表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

――――幕間2「髪(後編)」

 お姉さまのお秘密、その2。

 時子お姉さまのお顔は、昔と変わらずお美しいです。


 皆さまは、手足にこれほどのお怪我を負い、胴や背中も傷だらけであるのに、どうしてお顔が無事なのか、不思議にお思いかもしれません。


 ですが、これには理由があるのです。

 お姉さまが砲弾の爆発に巻き込まれた際、その拍子に、泥の中に首から上を突っ込んだため、こうしてお綺麗なままでいれたのです。


 そのときのお姿は、きっとご無様なものであったのでしょうが、お姉さまにとっては(そして私にも)まさしく奇跡、まさしく僥倖と言えました。



 それに、髪もお綺麗です。

 お怪我の直後は毛のあちこちが焼けておられたとのことですが、病院にいる間にすっかり伸びて、今では以前のままの長い髪。


 黒くて、艶やかで、まさしく烏の濡れ羽色。

 私が櫛を入れると、ほとんど抵抗を感じることなく、すさあ、と先まで通ります。


 まったく、お見事なほどの御髪おぐしです。


 ですが、皮肉なことに(お姉さまの人生は、まったくもって皮肉だらけではあるのですが)、先ほど鏡を見ながら泣きわめいたのも、その黒髪のせいでありました。


 髪のお手入れをしながら、私は理由に気づきます。



(ああ、そうだったのね――。手鏡で、傷痕の『はげ』が見えてしまったから……)



 お姉さまの頭の左側には、細長いはげがありました。


 それは、長さ5センチ、幅1センチほどの小ぶりの白い毛虫のようにも見えましたが(またも芋虫です。洒落ています)実際には傷で毛の生えなくなった箇所であり、足に見えるのも手術の縫い目。

 砲弾の破片が、頭に刺さった痕なのです。


 ほんの小さな傷痕で、普段は目立たず、長い髪に隠れています。

 しかし、お姉さまの髪は、あまりに黒くて艶やかであるため、なにかの拍子で白い地肌の傷痕が、目立ってしまうことがありました。


 お姉さまは、それが目に入ってしまったために、あれほど大騒ぎをしたのです。


「ああ、ごめんなさい、お姉さま……。すぐに直してさしあげますので」


 白いお顔と、黒い髪。

 このおふたつは、今のお姉さまにとって、最後に残された『美しい箇所』でした。


 つまりは、絶対に失いたくない宝物。

 それを損ねるはげ傷など目に入れば、悲鳴を上げてじたばたするのも当然でしょう。


「ほおら、もとのお綺麗なお姉さまです。もうお厭なものは、ないないしました」


 私が櫛を使って、にっくき白毛虫めを隠してあげると、お姉さまは――、


「ふみゅぃ~」


 と、心の底から安堵したお顔となり、まるで昼寝する子猫のような声で、私の名前を呼ぶのです。





 その後、うんとゆっくりゆっくりと髪のお手入れを続け、それが済んだのち、私とお姉さまは――、


 ただ、ぼうっと時間を過ごします。


 まだ、ほんの昼過ぎでしたが、

 窓から淡い日の差す中、膝にお姉さまを乗せたまま、

 なんにもせずに、日暮れまで。


 どうせ我々二人には――とくに時子お姉さまには、ほかにすることなんてありません。

 だから、触れ合う互いの感触が世界のすべてでもあるかのごとく、二人は暗くなるまで、じっとこのままでいるのです。


 居眠りもせず、かといって、なにかをするわけでもなく。

 時の流れから身を伏せるように。



「ふみぃ……みぃ……」



 この私にとって、なによりも素敵な時間です。

 それは言うまでもないでしょう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