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宝石店にて

作者: 落葉愚人

 

 ある日の午後のことである、台風が日本のそばに3っつもいて、どうやら明日あたり、大荒れになりそうな天気だ。

 この時間は、雲が多いものの湿気もなく室内のエアコンが気持ちいい。

 少し空気に秋の匂いを感じる。

 今年の秋は早まるのかなと思いつつ、店員を待つ。

 今日は、友達への贈り物を買いに、都心に近い繁華街へ来ていた。

 その店は、駅から地上に上がってすぐの、デパートの一階にあった。


 店のつくりは、入り口にガラスの扉と防犯装置、壁は茶色を基調に宝石がガラスのケースに閉じ込められている。


 表に出ているのは、10万以下が、出口付近にそして、中に進むほど高額になる。


 店員は、3名だ。


 店長と思われる男性は、やせ形で、ベージュのジャケットスーツに白のワイシャツ、さっぱりとした髪形だ。

 いかにも宝石店の店長といういでたちだ。動作も機敏で、顧客に宝石を案内するときに、右手を振り下ろし宝石へと視線を案内する。

 顧客は、その手に合わせるように視線をその先に落とす。


 女性店員も、明るめのベージュのベストと長袖のブラウス、そしてフレアスカートといった制服だ。

 動きも機敏で、美しい容姿が、宝石を引き立たせる。


 天井のシャンデリアの明かりも、店内に並んだ宝石たちを、きらびやかに輝かせる。


 来店する客も、上品に見えてくる。


 ぼさぼさの伸びきった髪、ワイシャツとジャケット、LEEのジーンズといった少し時代に反した姿は、少しダサク感じる。

 どうも、着ている服装のせいか、こちらへの扱いが雑なようだ。

 まあ買う気でいるものも、8万円ほどのネックレスだ。

 扱いは仕方がない。

 確かに、服装に応じて店員の態度が違うというのはどこでもあるようだ。


 漸く、店員の一人が対応をしてくれるようだ。

「本日は、何をお買い求めでしょうか。」

 溢れんばかりの笑顔での接客だ。

「贈り物でしょうか。」

「ええ」

 プライベートな問題にあまり立ち入ってほしくないなと思いながら、店内の宝石を見て回る。

 どうしても、金額の安いものに目が行きがちだ。

 18金のイエローゴールドかプラチナのネックレス。

 金額的に一番安いのはこのあたりだ。


 展示品は2択だ。

 それでも、10万円はする。


 今回のレックレスの購入は、彼女の誕生日用のものだ。

 付き合いだして、既に3年になるが、ほとんど進展がない。


 サッカーや野球の観戦、ドリカムのコンサートに行って楽しむだけだ。

 少しでも進展をと考えての今回の購入だ。

 ボーナスの3分の1をつぎ込む予定だ。

 薄給にはこたえる金額だ。

 まあ、この薄給が結婚への最大の障害だ。


 何やら店先が賑やかになった。

 背の高い金髪の美人がハイヒールの音を鳴らして入ってきた。

 長袖シャツに、黒のベストに同じ黒のマーメイドスカート、右手に革のA4サイズの手帳、宝石に包まれオーラが全身を覆っていた。

 何の迷いもなく、店長に歩み寄り、何かと話し始めた。

 どうしても、その存在が気になり、買い物に集中できない。

 買うべきか、それとも他の店にするか。


 金髪の女性は、意外と大きな声でこちらへ聞こえるかのように話をする。

 なんとも流暢な日本語だ。イントネーションは完璧だ。

「大山健太郎」という名前が話の端々から聞こえてくる。

 大山健太郎という名前には聞き覚えがあった。

 確か、日本の経済界の重鎮だが、マスコミが嫌いで、写真すら表に出ていない。

 周りの顧客に緊張が走る。

 金髪の秘書らしき女性に、店長は、大きく頷いている。

 どうやら話の決着はついたようだ。

 秘書らしい女性と店長がしっかりと握手した。

 その握手を終えると、その女性はスマートフォンで電話をかけた。


 それにしても美しい。

 洗練されたその姿に、人間としてのレベルの差を感じてしまう。


 暫くして、金髪の女性が店の入り口へと向かった。


 入り口から入ってきたのは、これもまたブルネットの美しい女性を伴った、40歳代の若々しい多分アルマーニのスーツに身を包んだ、大山健太郎と思しき人が現れた。

