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5 同窓生(中編)

「申し訳ありません。――お姉さまのお世話が(・・・・・・・・・)長引いてしまったので(・・・・・・・・・・)


 この短い言葉が、いったい、どう厭味であるというのか。

 これには少々、説明が必要であるかもしれません。

 つまりは……、



 ――皆の憧れだった須永時子を、私が『お姉さま』と呼んでいること。


 ――皆の憧れだった須永時子を、私がつきっきりで世話していること。


 そして、なにより、

 ――以上の二つについて、自分たちが、なんの文句も言えないこと。



 この三つのせいで、先輩がたは悔しい思いをしているというわけです。

 なんとも痛快ではありませんか。


 佳子さまたちは必死に表情を取り繕い、引きった笑顔で話を続けます。


「マア、フミさん、そうでしたの……。それでしたら仕方がないわ。――それより、こちら、女学校一同からのお見舞いでしてよ」


 そう言って、封筒と、ひとかかえもある風呂敷包みを見せました。


 中身がなにかは、わかっています。

 これを貰うのは初めてではなく、もう何度目か。


 封筒は、皆から集めたお見舞い金。


 そして風呂敷包みは、お姉さまが着るための、子供用の古着でした。


「マア、こんなにたくさん……」


 女学校の人たちは、皆、時子さまによくしてくれます。

 卒業生も、在校生も、こうしてお金や品物をくださったり、あるいはお手紙をくださったり。


 とくに、この篠崎佳子さまたち、同級の方々は、熱心にいろいろなさってくれていました。


 これは、憧れだった須永時子さまのお役に立ちたいという純粋な気持ちと、それから――、




 罪 悪 感




 自分たちが時子さまをおだてたために、こんなことになってしまったのではないのか。

 あの時子さまのさまは、自分のせいではあるまいか。


 ――そんな罪の意識を、少しでも薄めようと、必死にお金や着物を集めるのです。


 古着のはずの着物も新品がいくつも混ざってましたし、中には借金をしてまでお金をくれる人もいるのだとか。

 罪の重荷から目を背けるには、そこまでの努力が必要なのです。



 今、カフェーで目の前に座る佳子さまなどは、当時、近くにいた分だけ、大きな罪悪感を抱えているはず。


 噂では、最初に『兵隊になってはいかが』と言いだしたのは彼女と聞きます。

 たぶん本当なのでしょう。

 だからこそ、自らが中心となって苦労をし、見舞いを集めているのです。


 彼女が、私のところに封筒と風呂敷包みを持ってきたのは、これで三度目のことになります。


 そして、私はそのたびに、こう言ってやるのです。




「あらあら、マア……。


 う ち の 時 子 の た め に、 あ り が と う ご ざ い ま す 」




 先輩がた三人は、露骨に眉をけわしくさせて、私の方を睨みつけます。

 もちろん、少しも怖くありません。


 どうせ、なにも言い返せやしないのです。






 この篠崎佳子さまは、だいぶ前、『はなれ』に来たことがありました。

 私が時子お姉さまのお世話を始めて、ひと月も経たないころのことです。


 当時、時子お姉さまに直接会ってお見舞いをしたいという人は大勢いましたが、

 大叔母さまは、そのような客たちを全員、丁寧な言葉で追い返し、だれにも会わせないようにしていました。

(彼女は、実の娘の姿を『家の恥』と思っていたので、当然のことではありましょう)


 しかし、佳子さまが、

『自分は時子さまの一番の友人である』

『顔を見れば、きっと時子さまも喜び、元気になるはずだ』

 と、あまりに熱っぽく語るため、ついには大叔母さまも折れ、特別に奥へと通したのです。


 畳に寝転がる時子お姉さまのお姿を見て、

『一番の友人』である佳子さまは――、




 キャアッと、金切り声で叫び、走って逃げていきました。




 まさしく、おばけにでも出会ったかのよう。

 途中、腰を抜かし、胃の中のものを吐き戻し、ずるずると這って門から出ていきました。私が掃除をしたので、よく憶えています。


 しかも、佳子さまは女学校の人たちに、そのとき見たものを吹聴したのでしょう。

 それ以降、『時子さまのお姿を見たい』という女学校関係者は、ぴたり、といなくなりました。



『――時子さまが、あのようなお姿になってしまった』


 という恐怖から、直接会いたがる人はいなくなり、そして、


『――時子さまを、あのようなお姿にしてしまった』


 という罪悪感から、寄付や差し入れは、途絶えることがなくなりました。


 それはまるで、見えざる神に懺悔ざんげの供物を奉じるかのよう……。



 こうして、あれほど須永時子に恋焦がれ、崇拝の対象としていた少女たちは、

 今では唯一、この私という司祭を通してのみ、彼女の存在を感じ取ることができるのです。


 皆、そのようにすることを、自ら望んでいたのです。



「では先輩がた、本日はありがとうございます」

「ええ、フミさん。時子さまのこと、ちゃんとお世話するのですよ」


 佳子さまが先輩ぶった調子でそう言ったのが可笑おかしくて、私は思わず、けらけらと大笑いしそうになりました。


 腰を抜かして逃げた女が、よくもこんな生意気を口にできたものです。

 ともあれ――、



 私とお姉さま、二人だけ・・・・の物語に

 少なからぬ影響を与える人物の名を耳にしたのは、そんなときのことでした。



 カフェーでの別れ際、笑いを堪える私に、佳子さまは言うのです。


「ああ、そうそう。フミさん、貴女、明智はな(・・)さんという子をご存知でして?」

「はなさん? ええ、同級ですが……」

「その方から、貴女にお手紙を預かっていてよ」


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