15 おでかけ(中編)
「あら先輩がた、おまたせしてしまったようですね」
町のカフェーに行くと、すでに篠崎佳子さまたち
――つまりは女学校時代の時子さまのとりまき三人組は、すでに席についていて、
カフェーの湯気も消えていました。
私は、口でこそ「おまたせしてしまったようですね」などと言いましましたが、本当はわざとです。
わざと、うんと待たせてやったのでした。
私をいじめていた、いばり屋の先輩がたをこうして待たせてやるのは、ちょっとだけいい気分です。
勿論、今ごろはなれで何が起きているのか想像するほどの『いい気分』ではありませんが。
「アア、今ごろお姉さまは、戸棚の下でふみぃふみぃと泣いているんだわ」と想いを巡らせることに比べれば、こんな先輩がたのことなど、ほんのどうでもいいことでした。
きっと、お姉さまは棚の下で、ぴょこぴょこもぞもぞと這いずり回っているはずです。
そんな愛らしい芋虫姿のことを、ずっと考えていたために――、
「……フミさん、聞いていて?」
すっかり、話を聞き逃していました。
まあ、こんな人たちの話など聞かずとも、どうってことないのですが。
「マア、ごめんなさい先輩がた。時子さまのことを考えていたので、サッパリ聞こえていませんでした」
どうせ、たいした用件でないに決まってるのです。
三人の先輩がたは、あまりに礼を失した私の態度に面食らってはいたようですが、とはいえ
時子さまのお世話をするこの私の機嫌を損ねることはできぬと、
叱りもせず、がんばって平気な顔をよそおっていました。
滑稽なことです。
「……まあ、いいわ。
フミさん、こちら皆から預かってきたお手紙。
それと、いつもの寄付のお金よ。こっちが着物」
ほら、やはりたいした用事じゃありませんでした。
この三人や、女学校の卒業生たちは、こうして“ほどこし”を用意することで
「自分は悪くない」
「自分はいい人間だ」
と思い込もうとしているのでしょう。
醜いことです。
ただでさえ篠崎さまたち三人などは、良家の子だけあって栄養状態がよろしいというのに、その性根が顕れてのことなのか、
狸や野良犬や鼠のような、汚らしいお顔をしていました。
中でも、鼠の郷田さまなどは女学校時代、寄宿舎の屋根裏に潜んで、時子さまのお部屋を覗いていたというお噂の持ち主。
そんな突拍子も無い噂、さすがに誰も真に受けてはいませんでしたが、それでも下級生たちは面白おかしく話の種にしていました。
その貧相な顔つきと、陰険な性格のせいで、そんなつまらない嘘の広まったのでしょう。自業自得というものです。
――話は脱線してしまいましたが、ともあれ今、私の目の前にいる三人は、ひどく醜く、汚らしく、それに比べ、
家で私を待っているお姉さまは、想像の中でもお麗しい。
今ごろは戸棚の下で、必死に上を見上げて泣いているに違いありませんでした。
つい、笑みが「フフッ」とこぼれます。
「フミさん、なにがおかしいのかしら?」
「いいえ、なんでも。では、ご用がないならもう帰ります」
私は会釈し、寄付や手紙の包みを手にして席を立ちました。
去り際に、鼠の郷田さまが
「そういえば、あなた最近、明智はなさんとよく会っていらっしゃるの? 最近、あの子、とみに評判悪くてよ」
などと言っていた気もします。
よく私はおぼえていません。
なぜって、このころになると、もう私のこころはお姉さまのことでいっぱいになっていたからです。
早く帰って、お姉さまの愛くるしいお姿を見たい。
ない手足をぴょこぴょこ動かしながら、ぴょんぴょん飛び跳ねようとするお姿を。
ふみぃふみぃ、と私の名を呼びながら泣いているところを見たい。
そんな、はやる気持ちで私はおうちに帰るのです。
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そして、帰った私が目にしたものは……
話は、もう少し続きます。




