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ヒューマンビーアンビシャス  作者: 憂上和也
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第1話~前半戦~

 この作品は自分の処女作であり趣味を大きく反映させたものになっています。そのため人によって大きく評価が変わってしまう可能性は高いです。ですが最後は皆様をあっと驚かせるような展開にしているつもりです。どうぞ最後までお読みになってください。

 前書きとしては短くなってしまいましたが、作者の私が伝えるよりも実際に読んでいただいた方が話ははやいと思いますのでぜひぜひよろしくお願いいたします。

 誠に勝手ながらプロローグとなる話である第1話は前半と後半に分けさせていただいております。

 では、まずは第1話の前半をお楽しみください。

 プロローグ『天使か悪魔か』

 人間。それは天使のように慈悲深く悪魔のように残忍になれる特殊な生物。天使になりたくば自らの意思に従え。悪魔になりたくば自らの本能に従え。さすれば扉は開かれん。

 2019年、某日。広島のある病院。その一室に寝ている少年が目を覚ました。眩しい蛍光灯に目を細める。

(ここはどこだ…ベッド…病院か…)

 体を起こし、自分の置かれている状況を把握しようとする。

(カーテン…薬棚…)

 目線だけを少し動かし、情報を得ようとする。そして自分の体に目線を落としたとき、彼は異変に気付いた。

「うわぁぁぁぁぁ…」

 彼の悲鳴が室内に響く。彼が目にしたのは夥しい量の黒い半透明な羽。

(なんだこれ、羽…なのか)

 彼はこんな量の羽がどうして自分のベッドにあるのか、より広範囲に渡って情報を求めた。

(天井…違う……どこだ、どこだ…)

「どうした、大丈夫か?」

 彼の悲鳴を聞きつけ、ドアを勢いよく開け一人の女の人が部屋に入ってきた。が、少年はそれどころではなかった。見つけたのだ、羽の出所を。ソレは彼が首を右へ向けたときに視界に映り込んだ。

 肩幅くらいある羽と同じ半透明の黒い翼。疑うまでもなく彼の背中から生えていた。

「な、何だよコレ。なんでこんなもんが…どうなってんだよ…」

「ちょっと君、落ち着いて」

 彼女は彼を落ち着かせようと彼に触れ声をかける。そこで彼は初めて彼女の存在に気付いた。

「これ…どうなってんだよ、俺…どうしちゃったんだよ」

 彼はベッドの脇まで近づいていた女の肩をつかんだ。

「なんだよコレ…あんた何か知ってるんだろ?教えてくれよ」

「分かった。教えるから、ね?落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかよ。さっさと教えてくれよ」

 彼は自分の身の異変に動揺を隠せない。かなり興奮している。女の肩をゆすり、鬼気迫る勢いで叫ぶ。

「なんでだよ…どうして俺がこんな目に合わないといけないんだよ!!」

「痛っ、もう…落ち着きなさいって言ってるでしょ」

 がばっと彼女は彼に抱きついた。

「えっ…」

 ―――抱きしめられたまま数分後、彼は落ち着きを取り戻した。

「すみません、もう大丈夫です。ありがとうございます」

 彼女は彼から離れ、恥ずかしそうにショートカットの頭をかいた。

「ニシシ、こーゆーことはお姉さんにまかせなさい」

 三十代後半の活気に満ちた人だった。軍服を着ていたため特殊部隊かそこらへんの関係者なのであろう。

「あの…」

「ああ、私姉ヶ崎奈々(あねがさきなな)っていうの。よろしくね」

「あ、僕は野崎凛太郎のざきりんたろうといいます」

 凛太郎がそう言うと、奈々と名乗った彼女は笑い声をあげた。

「アッハッハッハ、君興奮したら『俺』なのに普通は僕っ子なんだ、かわいいね~」

 凛太郎はかわいいと言われたからか一人称の呼び方を指摘された恥ずかしさからか顔を赤くし笑みをこぼした。

「うんうん、だいぶ落ち着いたみたいね、じゃあ…」

 奈々が急に真面目な顔をしたため凛太郎もつられて顔色を変えた。

「君に起こったことを説明していこうか。まず知りたいことは何だい?」

 さっきまでのやりとりで奈々への警戒心を解いた凛太郎は奈々へ質問をする。

「この翼はなんなんですか?僕には何にも覚えがないのですが…」

 凛太郎の質問を聞き、奈々が「やっぱり記憶が…」とぼそりと呟き、

「何も覚えていないの?」

 と、質問に質問を重ねる。

「ええ、何も。それがどうしたんです?」

 凛太郎も素直に答える。

「いえ、それならいいの。じゃあ、その翼について話すね」

 はいと凛太郎が相槌を打つ。

「その翼は君が超人類ちょうじんるいになった証、つまり君が持つ力の表れみたいなものよ」

 凛太郎は聞き慣れない言葉に首をかしげる。

「超人類って何ですか?」

「君のように何かしらの能力に目覚めた人たちのことをまとめて超人類と呼ぶの」

 凛太郎の質問に簡潔に答える奈々。

「能力ってこの翼のことですか?」

 凛太郎は自分の翼を見つめ訊ねる。

「ええ、詳しいことはまだ分からないけどその翼はあなたの力が生み出したものだと思うわ」

「そうですか…」

 凛太郎はこの翼は自分が生み出したのであると知り、驚きはしたが先刻ほど動揺はしなかった。

「あら、ずいぶんと簡単に納得するのね。普通こーゆー非現実的なことはそうそう受け入れられないわよ」

「ええ、まぁさっきあんなに取り乱しちゃいましたし、それに…」

 凛太郎はそれ以上口を開こうとしなかった。

「無理に言わなくてもいいし、それにまだ小さいんだから遠慮しなくてもいいのよ」

 奈々がハンカチを差し出す。凛太郎はいつのまにか涙を流していた。

「子ども扱いしないでください。これでも十二才ですから」

 ハンカチを受け取りながら必死に反抗し、涙をぬぐった。

「何か思い出したの?」

「いえ、これといって…知らないうちに涙が」

「そっ、まぁ強いて思い出せなんて言わないし思い出したとしても君の気持ちに整理がついて話してもいいと思ったなら、私に相談なさい」

「あ、ありがとうございます…」

 会って間もないが凛太郎は奈々の人のよさに惹かれていた。二才くらいのときに親に捨てられてからずっと孤児院で生活していた凛太郎。身寄りのない彼にとって奈々は母親のように温かかった。

 この人についていきたい、そう思った。

「あ、あの僕はこれからどうなるんですか?」

 拒絶されるのが怖くて遠回しに自分の今後を訪ねる。

「ん?あっ、アハハ…最初に言うべきだったね。忘れちゃってたよ。君はうちで保護することになったから。とりあえずは私の部下ってことになると思うわ」

 …母親というよりは姉なのかもしれない。でも、そんなことよりも凛太郎は奈々と一緒にいられるということが嬉しかった。

「はい!」

 疑問はまだまだあるし、自分が目覚める前の一定期間の記憶がないことにも気付いていた。でも居場所ができた凛太郎はそんなことはゆっくりと解決していける心の余裕が持てるようになった。

 その日から凛太郎の超人類としての超常的な日常が始まった。


 第一章『聖なる夜に』

―――六年後。2025年12月24日午後五時、夕暮れ時。見渡す限りの木、木、木。辺りはオレンジ色に輝いている。

 こんなクリスマスなのに、いやこんな日だからこそ凛太郎は仕事デートをしているのである。見ると短い髪を年相応に茶色に染めている。

 今回の仕事内容はある超人類の捕獲である。

 超人類―――ある日を境に突如生まれるようになった能力を持ち人類を超えた人類。今では全人口の六分の一を占めている。自分にとって好ましくない状況もしくはストレスなどにさらされ、それらに反発しようと強く願った時に力に目覚め超人類になることがある。しかし、たいていの力は使うのに反動を伴う。

 これが超人類について解明されていることだ。

 話が脱線したが、今凛太郎は捕獲対象と人三人分くらいの距離で対峙している。

 黒シャツを身につけ、黒い革ジャンをはおり、黒いジーパンに足を通し、サングラス。凛太郎は愛称を込めて、“くろ”と心の中で命名した。

「おいおい、ずいぶんとひょろいやつが出てきたな、俺様をナメテんのか?ああん?」

 ツンツン頭のくろは見た目に反せずそのままの中身である。凛太郎は目の前にいる異常に笑いをこらえるのに精いっぱいだ。

「そのなりで俺様とか…」

 ぼそりと呟く。プププといらない音も漏れたが。

「おいこらテメェ、まじナメテんのかぁ?テメェもさっきのやつらみたいになりてぇのか、あぁん?」

 どうやら地獄耳らしく、くろは凛太郎に威嚇してくる。が、凛太郎はいたって冷静である。冷静に状況をとらえている。

 さっきのやつら、つまり凛太郎が来る前にくろ捕縛の作戦にあたっていた人達のことであろう。

 凛太郎の見聞きしたところによれば、くろの被害者もとい凛太郎が来る前にくろの相手をしていた人達はみな火傷を負っていた。さらにくろに近付こうとしたときに急に足元で爆発が起きたらしい。

 つまりくろは爆発を生むもしくは爆弾を作る能力だということだ。

 だからこそ凛太郎がここに来た、というよりも奈々に命令されしぶしぶやって来たのである。

「久々のオフ日だったのになぁ」

 思わず愚痴をもらす。ため息をつき目線を落とす。すると視界の中にありえないものが飛び込んできた。否くろに投げ込まれた。

石。導火線のついた石。凛太郎はとっさに後ろへ大きく跳んだ。その瞬間その石が爆発した。一瞬反応が早かった分爆発からは逃れられた。

「なるほど、爆弾生成の能力か」

 呟く。

 爆発による煙が晴れてきたところでくろが声を荒げる。

「ハッ、大きな態度取るだけあって意外とやるじゃねぇか。俺様の『爆弾量産』(ボムマジック)をかわすとはなぁ」

 くろはその辺に転がっていた石を拾い右手に持つ。すると石から導火線が生えてきた。

「なるほど、そうやって作るのか」

 まるで情報を集めているようにまた呟く。

「どうだ?イカシた力だろう?今は石しか爆弾にできねぇがそれでもテメェを壊すには十分ってこったぁ」

「よし、分かった。それでは任務を開始する」

 最後にそう呟くと、凛太郎は顔を引き締め背中に力を込めた。

「なっ…」

 くろが恐れを抱いた顔つきで二、三歩後ずさりをする。それも無理はない。凛太郎の背中から二本のまがまがしく黒い翼が生えてきたからだ。それは片方で人を一人は包み込めるほど大きく異質だった。