 まるでジョージ・クルーニのようだ。


 そのまま、店長に伴われ、一番奥の席に座った。

 そのオーラは、半端ではなく何でこんなオーラの人物が、マスコミ嫌いかわからなかった。


 目の前の店員は、売ることを忘れて見とれている。


 無理やり現実に引き戻す。

「これでいいです。」

 結局、10万円のネックレスを購入することにした。

 店員は、呆けたような様子だ。


「わかりました。では包装いたしますね。メッセージを入れましょうか。」

「ハッピーバースディと入れてください。」

「では、暫くお待ちください。」


 大山は、店の奥から運ばれてくるものすごい宝石を、ルーペを使ってみていた。

 まるで鑑定士のようだ。

 その顔は、嬉しそうでなおかつ楽しそうだった。

 彼の左右には、金髪の女性とブルネットの女性が、立っていた。


 この店の、一番の宝石が運ばれてきたようだ。

 店長の手には、白い手袋がはめられていた。


 ふと、大山と目が合った。

 なんでこっちを見ているだろう。

 いやーもう、うっとうしい。


 手をこちらに伸ばすと、来い来いと手を振る。

 まるで魅せられた呪縛にとらわれたように、引き寄せられた。

 大山のような、有名人と知り合ったことはない。


 まあ、有名人と知り合ったことなど一度もない、ごくごく平凡な生き方をしていた。

 近くまで行くと、大山は私の首に手をまわしてその宝石を見せた。

「どうだい、僕は買おうと思うんだが、君この宝石をどう思うかい。」

 アーモンド程のオレンジダイヤだ。

 その光加減、美しさは完全に圧倒される。

 自分が買おうと思っている物との差は圧倒的だ。

 白い手袋でつまんだそれを私の目の前に持ってくる。

 まったくセレブはこれだから嫌だ。

 自分勝手に人を操ろうとする。まったくほっといてくれ。


 そのまま、愛想笑いと、そのダイヤが素晴らしいことを伝えて、その場を離れたいと意識が働き、元の座っていた席に戻った。

 

 ああ疲れた。


 包装されたネックレスを店員から受け取った。

「大丈夫ですか、嫌な思いしませんでしたか。」

 大丈夫と言ってはみたが、なんか嫌な気分であった。


 遠くでは、大山が来週もう一度来て購入するとのことを伝えているようだった。


 店員のにこやかな挨拶されながら店を出ると、外は暑く台風の影響か厚い雲が空を覆っていた。

 湿気は多く、じっとしていると汗が噴き出してくる。


 スマートフォンの天気予想では、明日の朝に関東に上陸するようだ。


 地下鉄に向かって歩いていると、横に黒のベントレーが止まって、後部座席のウィンドウが開いた。

 そこから顔を出したのは、大山だった。

 先ほどと同じように来い来いと手を振る。


 思わず、ウィンドウに近づくと、先ほどと同じように腕を首に回してきた。

 なんと馴れ馴れしいのだ。


「ありがとう。彼女が欲しいって言うんでね。君のおかげだよ。」

 彼の隣には先ほどのブルネットの女性が嬉しそうにこちらを見ていた。


 彼の手には、オレンジダイヤが収まっていた。

 それを一回中に浮かせると、右手でキャッチし、ブルネットの女性に渡した。


 なんとどうやってそれを持ち出したのか、確かに購入しなかったはず。

「大山さん、なんでそんなことを。」

 思わず口に出た。

「大山?そんな人は知らないね。それじゃ。」ウィンドウが閉まっていく。

 運転手は、あの金髪の女性だ。


 黒のベントレーは、すごいスピードで走り去っていく。


 後ろを見ると、パトカーのランプがデパートの前に止まると、警察官が入っていった。


 もしかして、このスーツの襟に隠されていたのではと思い、襟に手をやると接着剤のような粘着質の液体が手についていた。


 夕暮れが、暑く厚い雲によりまるで夜のようだ。

 車の殆どが、ヘッドライトを点していた。


 既にベントレーはどこかに行ってしまった。


 さあ、店に戻ろうか、今日は遅くなりそうだ。



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