――――幕間2「髪(後編)」
お姉さまのお秘密、その2。
時子お姉さまのお顔は、昔と変わらずお美しいです。
皆さまは、手足にこれほどのお怪我を負い、胴や背中も傷だらけであるのに、どうしてお顔が無事なのか、不思議にお思いかもしれません。
ですが、これには理由があるのです。
お姉さまが砲弾の爆発に巻き込まれた際、その拍子に、泥の中に首から上を突っ込んだため、こうしてお綺麗なままでいれたのです。
そのときのお姿は、きっとご無様なものであったのでしょうが、お姉さまにとっては(そして私にも)まさしく奇跡、まさしく僥倖と言えました。
それに、髪もお綺麗です。
お怪我の直後は毛のあちこちが焼けておられたとのことですが、病院にいる間にすっかり伸びて、今では以前のままの長い髪。
黒くて、艶やかで、まさしく烏の濡れ羽色。
私が櫛を入れると、ほとんど抵抗を感じることなく、すさあ、と先まで通ります。
まったく、お見事なほどの御髪です。
ですが、皮肉なことに(お姉さまの人生は、まったくもって皮肉だらけではあるのですが)、先ほど鏡を見ながら泣きわめいたのも、その黒髪のせいでありました。
髪のお手入れをしながら、私は理由に気づきます。
(ああ、そうだったのね――。手鏡で、傷痕の『はげ』が見えてしまったから……)
お姉さまの頭の左側には、細長いはげがありました。
それは、長さ5センチ、幅1センチほどの小ぶりの白い毛虫のようにも見えましたが(またも芋虫です。洒落ています)実際には傷で毛の生えなくなった箇所であり、足に見えるのも手術の縫い目。
砲弾の破片が、頭に刺さった痕なのです。
ほんの小さな傷痕で、普段は目立たず、長い髪に隠れています。
しかし、お姉さまの髪は、あまりに黒くて艶やかであるため、なにかの拍子で白い地肌の傷痕が、目立ってしまうことがありました。
お姉さまは、それが目に入ってしまったために、あれほど大騒ぎをしたのです。
「ああ、ごめんなさい、お姉さま……。すぐに直してさしあげますので」
白いお顔と、黒い髪。
このおふたつは、今のお姉さまにとって、最後に残された『美しい箇所』でした。
つまりは、絶対に失いたくない宝物。
それを損ねるはげ傷など目に入れば、悲鳴を上げてじたばたするのも当然でしょう。
「ほおら、もとのお綺麗なお姉さまです。もうお厭なものは、ないないしました」
私が櫛を使って、にっくき白毛虫めを隠してあげると、お姉さまは――、
「ふみゅぃ~」
と、心の底から安堵したお顔となり、まるで昼寝する子猫のような声で、私の名前を呼ぶのです。
その後、うんとゆっくりゆっくりと髪のお手入れを続け、それが済んだのち、私とお姉さまは――、
ただ、ぼうっと時間を過ごします。
まだ、ほんの昼過ぎでしたが、
窓から淡い日の差す中、膝にお姉さまを乗せたまま、
なんにもせずに、日暮れまで。
どうせ我々二人には――とくに時子お姉さまには、ほかにすることなんてありません。
だから、触れ合う互いの感触が世界のすべてでもあるかのごとく、二人は暗くなるまで、じっとこのままでいるのです。
居眠りもせず、かといって、なにかをするわけでもなく。
時の流れから身を伏せるように。
「ふみぃ……みぃ……」
この私にとって、なによりも素敵な時間です。
それは言うまでもないでしょう。