 その恐怖の波動がくろの持つ石にも伝わったのか、石から導火線が消えた。正しくは凛太郎の力で消えた訳だが。

 それと同時に凛太郎の頭の中にある場面がフラッシュバックした。炎に包まれるビル。そのなかで燃えている刺青のはいった男。そして暗闇。

 導火線が消えたことに気付いていないくろが凛太郎めがけ石を投げつけた。…が、数秒経っても爆発は起きない。

「な、不発なんてありえねぇ」

 そう、これが凛太郎の能力。超人類相手なら敵なしの力。制限時間はあるが超人類からその人を超人類たらしむ能力を奪う力。この力を凛太郎は『黒き翼の強欲者』(アンフェア)と呼んでいる。

 反動として先ほどのように奪った対象が超人類になった原因となる映像が頭に流れる。凛太郎はこれが嫌でたまらないが、仕事だからと我慢している。

 呆然としているくろにたたみかけるように今度は翼から羽が一枚抜け落ち凛太郎が差し出した右手にふわりと乗る。するとその羽はみるみる姿を変え一つのものを形作った。

「ば、ばかな…それは俺様の…」

 それは導火線のついた石だった。

 先刻までとはまるで勢いがナイアガラの滝と小川くらい違うくろ。

「そう。お前の力は僕がもらった」

 もう何が何だか分からず思考停止、その場から動かなくなったくろめがけ凛太郎は奪った力を投げつける。とはいえ、殺すことは許されないためくろの少し手前に投げ込む。

 ドカン。

 案の定、必然的に石は爆発した。数刻後、晴れた煙の中に気絶し泡を吹いているくろを発見した。

「任務完了っと」

 数メートル後ろにいた回収班に合図を送り、凛太郎はその方向へ歩みだす。と共に翼を消す。


 ――回収班とすれ違い、少し林道を歩くと人道に出た。その脇に停めてあった車から一人の人が近づいてきた。

 最初は見間違いだと思ったがその異変は近づいてくるごとに確信に変わっていった。なんと近づいてきたその男はメイド服を着ていたのである。凛太郎は近くにあった木に手をつき、まるでおさるの反省ポーズのような格好をした。

「お疲れ様でした、凛太郎様」

 膝上十五センチのスカートの男が声をかける。

「お前の姿を見て、さらにどっと疲れたよ。七篠、奈々さんの命令だからって従うにも限度があるだろ」

 胸に赤色に輝く大きなリボンをつけた七篠と呼ばれた男、本名七篠言平ななしのごんべえは奈々の付き人である。

「いえいえ、奈々様の命令は絶対ですゆえ」

「お前がいいんならいいけどさ…」

 黒髪ショートッカットだがもともと中立的な顔立ちのため性別はよく分からない。普段は執事服なので凛太郎は男だと認識している。…が、

「まさかお前女だったのか?」

 突如凛太郎の腹部に激痛が走る。見ると七篠の拳がめり込んでいた。

「セクハラでございますよ、クソ太郎様」

 セクハラには鉄拳制裁とともに罵倒するのが正解らしい。

「てめぇ、体だけじゃなく心も壊すつもりか!?全く…暴力的なご主人さまに似て暴力的になるとかどこのペットだよ」

 売り言葉に買い言葉で凛太郎は七篠にけんかをふっかける。

「クソ太郎の悪口ならともかく奈々様や私の悪口は許しません」

「ついに様付けもしなくなったな…えっ」

 一瞬のことで頭が追い付かなかったが、気付くと凛太郎は地上九メートルのところでぶらさがっていた。凛太郎の命をつないでいるのは空中に生えている両手首だけだった。

「うわわ…高い高い怖いこわいこわい、ごめんごめんって」

 あまりの高さに錯乱している凛太郎にかなり下の方から声が届いてくる。

「ごめん?誠意が足りないと思いませんか?」

「分かったよ、ごめんなさい、僕が悪かったです。許して下さい」

 プライドもくそもない。が、落とされたら終わりだ。死ぬくらいならプライドなんて喜んで捨ててやる。それが野崎凛太郎であった。

「ずいぶんと腑抜けなのですね、このクソは」

(おいおい、ついにはクソ呼ばわりかよ…)

 視界が暗くなったと思ったら地上に戻ってきていた。

 これが七篠の能力『時空歪曲』(テレポーション)である。凛太郎が体験した通りその力は自身が触れているものを十メートル以内ならどこにでも一瞬で移動させることができる。しかしこのとき自分が対象と触れている部分も一緒に移動してしまう。反動は聞いたことはないがこうやって簡単に能力を使っているから、そんなに負担のかかるものではないのだろう。

 だからといって、

「なにも範囲ぎりぎりまで持ち上げなくても…」

 うっかり心の声を漏らしてしまった。

(しまった)

