4 同窓生(前編)
ある日の、朝――。
「お姉さま、はい、しーーっ」
「ふみぃ~……」
時子お姉さまも、おしっこをします。
(あまりに当たり前のことではありますが)
床に置かれた『おまる』を使って、おしっこや大きい方をなさるのです。
もちろん、私がお世話をします。
本物の幼い子どものように、後ろから抱きかかえ。
裾も私がめくってあげて。
――ちょろろろろろろろろろろろろ……
「ふみぃ……ふみゅう……」
「ふふっ。お姉さまったら、いちいち、そんなお顔をすることないのに」
一日に何度もしていることであるというのに、まったく水臭いと言いましょうか。
お姉さまは毎回、真っ赤になって恥ずかしがるのです。
そうそう、これは余談でありますが――。
お姉さまの用足しは、厠では行いません。
これは、わざわざ厠までお姉さまを連れて行くのが面倒だからというだけでなく、
それよりも、安全の問題でした。
見てのとおり、お姉さまのお体は、『掴める場所』が少ないため、
おしっこのときに、よく手から落ちそうになってしまうのです。
たとえば、もし、用足しの最中に、くしゃみでもなさったら――。
つるりと手が滑って、そのまま落としてしまうことでしょう。
(事実、以前に一度、おまるの上に落としたこともありました)
そして――もし、それが、厠であったなら。
もし、あの四角く暗い穴の上で、この手を滑らせてしまったら!
汚らしい便槽の中へと、ぼっとん、と落ちてしまうかもしれないのです。
アア、想像するだけで怖ろしい……。
もし、あんなところに落ちたなら、病気にかかって、やがて死んでしまうでしょう。
なので用足しは、こうして部屋の中でするのです。
そのうちに、ちょろろ、という音も途切れます。
「全部、出し終わりましたか? 私はもうすぐ出かけますから、今、出しておかないと、あとでお困りになりますよ?」
「ふみぃ……」
やがて、私は外出の仕度を済ませます。
「それでは、夕刻まで出かけます。壁に鏡を立てかけておきますので、いい子で待っててくださいな」
「みぃ……」
鏡さえ見せておけば、お姉さまは何時間でも大人しくしていられるのです。
私は珍しく、余所行きの着物でお出かけします。
行き先は、町の中にあるカフェーです。
洋風の戸を開け、モダンなつくりの店内に入ると、
待ち合わせの相手は、とっくのとうに来ていました。
「フミさん、こっちでしてよ」
「マア、佳子さま」
テーブルを囲んでいたのは、女学校時代の先輩がたです。
今日、来ているのは、計三人。
一人は、篠崎佳子さま。
時子お姉さまとは同級で、女学校では、よくご一緒に歩いていました。
あまり、よい言い方ではないのでしょうが、つまりは時子お姉さまの『とりまき』の一人というわけです。
残り二人も、似たようなもの。つまりは、お姉さまのまわりを、ちょろちょろとしていた先輩たちです。
名前は存じていませんが、顔には見覚えがありました。
三人とも、私をいじめていた人たちです。
『時子さまと親戚だなんて生意気だ』と、わざわざ手紙で呼び出して、意地悪をする先輩たち……。
ことに佳子さまは、良家の娘であることを鼻にかけ、いつも威張っている厭な女でありました。
「フミさん、こちらにおかけなさいな」
「ええ……」
女学校の人たちの中でも、彼女たちは、
私がとくに苦手としている人たちでした。
――でも、それは昔の話。
もう、違います。
私はテーブルにつくと、三人にこう言ってやるのです。
「先輩がた、ごきげんよう。お待たせしてしまったようで、申し訳ありません。
――お姉さまのお世話が長引いてしまったので」
私が厭味で言ったのが伝わったのでしょう。
佳子さまたちは、むっ、と眉を顰めていました。