第2話
皆様、お久しぶりでございます。今回は少しずつ少しずつ話を追加していきますので、この第二話がどのようなものになるのか楽しみにお待ちください。
前話よりも楽しくおもしろくをモットーに頑張ります。
第一章『騒がしながらも楽しい昼下がり』
あの例のSランク事件(奈々と凛太郎が付き合った記念日)から早くも一か月が経ち、凛太郎と奈々の関係は一言で言えば「幸」である。
国超に一日中いれば、奈々の「りん―」という甘い声色の言葉は数えるのが億劫になるくらい聞こえる、否耳に強制的に入ってくる。
その都度、言平や乙や橘の騒ぎ声も聞こえてくるが五人の仲は相も変わらず良いようだ。
この一か月間、二月が近づき本格的に寒くなってきたからかは分からないが、超人類関係の大きな事件もなく、ただ凛太郎と奈々の関係(もしくはイチャイチャなリア充がいる空間)に嫌気が差して精神に大きな傷を負う者が日に日に増えていったというのが大きな問題だった。
「お主等、もう少し抑えられないのかのう?」
そんな中で所長室に呼ばれた凛奈々カップルは部屋に入るなり所長につっこまれた。所長は続ける。
「いや、まあ一組のカップルが何をしようとわしの知ったこっちゃないが、お主等に関する苦情が山ほど寄せられておるからのう」
所長はやれやれと言った感じで凛太郎と奈々を交互に見ながらその小さな口からため息を漏らす。
「えー、べっっつにそんなのどうでもいいでしょ?」
明らかにむっとした表情で奈々が答える。
「…むう、どうでもよくないからこうしてここに呼び出しておるのじゃがのう」
「きーーー、うるさいうるさい!!私と凛の時間を邪魔するものは何であろうと許さないんだから!」
すっかり困り顔の所長に対して奈々は子どものようにすねた顔をする。奈々は凛太郎と付き合うようになってからより一層わがままになったというか子どもっぽくなった。
「まあまあ、奈々さん…」
と、いつものように凛太郎が奈々をなだめようとする。
「凛は私たちの時間が邪魔されてもいいの?」
奈々が怒りの矛先を凛太郎に向けきっと目つきを鋭くする。
「んー、それについてはノーコメントだけどここは一応職場だし」
もっともな理由で奈々を言いくるめようとする凛太郎。
ところで、凛太郎はあの事件以来国超に来る回数が格段に増えた。前は一か月に0.25回、要は四か月に一回来ればいい方だったのだがここ最近はほぼ毎日国超に来ている。
これは言うまでもなく奈々に会えるからである。が、もう一つ理由があった。それは新たな能力の研究のためである。
あの事件で覚醒した凛太郎の新たな二つの能力―――幻覚を見分けることができる『真実の眼』(トゥルーアイズ)と凛太郎が目視した超能力を強制解除することができる『王の権限』(キャンセラー)―――は凛太郎を一層対超人類へと昇華させた。
今まで凛太郎は幻術の類の超能力はどうにもできなかった。
今までの能力『黒き翼の強欲者』は二つの能力からできていたことが判明したのは皆さんも知っていると思う。ここでは、詳細を述べよう。まず、アクの『王の前では全てが無』で目前の相手の超能力を奪い、解析する。そして、ゼンの『大樹から生まれし生命』でその解析したデータをもとに奪った超能力を再現するのである。
ここで問題となるのはこの過程でまず凛太郎が相手の使う超能力を把握、ないしそれが超能力だと気付かなくてはいけない。だから、そもそも相手のそれが超能力だと気付けない場合は能力が使えないのである。そのため、幻覚だけは凛太郎にはどうもできなかった。
しかし、あの仕組まれていた事件が(計画通りに)功を奏し新たなステージに昇格した凛太郎。今まで苦手としていた幻覚に対抗できるだけでなく、『王の権限』という目視した能力であればいくらでもさらに距離も関係なく消すことができる能力も手にした。
であるから、国超としても凛太郎の能力はとてもよい研究素材になるのである。
そうして凛太郎の国超に足を運ぶ機会が多くなったのである。
「それにこうして呼び出されたってことは何か問題があるってことでしょ?」
さて、話が大きく逸れていた間に凛太郎は今回の呼び出しの核心に迫っていた。