「おや、まだしゃべる元気があったのですね、この虫は」

 ついには人間ですらなくなった。

「まあいいでしょう、いつまでもこんなくだらないごきぶ…にかまってはいられません。さっさと奈々様の元にお戻りしたいのですが…」

「おい、今ごきぶりって言おうとしただろ。ってかもともと話がこじれたのはお前らのせいだろ」

「はいはい、話なら車の中で聞いてあげますから車に乗りましょうね」

 なぜかまるで凛太郎が駄々をこねているかのように扱い、それをなだめるように乗車を勧める。

「ったく、しかたねぇな」

 いやいやではあるが凛太郎は停めてあった車に乗り込んだ。七篠とはこうやって言い合いをするが、任務のたびに送り迎えをしてもらっているから仲は悪くはないのである。

「本日もお帰りは凛太郎様…失礼、セクハラくそごきぶり野郎様のご自宅でよろしかったですか?」

「全部盛り込んだな…ああ、今日も安全運転で頼むよ」

 七篠の運転する車はすっかり暗くなった道を進んでいった。車に揺られて任務(よりは七篠の相手)に疲れた凛太郎はうつらうつらしていた。

 もう少しで寝むれそうだったところでプルルルルという音に横槍をいれられた。

「凛太郎様、お電話でございますよ」

 電話は運転席にあったため、先に電話に出て少し話していた七篠が後部座席の凛太郎に受話器を差し出す。

「もしもし、奈々さん?」

七篠が電話相手を告げなくても凛太郎には相手が分かった。

「お疲れ、野崎君!」

 軽快な明るい声で奈々は話す。

「聞いたよ~うちの七篠にセクハラしたんだって?」

「いや、あんな格好させる方がセクハラですし。ってか任務より七篠の相手の方が疲れましたよ」

「ほほう、今の任務は刺激が足りないと?」

 奈々の声が少し低くなった。

「じゃあ野崎君、もっと刺激的な任務いってみる?」

「へ?いやいや、今日オフだったのに呼び出されたばっかりですよ?さらにまたなにかさせられるんですか?」

「ほほう、この私に口答えね…野崎君もえらくなったわねぇ」

 奈々の声がさらに低くなった。

「ねぇ野崎君、今日の任務ちょっと気抜きすぎてたんじゃないの?オフ日に呼び出されたからって適当に任務できるほどあなたえらくないのよー?」

「うっ、それは…」

 たしかに思い当たる節があるため凛太郎は言葉につまった。

「久しく会ってないけどこれは再教育しなきゃねぇ」

 再教育という言葉が聞こえたときに凛太郎の汗腺という汗腺全てから汗がにじみ出てきた。

「奈々さん、待っ…」

「それじゃ、野崎君。いい声で鳴いてね」

 奈々がそう言ったかと思うと凛太郎の耳に蛍光灯に虫が当たった時のようなバチバチ音が聞こえ、そこで凛太郎の意識は途絶えた。


 第二章『刺激のある一日』

「――はっ」

 凛太郎が意識を取り戻し目を開けるとそこは朝日が差し込む部屋の中だった。

 気を失ってから日にちが変わったようだ。

「あ、お目覚めですか。凛太郎様がなぜか気絶なさったみたいなので、勝手に凛太郎様のお家に上がらせてもらいました」

 東京の都会という都会から外れた静かな場所にあるアパートの一室。たしかにそこには凛太郎がよく見慣れた光景が広がっていた。

 ――二つ以外のことを除いては。

 一つは七篠がいること。こちらはさほど問題ではない。問題なのはもう一つの方。この家の主が手と足を縛られ床に転がされていることだ。

「おいこら七篠、これはどうゆうことだ?」

「ああ、それについては奈々様から伝言がございますので再生いたしましょうか?いもむし様」

「…相変わらず虫で例えるのが好きなんだな。いいよ、再生してくれ」

「かしこまりました、このハムがっ」

 虫以外で凛太郎を罵倒し、ふふんとふんぞりかえった七篠だったが、

「たしかにハムも縛られているけど、それ別に悪口になってねぇぞ」

と凛太郎に指摘され顔を赤らめてしまった。

「お前って意外とそうやって抜けたところあるよな」

とさらに追い打ちをくらいうつむいてしまった。

「こないだなんて…」

『あーあー野崎君、聞こえるー?』

 見ると七篠がこれ以上凛太郎にバカにされないよう録音再生ボタンを押していた。

『ほんとは今日再教育したかったけど、もう遅いから明日にするわね。七篠に今後のことは任せるわー。楽しみに待ってなさい』

 録音はそこで終わった。

「なんだよ…自分勝手だなー奈々さんは!鬼!悪魔!!同じ血の通った人間とは思えない」

 思わず本音を漏らしてしまう。凛太郎の悪い癖だ。

「はっ…待てよ、昨日でいう明日だから…」

「ええ、今日になるわねぇ」

 ありえない、ここで聞こえるはずのない声を耳にした凛太郎は声のした方におそるおそる体をねじった。

 そこには不敵な笑みを浮かべた奈々がいた。凛太郎の顔から光が消えた。

「…これはこれは奈々さん、ようこそわが家へ」

 凛太郎はか細い声と引きつった笑顔で客を迎え入れた。

「ええ、いらっしゃったわ~野崎君。それでね少し世間話なのだけどさっきね、無謀にも私の悪口を言ってた人がいたの」

「へ、へぇ…そんな命知らずな人いるんですね」

 凛太郎から尋常じゃない量の汗が溢れだした。

「ええ、そうなの。本当に命知らずね。ところでその人ね、幸運にも今身動きが取れない状態なのよ~。どうしようかしらね?」

 凛太郎の顔色は常人のそれと比べると赤身の肉とこげた肉くらい違った。もちろん凛太郎は後者である。

「まぁ、見逃してあげるのも…」

「死にさらせぇぇぇ!!!!」

 抵抗もむなしく奈々の拳が凛太郎のみぞおちに突き刺さった。

「いってぇぇぇぇぇ!!痛すぎますよ!?…あ、でもこれで再教育は終わりですよね?」

「ええ、そうね~」

 凛太郎の顔に少し生気が宿った。

「…私の分はね」

「へ?」

 再度凛太郎の顔には絶望の色が表れた。本当の地獄はこれからだったのだ。

「さきほどはよくも私をいじめて下さいましたね」

 今度は七篠の番☆

「まぁ、待て。話し合いで…」

「死にさらしなさい」

―――以下略。

「本当の本当にこれで終わりですよね?」

「ええ」

 やっとやっと解放される。

「…ここでの分はね」

「へ?」

「続きは別の場所で…ね♡」

 奈々は今更ながらかわいさを求めるようにウインクをした。

 もはやこの世に神などいない。あるのは暴力と独裁と支配のみだ。

「じゃあ、七篠あとはよろしく」

「かしこまりました、奈々様」

 奈々にお辞儀をし、くるりと凛太郎の方を向いた七篠の顔は凛太郎には人間には見えなかった。

 二日連続でスタンガンを受け気絶させられた凛太郎は七篠の車に運び込まれ、さながら出荷される魚のごとく奈々が指示した場所へと運送される。

 薄れる意識の中で凛太郎は初めて奈々に会った時に抱いてしまった淡い感情が間違っていたことを確信した。


 ―――数時間後、午後二時過ぎ。凛太郎はとある施設の駐車場に停まっている車の中で覚醒した。

「ここは…はぁ」

 凛太郎は現在地を把握したところでため息をついた。

 そこは国立超人類研究および訓練指導・指令発達所。名前の通り超人類を管理している施設である。長いから略して『国超』(こっちょう)と呼ばれている。

 しかし国超であるということは凛太郎にとっては幸運であった。なぜならここは奈々よりも偉い人がうじゃうじゃいるため、奈々もさすがに人前では凛太郎に暴力など振るえないからである。それだけで凛太郎は気分がだいぶ楽になった。

「お目覚めですね。奈々様は正門前でお待ちになっているそうです。お急ぎを」

「ああ、分かったよ。ただ今度からは逆らったりしないから移動するときにスタンガンはやめてくよ」

 凛太郎はまだひりひりする首元をおさえ、車から出た。

「後ろ向きに検討させていただきます。ではいってらっしゃいませ」

「前向きに頼むよ、じゃあまたな」

 後から考えると、ここで「また後で」とは言わずに「またな」と言った凛太郎は今からの自分の運命を本能的に察知したかのように思える。

 ともあれ、お辞儀をしている七篠に別れを告げ正門の方へ歩き出す。

 国超の構造上駐車場から正門までは歩いて十分ほどかかる。そのあいだに一番人が集まる大広場と一番人通りの多い中央通路を通らねばならない。凛太郎が国超が嫌いな理由はその環境のせいである。

 凛太郎が大広場に差し掛かったところで、『ねぇあれって…』『おい見ろよ、野崎だぜ』『珍しいなこんなところで』などという声が四方八方から聞こえてきた。

 というのも、凛太郎は国超にはほとんど顔を出すことがなく部活で言えば幽霊部員のような存在なのである。

 しかし、奈々の部下であることとその能力の強力さ故に国超では名は広い。中央通路を通った時にも先ほどのようにひそひそ声が聞こえた。

 そんなこんなで心を痛めながら正門についた凛太郎であったが、お目当ての人がいない。もちろん正門でも周りの話題は凛太郎でもちきりだ。

「奈々さんめ、待ってるんじゃなかったのかよ」

 凛太郎は自分への噂で立ち込めたこの空間にいることにそう長くは耐えれそうになかった。

 能力の特異さのせいで尊敬よりは畏怖の念を抱かれることの方が多い凛太郎。そのため友達と呼べるような存在などいなく寄ってくるのは物好きだけ。女の子など以ての外、奈々以外とはろくに話したこともない。

「しかし、それにしても誰も話しかけてくれないのぅ。このままでは凛太、孤独死しちゃうわい」

「勝手に人の心情をアテレコしないでください。ってか凛太っておかしいですよ?」

 凛太郎がツッコミながら振り向くとそこには奈々がいた。小柄で身長は一三九センチしかなく凛太郎よりも約三十センチも小さい。いわゆるロリ体型である。もちろん貧乳。髪は栗色で短い髪を後ろで一つにまとめている。言うなればぷちポニーテール。

 凛太郎が初めて会った時と姿かたちが違うのは奈々の能力である『肉体変異』(ゼロ・コンプレックス)の力である。反動として一度姿を変えると一年はその姿でしか生活できなくなってしまう。

「…奈々さん遅いですよ」

「すまんすまん、野崎よ。ちと用事があっての」

「ん?野崎?」

 凛太郎は変な口調と自分のことを野崎と呼ぶ奈々に異変を覚えたが、どんな痛い目に遭うか分からないので指摘するのはやめておいた。

「では、いくとするかの。ついてまいれ」

 中央通路を通る。もちろん『おい、みろよ…』、『まさか野崎…』、『ついに所長に直々に説教か…』とか『所長今日もちっちゃくてかわいい』、『所長たん、ハスハス…』とか『はあはあ、あの細い足で踏まれたい』等々中央通路は凛太郎から奈々…というよりは所長一色に染まった。

「はは、なんか変な声が聞こえるのぅ…あとで特定して…ふふふ」

 目が笑っていなかった。

 とはいえ、奈々が所長と間違われている理由があるがそれはすぐ後述しよう。

所長への変態がいることが分かった中央通路を抜け国超のメイン棟に入る。ここではおもに任務の発注、任務中の隊員への通信、各種事務などを行っている。

 機能上、ここには多くの人が溜まっている。しかし、皆それぞれ各種手続きをしているためか奈々と凛太郎に気付くものは少なかった。

 ここの他にもサブ棟や訓練所、寮などがあるがそれは追々説明することになるだろう。

「お疲れ様です、所長」

 メイン棟の一番奥の大きな扉の前で立ち止まった奈々はそこにいた警備の人にそう声をかけられた。

 先ほどから言われていたが所長とはつまりこの国超で一番偉い人のことである。奈々は去年能力を使った際に所長の姿を選択したのだという。声さえも同じらしい。今でさえ所長と間違われることが多いそうでもう間違われても訂正してないらしい。

(どうせ、皆にペコペコされるのが気持ちよかったんだろうな)

 と、奈々に知られたら半殺しにされそうなことを心で呟いた。

「そうそう、野崎はまだ所長には会ってないんじゃったかのぅ」

 ふいに奈々に声をかけられドキッとしたが別段怒っているようではなさそうなので凛太郎は安心した。

「はい、まだ会ったことはないですね。まぁ僕はほとんどここには顔出しませんし」

「ふむ、それもそうかの。おい、開けてくれ」

 と、警備の人に命令し目前の大きな扉を開けてもらった。

(それにしてもずいぶんと開くのが遅いな…)

 扉は見るからに分厚い。例のくろの爆弾如きではびくともしそうにない。

やっと開いた扉の中に入るとそこには長い廊下が続いていた。両側はすりガラスになっていて外は見えない。

「この先に所長がおるでのぅ。まぁわしとほとんど同じ姿をしておるからそんなに緊張はせんでもよいぞ」

「ああ、所長に会いにいくんですね」

 やっと奈々の目的を知り、安堵する凛太郎。

(なるほど、通りで厳重な警備だったわけだ)

 思い返すと扉の両隣に銃をもった警備員、それに扉のすぐ横には窓口みたいなのもあった気がする。

「でも奈々さん、所長に何の用があるんですか?」

素朴な疑問。

「まあ待て、それは会ってからのお楽しみじゃ」

奈々はそう言いふふふと微笑み歩き出す。凛太郎は少し嫌な予感がした。

 歩くこと五分。ようやく所長室らしき部屋のドアノブが遠くに見えてきた。

「それにしても長い廊下ですね」

「まあの、一応この廊下も防犯の役割を果たしておるのでのう」

 奈々にそう言われて凛太郎は所長も超人類であることを思い出した。

「そういえば所長の能力ってどんなのなんですか?」

「ん?おお、すまんすまん野崎は知らんかったんじゃのう。わし…んん、所長の能力は幻覚の二重能力デュアルスキルだそうだわい」

(今、わしって言わなかったか?)

 すぐ横にいる奈々への不信感が増していく凛太郎へ奈々が続ける。

「どうかしたかのぅ?なにか引っかかることでもあるのかえ?」

 じろりと凛太郎を見つめる奈々にぎくりとして、必死に話に答える。

「…いえ、ただ二重能力って珍しいなと思いまして……かっこいいですね」

 凛太郎が絞り出した所長への称賛になぜか奈々が照れたように顔を両手で覆った。

「て、照れるではないかっ。急に褒めるでない」

「なんで奈々さんが照れるんです?あ、自分の直属の上司の人が褒められてうれしいんですね」

 凛太郎にそう言われて奈々がはっとしたように咳払いをした。

「んっ、そうそうその通りじゃ。いや~所長はやっぱりすごいのう」

常人ならここまでの奈々の異変からある結論に至るのだが、凛太郎は普段から奈々に逆らうことを許されない環境の上極度の鈍感のため不信感を持つことに留まった。

「そ、それよりもじゃ。野崎よ、この廊下の外の景色はどう見える?」

 奈々が話を変えようとする。気が付くと二人は所長室の目の前まで来ていた。

「あれ?もう着いたんですね。話していると意外と早いですね」

「それもそうじゃが、まずはそこの窓を見てもらってもええか?」 

奈々はその所長室の対岸にある窓を指していた。その窓だけ透明で外が見えるようになっていた。

「へ~ここだけ見えるようになっているんですね」

 奈々に言われるがままにひょいと窓の外を覗いた凛太郎は唖然としてしまった。

「え?」

――そこは見渡す限りの闇。国超に着いてからそんなに時間も経ってないから夜になってるはずはない。ならばなぜそこが真っ暗なのか。凛太郎には心あたりが一つだけあった。

「で?どのように見えるのじゃ?」

 奈々が興味深々に聞いてくる。

「奈々さんもう一度詳しく所長の能力を教えてもらってもいいですか?」

 質問に質問で返したが、奈々はそれほど気にした感じはなくむしろ凛太郎が悩んでいる姿を楽しんでいるようだ。

「二重能力とは言ったわいのう。一つは『夢見る少女』(ザ・ドリーマー)でこちらは狙った対象のみに見せれるタイプの幻覚じゃ。もう一つは『思わぬ罠に注意』(ザ・トラッパー)でこちらは設置式じゃの」

