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13.追手の気配

 時雨ときさめたちがステラと出会ったころ、メガロスの森の東側に二人の男が訪れた。


「おい、ここから真っ直ぐいけば、墓の方へ出るんだな?」


 荒々しくそう言ったのは、全身に無数のナイフを纏ったドワーフの男だ。

 硬質化した皮膚にナイフの刃が当たり、軽い金属音を立てる。

 ぎらついた眼差しで辺りを伺う様子はまるで獣のようであった。

 彼はマリスの部下であり、名前をマケリという。


「間に街があるが、方向は合っている。私の泥人形がそう言っている」


 艶のあるストレートの長髪を垂らし、冷たく言った男はボルボロス。

 神官のような装飾のついたエプロンをつけており、指輪を嵌めている。


「マリス様は殺してもいいと言っていたが、殺さずに捕えてえな」

「また気色の悪い趣味に使うつもりか」

「お前、知らないのかよ。果物しかり、野菜しかり、何でも皮の内側が一番うめえんだよ。特に動物の肉は死んだら血が固まって食えたものじゃねえからな。生かして捕えて、それから食わねえと」

「それを気色が悪いというのだ」

「あ、言ったなてめえ! 分けてやらねえからな!」

「いらん」


 言い合う二人の背後から、身の丈が成人男性の二倍ほどもある巨大な昆虫が姿を現した。

 森に巣食う『人食い虫マンイーター』である。

 虫はその手の鎌で、前を歩く二人を横薙ぎで一気に引き裂こうとした。

 しかし、振ったはずの鎌が二人を通り抜ける。

 何が起きたのか分からず、鎌を見ると、関節から先が無くなっているではないか。

 しかし、巨大といえど虫は虫であり、切られたことを理解できるだけの知能はない。

 残ったもう一本も、同じようにして、男達へと振った。


「さっきからうるせえよ」


 首元に投げナイフが数本、両目にも数本、胴体には無数に。

 『人食い虫』の大きな複眼を持ってしても見切ることすらできない速さで、マケリはナイフを放った。

 人間なら即死していたであろう傷の数であったが、虫は部位ごとに独立した神経節があり、この程度の刺し傷では体液も少量しか漏れ出さない。

 ナイフだけでは致命傷にならず、むしろ身の危険を感じて所かまわず暴れ出した。


「うお、気色悪い」

「お前ほどではない」


 今度はボルボロスの足元に灰色の魔方陣が現れた。

 泥で出来た人形が何体も現れ、『人食い虫』の体に覆いかぶさっていく。

 虫も初めは抵抗していたが、やがてドーム状に覆われるころには暴れる様子もなくなっていた。


「じゃ、ダメ押しにもう一発」


 その丸くなった土に向けてマケリはナイフを突き刺した。

 すると、土が大きく膨れ上がり、割れて、上空に向かって火柱が立ちのぼった。


「余計なことを」

「虫は焼くのが一番確実だな。そうだろ、クソロン毛」

「勝手にしろ」


 その晩、メガロスの森で、いくつもの火柱が上がった。




 ウィンドブロウの市場では、食料品や旅の道具が数多く売られている。

 街に冒険者ギルドがあるために、需要と供給が釣り合った結果こうなったのだろう。

 ギルドのメンバーへはアリアネが、事件は解決したことと、ステラは負傷で動けないことを伝えた。

 アリアネの報告を皆はそのまま受け取り、ステラを心配する声もあがったが、心配ないと一蹴した。

 しかし、業務に支障が出てはいけないので、誰か代役が可能な者はいるか、と声をかけたところ、皆は一様に受付を担当していた女性を指名した。


 時雨やムルカにあっさりと突破された鋼の人形を使う女性である。

 冒険者ギルドに二番手という役職はないが、実績や人望を加味すれば、彼女が適任であると全員から推薦された。

 ステラが戻るまで、最大で一年間の任期を設定し、アリアネは自分の権限で彼女を支部長兼館長の椅子に座らせた。

 手短に書類の手続きを済ませ、昼前にアリアネたちはギルド会館をあとにしていた。


「最近思ったんだが、屍って食料いるのか?」

「いりませんよ。体は宝玉の生命力が動かしていますから」

「……だよな」


 昨晩、宿屋で振る舞われた食事を口にしたものの、全く味がわからなかったうえに、空腹も満腹も感じられなかった。

 食事をする機能そのものが除去されていると考えるしかなかった。

 ムルカの魔法なら食事をする機構も作れそうではあるが、時雨とてそれほど食に固執しているわけではなく、食い扶持が一人分浮くのだからそれでもいいか、と納得していた。

