化学室の主と忘却03
こいつはぶっ飛んでいる。
俺はそう判断した。
いや先ほどからもそう判断していたのだが、これで確定した。
「……そんなことができるわけないだろう」
「まだ研究中、だけどいつかできる。私、天才」
「なんのためにそんな……」
「あなた、消したい記憶、ない?」
某木はじっとこちらを見て、伺うように小首を傾げた。それにあわせてポニーテールが揺れる。
「多少なりともあるだろう、それがない人間なんているか?」
そして、考える。
万に一つとして、もしもそれが可能だとしたら……。いやいや、何を考えている。アホか。
大きく首を振って、おかしな考えを振り払った。
「過去に戻って、やりなおすこと、今の科学ではできない」
某木は小さく呟くように言う。
「でも、それをなかったことにすることは、できる」
「忘れてか?」
小さく頷いた。
「でもそれはなかったことにはならないだろ」
「大事なのは、自分の記憶」
「ああ、それは……そうだな」
そうだろう、結局他人のことなんざ、あまり覚えていない。過去に縛られるのは、大体が当人だけだ。
「未来のために、忘れる、それはいいこと」
某木は抑揚のない声で続ける。
「そうでなければ、私は……」
言葉が尻窄みになり、最後は何と言っているかわからなかった。
しかし、こいつは本気で言っている。小さな目はしっかりとして強い決意を表していた。
いや、あり得るわけがない。落ちつけ。
といっても落ち着いてなかったのだろう。
気がつけば、脇にあったビーカーに手を伸ばし、ストローから緑色の液体を口に含んでいた。
ブッ、っとすぐに口から噴き出す。
「これは……、俺の知っているメロンソーダじゃない」
俺は不思議な味のする緑色の液体が入ったビーカーを机に置いた。
某木が一度不思議がるように首を捻った後、俺の置いたビーカーを手に取り、そのまま自分の口元へと持っていき、ビーカーに差してあったストローを咥えた。
俺がさっき口をつけたストローなんだが……、本人が気にしないなら、まあ、いいか。
某木は、一口飲んだ後、あ、と口を丸く開けた。
「砂糖、忘れた」