――――幕間1「髪(前編)」
――時子お姉さまのお秘密、その1。
お姉さまは、一日に何十、何百という回数で、この私の名前を呼んでくれます。
ほら、こんな風に……。
「ふみいいっ! ふみぃっ! みいいいっ!」
「お姉さま、落ち着いてくださいませ。フミはずっとお傍にいますよ」
また、なにか鏡で厭なものでも見てしまったのでしょうか。お姉さまはさっきから私の膝で泣きわめき、暴れていました。
なくなってしまった手足を、必死にぱたぱたと動かしながら。
こんなときではありますが、私はこのお姉さまのお姿を、
『――マア、なんて愛くるしい』
と感じていました。
私も含めた多くの人は、時子お姉さまのお体を『芋虫』『幼虫』に喩えます。
ですが、決してそれのみではないと、この私だけは知っていました。
短くなった手足を動かすたびに、垂れさがっていた花模様の袖や裾はひるがえり、そのお姿はまるで大きな蝶のよう。
南国に棲むという、色鮮やかな特大の蝶々そのものでした。
地を這う幼虫の芋虫でなく、美しく羽ばたく大揚羽。
なんとも駄洒落めいた話ではありませんか。
しかも、着物の下では短い手足の傷大福が、
ぴこぴこ、と懸命に動いているのです!
その可愛らしいご様子に、私は思わず噴き出しそうになりました。
うふふっ。ああ、だってお姉さまの手足が――あの須永時子さまの手足が『ぴこぴこ』だなんて。
笑いは堪えていたつもりですが、抱きかかえているので腹の痙攣が伝わってしまうのでしょう。彼女はよりいっそう不機嫌に(そして愛らしく)じたばたと暴れ続けるのです。
ああ……。本当に、もう、くるおしいほどで……。
かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい
むしろ私のほうが、じたばたと身もだえしたいくらいでありました。
とはいえ、いつまでも愛おしんでいるわけにもいきません。
お姉さまをあまり不機嫌なままにしておくと、呼んでも返事をしなくなったり、ごはんを食べなくなったりと、面倒なことになるでしょう。
なので、こんなとき私のすることは、たったのひとつだけでした。
「お姉さま、お髪のお手入れをいたしましょう。ご機嫌直してくださいませ」
「ふみぃ……」
お姉さまは髪のお手入れが大好きです。
若い娘であるから当然だとも言えましょうか。私が櫛に手を伸ばすと、また大人しくなりました。
「ふみぃ……ふみぃ……」
「うふふっ、そうそう。お姉さまは聞き分けがおよろしいのでご立派です」
暴れていた原因も、やがて知ることができました。
――これもまた、その長くて艶やかな髪のせいであったのです。
幕間2「髪(後編)」へと続きます