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12.大地の神話

「そのマリスというやつはどこにいる?」

「居場所は分かりませんけど、近いうちに会えるはずです」


 アリアネは気持ちを落ち着かせるように、深呼吸をする。

 いたって冷静だったが、焦りの色を隠せないでいた。


「……理由を聞かせてくれ」


 ムルカは何も答えず、つかつかと時雨ときさめの元へと歩み寄るとマントをめくった。

 胴の中央には緑色に輝く宝玉がはめ込まれている。

 言葉には出さないが驚くアリアネを見て、ムルカは言った。


「私がこれをマリスから盗んだから、です」

「ちょっと待て、なんでそんなことを? マリスは魔人なのだろう? 神の子の軍団を構成する、人ならざる者。そんな危険な人物から宝玉を盗んだのはなぜだ? そもそもなぜそんなことが出来た?」


 畳みかけるように質問するアリアネを、ムルカは手の平で押さえ留める。


「私は宝玉の力で助けたい人がいます。その人は重い病気にかかっていて、日に日に衰弱していっています。宝玉を集めれば助かるとは限らないんですけど、さっきアリアネが言ったように、少しでも助かる可能性があるなら、私はこれにすがるつもりなんです」

「だからって、危険すぎるだろう。恨みを買うぞ」


「承知の上です。多分ですけど、もうじき追手も来るはずです。マリスは秘密の隠れ家を持っていて、その居場所を知っているのは……」

「その追手だけと言うわけか。君がこの男を僕にした理由がよく分かったよ」

「トキサメは手違いで出て来たんですよ?」


 アリアネは「手違い……」と呟き、頭にクエスチョンマークを浮かべながら、時雨とムルカを交互に見る。


「ともかく、トキサメの体に埋め込んだ宝玉を取り返すために、マリスは必ず追ってきます。そして、アリアネは他の宝玉の場所を知っているんですよね?」

「利害の一致、というわけか」

「一緒に行きませんか? 私もアリアネがいてくれると心強いです」


「……今の私はとにかく時間が惜しい。冒険者ギルドの本部に呪術師の情報がないことを知っているし、人狼の仲間で私以上に詳しい者もいない。だから、情報が最も早く確実に手に入る経路は、君たちを追ってくるマリスの手下を捕まえて居場所を聞き出すことだ。君たちをエサにするようで心が痛むが、私でよければ同行させてもらえると助かる」

「こっちも助かりますよ、アリアネ。よろしく頼みます」

「ああ、よろしく。トキサメも、な」


 時雨は難しい顔をしながら言った。


「……今の話、というか、根本的に分かっていないことがあるんだが、この際解決しておいてもいいか?」

「何が分からないんですか?」

「神とか、神の子とか、魔人、とか。お前ら自然に使ってるけど、俺にも分かるように言ってくれ」

「君は記憶喪失か?」

「まあ、そんなところだ。正直、さっぱり分かってない」

「いいか、端的に説明するぞ。しっかり理解しろ」

「じっくり説明してくれとは言えないしな。よし、頼む」


 アリアネが話し始めようとした時に、廊下から宿屋の主人が声をかけた。


「何もステラちゃんの横ですることもないだろう。下においで。簡単な晩御飯を準備してあるから」


 四人は主人に連れられて、一階の食堂で席についた。

 パンやスープ、川魚を焼いた物が並んでいる。

 席につき、皆が食事を始めたところで、アリアネは話し始めた。


「……その昔、この世界が誕生した時、そこには何も無かった。『混沌カオス』の支配するただ暗黒の空間に、大いなる意思が『ガイア』という名の神を与えた。ガイアは無限の愛を以て空を作り、地を作った。しかし、それだけでは飽き足らず、さらに愛を与える対象を欲しがったガイアは、自分に似た姿の神の子として、五人の子供を産んだ。

クロノス、ヘラクレス、テュポン、サイクロプス、ヘカトンケイル。このうち、サイクロプスとヘカトンケイルだけは、醜い容姿をしていたために、それを嫌ったガイアが大岩の中へと幽閉してしまう。それをきっかけに、ガイアの横暴は加速していき、ついには自らの意思に反する生物を絶滅させようと考えた。

その中には魔物だけでなく、人間も含まれていた。弱くとも知恵を持つ人間に肩入れしていた神の子たち、クロノス、ヘラクレス、テュポンはサイクロプスとヘカトンケイルを救い出し、力を合わせてガイアと戦い、そして、打ち勝った」


 時雨はどこかで聞いたことのある名前がたびたび出てくることに既視感を覚えながら、頭の中でこの神話を整理した。

 否、整理しようとした。

 しかし、聞きなれない固有名詞のせいで思考が絡まり合い、もつれる。


「トキサメ、ここまでは分かったか?」


 表情から難儀している様子が伝わったのだろう。

 アリアネは一端話を中断して、時雨へと聞く。


「……ガイアってのが悪い奴で、その子供たちが良い奴だって認識であっているか?」

「分かっていないようだが、まあ、それでもいい。今話した内容は、所謂おとぎ話の部分だ。クロノスの宝玉も出てこないし、抽象的な表現ばかりで何も詳しいことは分からない。どちらが良い者でどちらが悪い者か、という話ではなく、ただ意見が合わなかっただけとも言える。この続きは歴史の勉強と複合的なものとなる」


