14 おでかけ(前編)
前回までのあらすじ。
ある日、私は鏡を戸棚のいちばん上に置いて外出しました。
その間、時子お姉さまは鏡を見ることができません。
そう、私はその日、生まれて初めて他人に“いじわる”をしたのです。
――それも、だいすきな時子お姉さまに!!
そんな私を見て、明智はなさんは『ぼくとおなじく“いじめっ子”になったんだね』と笑っていました。私は憤慨しましたが、しかし……
あのとき戸棚の下で、必死にもがき泣きわめくお姉さま。
あんな、すこぶるお可愛らしい姿を見てしまい、私は新たな興奮に目覚めるのです。
それは、まるで地を這う虫が、蝶になって羽ばたくように――。
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そして今。
あれから、もう一ヶ月です。
あの日以来、私はちょくちょく、おなじ“いじわる”をするようになりました。
「お姉さま、それでは行ってまいります」
「ふみぃ! ふみぃ!」
お姉さまは、何度も私の名前を繰り返します。
何をおっしゃりたいのかは、わかっています。
鏡のことです。決まっていました。
「ふみぃ……!!」
「だぁめ。鏡は、戸棚の上に置いておきます」
そうです。
この日も私は、いつぞやとおんなじように
手鏡を、棚の一番上に置いたのです。
かつては「留守の間、これを見ていてください」と、床に立てかけておいた鏡をです。
つまりは、いじわる。
鏡をどうするかを聞いて、お姉さまは「ふみぃ」と恨みがましい目で私のことを見つめます。
怒っていて、悲しそうで、哀れっぽい、そんな目です。
この目をすることは、今の時子さまにとって、私にできる唯一の反撃でした。
アア、なんと可愛らしいコトでしょう!!
「うふふっ、あははっ。駄目ですよぉ。
だって、お姉さま、ゆうべの晩ごはん、すねた顔をして食べていらしたじゃありませんか。だから、これは罰なんです」
「ふみぃ、ふみぃ……」
必死に名を呼ぶ声を背中に、私はぷいっと玄関を出ていきます。
もちろん背中はゾクゾク震えていました。
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最近、私はお出かけのときは、いつもこう。
それどころか、このいじわるをするためだけに、意味もなく出かけることが増えました。
今日などは、篠崎佳子さまたち――女学校時代の時子さまのとりまき連中に会いに行くという、ほんとうにどうでもいい用事です。
前なら、くさくさしての外出でしたが、最近は違います。
はなれで、お姉さまがふみぃふみぃと泣きながら待っていらっしゃると思うと、それだけで心が躍るのです。
これが、のちにどんな結果を生んでしまうのか、
おろかな私にはまだ想像すらついていませんでした。