 凛太郎は核心に迫る。

「今この窓にかけているのはどっちの方ですか?」

「うむ、後者の方じゃ」

(最悪だ…)

 ここで幻覚の能力について記述せねばなるまい。

 幻術には二つのタイプがあり、一つは対象のみに見せるもの。この場合対象は単数でも複数でもよい。もう一つはいわゆる設置タイプである特定の場所に幻覚をかけ、その場所を見た者、訪れた者に問答無用で幻覚にかけるもの。

 ここでさらに重要なことは設置タイプの幻覚のかけ方である。これも二種類ある。一つは能力者が見せたい映像を見せるもの。これはほとんどの幻覚能力者ができる。しかしもう一つのものは腕のある者にしか使えない。それは幻覚にかかった者の心を反映するもの。その者その者のその時の心理状況によって見える映像が人それぞれ違ってくる。

 ここで問題なのは目前のいや、目前にあるのかすら分からない漆黒はどちらによってかけられているのかである。

 凛太郎はおそるおそる奈々に答え合わせを申し込んだ。

「奈々さんには窓の外はどう見えていますか?」

「ん、なんてことはない。ただのお花畑じゃの」

 凛太郎は絶句した。二人いて見えている映像が違うということはこの幻覚は反映タイプのものであることが確定したのである。

「して、お前さんにはどう見えておるのかぇ?」

「…もちろん花畑が見えていますよ」

 凛太郎は咄嗟に奈々に嘘をついた。奈々に心配をかけたくないのと自分の心理状況を受け入れられなかったからである。

「んん、なんじゃおもろくないのぅ。せっかく反映タイプを…おっと、いかんいかん」

 もはや凛太郎以外には偽奈々である奈々は本音をぽろりしそうになった。

「まあ、こんなのは余興じゃ。さあ所長室にまいるぞ」

「そうですね、そうしましょう」


 凛太郎は窓のことを忘れるようにくるりと所長室の方へ回れ右をした。

 コンコンと奈々(偽)がドアをノックする。すると中から

「開けていますよ~」

と当たり前だがノックした奈々と同じ声がした。

 ドアを開き中に入ったにせ奈々は(凛太郎だけには)衝撃的な言葉を口にした。

「待たせてすまんの、奈々よ」

 奈々と呼ばれた栗色ぷちポニテが振り返った。まさしく奈々の顔である。

「へ?」

 凛太郎はマヌケな音を漏らした。

「え?なんで野崎君が所長と一緒にいるの」

 みなさんお気づきだろうか?なんと姿が一緒なのをいいことに所長は奈々の振りをして凛太郎を迎えに行ったのである。

「うまく騙せたようじゃの。野崎ごとき能力を使うまでもないわい」

「えええええええええ」

 凛太郎はキャラに似合わず叫んでしまった。

「いや、たしかに変な言葉遣いだったし僕のこと野崎って呼ぶしやたらかまってくるなあ…とは思いましたけど、いつも通り奈々さんがおかしくなっただけかと思いましたよ」

 いつも一言多い凛太郎。

「のーーざーきくぅ~ん?」

ぎくっと肩を上げた凛太郎が奈々(本物)の方を振り向くと、目の前に握り拳が現れた。

 世界が暗転した。暴力という子守歌が凛太郎を(永遠の)眠りに誘い、凛太郎がその誘いに乗ろうとした。

「あはははっ、お主たちは面白いのう。うむ、奈々はいい部下を持ったの!」

 所長の笑い声で眠りにはつかずにすんだ。

「ちょっと所長!こんなののどこがいい部下なんですか?」

 たまらず奈々は反論する。

「いやはや、なんであれ今みたいに本音をはっきり言える子はなかなかいないじゃろうよ」

「ふんっ、プラスの本音ならいいんですけどねっ」

 ぷいっとそっぽを向いた奈々だったが本音を語るのがいいことなのは認めているらしい。

「あ、ありがとうございます」

「礼なぞいらぬ。…もっともさっきは本音ではなかったのじゃろうけどな」

 後半をぽそりと呟き、所長は笑顔を引き締めた。

「それで、おぬし等にはまた新たな任務をしてもらいたいのじゃ」

 奈々も所長の言葉に体を緊張させた。場の雰囲気が重くなった。

「え?任務のことでわざわざ呼び出されたんですか?」

 国超のシステムを全くと言っていいほど知らない、空気を読めない凛太郎はすっとんきょうな反応を示す。

「奈々…国超のことをちぃとは教えてやっといてほしいわい」

 ため息交じりに所長が奈々をじっと見る。

「ごめんなさい。だって野崎君、国超の話なんて聞きたがらないもの…」

「言い訳などよい。まあそのおかげで少し緊張が解けたから良しとしてやろう」

 すみませんとまた謝った奈々は凛太郎の方を向き、今から必要となる知識を嫌味を織り交ぜながら話す。

「全く、野崎君のせいで私が怒られたじゃない。んもう、まずこの国超のおおまかな役割を話すわね」

「いや、僕だけのせいじゃないでしょうに」

 蚊の音の如き反論は奈々のにらみによってかき消された。

「国超は正式名称通り超人類を集め、その力の制御をするために訓練しかつ超人類がらみの事件や事故、もちろん普通の事件にも役員を送って解決する施設。それとほんとはこっちの方が重要なのだけど、全国の超人類の正確な人数と能力を把握し管理する機能も持っているの」

「つまり、超人類に関することは全てここで処理しておると言っても過言ではないの」

「へえ、そんなにすごいところだったんですね、ここ」

 凛太郎は感心したようにうんうんとうなずく。が、これも奈々を怒らせる原因となる。

「ねぇ、私このことは話したわよ?野崎君ってなんて無能なのかしらね~」

 ぐさり。奈々の言葉が凛太郎に突き刺さる。

「おいおい、奈々…」

 所長が口を開く。

「野崎が無能なのは今に始まったことではあるまい」

 ぐさぐさ。所長の愛のない言葉もまた凛太郎に突き刺さった。

「ここには僕の味方はいないんですね」

 たまらず泣き言をほざいてみた。

「それこそ今まで野崎君に味方がいたことがあった?」

「まあ待て、本題からずれておるぞ。野崎のかわいそうさなど後でいくらでも話せるじゃろ」

 さすがに話が脱線しすぎたのか所長が修正に入る。

「いや、今でも後でもそんな話したくないんですが。で、国超のことはよく分かりましたよ」

「でね、野崎君は能力のランクのことはよく知っているわよね」

「ええ、そのくらいはなんとか」

 超人類にはその能力に応じてS、A、B、C、D、Eと順にランクが与えられる。ちなみに凛太郎はSランク、奈々はBランク、七篠はAランク、あの爆弾のくろはせいぜいCランクだろう…という感じにランク付けされている。

「そこでじゃ、任務の受け方は知っておるかの?」

「それは知らないです。奈々さんから言われるものしかやったことがないので」

「まあ、そうよの。いいか野崎よ、この国超には任務の受け方にも規則があって今までのおぬしのように任務の対象となる超人類がBランク以下のときは委託での任務が可能じゃ」

 たしかに凛太郎が今まで奈々の依頼(命令)で討伐もしくは捕獲した超人類は全てBランク以下だった。

「しかし、Aランクが相手となるとその任務を受けるものが直接窓口にて手続きせねばならない。さらにSランクが相手ともなるとその任務の主だったメンバーに所長自ら任務を与えねばならんのじゃ」

「どう、野崎君?理解した?」

 凛太郎はどうしようもなく鈍感で空気の読めない男であるが、危険には敏感だった。

「つまり、僕と奈々さんがわざわざ所長室に呼ばれたのは…」

 凛太郎の考えに所長が答えを付け加えた。

「そう、これから野崎と奈々にはSランクの超人類の討伐を行ってもらう。もちろん他にもメンバーはおるがそれはのちのち紹介するでの」

 凛太郎はこういう自分が危険な目に遭いそうなときほど慎重になる。

「Sランクと言いましたが、その能力は分かっているんですか?」

「うむ、そやつの能力なら判明はしておる。炎を操る力らしいの」

 凛太郎は少し苦い顔をした。つまるところ凛太郎の能力は相手の能力が形ある物を媒介にしていないと奪えても自分では使えないのである。

 例えば、くろのように石を使ってその能力を発現させているタイプなら能力を奪え、なおかつその能力を使えるのである。しかし、同じ能力を発現していてもその対象が炎とか水とか風とかを操作するタイプの場合その能力を奪えても自分では使えない。同じように自らの身体能力を上げる能力の場合も奪うに留まる。

 そんな凛太郎の能力を知っている奈々は所長の言葉に続けた。

「まあ、野崎君は今回アシストに徹底してもらうわ」

 アシストに徹すると聞きほっとした凛太郎であったが、それでも危険なのは変わりがなかった。

「それで場所はどこなんです?」

「それが、あまり良くないのじゃが第零区ぜろくなのじゃ」

「第零区ですか…」

 今現在、東京都は超人類の管理のため零区から十一区までの区画に分かれている。そのなかでも第零区は都心から一番遠く、そのことが関係しているのかは定かではないが貧困している人が多い区である。都心に一番近いのが一区で遠くなるにつれ波紋上に二区、三区…と区別され、十一区の奥に零区はある。

零区と十一区の境目には数メートルの壁が築かれている。つまり、零区は東京に含まれながら東京ならざる地域なのである。さらに言えば、零区と他の県との境目にも壁は築かれている。それは零区と十一区のものの二倍の高さを有する。言うなればその壁は東京と他の県を区切るものである。

 今の日本は東京とその他の地域に完璧に分けられているのだ。しかし、それでいて日本を取りまとめているのは東京なのである。零区の住民だけでなく他の県の住民にも国は嫌われているのは言うまでもあるまい。

 ちなみに国超は第一区に腰を落ち着けている。国の直の監視下にある。

 零区の人数は他の区の約二倍ほどいると言われていて、確かな数も分かっていない。そのため国超はこの零区の超人類だけは正確に把握できていない。さらに貧困者が多く、現実に不満を持っている人がそのほとんどである。そのためそこでは超人類が速く多く誕生する。