「ふむ、さすがは寧々の子じゃ。少しは頭が回っておるみたいじゃの」
所長はうんうんと頷きながら凛太郎を褒めるふりをして少しけなす。
「ええ、まああの一件以来色々と自分のことに関して敏感になってまして…」
敏感になっていると言いながら所長のけなしには全く反応できていないのはあえてつっこむまい。
「問題ねえ…さっき所長も言っていたけど別に私たちがどうこうしようと他の人には関係ないじゃない!」
冷静な凛太郎とは打って変わり奈々は少し感情的に語尾を荒げる。
「さっき言ったのはあくまでわし個人の意見じゃ。お主等のリア充ぶりには周りの皆に一種の悪影響を及ぼしておるんじゃよ」
「そんな妬みなんか私達にはどうでもいいし!それに問題にするほど私達は被害は受けてないわよ?」
奈々は所長に反抗して自論を展開する。
「まあまあ…奈々さんはちょっと落ち着いて、ね?…たしかに僕たちは嫌がらせにも別れろーだのの暴言にも遭ってはいないのは事実ですよ?」
凛太郎は奈々を落ち着かせながら奈々に同調して所長に意見する。
そんな二人の意見に反応してかはたまた今から言おうとしていることに怒りを覚えてか所長は目を険しくして続ける。
「…被害を受けとるのがお主等だけであったならわしもわざわざ呼び出したりなどせんわ!」
「つまり、僕たちのせいで他の誰かが被害を被っているということですね?」
凛太郎は今の状況をまとめるために所長に確認を取る。
「そういうことじゃの…じゃが、しかしどこぞの他の誰かに被害が出ておろうがわしは無関心じゃ!」
所長は相変わらず不機嫌そうに口をふるふるさせている。
「へ?じゃあ、それこそなんで僕たちは呼び出されたんですか?」
「そうよ!別に所長に迷惑がかかって……ない…な…え?も、もしかして…」
奈々はここにきて一つの結論に至り、おそるおそる所長を見つめる。
「そのまさかじゃよ!このわし自身に被害が出ておるからお主等をこうして呼び出しておるのじゃよ!!」
怒りを爆発させた所長に「ひっ」と肩をすくめ凛太郎の後ろに身を隠す奈々。
奈々の予想は的中し、所長が凛奈々カップルの二次被害に遭っていることが判明する。所長はわなわなと拳に力を込めている。
「所長に被害が?…なんで所長に被害が出るんですか?」
「ふん、わしと奈々を見ればわかるじゃろ?」
凛太郎の疑問に答えるように所長はヒントを出す。
「所長と奈々さん?…」
凛太郎は言われたように所長と奈々を交互に見る。
「ふん」と腕組をする所長と凛太郎の横にひょこっと顔を出し所長の様子をうかがう奈々。
「あ!…あぁ…なるほど…」
数度目線を所長と奈々で行き来させた凛太郎は、ぽんと手を叩き納得した後に落胆した。
「分かってくれたか…わしの苦しみが…」
所長も凛太郎と同じように肩を落として悲しみを顕わにする。
「え?何々?私と所長がどうかしたの?」
当の奈々は所長がこの国超でどのように扱われているのかを知らないためかきょとんとした顔をしている。
「奈々さん、つまりですね…」
凛太郎が奈々に分かりやすく話している間に説明すると、所長はこの国超において大きな支持を集めている。その支持というか支持のされ方におおきな問題があるのだ。詳細は前の話の第二章に載っているため、ここであえて述べることは避けよう。
…つまり、所長を愛玩的に見ている人がこの国超には多くいるのである。一例をあげれば、『所長たん、まじかわゆす』。
ここで一つ確認しておこう。所長と奈々は全く同じ姿である。
ここまで言えば分かるだろう。分からない方は後で所長が話すことに耳を傾けてみよう。
「…と、言うわけなんですよ。」
さて、凛太郎も奈々に大方の説明が終ったようなので話を戻そう。
「な、なるほど…だからたまに陰から私のことのはあはあ言いながら見てる人がいたのね…おえっ」
奈々は自らに向けられていた姿形が同じ所長に対する偏った“愛”をひしひしと思い出し、顔色を悪くする。
「奈々はたまにで済んどるのかもしれんが、わしは…うう…」
所長もその“愛”を思い出したのか口を押えて言葉に詰まる。