 彼女はひとつ咳払いをして、続けた。


「……ガイアは、神であるために死ぬことはなかった。世界そのものが彼女の体で、この世界を壊す以外に彼女を倒す方法は存在しない。そこで、クロノスは自分の体を力の塊へと変え、ヘラクレスとテュポンの二人がその力を使い、永遠に出てこられない暗黒の空間へとガイアを封印したと言われている。

そして、救われた大地の住民たちは彼らを英雄とあがめた。英雄のうち、一人はすぐに人と袂を分かち、何処かへと姿を消した。もう一人は、こう言っては何だが、ろくでもない英雄だった。彼のことを悪く言う伝承が残っていないのは、彼が口封じのために皆殺しにしたからだとも言われている。そう言われても仕方がないほどに、彼は傲慢であった」


「ちなみに聞くが、そのろくでもない方というのは、まさかと思うが、聖墓を作られたりしていないよな?」

「それは知っているのか。彼の遺体は朽ちず腐らず、燃やすことも出来なかった。しかし、乱雑に扱って彼が怒りのあまり復活しては困ると、鎮魂のために聖墓を作った。侵入者を拒むためにいくつかの守護魔獣がいるとも聞いているが、何が居るかは、私は知らない」


 時雨の額にじんわりと嫌な汗がにじみ出る。

 『英雄としての立場を利用できる』と彼は言っていた。

 利用していたのは彼が傲慢だったからに他ならないではないか。

 時雨はいざという時使うために、自分が英雄の体である事は伏せておくつもりであった。

 この場合、言わなくて正解である。


「ちなみに、そいつの名前は?」

「ヘラクレス。古今無双の怪力を持ち、無限に近い生命力を持つ、ガイアの子だ」


 こうして名前を知れたことで、万が一にも『俺はヘラクレスだぞ』と名乗る心配はなくなった。

 しかし、ムルカはそんな男を甦らせようとしていたのかと思うと、恐ろしい話である。

 確かに強くても制御できなければ無意味だろう。

 死霊術に甦らせた死者をコントロールできる魔法でもあるのか、と時雨は勝手に納得した。


「ああ、そう言えばまだ魔人が出てきていないが、こいつらはどこで出てくるんだ? もう戦う相手もいないだろう」

「魔人は、もう一人の英雄であるテュポンが集めた力のある人間のことだ。さっき言ったが、ガイアは死んだわけではない。力の大きさゆえにいつ復活するか分からない状態にある。それに備えて人間の中から戦力を集めているんだ。飛びぬけた才能は、集団の中で必ず憂き目にあう。そうやってあぶれた者を集めて魔人と呼び、地位を与えて組織を作っているんだ。名を『軍団レギオン』と言う。私のところにもスカウトが来たことがあるから、この話は嘘ではない」

「入ったのか?」

「入っていたらここにはいない。私にはステラもいるし、一人だけ別の場所に行くという選択肢はなかった」


 魔人が単に才能を持つ者の呼び方であるとするなら、アリアネも魔人ということになる。

 その魔人の元にムルカは忍び込み、クロノスの宝珠を奪って逃げたというのか。

 目的のために手段を選ばないとはいえ、肝が据わっている。


「あ、あの……」


 皆の会話を聞くことに徹して、影すら消していたテオが宿屋について初めて口を開いた。


「皆さん、本当に危険な旅をしていらっしゃるのに、僕のような者がここにいてもいいのでしょうか。僕は仲の良い友達もいなくて、ただ一人で黙々と依頼をこなすだけの人間です。そうやって生きてきましたし、これからもそうだと思います。

目的もなく、ただ死なないために毎日を生きているだけの無価値な人間です。この場にいることが凄く心苦しいのです。僕はここで皆さんとお別れして、ギルド会館に戻ろうと思います。短い間でしたが、ありがとうございました。皆さん、頑張ってください」


 ずっとその文面を考えていたようで、テオは一気に喋りきり、すくっと立ち上がると、宿屋から出ていこうとした。


「少し待ってくれ。君には一つだけ頼みたいことがあるんだ」


 アリアネが引き留めると、彼は体を震わせて、大声で喚いた。


「む、無理です! 僕に出来ることなんて、何もありません!」

「落ち着け。君しか出来ないことなんだ。この先、いつになるかは分からないが、ステラが目を覚ましたら、私たちのことを話してほしい。ステラは何が何だか分からないだろうからな」

「そ、そんな僕じゃなくたって……!」

「君に頼みたいんだ」

「そんな……」


 アリアネは怯えるテオを優しく抱きしめた。


「心配することはない。君は今までずっと一人で何でもやってきた。何でも出来るんだ。出来ないことなんて何一つない」

「何でも……」

「そう、何でも」


 優しい言葉に勇気づけられたのか、テオの目は震えておらず、まっすぐにアリアネを見つめていた。

 心なしか、頬が赤らんでいるようにも見える。


「……分かりました。ステラ様が目覚めたら、僕が全て伝えます。伝えて、必ず安心させてみせます」

「うん、その意気だ」


 アリアネはテオの頭を撫で、ムルカたちの方を向いた。


「さて、明日の朝から出発するぞ」

「どこへですか?」

「宝玉のある場所だ。アンダークレイという辺境の村にある。地図は持っているか?」


 そう聞かれたムルカは、まだ地図を買っていなかったことを思い出して、しまったという顔をする。


「君たちは一体どうやって旅をしていたんだ?」

「……アリアネは持ってないんですか?」

「私は街から街への道を覚えていたから地図は持っていない」


 そのやり取りを聞いていた時雨が言う。


「出発は明日の昼だな」


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