「でも、零区の超人類は生まれたとしてもそんなに脅威ではないと聞きましたよ?」

「まあ、だいたいはEランクの能力しか出てきはせんが、たまにの…世の中にものすごい憎しみを持ったやつがSランクの能力を持つこともあるのじゃ」

「今回がそのケースってことね」

 先述したように超人類は自らの置かれた状態に反発しようとしたときに生まれる。そのときどきの憎悪、怨恨、後悔、失望などの負の感情が大きければ大きいほど持つ能力は強くなる。

 ちなみに凛太郎もSランクである以上なにかしらの大きな負の感情を抱いたのであるがそれは後述することとなるだろう…。

「まあ今回は大事を取ってSランク任務としておるが、対象の超人類は推定Aランクとされておるから本来はお主等だけでも大丈夫であろうが、もしもを考えもう少し人員は配置するぞい」

「任務のことは了解ですが、しかしなぜ零区だけはあんなに貧しいんですか?」

 ここで凛太郎は長年の疑問をこの機会に訊ねてみた。

「ふむ、その辺は国が考えたことじゃからのう…わしもこんな不平等なことはあまり好かん。昔の日本はもっと平等であったのにのう」

「そうですよ。なんであんなに超人類が生まれやすい環境をそのままにしているんですかね」

「たしかにの、国の考えとることはよう分からん。実を言うとこの国超では少しではあるが食料の配給をしておるのじゃ。そのおかげで今回は国よりも早く超人類と接触できたのじゃよ」

「そうよ、国なんかより国超のほうが絶対いいに決まっているの。それなのにあの野郎どもは…」

 奈々の国批判は今に始まったことではないが今日の奈々は特にひどかった。

「まあまあ奈々よ、そんなに毛嫌いしてやるな。あやつらも忙しいのは知っておろう。細部まで気が回らんのは仕方あるまい」

「どうして所長はそんなに国をかばうんですか。あんなやつら…そうよ……おかしい…のよ…野崎君は…」

 奈々がぶつぶつと文句を吐き出し始めた。

「すまんの、先ほど国の重鎮と今回の任務について話しておったときになにかしら嫌なことを言われたらしくてのう」

「はあ、まあ大丈夫ですよ。奈々さんのしかめっ面なんて見慣れていますから」

「ふふっ、野崎よ人をカバーするときはもっと言葉を選んだ方がよいぞ。ちゃんとカバーしようとしたことは褒めるがの」

 先ほどまでぶつぶつ言っていた奈々が凛太郎の背後で不敵に微笑んでいた。

「野崎君、なぁにを見慣れているって?」

「しまった、奈々さんストップストップ」

 凛太郎はとっさに顔を両手でガードした。…が、いつまで待っても衝撃が訪れない。

 おそるおそる手をのけて奈々を見る凛太郎。

「もう、なんでもかんでも私が怒ると思わないで。そ、そのカバーしてくれて…ありがとね」

 語尾の方は小さくて聞こえなかったが、ひとさし指をもじもじしながら(必然的にだが)上目遣いで見つめてくる奈々に凛太郎は不覚にもかわいいと思ってしまった。

「えっ…ん?奈々さん??……あっ、分かりましたよ。僕が顔を隠してたときに所長と入れ替わりましたね。ということは今後ろにいるのが本物の奈々さんです。奈々さんがこんなにかわいい訳がありません」

 ばっと後ろを振り返った凛太郎の目に映ったのはきょとんとした顔の奈々(天国)か所長(地獄)。

 口を開く。

「…残念じゃが、今お主の後ろにおるのが奈々じゃよ」

 地獄だった。

 今一度後ろからものすごい威圧感を感じた凛太郎は覚悟を決めた。

「この…ばか野崎ぃぃぃぃぃー」

 奈々の蹴りが凛太郎の背中にヒットし、凛太郎が吹き飛んだ。

「わ、私だってかわいいとこあるんだからね…」

 壁に激突した凛太郎はそのまま床に崩れ落ちた。

「じゃが野崎よ、あんなこと言っては仮に言ったことが当たっておっても同じことじゃったぞ」

 さすが鈍感の凛太郎。その前には地獄と地獄しかなかった。

「とはいえもう聞こえてはなさそうじゃの」

 薄れゆく意識の中で凛太郎は希望を求めるように右手を天へと伸ばした。そしてそのまま(意識は)天へ召された。

 ここで凛太郎についてさらに記述せねばなるまい。彼は肉弾戦にめっぽう弱い。その能力のため、ほとんど前線に出て戦うこともなく前に出るときは超人類から能力を奪う時だけ。奪ったらその場から即撤退。かっこよく言えば戦略的撤退だが、やっていることはピンポンダッシュとなんら変わりはない。

 そんなこんなで凛太郎は今の今まで敵と拳を交えることなどなかったし任務中に握り拳を作ることなど滅多となかった。

 一人で戦闘状況を作り出したのは何を隠そうあのくろとの戦いが初めてだったのだ。それはくろがその程度の相手、くろがCランクで超人類になって日が浅く能力もだいたい見当がついていて口調が荒々しいだけでとてつもなく弱かったからである。

 裏を返せばそんな敵としか凛太郎は一対一で戦えない。

「…う、ううん」

そうこうしているうちに凛太郎の意識が回復した。

「おっ、今回はえろうお早いお目覚めじゃのう」

「まあかわいい私のかわいい蹴りなんて全然痛くもかゆくもなくかわいいだけですからね~」

 奈々が言い訳とばかりにかわいいを連呼する。

 さすがに凛太郎でも身に危険を味わった後であるため奈々に言うべきことは決まっていた。

(次変なことを言ったら殺されかねない)

「そうですよ、奈々さんにあんなかわいい仕草ができるなんて思ってもいませんでした。とってもかわいかったですよ」

 寝ても覚めても一言多い凛太郎であった。

「これじゃから野崎は…」

 所長は右手を額に置き、やれやれと首を横に振った。

「えっ、かわいい?私が?ほんと?ほんと?」

 が、対称的に奈々はとてつもなく喜んでいた。どうやら奈々は『都合のいいことにしか反応しない鼓膜』を兼ね備えた高性能の耳を持っているらしい。

「ほんとですよ。不覚にもドキッとしちゃいましたもん」

「きゃーー、嬉しい。野崎君が初めて褒めてくれた。ね、ねえ…もう一回言って?」

 当然奈々には、「不覚にも」の部分は聞こえていない。

 そしてまたあの上目遣いで凛太郎にせびる。もちろん凛太郎は断れない。上目遣い的にも自分の保身のためにも。

「奈々さん、奈々さんは本当にかわいいですね。奈々さんのそばにいれて僕は幸せ者です」

 (精一杯の)満面の笑みで奈々に語り掛ける。それほどまでに命の危機を感じていた凛太郎であった。

「は、はぅぅぅ……」

 ぷしゅーと頭から湯気を発し(たように)奈々は赤面してそのままフリーズしてしまった。

(奈々さんがこんなに照れるなんて…よし一気にたたみかけてやる)

 凛太郎はここぞとばかりに褒め倒すことにした。

「奈々さんは本当に本当にかわいいですよね。そうやって褒められて照れるところも、さっきみたいに上目遣いで見つめてくるところも、基本は野獣だけど本当は小動物みたいにかわいくて癒される存在なんですね!」

 お決まりで余計なことを言った凛太郎であるが、奈々にはもはやそんなことは聞こえていても全く害のないものになっていた。それほどまでに奈々は頭が真っ白になってしまった。

「ふ、ふぇぇぇ…にゃ、にゃに?にゃんにゃの。もうわけがわかんないよーー」

 ぼんっと爆発し煙を口から吐き出した奈々はそのままぴくりとも動かなくなった。

(ふっ、勝った…ついに奈々さんに勝ったぞ!!!)

 一人勝利の喜びに浸る凛太郎。しかし、背後から奈々のものに似た殺気を感じた。

 振り返るとそこには見るからに怒っている会話に取り残された方の奈々(所長)が腕を組んで仁王立ちしていた。

「のう、野崎?わしらは今何をしとるんかいの?ん?ゆうてみい」

「は、はい。任務の詳細確認であったと思います」

「ふむふむ、それでお主は今何をしておったんじゃ?」

 所長の威圧感に押され、正直にやったことを白状する凛太郎。

「そ、それは保身と言いますか、本心といいますか、と、とにかくここは褒めとかないと後々僕の命が危ないな…と思いまして」

「ほお、つまりなんじゃ?お主は任務の詳細などは置いといて奈々の詳細を確認したんじゃの?」

「うっ、いや別に奈々さんの詳細なんて確認するつもりはなかったんですけど…」

 この期に及んでいい訳を始める凛太郎。

「うるさい、全くもってわしは不快じゃ。なにも目の前でいちゃいちゃ…ごほん、仲の良さを見せつけんでもよかろうに。全く…同じ見た目じゃというのになぜ奈々だけ…うらやま…いや、けしからん!」

 所長も少し興奮してしまって本音が出てしまっている。

 この機会をみすみすと逃す凛太郎ではなかった。

「ん?所長、もしかして自分だけが会話に参加できなかったのがさみしかったんですか?」

「なっ、何を言うか!?このわしがそのようなことごときですねたりせんわ!!」

 またまた本音をぽろりしてしまう所長。

「へえ、所長すねてるんですか?」

「な、なぜそれを!?わしの完璧なごまかしが見透かされておるじゃと…」

「はっはっは、ごまかしきれていませんよ。この野崎にかかれば所長の一人や二人の嘘なんて簡単に見破れます」

 ここまでくれば皆さんはもうお気づきだろうと思いますが、ここまで調子に乗ってしまった凛太郎にはもちろんきついおしおきが待っています。そのときまで少々お待ちください。