この所長室にいる全く見た目が同じ二人の人間が(片方は幻覚だが)時を同じくして全く同じ感情を抱いていることのなんと神秘的なことか!…それが感動的な感情であったなら…。
「…ええと、つまり所長は今回奈々さんのせいというか…いやー、姿形が同じなのも一苦労ですね…」
凛太郎は所長に同情して言葉を濁す。
「…お主等に分かるか?毎日毎日毎日…わし宛てに名前のない手紙が届いて、中を開ければ『あんな野崎なんかに疑似的とはいえ、所長が汚されるなんて耐えられない。…ノザキ、ケス』といった内容の手紙が届く気持ちが…」
所長はその手紙の気味悪さの悪寒を自分の体を抱いて紛らわせようとする。
「は?…いやいや、へ?」
そんな所長など蚊帳の外に置き、凛太郎は一人手紙の内容を頭の中で繰り返し繰り返し再生していた。
『野崎なんかに……耐えられない。ノザキ、ケス』『ノザキ、ケス』『ケス…ケス……消す!』と。
「いやいやいや、それ実質僕が一番危ないじゃないですか!?」
さも、自分事のように所長は振る舞っているが蓋を開けてみれば実害を受けそうなのは凛太郎ただ一人だけであった。
「む、おお!すまんすまん、手紙自体があまりに気持ち悪すぎて内容までに頭が回らんかったわ」
先程までの表情が嘘のようにたははーと笑顔で頭をかく所長。すまんと言わんばかりに顔の前で手を合わせる。
「軽っ!?もう少し僕のことを心配してくれてもいいのに…。ってか奈々さんも黙ってないで少しは心配をしてくださいよ」
少しすねた表情をして奈々を頼る凛太郎。凛太郎も凛太郎で少しは奈々と恋人になってからはわがままが言えるようになってきたのであろう。
素直な『心配して』だなんて昔の凛太郎の口からは聞くことはできなかっただろう。
それはさておき、凛太郎が振り向いた先には体をくねくねさせながら顔を両手で押さえている奈々がいた。
「奈々さん??」
「凛が私を汚して…ふふ、凛ったらーそんなとこだめー。ふふふ、汚したいだなんて…」
目が輝きに満ちていた。
あっ…だめだ、と凛太郎が奈々を頼るのを諦めるのに時間は掛からなかった。
「で、具体的にはどうすればいいんです?」
あっちの世界に逝っちゃってる奈々を死んだ目をして脇目にし、すぐさま所長の方に振り返り凛太郎は訊ねる。
「ん?何をじゃ??」
目的語の主語を求める所長。話の流れてきには分かるものだと思うが、それが所長である。
「あー、僕と奈々さんは具体的にはどんな感じに振る舞えばいいんですか?」
「むう、そうじゃのうー…。しばらくの間は国超にいるときには付き合う前と同じ感じで居ってくれんか?」
少し悩んだ顔をして数刻、ぽんと打開策を持ち出す所長。まあ、妥当なところだろう。
「まあ、妥当なところですね」
今のままラブラブしていれば命の危険があるのだ。この策に乗る他ない。
刹那、凛太郎の脇からシュンと何かが所長の方へと走り抜けていく。
「そんなー。私達の幸せな時間がぁぁ」
いつの間にこっちの世界に還ってきていた奈々が所長の前で膝をつき残念そうに涙を浮かべる。
「そうは言ってものう…一応野崎の命がかかっておるわけじゃしのう」
「一応とかやめてくれませんか…」
全く…部下の命を何だと思っているんだとでも言わんような目で所長を奈々越しに軽くにらむ。
「で、でもでもっほら、ねっ!もうちょっと考えたらいい案も出てくるかもだし」
奈々はしどろもどろしながら必死に打開策を考えようとうーーん、と悩む。
「いや、もうさっきの案で決定じゃ。異論は認めん」
きっぱりと奈々の往生際のあがきは一刀両断された。
「そんなー…。凛はそれでいいの?」
ここぞと言わんばかりに凛太郎に助けを求め、両手を凛太郎の方へと伸ばしふらふらと歩み寄る奈々。
「所長が決めたことだし、それにね…きっとこれ以上こんなことに時間を割きたくないんだと思うんだ」
やんわりと奈々の救援要請を断る。が、奈々の頭を撫でるという考慮は忘れていなかった。よしよしとなでなでする。
「凛~。ま、まあ別に国超にいる時だけなら我慢できるし!うん、ほとぼりが冷めるまでね」
頭を撫でてもらえたからかすっかりおとなしくなり奈々も一応は納得してくれた。