 しばらく歩くと、丸まった紙を売っている露店を見つけた。

 人の良さそうな店主の後ろには、大きな地図が張りつけてある。


「地図はどの程度の大きさがあればいいですか?」

「ええと、そうだな。この先のことも考えれば、西側全てが載っているものがいいだろうな」

「わかりました。この地図、一部ください」


 ムルカは自分と同じくらいの長さのある紙筒を店主から受け取り、アリアネに渡す。

 その後、少しばかりの食料や水を買い、三人はステラの眠っている宿屋へ戻って、地図を広げて今後の具体的な予定を立て始めた。


「まずここが、ウィンドブロウだな」


 アリアネが地図の中央から少し右に印をつける。

 そのウィンドブロウの隣は森林地帯となっており、その奥には山岳が広がっている。

 時雨が目覚めた聖墓はその反対方向で、草原のど真ん中であった。

 あそこから三日歩いてこの街についたところから距離を計算すると、森林地帯や山岳地帯がいかに広大であるか分かる。


 そもそも、地球と比べると大陸の面積が尋常ではなく広いことになる。

 縦の長さだけでも、ユーラシア大陸の二、三倍はあるだろう。

 こんな広大な土地で人は点々と暮らしているのだと、アリアネは言う。

 魔物は主に大陸の東側に存在しているが、たまに西側へと侵入してくることがある。

 それらを発見し次第、駆除する役目を担うのが魔人であり、神の子テュポンの組織した『軍団レギオン』である。

 そして打ち漏らした小さく弱い魔物は冒険者たちが狩るという二重構造になっており、これによって最低限の平安が保たれているのだ。


「それで、アンダークレイという村は……」

「アンダークレイはここだ。ここからちょうど山岳を挟んだ向こう側。しかしこの山岳を馬鹿正直に越えていては何日かかるかわからない。少し遠回りになるが、外側を迂回しよう」


 アリアネはメガロスの森や山岳の外側をなぞるようにして赤い線を引く。


「本当なら馬を使いたいところだが、メガロスの森には人食い虫がいる。あいつらは馬が好物だ。大群に襲われたら自分の身は守れても馬を守ることは難しくなるだろう。アンダークレイでも馬は借りられる。わざわざエサを連れて行くこともあるまい」

「意外と近いんだな」


 時雨は思わずそう言う。

 世界に三つしかないはずの宝玉が偶然そんな近くに集まるなどということがあるのだろうか。


「村だからな。人の集落は大きな街から離れて生活できない。だからまあ、高山にある辺境の地ではあるのだが、最低限保たなければならない距離というものがあるのだ」

「ああ、いや、俺が言いたいのは、宝玉の近さの話だ。俺の方が移動しているんだから近くなるよな。さっきの発言は忘れてくれ」

「ん、そうか。だが、宝玉というものは運命を操るほどの力があると言う。推測だが、ガイアの復活を予見して集まろうとしているのかもしれないな」

「復活するとどうなる?」

「……全員死ぬだろうな。昔とは状況が違う。現在も生きている神の子はテュポンただ一人だ。五人がかりでやっと封印したものを一人ではどうすることもできないだろう」

「そんなに強いのか」

「強いさ。神話通りなら、魔物数百匹でも、あっという間に殺してしまうという。何せ神様だからな」


 そんな話をしていると、二階からテオが降りて来た。

 彼は昨晩から住処をこちらへと移したのだ。


「あれ、皆さん、おはようございます」

「おはよう、テオ。私たちはこれからアンダークレイへと向かう。メガロスの森や山は通らずに迂回してな」

「最近人食い虫が大量発生していると聞きました。通らないとしても、気をつけてください」


 あまりにも増えすぎた人食い虫を減らすために、冒険者のところへあちこちから駆除の依頼が来ているのだ。

 すでに何人かがパーティを組んで森へと向かったらしい。


「心配するな。私たちは強い。さあ、行こうか二人とも。宝玉を手にして追手を釣り出すぞ」


 アリアネはまさに威風堂々とした振る舞いで宿屋から出ていった。

 ムルカは折りたたんだ地図を手に、その後ろ姿を見て、ぼやいた。


「眩しいほどのリーダーシップです……」

「俺たちにはない物だな」

「勝手に仲間に入れないでください!」


 喧嘩しながら出ていく二人を、テオは礼をして見送った。


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