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――――幕間4「牡丹餅(前編)」

 お姉さまのお秘密、その四――。


 この『はなれ』に台所はありません。

 なので、お食事を作るときは、母屋の炊事場を使うのですが――、


「……マア、フミさん」


 その際、大叔母さまと、ばったり鉢合わせることがあります。


「大叔母さま、ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう……。これから夕食のお仕度したく?」


 私はなるべく、彼女とは顔を合わせないようにしています。

 これは、私が大叔母さまを嫌っているからではありません。


 と同時に、大叔母さまが私を嫌っているからでもありません。

 むしろ、逆。


 大叔母さまが、私にうんと気をつかっていらっしゃるからなのです。


「フミさん、ちょうどよかったわ……。貴女、牡丹餅ぼたもちはお好き? ちょうど今朝、人からいただいたの」


 大叔母さまは私と顔を合わせるたびに、やれ菓子だ、やれこづかいだと、いろいろ物をくれたがります。


 やはり、実の娘を任せているから――ううん、




 娘を(・・)捨ててしまったから(・・・・・・・・・)




 その罪の意識で、私に物をくれたがるのでしょう。

 かつては『分家の娘』と、鼻もひっかけなかった私に、ことあるごとに優しくしてくれるのですが、その一方――。


 時子お姉さまには、一度も会いに来ようとはしません。


 薄情なものですが、邪魔にならないのは在りがたい限りです。

 はなれの近くをうろうろとされては、きっと気になって仕方ないでしょうから。


「それでフミさん、あの……時子の具合は?」


 一応、こうして気にする『ふり』をなさっていますが、本当はどうでもいいか、あるいは『早く、くたばってほしい』と思っているはずです。そのくらい、私にだってわかります。

 大叔母さまはきっと、


『――でしたら、今からご様子を見に来られては?』


 そう言われるのを、なにより怖れているのでしょう。

 お顔の色からうかがえます。なのでー―、


「ええ、ご安心を。すこぶる好調ですわ」


 私がそのように答えると、それ以上の言葉を封じるように、


「ああそう、よかった。じゃあ、これ2人でお食べなさい」


 と、早口で、もらい物の牡丹餅ぼたもちの包みをこちらに渡し、電光石火で母屋の奥へと引っ込むのです。

 そのお姿は、どこか滑稽なものでもありました。






 私は、大叔母さまのことを恨んだりなどはしていません。


 むしろ、感謝したいくらいです。


 だって、大叔母さまのおかげで――彼女が世話を私に押しつけたおかげで、

 私は時子お姉さまと、いつもいっしょにいれるのですから。






 私は、紙で包んだ牡丹餅ぼたもちを手に、お姉さまのもとへと戻ります。


「お姉さま、ただ今戻りました。――今日のお夕食ですが、牡丹餅ぼたもちにいたしましょう。甘いもの、お好きでしょう?」

「ふみぃ……」


 ちょっとした手抜きです。お料理をせずに済みました。


 お姉さまは、このようなお体で、しかも、ほとんど動かずに一日を過ごすからでしょう。

 あまりお腹が空かないらしく、特にお夕食は、いつも少ししか食べません。


 なので、牡丹餅ぼたもち1個だけでも、充分な量であるのです。


「それで、お姉さま――私のお膝で食べますか? それとも、お床で食べますか?」


 私がそう訊ねると、時子お姉さまは、




「ふみっ! みっ! ふみっ!」




 ほとんどなくなってしまった短い手で、ぱたっぱたっ、とたたみを叩くのです。


 おそらく、ご本人は、ばんばん(・・・・)っ、と大きな音を出したいのでしょう。


 ですが、お姉さまには、着物の袖をめくりあがらせ、ぱたっぱたっ、と音をさせるのが、今の精一杯なのでした。



 ――この仕草は『 床で食べたい 』という合図です。



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