「おお、よく分かったの。わしは自分の安全が確保できればそれでいいのじゃ」
そして、所長もかかかと高笑いする。
「いやいやだから息子の命が…そういえば前から思っていたのですが、所長と母さんって完全に同一人物なんですか?」
所長の排他的過ぎる自己防衛スキルはさておき凛太郎は素朴な質問をする。
「ん?どういうことじゃ?」
質問の真意が分からないのか所長は首をかしげる。
「いえ、母さんと所長の口調が全然違うなーと思いまして」
「あ、それ私も気になっていたのよね」
奈々も賛同したように事実所長はどこかおじさん臭い話し方であるが、寧々は全くそんなことはない。
凛太郎が聞きたいことは寧々の能力によって生み出された所長はどの程度寧々の支配下にあるのかということなのだろう。
「ああ、なるほどの。わしは寧々によってこの国超に設置された幻ではあるが、毎回寧々が直接操ったりせんし、わしが見聞きした全ての情報も寧々と同期でもせん限りわしに蓄積され続けるのじゃよ。まあ、これが寧々の能力の反動なんじゃがの」
所長は質問の意図を捉え、自己に関する情報を口にする。
「反動、つまり母さんは常に所長の言動を把握できないしそう簡単に直接操作はできないということですか?」
凛太郎もより深い質問を繰り出す。
「まあ、ある条件が揃わん限りわしの支配権はわしのものじゃよ」
「な、何?どういうことなの?」
理解できない奈々は放っておき、「つまり、ほとんど他人…所長は一種の意思を持った幻覚といった感じなんですね!」と、凛太郎はどこか興奮した様子で所長に歩み寄る。
「ふむ、たしかにこの国超においてわしはもう一人の野崎寧々といった位置づけになるのかの」
「へー、幻覚というよりはなんか分身って感じですね!」
「かか、たしかにの!それは言えておる!存外お主もこういう能力の話で興奮したりするのじゃな」
「からかわないで下さいよ。一応対超人類との身として情報収集をですね…」
「あー、照れ隠しはよいよい。ふむ、意外な子どもっぽい一面……寧々に報告せんとのー」
「え、やめて下さいよ…なんか照れくさいですし…」
「かか!母と子で何を遠慮することがある!存分にお主らしさを見せてやれば寧々も喜ぶであろうて」
「そ、そうですかね。まあ、その辺は少しずつですね」
あはは、と談笑する所長と凛太郎。
「あ、でも…」
ヒュン…ゴッ!!
口を開きかけた凛太郎が所長の視界から一瞬で消え、所長から見て左側の壁にめり込んでだ。
カタカタ、と壊れかけの人形のように所長が顔を右に向けるとそこには力いっぱい握り拳を前へ突き出している奈々がいた。
「な、奈々??」
恐らくは自分を差し置いて所長と楽しくおしゃべりしていた凛太郎が気にくわなかったのだろう。コフーと、人間離れした呼吸をしている。
「お、おい奈々?」
顔なんてもう、かの阿修羅像でも恐れをなして逃げ出すくらいの形相である。
「おーい…奈々、聞こえておるかの?」
ぎりぎりぎり…と悪夢を見ている人の歯ぎしりがかわいく聞こえるほど上あごと下あごをこすり合わせている。
「……かはっ」
遅れて凛太郎は口から赤っぽい液体を吐き出す。それはきっと昼に食べたミートパスタなのであろうし、そうであろうと信じている。
「あー、ごめんね凛太郎君?でも、凛太郎君が悪いんだよ?私と全く同じ姿の人と楽しそうにしてるんだもの。そうデスよね?所長?」
「デス」のところだけ発音が違ったのがまた恐ろしさを倍増させる。
目の前のリアル暴君にさすがの所長も「ひいっ」と体がこわばる。
「あ、ああああ、そそそうじゃの。わっわしもそう思うぞ」
「な、なんかこの感じ久し…ぶ……り…」
しーーーん。凛太郎は数か月ぶり何度目かの気絶を決め込む。
所長に送られた手紙と全く逆のシチュエーションの中、結果だけは同じく凛太郎は「消されて」しまった。
「うふ、うふふふふふふふふふふ…」
「あ、あははははははははははは…」
低い笑い声と、涙交じりのやけくそな笑い声が所長室への長い廊下に響き渡る。
―――「へ!?な、何?この笑い声…」
それは廊下の先にある扉の窓口にいた寧々にまで届いた。―――