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「守りたいもの」

作者: わびさび。

 決まって朝は、目覚めが悪い。


 夜更かししたとか、就寝する直前までゲームをしていた等の理由ではないと思う。


 授業が面倒くさいから?


 人と関わるのが面倒くさいから?


 恐らくは前者だろう。


 だけど、進学を希望している身なので、不用意な行動は取れない。


 寝間着から制服に着替えてリビングに降りる。


 テーブルの上には、いつもの様に母親が作ってくれた朝食が並べられていた。


 両親は共働きで、僕が起床する時間より早く家を出るので朝はいつも1人。


 幼い頃からそうだったので、寂しいという感情はもうない。


 普通の人ならこの静寂が耐えられなくて、テレビをつけると思う。


 だが、僕は余程のことがない限り、テレビは付けない。


 憂鬱な朝から、誰かが死んだとか、一般人が殺されたなどの情報は聞きたくないからね。


 朝食後は、身支度を済ませて、学校に向かう。


 通学路の途中に池があるので、ひと掴みの餌を投げ入れと、すぐさま鯉が池から顔を覗かせた。


 もう何百回とみた光景なので、今は何とも思わない。


 餌を鞄の中に仕舞い、ペダルに脚をのせて前へと進む。


 5分ほど経つと、お気に入りの川沿いが見えてきた。


 此処を自転車で走るのが入学した日から毎朝の楽しみだった。


 水の流れる音、鳥のさえずり、風を切る音の全てが五感に訴えてくる。


 僕はこれを存分に味わう為に余裕を持って家を出る訳だ。


 学校に到着し、いつもの様に駐輪場に自転車を停めて校舎に向かう。


 そして、午後まで授業を受けて来た道を戻るだけ。


 これを、繰り返しているだけの日々。


 そんな退屈な日常に終幕を迎える事が起きた。


 『都市化計画』についてだ。


 僕はその噂を聞いた時は、具体的な内容は知らなかったので、放課後、図書室のPCを使って調べて見ることにした。


 自分の住んでいる地域を検索バーに入力し、その後に続けて都市化計画と打つ。


 すると、幾つかの記事が画面に映し出された。


 それを、恐る恐るクリックしてみると、工事の具体的な内容が表示された。


 ざっと目を通してみる。


 この計画は僕が生まれる前から始動しており、来年から工事開始予定だのこと。


 さらに画面を下にスクロールすると、1枚の地図が掲載されていた。


 『森林伐採及び河川の鋪装範囲』


 その地図を見て、僕は衝撃の事実を目の当たりにした。


 僕が普段、通学路として使っている川沿いだけじゃない、鯉の住む池や、僕の近くの山が工事の対象に入っていた。


 今まで当たり前だった環境が失われると考えると、急にいてもたってもいられなくなった。


 この計画について更に理解を深める必要があると考えた僕は、この記事を印刷する。


 すると、ある女子生徒が僕に声を掛けてきた。


 「貴方もこの計画のこと気になっているの?」


 「あ、はい」


 「私は3年生の神咲かんざき まい貴方は?」


 「僕は2年生の上城かみしろ 淳基じゅんきです」


 「少し時間貰ってもいい?」


 「はい、大丈夫です」


 「じゃあ、付いてきて」


 先輩に言われた通りについて行くと、空き教室に案内された。


 そして、先輩はポケットから鍵を取り出し、施錠を解く。


 中に入ると、沢山の本とプリントが卓上に置かれていて、如何にも会議室って感じだった。


 「ここは?」


 「あの計画を中止させるための会議室よ」


 「あの計画?」


 「貴方の左手に握っているプリントのやつよ」


 そこで、僕がさっきまで『都市化計画』について調べていたことを思い出す。


 そして、今後どうなるか不安でつい、心に思っている事を口に出してしまった。


 「この町どうなるんですかね・・・・・・」


 「大丈夫、私と君の力を合わせてこの計画を止めて見せる」


 先輩は本気の様だ。


 僕も、昔からお世話になっている地域や自然環境を失うのは嫌なので、先輩に協力する事にした。


 「分かりました、僕も先輩に協力します」


 この日から2人で『都市化』を止める計画が始動。


 次の日から、沢山の資料を読み漁ったり、放課後や休みの日を使って住民の声を聞きに家を1件1件訪ねた。


 そして、夏休みに入ると『都市化計画』の中止を求める意見書と、沢山の人から頂いた署名を市役所に持って行った。


 しかし、担当者からこう言われる。


 「そう言えば、約20年前にも君達と同じ様に署名を持ち込んで来た人がいたな」


 ここで僕は、生まれる前から『都市化』防止計画があったことをここで初めて知る。


 「でもね、この計画はもう決まっている事だから、何をしても無駄だよ」


 そして、僕たちが一生懸命作った資料を1度も目を通さずに1枚ずつシュレッダーにかけ始めた。


 「待ってください!」


 僕がそれを止めようとするが・・・・・・。


 「君たちが無駄な資料を作るせいで、余計に自然が破壊されるんじゃないかい?」


 何も言い返す事のできない僕たちは、無心でそれを眺めることしか出来なかった。


 帰り道、重々しい雰囲気を変えようと先輩は僕の方を見てこう言った。


 「あきらめちゃダメだよ」


 先輩の目には涙が浮かんでいた。


 「はい、絶対阻止しましょうね」


 だが、受験勉強もあると言うことで、先輩との『都市化計画』を防止する活動は、この日が最後だとなる。


 先輩が卒業した後も1人で防止活動に取り組、何度も市役所に訴え続けたが、計画を防止する事は出来なかった。






 あれから10年――――。


 僕は、先輩の後を追いかけて、自然環境について学ぶ事のできる大学に進学し、自然に関わる会社に就職した。


 そして、高校から大学まで自然について一緒に考え続けた先輩と結婚し、今は1人の子供を持つ父親となった。


 結局、あの計画は阻止する事が出来ず、実行されてしまったけど、あの計画のおかげで先輩と出会うことができたし、つまらないと感じていた毎日がとても充実した物となり、考え方も変わった。


 過去を変えることは不可能だが、この子が将来、自分と同じ経験をする事が無いように現在の環境を守るために様々な場所で活動している。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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