「くっ、言わせておけばいい気になりおって…」

「んもう、野崎君ったらそんなに褒めてもなんも出ないんだから~」

 ここにきてさんざん凛太郎にバカにされた所長と褒め倒され固まっていた奈々が同時に攻撃を繰り出した。

「へっ…?」

 奈々のビンタは凛太郎の左頬にヒットし、所長のグーパンチは同じく右頬に炸裂した。

 K・O。そのままの凛太郎は足から崩れ落ちていった。

 あれだけ調子に乗ればこんなことは当然の報いなのである。しかし…

「野崎が動けば奈々が止まり、奈々が動けば野崎が止まる…なんじゃお主等、なんぞの奇怪な呪いにでもかかっとるのか?」

「いえ、そのような類の呪いなど受けた覚えはないのですが…そんなことよりこんなときに取り乱してしまいすみませんでした」

奈々が申し訳なさそうに頭を下げた。

「ん、よいよい。実を言うとそんなに急いではおらんのじゃよ。今回の討伐対称じゃが、どうやら姿をくらましたようでの。今はそやつを探しておる段階なのじゃ」

「そうなんですか…それならいいんですけど、うちのバカがどうもすみませんでした」

 再び頭を下げる奈々に所長の目が光った。

「わしのことはよい、あれはあれで楽しかったしの。それより奈々よ、お前さんがあんなに照れるとはずいぶん野崎とは仲が良いのじゃのう?ううん?」

「そんな、別に仲なんて良くありませんよ…ただ普段はあんなこと言わないからちょっと油断しただけで…」

 両手を赤面した顔の前でぱたぱたと振り、必死に否定する奈々であったが所長には意味がなかった。

「ほれ、当の本人はこうして伸びておるのじゃから何を遠慮することがある、本音を言ってみい」

 所長に嘘をつくことが無駄だと判断した奈々は包み隠さず言うことにした。

「そりゃ、普通に嬉しかったに決まってるじゃないですか。他の人ならまだしも野崎君にかわいいなんて言われて嬉しくない訳ないじゃないですか…もう」

「ふふっ、それでこその奈々じゃ。ところで野崎が起きとるんじゃが、それはよかったのかの?」

 見ると、さっきまで倒れていた凛太郎がいつのまにか起き上がって照れたように頬をかきながら奈々を見つめていた。

「えっ、の、の、野崎君…もしかしてさっきの話聞いてた?」

 あんな恥ずかしいこと聞かれていたらもう死んでしまいそうになるほど動揺している奈々は真相を聞く。

「奈々さんが僕のことをそんな風に見てくれていたなんて、僕すごく嬉しいです。奈々さん僕と付き合いましょう」

 聞かれたとか聞かれてないとかの問題ではなくなった。

「えっ、えっ…いいい今なな何て?」

「だから、僕たち付き合いませんか?」

 どこの世界に仮にも任務会議のときに告白するバカがいるのだろうか。しかし、凛太郎はそれをやってのけたのである。

「で、ででででも、わた私たちは…」

「そんな御託はどうでもいいんです。付き合いましょう」

 急に男らしくなった凛太郎に奈々はたじたじするばかりであった。

「あっはっはっは…奈々は本当に野崎が絡むと頭が働かなくなるね」

 所長がそう言ったかと思うと奈々の目の前から凛太郎が消えた。代わりにうなされているように気絶している凛太郎が現れた。

「はえ?……ちょっと、ひどいじゃないですか!乙女の純情をもてあそんで…」

 少し涙目になりながら真実を知った奈々は所長をキッとにらんだ。凛太郎が起きていたなら「乙女?」と言いそうだが、気絶していては言えもしまい。

「すまんすまん、野崎にいじめられた分を奈々で発散しようかとおもうてな」

 さっきの男らしい凛太郎は所長の能力で生み出されたものであった。

「もう、今回だけですからね。それで他に任務について話すことはありますか?」

 奈々はやれやれと諦め、話をようやく任務のことに戻した。

「む、任務のことはまた追々伝える。今はやつが見つかるのを待て。それとまた野崎といちゃいちゃしたくなったらいつでもわしに言うとよい」

 かかかと景気よく所長は笑った。

「ば、ばかじゃないんですか。あんな野崎君、野崎君じゃありませんしいちゃいちゃもしません」

「ふん、見栄を張りおって…まあお主なら幻覚じゃなくてもいちゃいちゃできそうじゃがの」

 所長はぽそりと呟いた。

「え?なにか言いましたか?」

「なんでもない、もう話すこともないからさっさとそのバカを起こして帰れ。そろそろ夕飯の時間じゃ」

「もうそんな時間なんですか?だいぶ話し込んでいましたね」

「無駄話ばっかりじゃったがの」

「あはは。そうですね、じゃあ今日のところはこれで失礼しますね…ほら野崎君起きなさい」

 奈々が凛太郎を足でこずくと凛太郎ははっと目を覚ました。

「は、はい。あれ?奈々さん、どうしたんです?顔がだいぶ赤いですけど、熱でも出ちゃいましたか?」

 凛太郎を見ると先ほどの漢凛太郎を思い出してしまうためか奈々は顔を赤らめてしまう。

「なんでもないから、ほらさっさと行くわよ。では所長、失礼します」

 奈々に強引に腕を引っ張られ、お辞儀をしながら凛太郎は所長室を後にする。

「うむ、また後程の」

 所長室の真ん前にある窓の外の風景はあいかわらず真っ黒であったが、その奥になにか光るものが見え凛太郎は少しほっとした。

「奈々さんは窓の外はどう見えますか?」

 一応奈々にも聞いてみる。

「へ?なにがって、見たらわかるでしょ?お花畑よ?」

 さすが奈々というべきか所長というべきか、所長は奈々の深層心理をよく知っているらしい。

(まあ、この窓のが反射タイプならだけどな…)

 少しの気がかりを残してまたあの長い廊下を歩く凛太郎であった。奈々とはその間お互い少し恥ずかしくて話はほとんどしなかった。

 例の大きな扉の前に来た時に奈々は扉から向かって左側の壁をコンコンとノックした。すると中から、「はーい」と声がして壁の一部が開いた。

 そこから顔を覗かせたのは栗色の髪のツインテールの女の人。その人は奈々を見るや否や「げっ」と呟き、

「あらなにか御用ですか、奈々さん(ひんにゅう)?」

「あら、ここにいるんだから用があるのはわかるでしょ?寧々(あほ)さん?」

 凛太郎は寧々(ねね)と呼ばれた女とは初対面だが、奈々とは仲がとてもとても悪いことが分かった。

「あら、ごめんなさいね。あなたのあまりの貧乳に驚きすぎて分かんなかったわ~」

「アホすぎるからの間違えでしょ?それに今貧乳なのは所長の姿だからよ」

 あっちが言えばこっちが言う要領でお互いに悪口を言い合う。よほど相性が合わないのだろう。

「でも、あなたの能力ってひんにゅうの大きさは変わらないんじゃなかったっけ?」

「う、それは毎回そういう人しか選んでないからよ」

 確かに奈々の能力はなぜか基の奈々の胸の大きさは変わらないらしい。前世か何かで貧乳狩りでもして貧乳になる呪いでも受けたのだろうか。

「ふん、屁理屈を…あら、そっちにいるのは噂の野崎凛太郎君かしら?」

 やっと凛太郎の存在に気が付いた寧々は凛太郎に話しかける。

「はい。僕が野崎ですが、噂とは?」

「ああ、噂といっても奈々から聞いているだけだから。野崎君がかっこいいとかかっこいいとかかっこいいとかって。本当に耳タコよ」

「なっ、そんなこと一回も言ったことないんだけど」

「嘘でーす。こないだ飲んだとき酔っぱらったあんた、野崎君のことめっちゃ褒めてたわよ?」

「うそ…」

 なんだかんだでこの二人は仲がいいのだな、と和んだ凛太郎は笑みをこぼした。

「ほら、野崎君照れてるわよ、かわいいとこあるじゃない」

「いや、照れてはいませんけど…まあそういうことでいいです」

 変に勘違いされてしまったが、訂正するのも面倒だったので照れたことにした。

「え?ほんと?…ふん、こんなことで照れるなんて野崎君もまだまだね」

 嬉しかったのだろうが寧々の目の前で嬉しがりたくなかったのだろうか、奈々は意地を張る。

「ばればれだちゅーの。で、扉を開ければいいのね」

「ええ、よろしく頼むわ」

「はーい」

 寧々がなにか操作したのか扉がゴゴゴと開き始めた。

「ね、野崎君」

 寧々に手招きされ凛太郎は寧々の方に近寄る。

「はい?どうしましたか?」

 凛太郎が近づくと寧々は凛太郎に耳打ちするように凛太郎の耳に口を近づけた。

「え?なんですか?」

「いいから。あのね、奈々はあんな性格だから本音がなかなか聞けないとは思うけど、これからも仲良くしてあげてね?」

 寧々は寧々で奈々のあの性格を心配しているらしい。

「もちろんですよ。奈々さんにはたくさんお世話になりましたしずっと付いていくつもりですよ」

 凛太郎は少し微笑んで答えた。

「そっか、じゃあこれはそのお礼と約束の証ね」

 そう言い終わると寧々は唇を凛太郎の耳から離し代わりに頬に密着させた。簡単に言うと、寧々は凛太郎の頬にキスをしたのである。それも奈々に見えるように。

「ちょっと、寧々!野崎君に何してんのよ!!」

「ふふっ、じゃあ奈々をよろしくね。これから大変なことが起こると思うけど許してね」

「え?あ、はい」

 奈々から逃げるため壁の開きを閉じ寧々は意味深な言葉と共に姿を隠した。

「ちょっとーーー逃げてんじゃないわよー」

 奈々が閉じてしまった場所をドンドンと叩いている。

 その脇で凛太郎は右頬を押さえて赤くなっていた。女性とほとんど関わりをもったことのない凛太郎はもちろんこんなことには耐性を持っていない。

「ちょっと野崎君もなに赤くなってんのよ」

「え、いやこれは…」

 凛太郎は言葉をにごす。

扉はまだ開ききってはいない。それを確認し奈々は背伸びをし、凛太郎の顔を掴んで自分の顔に近づけ凛太郎の左頬に唇を当てた。

「え?奈々さん?」

「これはあれよ、寧々になんか負けたくなかったからだからね。勘違いなんてさせてあげないんだから」

 ツンデレの常套句を述べ奈々はぷいっと向こうを向いた。

「ほんと、素直じゃないんだから…」

 結局全てを見ていた寧々が呟く。

 そして完全に開ききった扉から出た二人は足早に七篠の待つ車へ急いだ。二人の間に会話はない。二人とも顔が真っ赤っかだったのは言うまでもあるまい。


 ―――駐車場。二人が近づいてきたことに気付いた七篠が車から降りてきた。

 途端、奈々も凛太郎も思わず吹き出してしまった。

「「ぶっ、おあんたなんて格好してんだよ(のよ)!!」」

 七篠はスクール水着を着ていた。胸のあたりには七篠と書かれた名札。股間には男の象徴とも言えるもっこりが。うん、ピッチリ具合がちょうどよく刺激的だね。

「じゃねーよ!お前、男としてのプライドってもんはないのか?ってか奈々さんだってこんなの着させないで下いよ」

「な、なに言ってんの。私だって、こんなの着させるほど趣味悪くないわよ。さっき一緒に驚いたの忘れたの?」

「たしかに…じゃあ、これは七篠が選んで着たってことか?」

 凛太郎は七篠にある意味での尊敬と畏怖を込めた目線を送る。

「はい、左様でございます。奈々様に執事としてあるべき姿は主人に尽くすことだと教わり、この服を着ることに至りました」

「どうやったら、その言葉からスク水に繋がるんだ?」

「はい、この服は流れるように泳ぐように設計されたもの。ですからこれを着用することで、流れるように作業できるようになりその分仕事がはかどり主人に大いに尽くせるようになるのではと思いました」

