれだけは日記帳に書いた。
その心地よい世界を私は中学時代に「理想楽土」と名付けた。高学年になって、映像は見えなくなったものの心地よい夢だけは異常に見たかった。今思えば麻薬のようなものであったと思う。だから強烈で幸福で穏やかなあの記憶は今も大切に私の心を支配している。
能力については結局、最後まで分からなくてスケッチブックを渡されたあの日が、最初で最後の通院となったのだった。