(いや、スク水ってそんな目的で作られたものじゃないだろ。)

「ちょっと言平、私は服のことまでは言ってないわよ。あくまで心得のつもりだったのに。そんな恰好誰かに見られたら私が変態だと思われるじゃないの」

「しかし、すでに奈々様が変態だということは執事仲間の間では有名ですよ?」

「は?なんで他の執事が私を変態扱いしてんの?」

 意外な新事実に口調がややヤンキーっぽくなる奈々。

「はい、私が先日奈々様にメイド服着用の命令を下されたと皆に言ったところいつの間にか奈々様は変態として認識されるようになっていました」

「ちょっと、それほとんどあんたのせいじゃない。主人に盾突くつもりなの?」

「いえいえ滅相もございません。私はただあったことを雑談として語っただけです」

「それが盾突いてるって言ってんの」

 第三者としてこの光景を眺める凛太郎はつくづく下の者は上の者に似るなあと思った。

「やっぱりさすが奈々さんの執事だな」

「それ、どういうこと?場合によっちゃ野崎君六十四つ裂きよ?」

「いや、六十四ってどこから湧いてでたんですか?せめて八つ裂きでしょ。六十四つ裂きとか木っ端微塵じゃないですか」

「だって、もとが八なんだから私はその上をいかないといけないじゃん?」

「いや、じゃん?って言われましても、無理に限界突破しなくてもいいんですよ」

 気付くと凛太郎は奈々と普通に会話できていた。さらに笑い合えている。

 場の雰囲気を変える面でも奈々と七篠は似ているのだろうな…、と思いながらもどとするとなぜ七篠が奈々と凛太郎が変な雰囲気なのを知っているのかが気になる。

「おい、七篠…お前まさか僕か奈々さんのどっちかに盗聴器とか仕掛けてないよな?」

「まさかそんなこと言平がする訳ないでしょ」

「じゃあ奈々さん、もし七篠が僕と奈々さんがあんなことがあって変な雰囲気になったのを解消するために七篠がこんな話題性のある格好に着替えたとしたらどうします?」

 奈々はそんなまさか、と呟きあごに手を当て少し考えた。

 そしてはっと何かに気付いた。

「たしかにおかしいわ。言平にはずっとここにいなさいって言ったし何より人の表情には特別過敏な言平が来たばかりの私の表情を心配しないのはどう考えてもおかしいわ。どうなの七篠、なんか私に隠していることはないの?」

 七篠に完璧な疑いを持った奈々は七篠を問い詰める。

「はい、私は盗聴器を仕掛けておりました。しかし、それはお二人をお守りするためでございます。別に弱みを握りたいとか、からかう材料が欲しいとか、エロ太郎の卑猥な発言を記録に残したいとかではありませんから。勘違いなんてさせてあげないんですからねっ」

(絶対後半の方が目的で仕掛けたな…早速さっきの奈々さんのツンデレ言葉を真似てるし)

「ままま待って、どこでその言葉聞いたのよ?ののの野崎君にキスしたときは誰もいなかったはずよ?」

 自分の言葉をそっくりそのまま真似された動揺からか、奈々は七篠の話を忘れてしまったようだ。

 思考が停止した奈々は放っておいて凛太郎は核心に迫る。

「つまりお前は僕たち二人ともに盗聴器を仕掛けているんだな?」

「ええ、その通りです。よもやその頭蓋骨の中に脳みそが入っているとは思いませんでした」

「それで僕と奈々さんにあったことを知り雰囲気を変えるためにそんな奇抜な格好をした。そうだな?」

「はい、おおむねその通りでございます。私は愚かなおろ太郎が奈々様と所長様をずっと間違えていたこと、鬼畜と化したおに太郎が奈々様と所長様を辱めたこと、奈々様がこのすけべ太郎の頬にキスをしたこと、そしてその後二人がおかしな空気になったこと、全て知っております」

(こうやって言われるとすごいことしたな…)

 今日の午後のたった三時間くらいの間にこんなにもドラマチックなことが起きるものなのだろうか。

「僕の変な名称は置いておくとして、お前は僕と奈々さんのために一役買ってくれたんだな?」

 凛太郎の真面目な顔に七篠が少し頬を赤らめた。

「も、もちろんです。主のために働くことが執事の生きる道ですから」

「そうか、奈々さんは今はあんなだから代わりにお礼を言わせてもらうよ、ありがとな」

 凛太郎のまっすぐな瞳と感謝の言葉に照れたのか、七篠はそっぽを向いてしまった。

「べ、別に凛太郎のためじゃ…ありませんし」

 ごにょごにょと意地を張る。

「しかしだな…」

 ここで凛太郎が顔を引きつらせ始めた。

「奈々さんだけならまだしもなぜ僕にまで盗聴器を仕掛けたんだ?」

 どうやら凛太郎は盗聴器のことは許してないらしい。

「なにをおっしゃいますか。こんなげす太郎に盗聴器だけで済ませると思いますか?もちろんカメラ、警報機、もしものときの発信機も標準装備させてます」

 凛太郎の口元がプルプルと痙攣する。

「標準装備ってことはなんだ?他にもなんか付いてんのか?」

「もちろんでございます。オプションで警察・軍隊へのホットライン、通信障害機、電撃機も付属可能です」

 七篠はエッヘンと腰に手を当てのけぞった。凛太郎のふつふつとした怒りには気付いてないらしい。

「なぁーなーしー?そんないっぱい付けてくれてよほど僕のことが心配らしいな?」

「はっ?誰がたろ太郎のことなんか心配しますか?つみ太郎の毒牙から他の人を守るために決まっているじゃありませんか?おばか太郎なのですか?」

 ぷちん。凛太郎の怒りの温度計は余裕で百度を超えたようだ。

「ほお?ずいぶんと俺のことを分かってくれているんだな?」

「もちろんですとも。こんな危険人物野放しにしているなんて今の国は無能ですね…」

 悲しいかな、主人と執事がそろって国の批判をしようとは。

「じゃあ、俺がどんなに危険人物なのかその体に教え込んでやるよ!!」

 怒りに身をやつした凛太郎は七篠目掛けて拳を振り上げた。

 と、同時に奈々の方から着信音が聞こえてきた。

 我に返った奈々が携帯を取り出し電話に出る。

「えっ……そう……か……はい、……夫だと……ます…では……します」

 奈々とは少し距離があったため内容はほとんど聞き取れなかった。

「奈々さん何かあったんですか?」

 奈々に駆け寄り内容を聞く。

「ええ、なんでも例のAランクの敵の居場所が判明したみたいよ。最初接触した場所から全然動いてなかったみたい。明日の朝五時にここを出発するらしいわ」

「うえ、任務のことですか…」

「文句言わないの、さあもう今日は仕方ないから私の家に来なさい」

 奈々の家という素敵な響きに凛太郎は胸が躍らずにはいられなかった。

「え?奈々さんのお家におじゃましていいんですか?」

「今日は特別よ。任務に支障がでてもらっちゃ困るからね」

 凛太郎の家は国超からは往復五時間はかかる。わざわざ家まで帰っていたら十分な体調管理ができないからであろう。

「それと明日の任務の話があるのだけど、それは移動しながら話すわ」

 車に乗り込んだ奈々に続いて凛太郎と七篠は車に乗り込もうとする。

「その前に七篠、服は変えておいた方がよくないか?」

 凛太郎はスク水変更を申し出た。

「それもそうですね、では…」

 七篠は能力を使い身に付けていたものをどこかに転送した。凛太郎は咄嗟に顔をそむけた。つまり、七篠は今…

「お、おい。なんでここで裸になるんだ?」

 そう、七篠はお風呂に入るときの姿なのである。しかし、着ている服だけ転送できるなんて便利な能力だなと考えながら七篠をもう一度見る。男同士であるからそんな恥ずかしがることもないと思ったのだろう。

「って、なんでまだ服着てないんだよ」

 七篠はまだ服を着替えていなかった。

「あれ?」

 しかし凛太郎は他にも七篠のおかしな点、いや二点に気付いた。

 辺りが暗くてよく見えなかったから再度確認のため七篠をもう一度見つめる。

「おっぱいがある…」

 七篠に女性の象徴である胸ができていた。というよりは胸が膨らんでいた。奈々より遥かに大きい。

「お、おおおおおまえ男じゃなかったのか?」

 当然下の方に目を遣ってもあるべきものはない。

「ああ、こんのくそえろ太郎には言ってませんでしたっけ?私は能力を使うとその反動で性別が反転するんです。体だけですけどね」

 なるほど、能力の反動か。たしかにそれなら納得だ。うん、しかしここで一つ大きな問題が生まれたぞっ☆

「お前、もともとはどっちだ?」

 この答え次第では凛太郎の運命は大きく変わる。元が男なら能力で仕方なく性別が変わると笑い話にできる。

 しかし、元が女だったらどうだ?凛太郎はみごとエロ太郎の称号を合法的に得ることになってしまう。

「お、おい。黙ってないで答えてくれよ」

 凛太郎の目はもはや七篠から離せない。目の前の女七篠の言動に全ては託された。

「………っ」

 七篠は淡い桃色をその頬に宿し、両手を使って隠すべき場所を隠した。

凛太郎は確信した。七篠は生まれたときは女だったということに。

「ご、ごめん。僕ずっとお前のこと男だと勘違いしていた。本当にごめん」

 凛太郎は頭を垂れた。それしかその場を治める方法はなかった。

「いいんですよ。私があなたに能力のことを話していなかったのがいけないんですから。頭を上げてください」

 七篠の優しい声に許しを得、凛太郎は顔を上げた。

 目の前に裸の仁王像が…いや、裸の七篠が腰に手をあて仁王立ちしていた。

「お前、なにして「カシャッ」」

 凛太郎の文句に重なって少し遠くでカメラの音がした。

 刹那、凛太郎はその音の方に顔を向ける。

―――そこには三つ足で立っているカメラがあった。

「えろえろえろ太郎誕生の決定的証拠ですね」

「て、てめえなんてことしやがるんだ…」

 こんなものをばらまかれたら凛太郎は性犯罪者の仲間入りになってしまう。

「この写真をばらまかれたくなかったら『僕は野崎エロ太郎です。七篠の裸に欲情してつい穴が開くほど凝視してしまいました。今後この卑しいエロ太郎めは七篠様に一生お仕えするぶひ』と言ってください」

 七篠はボイスレコーダーを構えて絶対服従を迫る。

「さあ、はりきってどーぞ」

 ついさっきのと今回の件で凛太郎は七篠への怒りがエベレスト級に高まった凛太郎。

「さっさと服を着やがれこのアホ」

 先ほどは電話に邪魔された殺意のこもった拳を今一度七篠に繰り出した。

「ちょっと二人とも遅いわよ?何やってんの」

 またしても凛太郎の拳はあとちょっとのところで七篠に届かなかった。慣れない拳など作るものではないなと凛太郎は思った。

「ってこんな寒いのになんで言平はすっぽんぽんなの?服着なさい服!!」

「ちっ、この続きは次回に持ち越しですね。次はちゃんと服従してくださいね?」

 自分の手首だけどこかに転送し、服を調達した七篠。ここから届く範囲であるから車の中に用意してあったのだろう。スク水も車の中に送ったとしか考えられない。 

能力を使ったことで男の姿になる。

「誰がお前なんかに服従するか」

 服を着た七篠と凛太郎は奈々の待つ車に乗り込んだ。

 運転席に七篠、助手席に凛太郎、後部座席に奈々の配置だ。

「ところで奈々さんは七篠の能力の反動知っていたんですか?」

 出発した車の中で凛太郎が話を振る。

「ええ、もちろんよ。そのことを知ったから私専用の執事にしたのよ。ほとんどノーリスクで能力を使えるようなもんだし、それに任務でも有効活用できそうでしょ?」

 奈々はこういう面では仕事に真面目であるし、人を差別したりしない基本的には優しい人なのである。

 そんな奈々を怖いと感じるのは凛太郎だけなのだが、それが特別であることを本人は鈍感しているのである。

「じゃあ、もともとの性別は知っているんですか?」

 思ってみればさっきは明白な答えは聞いていなかった。

 七篠に上手くかわされただけかもしれない。七篠は嘘をつくことが擬態の多い昆虫界でもやっていけるほど上手いのである。

「ん?もともと?そんなの知らないわよ。きょーみなし」

 これが姉ヶ崎奈々。細かいことは気にしない。

 凛太郎にとってはそれは細かいことではないが。

「そんなに私の裸が良かったのですか?そのように執拗にがっつかれてはこちらも対応に困るのですが…」

 運転しながら七篠が会話に参加、もとい凛太郎を奈々に襲わせるために会話に参加してきた。

「へえ、野崎君言平の裸見たんだ。…それでぞっこんしちゃったんだ」

 思ったほど怒っていない、むしろ苦虫をつぶしたような口調で奈々は裸の件を聞き入れる。

「そうなのでございます。私の裸体を視姦するかのごとく隅から隅まで余すことなく目に焼き付けておりました」

「そんなに凝視してねーよ。ってかそっちから見せてきたんだろ」

「えっ、言平が野崎君に?えっ?野崎君が無理やり?よく分かんないけど二人ってそんな関係なんだ…う、うん。大丈夫大丈夫…野崎君がホモでも大丈夫。私は人の趣味は批判しない…」

 奈々がおかしな方向に勘違いを広げてしまっている。

 これが七篠の狙いだったとすれば、まこと恐ろしいやつである。

「な、奈々さん?ホモって僕がですか?」

「野崎君、大丈夫よ。私はいつまでも野崎君の味方だからね?」

 後部座席にいた奈々は助手席にいる凛太郎に手を伸ばしそのまま抱きしめた。凛太郎が振り返れば奈々の慈愛に満ちた顔を拝めたのであろうが、凛太郎はそんな余裕は持ち合わせていなかった。

 今日はつくづく凛太郎は奈々と接触することが多い日である。

 しばらく奈々に抱きつかれた喜びを噛みしめていた凛太郎であったが、まだ誤解を解いていないことを思い出し奈々の右腕に手を添えた。

「ちょっと待ってください。少し誤解があるんです。僕が見たのは女の方の七篠の裸であって、僕はホモでもなんでもないんですよ」

 そのまま奈々に包まれていればよいもの(凛太郎と七篠がホモだちと認識される特典付きだが)を、凛太郎は正直に女の裸を見た、と自白したのである。

「そうでございます。女の私の裸を見て奈々様より胸が大きいと興奮しておられました」

 さらに七篠が凛太郎の地獄行きに拍車をかける。

「へぇ…」

 凛太郎に巻き付いている腕にとてつもない力が加わる。

 力が加われば、凛太郎の首は締まる、首が締まれば息が苦しくなる、息が苦しくなれば人は青い顔をする。

「奈々様、私は別段困らないからいいのですがそのままではそのあお太郎は窒息死しますよ?」

 七篠に言われるまで凛太郎に死までの工程をとことん進めた奈々であった。

 幸せから死(と隣り)合わせを味わった凛太郎。平仮名は同じでも漢字にすれば意味はまるっきり変わる。

「…っは……っは、はぁ…なゴホッ、奈々さん。もうちょいで死ぬところでしたよ」

「女の敵は死ねばいいのよ。…なによ、小さい方がかわいくていいじゃない…」

 相変わらず素直じゃない奈々。

本当は七篠の裸を見たことじゃなくて胸を比べられたことに怒ったのである。

「だからどちらにしろ僕は見たくもないものを見せられた被害者であって、望んで見た訳じゃないんです」

 自分に非がないことを懸命に述べる。

「ひどいっ、見たくもないものって私の裸のこと?なによ、あんなにまじまじと見てたくせに。言い訳は他所でしてちょうだい」

 急に乙女っぽい声を出し始めた七篠。無表情のまま淡々とセリフだけに表情を持たせる。

「お前のどこからそんな声が出たんだ!?それにまじまじとなんか見てねーよ」

「いいえ、見ました。奈々様よりも大きくて奈々様よりも大きくそして奈々様よりも大きいこの私の胸に穴が開くほど…」

 七篠はぴたりと口を止めた。

 凛太郎もピクリとも動かなくなった。

 後ろからホッキョクグマさえ倒せそうなほどの殺気を奈々が放っていたからである。

「言平、家に着いたらお仕置き決定ね」

 凛太郎を陥れることばかりに集中していた七篠は奈々への警戒を忘れていたようだ。

「は、はい」

 凛太郎の敵は自分の味方とは限らないことを学んだ七篠であった。

「返事だけ?さらにきついことしちゃうわよ?」

「ひっ、奈々様の胸が私よりすごく小さいなんて口を滑らせてしまい申し訳ございませんでした」

 七篠は運転しながらも精一杯の誠意を表す。

 しかし七篠が今言ったことこそをまさに口を滑らしたと言うのであろう。

「はいお仕置き倍増決定」

 七篠も凛太郎に負けず劣らず一言多く言ってしまう難儀な性格を持ち合わせていた。

「それだけは勘弁してください。代わりに私の凛太郎をどうにでもしていいですから」

 とばっちりが凛太郎に飛んでやって来た。

「いつから僕はお前のものになったんだ?」

「先ほどの写真をばらまかれたくなかったら…分かりますよね…」

 七篠も必死なのか奈々に聞こえない程度の声で凛太郎を脅迫してきた。

 切り札の写真を使ってまで逃れたい奈々のお仕置きも気になるが、普段はこんなに感情を顕わにしない七篠が珍しく動揺しているのも見ものだ。

「あんな写真ばらまけるもんならばらまいてみろよ。恥ずかしいのはそっちだって同じだろ?」

 凛太郎がそう言い放った瞬間奈々も同時に言葉を発した。

「…野崎君もお仕置きの仲間入りね」

 見ると奈々の右手に一枚の写真が収められていた。

「こ、こんな破廉恥はれんちなことして…しかもこれ国超の駐車場じゃない。こんなことがばれて怒られるのは私なのよ?…それに言平の胸が大きすぎるのも気に入らないし、それで欲情してる野崎君も気に入らない」

 あの一瞬で能力を使って奈々に写真を渡したのだろう。関係はないが、今の七篠は女の体になっている。

 それにしてもいつの間にプリントアウトしていたのだろうか。

「とは言っても、明日は任務だしやっぱり野崎君はなしね。どうせこの写真も言平が卑怯なことして撮ったんでしょうし」

「そんな…せっかくの奥の手が…じゃ、じゃあ私も任務に参加します。お仕置きは任務が終った後にこのくそ太郎と一緒受けますからそれで許してはいただけないでしょうか?」

 どこまでも食い下がるというかお仕置きを避けようとする七篠。ここまでくるともはやお仕置きという名の死刑としか思えない。

「んー、それならいいわ。じゃあ、とっとと任務終らして楽しい楽しいお仕置きにしましょうね」

 奈々の微笑みがバックミラーに映って見えたがそれは魔王にしか似合いそうもない笑みであったことは七篠と凛太郎には伝えるべきではないと判断する。


 皆さまいかがだったでしょうか。前書きでも言いましたが自分の趣味全開で執筆いたしましたので賛否両論あるでしょうが最後まで読んでいただけて本当に感謝です。

 前半戦でございますので話の導入となっております。

 さあ、話の内容に触れさせていただきますとこの話はほとんど凛太郎を中心とした人間関係の話であります。事件の中でも人間関係を重視してしまい、戦闘シーンはほとんど記述できませんでした。そこは反省点であります。その他多くの反省点はありますが、自分としては満足できた内容であります。ほぼ自己満ですが…。そこは目をつむっていただければ幸いです。続きをお楽しみにしていてください。

 最後にこの作品を最後まで読んでくださった全ての読者さんに感謝を述べさせていただいて後書きを終えさせていただきます。

 本当にありがとうございました。

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